対談・講演

認定支援機関である税理士の「伴走支援」で中小企業の底力を引き出してほしい

坂本孝司 TKC全国会会長 × 角野然生 中小企業庁長官

角野然生中小企業庁長官と坂本孝司全国会会長との対談では、ポストコロナにおける中小企業の資金繰り支援や、経営改善と電子取引・インボイス制度への対応などDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む中小企業を行政、地域金融機関、税理士等の専門家が連携して支えていく「伴走支援」の必要性が語られた。

司会 本誌副編集長 内薗寛仁
とき:令和3年11月9日(火) ところ:中小企業庁長官室

巻頭対談

現場主義がモットー。東日本大震災被災企業への個別訪問で事業再開を支援

 坂本 本日は公務ご多忙の中ありがとうございます。ウィズコロナ時代が本格化する令和4年に向けて、角野長官から政府の最新の中小企業政策やその方向性をお聞きしたいと思います。

中小企業庁長官 角野然生氏

中小企業庁長官 角野然生氏

 角野 どうぞよろしくお願いいたします。

 ──はじめに、角野長官が通商産業省(当時)を目指されたきっかけからお聞かせいただけますか。

 角野 大学のときに、城山三郎の『男子の本懐』(新潮社)を読み、この国のために何か役に立ちたい、働きたいという思いから国家公務員を目指しました。当時、日米貿易摩擦など大きな経済問題が起こっていたこともあり、通産省の門をたたきました。

 ──入省後、特に印象に残っている仕事を振り返っていただけますか。

 角野 入省して33年以上経ちますが、仕事に向き合う上で心がけてきたのは現場主義です。そうしたなかで最も印象深い仕事は、東日本大震災で被災した福島の復興支援に取り組んだことです。
 東日本大震災が起き、東京電力福島第一原子力発電所の事故により避難指示が出され、地元の大変多くの中小企業事業者の方が避難を余儀なくされていました。そうした被災された事業者をすべて探し出し、個別に訪問して事業や生業の再開を支援する福島相双復興官民合同チーム(福島相双復興推進機構)を今から約6年前の平成27年8月にスタートさせました。
 私はその事務局長として現地に赴任しました。住民票を移して移り住み、私自身をはじめ百数十名のチーム員が全国の避難先を含め、原発事故で被災された中小企業を1社ごと個別に回りました。

 坂本 まさに現場主義を地で行かれていますね。被災企業支援においてはそうした信頼関係、人間関係の積み重ねが特に大切になると思います。

 角野 事業者の方からは、最初は大変厳しいお叱りも受けましたが、二度、三度とお会いして回数を重ねるうちに信頼を得て、本音を話していただけるようになりました。例えば、「本当はもう一回ふるさとに戻って、祖父が立ち上げたお店をやりたい」などと前向きな言葉も頂くようになり、そこから事業再開を後押しする本格的な支援へと移行しました。
 最終的にチームとして5千以上の事業者の方を訪問して、そのうち1千以上の方々に専門家と連携してコンサルティング支援を行うことで事業再開に結びつけることができました。
 事業者の方を役所側が個別に訪問して支援するこのような取り組みは明治以来過去に例のないものだと思います。結果として、このような中小企業支援を重ねることで福島の復興を前進させることができました。
 もう1つ印象深いのは、資源エネルギー庁時代に私の上司であった北川慎介資源燃料部長(当時/元中小企業庁長官)との経験です。当時(2007年頃)は原油価格が高騰し日本にとって大変厳しい時期でした。私は石油企画官としてサウジアラビア、中東諸国の石油をわが国の資源として確保するために北川部長と共に何度も現地を訪れました。王族を始め主要な高官などと信頼関係を構築し、粘り強い交渉をしたことも忘れられない出来事です。

 坂本 いずれのご経験も現場主義を貫かれて、まず人との出会いを大切に信頼関係を紡いでいくという角野長官の姿勢が素晴らしいと感じます。

地域の“生態系”の一員である専門家が連携した中小企業の「伴走支援」が必要

 ──復興支援のお話がありましたが、実際に現場を回られて中小企業支援のあり方等について感じられたことはありますか。

 角野 中小企業の方と直に現場で接する中で強く感じたのは、さまざまな困難や逆境に立ち向かっていく際に、経営者お一人では悩んでしまうことが非常に多いということです。
 私たち官民合同チームが重視したのは経営者に寄り添い、悩みや課題は何か、どんなご支援が必要かじっくり耳を傾けることです。「対話」と「傾聴」を通じて気づかされたのは、経営者ご本人が話をする中でご自身の頭の中が整理されていくということでした。第三者である我々と対話することで次第に「この経営課題が一番重要で最優先して取り組むべきだ」などとご自身で気づき、納得して家族や従業員と一緒に前向きに一歩を踏み出すケースが多くありました。

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 私も浜松で会計事務所を経営していますが全く同感です。多くの経営者と接する中で、会計事務所も「聞く力」が求められていると感じます。その上で、数字をもとに会社の経営状態等に関する対話を行うことによって経営者が自ら課題に気づき、多くの場合、自ら改善策を語り始めてくれることも多いです。
 また、職業会計人はもともと経営者の「親身の相談相手」であったといわれます。TKC会計人は、毎月関与先企業に出向いて全部監査を行う「月次巡回監査」を徹底しています。まさに「真実は現場にあり」です。角野長官が実践してこられた「現場主義」、「対話」と「傾聴」に共感いたします。

 角野 経営者本人が納得して腑に落ちるからこそ、目標に向かってしっかり取り組もう、再チャレンジしようと底力を発揮されます。

 ──予期せぬ危機という点で今回のコロナ禍も重なるところがあります。今後の中小企業政策の方向性をお聞かせいただけますか。

 角野 中小企業経営者の方たちにとって、突然の危機という点では今のコロナ禍の状況も同様です。急激な環境変化への対応がさまざまに求められる大変な時代です。
 経営資源が限られた中小企業においては、経営者だけで自社の本質的な課題を見つけたり大きな変化に挑戦していくのは難しいものです。平時はもとより危機の時はなおさらです。この点について特に強調したいのは、経営者に寄り添う伴走者が必要ということです。行政もそうですし、税理士の皆さん、あるいは商工団体、金融機関などの方々すべてが中小企業の伴走支援の担い手になると思います。地域のネットワーク、いわば地域の生態系の一員として、行政も税理士も金融機関も中小企業経営者に寄り添って、伴走支援していくことが最も重要です。

 ──関東経済産業局長時代には財務局と連携して中小企業金融の面から支援を行われたと伺っております。

 角野 2018年に、地域の中小企業支援に向けて関東経済産業局と関東財務局で連携協定を結びました。伴走支援の取り組み、オープンイノベーション、各種セミナーの共催などで中小企業施策を連携して進めましたが、地域の金融機関を見ている財務局との連携は中小企業支援において非常に有効と感じました。

認定支援機関制度創設と中小会計要領制定──経営者の気づきの第一歩に会計がある

 ──2012年の認定経営革新等支援機関制度創設に、坂本会長は民間の立場から関わりました。制度の趣旨や狙いについてあらためてお話しください。

 坂本 貴庁が所管される制度について当方からご説明するのは恐縮ですが、極めて重要な制度ですのであらためて全国のTKC会員、職員の皆さんに正しく理解して現場で実践してほしいという思いから、ご説明させていただきます。
 2011年6月、東日本大震災で傷んだサプライ・チェーン、中小企業の経営を強くしていくことを目的に、経済産業省に「中小企業政策審議会企業力強化部会」が発足して、私も税理士として委員に任命されました。
 また同じ頃に、中小企業庁と金融庁が共同事務局で運営されていた「中小企業の会計に関する検討会」の委員も務めていました。
 委員の中には中小企業の実態をあまりご存じでない方もおられ、私はわが国の中小企業のボリュームゾーンや実態をご説明し、そこをしっかり強くしていくために「会計で会社を強くする」という発想に立つべきと提言しました。「戦後、青色申告制度が導入され、平成元年から導入された消費税が帳簿方式を採用したこともあり、事業者が税法上の帳簿書類を備え付けるという慣習が定着している。これらの帳簿を、青色申告制度等税務面だけでなく、商法商業帳簿の面から、世界に誇り得る国家のインフラとして活用すべき。また、川上から中小企業を支援する従来のやり方では個々の中小企業に支援が届いていない」とお話ししたのです。
 加えて、日常的に中小企業の経営者に接しているのは雨の日も風の日もオートバイを走らせて訪問している信用金庫の職員の方と、日本の法人の9割以上に関与している税理士事務所であり、この二者を活用すべきと申し上げました。

図表(クリックで拡大します)出典:中小企業庁ホームページ

図表(クリックで拡大します)
出典:中小企業庁ホームページ

 当時の経済産業省・中小企業庁の担当者は私の意図を全て理解し、それを図表にまとめられました(図表)。支援機関・支援人材に従来の商工会等に加えて税理士等の専門家を認定し、地域金融機関とも連携して中小企業支援にあたる。その中心、ポイントになるのが「会計」と図解されたのです。
 当時、「会計の基準は1つで、大企業も中小企業も同じ会計基準を使うべき」というシングルスタンダード論が大勢を占めていました。そういう中で、中小企業庁の皆様が大勢におもねることなく、中小企業会計と大企業会計とは性質が違うことを示され、中小企業向けの会計(中小会計要領)が作られました。私は日本を良くしたいという皆様の覚悟に感銘を受けました。この経緯については当事者の北川慎介元中小企業庁長官が『中小企業政策の考え方』(同友館、2015年)において詳細に解説されています。

 角野 いま坂本会長からお話を伺い、認定支援機関制度、中小会計要領制定の歴史を私自身あらためて振り返り、その重要性を一層感じています。伴走支援においても、経営者の気づきの第一歩に会計があり、「経営の見える化」を行っていくことが重要だと思います。
 現在、認定支援機関として大変多くの税理士の方に活動していただいています。法律に基づいてこの制度が創設されたのも、中小企業を支援する多様な力を結集した伴走支援が不可欠だからです。その原点を忘れずに、今後も制度を生かしていきたいと思います。

 坂本 TKC全国会では、令和2年6月に『TKC会計人の行動基準書』を改定し、「認定経営革新等支援機関の職務」という項目を設けました。具体的には「認定経営革新等支援機関の職務とは、中小企業等経営強化法の定めに従い、経営革新、経営力向上等を目指す中小企業を支援するために、その財務内容や経営状況等を分析し、事業計画等の策定、実施に係わる指導及び助言を行うことをいう」と明記しています。
「法に社会形成力あり」といいます。今後も中小企業のために認定支援機関制度を縦横無尽に活用していただきたいと思います。

「対話」と「傾聴」を通じて経営者自身が本質的な課題に気づく過程が最も重要

 ──認定支援機関制度が創設されてから、経営改善計画策定支援事業(405事業)や早期経営改善計画策定支援事業(プレ405事業)の計画策定支援、特例事業承継税制の特例承継計画申請時における指導・助言というスキームも作られました。

 角野 このコロナ禍においても認定支援機関制度は、事業再構築補助金などさまざまな中小企業支援施策に生かされています。

 坂本 事業再構築補助金は私の事務所の関与先企業も活用させていただきました。審査は厳しく、経営の磨き上げをしっかり行っていく必要がありましたが、逆にその点が素晴らしいと感じました。

 角野 特に大切なのは、補助金を受け取ることではなく、そのプロセスにおいて事業者の方が気づきを得て課題を見つけ、やる気を持って取り組んでいただくことです。
 私たちはよく会社の「自己変革力」と呼んでいますが、現在のコロナ禍や、今後本格的なデジタル化、カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略等の大きな構造変化を迎える中で、会社自身が変わろうとする経営の自己変革力を身につけることが大切となります。
 この点についても経営者お一人で課題にたどりつくのは難しいため伴走支援が求められますが、気を付けたいのは、伴走支援というと問題解決型の支援に傾きがちであるということです。補助金や支援策の案内、解決ツールの提供など、最初から結論を示してしまう。
 もちろんそれも大事でしょうが、その前に、「会社が本当に目指すことは何か」「経営の本質的な課題は何か」などについて伴走者が聞き、対話と傾聴を通じて、経営者本人が気づいていく過程こそ重要です。そうした前向きな経営者の意識があってはじめて補助金などさまざまな支援施策が真に生きてきます。

 坂本 ポストコロナが本格化する中での資金繰り支援のために、今後、TKC全国会ではポストコロナ持続的発展計画事業(早期経営改善計画策定支援事業:プレ405事業)に力を入れていきます。

 角野 コロナ禍における中小企業の資金繰り支援施策により企業の倒産件数は少ないものの、今後については予断を許しません。過剰債務で苦しむ事業者の方も大変多くなっています。その意味でポストコロナ持続的発展計画事業等により、事業再生の手前にある経営改善をまずしっかり行う必要があると考えています。

ポストコロナにおける中小企業のDX対応、経営改善に向けた伴走支援に期待

 ──それに加えてTKC全国会では電子取引・インボイス制度対応を通じた「優良な電子帳簿」の圧倒的な拡大と関与先企業のDX支援に力を入れていく予定です。

 坂本 具体的には、全国のTKC会員事務所が主催で、関与先企業のDX支援(電子取引・インボイス制度対応)と資金繰り支援(早期経営改善計画策定支援事業等)をテーマに、「TKC経営支援セミナー」を開催します。

 角野 行政としても中小企業のDX支援はしっかり実施していきます。デジタル化が待ったなしという状況の中で、中小企業はそれを乗り越え、また生産性を高めていくことが重要です。IT導入補助金などさまざまな施策がありますが、さらに拡充していきます。

 ──最後に認定支援機関である税理士への期待などお言葉をいただけますか。

 角野 中小企業の経営環境が大きく変化していく中で、これまで以上に認定支援機関の皆さんをはじめ、地域の支援ネットワークにおける連携した取り組みが欠かせないと考えています。
 なかでも経営者の方が気づきを得るという点で、最も身近な相談相手である顧問税理士の皆さんの支援は重要です。全国のTKC会員の皆さんが中小企業のポストコロナにおける伴走支援をしてくれるのは大変心強く、大いに期待しております。

 坂本 中小企業の現場をよくご存じの角野長官からそうおっしゃっていただけると励みになります。東日本大震災で傷んだサプライ・チェーン、とりわけ中小企業の経営を強化する目的で、貴庁が立案してくださった認定支援機関制度が、約10年経ったコロナ禍においても大きな役割を果たしております。我々TKC会計人は、認定支援機関業務を「税理士の4大業務(税務、会計、保証、経営助言)」の中の経営助言と位置付けて全力を注いでいます。ポストコロナにおいて、経営者に受け身ではなく、よしやってやろうという気持ちにどれだけなっていただけるか、我々顧問税理士、認定支援機関の伴走支援のテーマとして、総力を挙げて全力で取り組んでまいります。

角野然生(かどの・なりお)氏

1964年生まれ。東京都出身。88年東京大学経済学部卒、旧通商産業省(現経済産業省)入省。資源エネルギー庁資源・燃料部石油精製備蓄課長、大臣官房参事官(製造産業局担当)、福島相双復興推進機構専務理事等を経て、2018年関東経済産業局長、20年復興庁統括官。21年7月に中小企業庁長官に就任。

(構成/TKC出版 内薗寛仁・清水公一朗)

(会報『TKC』令和3年12月号より転載)