対談・講演

中小企業が危機を乗り越え再び成長軌道に乗る支援に全力を

坂本孝司 TKC全国会会長 × 前田泰宏 中小企業庁長官

新型コロナウイルス感染症の影響拡大を踏まえて、政策金融による中小企業の資金繰り対策が矢継ぎ早に講じられている。その緊急対応のまっただ中にある3月4日、国会審議の合間を縫って前田泰宏中小企業庁長官と坂本孝司TKC全国会会長の対談が実現。坂本会長は、民間金融における緊急運転資金融資とその信用リスク軽減のための認定支援機関制度の活用などを提言した。

進行 TKC全国政経研究会事務局長 内薗寛仁
とき:令和2年3月4日(水) ところ:中小企業庁長官室

巻頭対談

この緊急事態にこそ現場に直結する中小企業支援が求められている

 ──本日、前田長官には、新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応による国会審議の合間を縫って坂本会長との対談の時間を設けていただきました。

 坂本 大変なときにありがとうございます。

 前田 こちらこそ、当初のお約束より短い対談時間になってすみません。

 坂本 前田長官は、中小企業の現場を重視され、その現場に刺さる効果のある政策を重視されていると伺っています。現在、緊急事態のまっただ中にあるわけですが、中小企業支援の具体的対応についてお聞かせください。

 前田 緊急対応については、政府系金融機関、中小企業関係団体、支援機関など全国の1050拠点に「新型コロナウイルスに関する経営相談窓口」を設置して、そこで集めた意見を基にして資金繰り対策を検討しています。この問題に限らず、間接的な情報だけではなく現場の声を聞かないと適切な対応はできません。日頃から中小企業庁を現場に直結する役所にすると言っておりましたが、それがまさにいま試されていると思っています。

 坂本 私どもTKC全国会は実務家の集まりであり全国組織でもあるので、日々相当な数の情報が各地から提供されます。それを踏まえて、中小企業金融に関するいくつかのご提案をさせてもらえますか。

 前田 ぜひとも現場の声を伺いたい。よろしくお願いします。

 坂本 現在、中小企業は大変な困難に直面しているわけですが、このような状況においても中小企業金融における「決算書の信頼性」が最も大事ではないかと思います。この2月26日に開かれた自民党「地方創生実行統合本部・金融調査会地域金融経営力強化PT合同会議」でも、私から同じ話をしたのですが、日本では中小企業金融において情報の非対称性が解消されていないため、「決算書の信頼性」が確保されず、いまだに中小企業の決算書には粉飾が多いといった誤解があります。
 この点について全国地方銀行協会会長の笹島律夫常陽銀行頭取は、定例会見で「融資先で粉飾決算が増えている」と述べられており、それが与信費用増加の一因になっているという趣旨の説明をされました(『日本経済新聞』2019年11月14日付朝刊)。しかしながら実際には、粉飾決算は以前からもあるわけで、あえてそのタブーに切り込んだ勇気ある問題提起ともとれるこの発言を私どもは重く受け止めており、「決算書の信頼性」は識別可能であるともっと社会に訴えていかねばならないと考えています。

 前田 そのような取り組みには異論はありません。

 坂本 ドイツでは、「決算書の信頼性」を確保するために金融業界と会計人業界とが協議し、協力関係を構築してきたという歴史があります。いまから50年以上前、1964年に連邦金融制度監督局(現・金融庁)が、金融機関に提出される年度決算書に税理士等による保証書の添付を税理士等に要請する通達を出しています。それから2002年にはドイツの全金融機関が一斉に、すべての年度決算書に対して「年度決算書の作成に関する作成証明書」(ベシャイニグング)の添付を税理士等に求める要望書を出して現在に至っています。

 前田 興味深い話ですね。

 坂本 実態を知るために、昨年11月にミュンヘンに本店を置くミュンヒナー銀行をTKCとTKC全国会の幹部と一緒に訪れて、ミヒャエル・ダンドルファー副頭取からレクチャーを受けました。そのときに副頭取はドイツの中小企業金融について次のように言われたのです。
「税理士から受領した年度決算書をそのまま、当行の銀行システムの格付けに使用します。(略)ドイツでは、融資時、すべての企業の年度決算書にベシャイニグングが付いて銀行に提出されます。(略)私たちは協同組合銀行として税理士と経済監査士という職業に大きな信頼を寄せており、税理士や経済監査士から受け取った数字(決算書等)を活用します。(略)粉飾決算という問題は、私が思うに当行ではこれまで一度も起きたことがありません」(『TKC会報』令和2年2月号)
 要するに、ドイツの中小企業金融の健全性は、税理士と金融機関の強固な信頼関係に基づいているのです。日本でもこのような「決算書の信頼性」を確保する仕組みを官民一体で構築すべきではないかと思います。

巻頭対談

運転資金融資の信用リスク軽減のため信頼できる決算書と認定支援機関の活用を

 坂本 新型コロナウイルス感染症拡大への対策に話を戻したいと思いますが、政府では政策金融における緊急措置を矢継ぎ早に打ち出されていますね。

 前田 信用保証を使った資金繰り支援については、第1弾としてセーフティネット保証4号「幅広い業種で影響が生じている地域について、一般枠とは別枠(最大2.8億円)で借入債務の100%を保証」と5号「特に重大な影響が生じている業種について、一般枠とは別枠(最大2.8億円)で借入債務の80%を保証」の強化などを打ち出しています。対象業種の追加など、今後の状況の進展を見据えて講じるべき施策をさらに拡大していきます。

 坂本 心強い話です。自民党の合同会議での質疑応答の中でも、中小企業の逼迫する資金繰りの状況について、議員の先生方から質問が相次ぎました。これに対して私からは、現在、TKC全国政経研究会が提携議員や関係官僚の皆さまに向けて提言している中小企業への緊急運転資金融資の考え方をお伝えしました。

 前田 どのような内容ですか。

 坂本 ポイントは、①民間金融の有事対応では、既往債務の条件変更(金利を下げることではなく最低2年程の返済猶予など)に加え必要に応じた新規融資を実施すべき。②その間に金融機関、顧問税理士などが連携して本業をサポートし、再度成長軌道に乗せていくことが重要。③その際、円滑化法の反省を踏まえ、「税務署に提出したものと同じ決算書」、「中小会計要領(中小指針)チェックリスト」の提出、融資額に応じた頻度でのモニタリングを要件としてそれらの支援には経営革新等支援機関(以下、認定支援機関)の税理士などを積極的に活用すべき──といった点です(【資料1】)。
 いまこそ、中小企業庁と金融庁が省庁を横断し創出した認定支援機関の我々を存分に活用してほしいと思います。今日はあらためて、認定支援機関の根拠法である「中小企業等の経営強化に関する基本方針(平成17年5月2日告示、改正令和元年7月12日)」(【資料2】)等を持参しましたが、ここに記載されていることを私どもはしっかり実行したいと考えています。

 前田 なるほどわかりました。検討いたします。

資料1
資料2

いまが中小企業支援の正念場と捉え認定支援機関の機動力・実践力に期待

 前田 一方で、認定支援機関制度があまり機能していないという声もあるのですが。

 坂本 そのようなことはありません。TKC会員は、かなり力を注いで認定支援機関としての役目を果たしています。TKC全国会によるこれまでの実績については、経営改善計画策定支援事業が約6300件、早期経営改善計画策定支援事業が約7700件に及び、全件数のほぼ半分をTKC会員が占めています。ただ、認定支援機関に登録しているのに経営改善支援事業に消極的な税理士がいるのも事実です。

 前田 中小企業支援を頑張っている税理士さんとそうでない税理士さんが同じ扱いなのはおかしいですね。そこは厳しくしていきたいと思います。

 ──中小企業庁の委託事業である「ミラサポ」(未来の企業★応援サイト)がこの4月から「ミラサポplas」に改訂されますね。これまでも認定支援機関の「見える化」は課題となっていましたが、この機会に、個別の認定支援機関の実績をそこで積極的に開示し、事業者が優れた認定支援機関を選びやすくすることを期待しています。

 坂本 TKC全国会としては、自律強化の観点から制定している『TKC会計人の行動基準書』の中に、このたび認定支援機関の職務の項目を追記して、これまで以上に積極的に機能できるようにしました(【資料3】)。
 最後にもう一つ、前田長官にご提案したいことがあります。認定支援機関に登録している各種団体(日本税理士会連合会、公認会計士協会、金融機関、日本弁護士連合会等)の関係者を集めて、『行動基準書』のような自主的なルールを作成してはどうでしょう。認定支援機関の「あるべき姿」を示すことでより本制度が機能し、活用の幅も広がると思います。

 前田 現行制度の枠内で事業者にとって有効な手立てを講じられるのならそれはよいことかもしれません。いずれにしても、中小企業が今回のコロナショックの危機を乗り越えて、再び成長路線に乗ることができるよう引き続き税理士の皆さま、とりわけ本日のテーマにもなった認定支援機関の皆さまによる機動力・実践力に期待しています。

 坂本 我々もいまが中小企業支援の正念場と捉え、TKC会員がこれまで培ってきたことのすべてを存分に発揮して、持っている強みを中小企業のためにあますことなく活かしていきたいと思います。

資料3

(構成/TKC出版 内薗寛仁・古市 学)

前田泰宏(まえだ・やすひろ)氏

兵庫県出身。昭和63年東京大学法学部卒業、通商産業省(経済産業省)入省。大臣官房審議官(商務情報政策局担当)兼サイバーセキュリティ・情報化審議官、中小企業庁次長等を経て令和元年中小企業庁長官就任。

(会報『TKC』令和2年4月号より転載)