対談・講演

海を越えて、「会計で会社を強くする」 ──タイ国の中小企業政策最新動向と会計事務所の役割

ソーラダー・ルゥーアパジット タイ国商務省副事務次官 × 坂本孝司 TKC全国会会長

TKC全国会・株式会社TKCとタイ国商務省事業開発局(Department of Business Development:DBD)は、約20年前から会計事務所業務や中小企業支援、中小企業会計に関する情報交換を実施してきた。11月にソーラダー・ルゥーアパジット(Mrs. Sorada Lertharpachit)商務省副事務次官が来日した機会に同副事務次官と坂本孝司会長との対談が実現した。現在、DBDが推進する会計事務所の高度化や財務報告の電子化等の展望をテーマに語り合った。なお通訳は、タイ国を中心に業務展開を進めている井上慶太会員にお願いした。

通訳 TKC東京中央会 井上慶太会員   司会 本誌副編集長 内薗寛仁
とき:令和4年11月12日(土) ところ:帝国ホテル東京

巻頭対談

巡回監査とTKCシステムに最も関心を持った

 ──タイ国商務省副事務次官という要職に就かれているソーラダーさんが来日されると伺って、急遽、坂本会長との対談を実施させていただきました。公認会計士・税理士としてタイ国を中心に仕事をされている井上慶太先生にも通訳を兼ねて同席いただきます。

 坂本 ソーラダーさん、ほんとうにお久しぶりですね。またこうしてお会いできてとても嬉しいです。

 ソーラダー 私も坂本先生にお会いできることをとても楽しみにしてまいりました。今日はリラックスして臨みたいと思います(笑)。

 ──ソーラダーさんは、2006年9月から2007年8月までの1年間、タイ国商務省からの派遣によりTKC全国会事務局(株式会社TKC)で研修生として業務に従事されました。TKC会員事務所の見学などもなさって、どのような感想を持たれましたか。

 ソーラダー TKCで研修したときに最も関心を持ったのは、「月次巡回監査」です。クライアントである中小企業が洗練されたTKCシステムを使いながら、自社で経理に関わる仕訳や入力を行い、会計事務所はその仕訳等の確かさなどを毎月チェックしているという仕組みを学びました。タイ国にそのアイデアを持ち帰ったこともあり、会計事務所の中には月次訪問を実施している例がございます。
 また、会計事務所が中小企業の記帳を代行するのではなくて、正しい会計をベースとして保証業務や経営助言までされているという点にも非常に感銘しました。それもタイ国に持ち帰って会計事務所に対して実践するように指導してきました。

 坂本 私とタイ国との関わりは2004年10月からになります。タイ国商務省事業開発局(DBD)の局長を始めとする皆さんが、日本の会計制度を視察するために来日され、金融庁や国税庁、日本公認会計士協会、日本税理士会連合会、TKC全国会などを訪問されました。その際、「日本の会計事務所の現場を見てみたい」というご希望があり、タイ国のご一行はわざわざ浜松の私の事務所まで視察に来てくださいました。
 このときは、月次巡回監査やTKCシステムを紹介するとともに、「会計で会社を強くする」という視点の重要性をご説明しました。そして皆さんに「もしご希望があれば、会計で会社を強くするという発想を詳しく説明するために、手弁当でも構いませんのでタイ国にお伺いする用意があります!」と申し上げたことをよく覚えています(笑)。

 ソーラダー それが本当に実現しましたね(笑)。

 坂本 そうなのです。ありがたいことに、「有力な会計事務所を3百社ほど集めるので、バンコクで会計事務所向けセミナーの講師を引き受けてほしい」という要請をいただきました。これを受けて、2005年9月にタイ国を訪問したのです。このときは私を含めて5名の会員と、飯塚真玄TKC社長(現名誉会長)が講師を務め、井上先生にもDBDとの調整など多大なご尽力をいただきました。

「高品質会計事務所」認定制度で中小企業支援とガバナンス強化を

 ──2010年11月には、DBDによって「高品質会計事務所」として認定された7会計事務所の代表者等31名がタイ国から来日されて、TKC会員やTKC役社員との情報交換会が実施されました。このときソーラダーさんは、「高品質会計事務所」の認定制度に関するプレゼンをされています。あらためて、この制度の概要について説明いただけますか。

 ソーラダー 坂本先生のように、ISOなど国際的な品質基準を取得している会計事務所があることにとても驚いて、タイ国でも会計事務所の品質向上を図る必要があると感じました。そのためには、優れた取り組みをしている会計事務所を表彰したり、DBDから証明書を発行してお墨付きを与えたりする制度を設ける必要があると考えたのです。2007年から開始したこの制度は、ISO9001およびISQC1(品質管理に関する国際規格第1号)を「高品質会計事務所」の認定基準として採用しており、会計事務所のサービスと品質が遵法的であることを公的に保証するものです。
 認定のメリットとしては、DBDのサイトに事務所名が記載されるため認知度が向上する、非認定事務所との差別化が図れる、顧客満足と信頼関係が向上して関与先拡大につながる、などが挙げられます。現在、「高品質会計事務所」の認定先は、166件にのぼります。

 坂本 そのような優れた取り組みには、会計事務所を介して中小企業を支援しようという発想があったと思うのですが。

 ソーラダー はい。そのご理解の通りです。タイ国では中小企業の90%超が会計事務所を利用しています。そうした状況を踏まえて、会計事務所の底上げを通じて中小企業のガバナンスを構築し、それを強化しようという狙いがあります。

 坂本 日本でもいまから10年前(2012年)に、金融庁と中小企業庁による経営革新等支援機関(認定支援機関)制度が創設しました。主に、金融機関や税理士事務所を支援機関として認定することによって、会計を使いながら中小企業を金融面や経営面から支援しようとする制度です。ただ、こうした発想は、日本よりもタイ国のほうが早いわけでして、その意味において、ソーラダーさんの貢献度は計り知れないと思います。
 一方で、ガバナンス強化という側面で申しますと、TKCには海外ビジネスモニター(OBMonitor)というクラウドサービスがあり、海外子会社における現地の財務状況を日本からチェックすることができます。コロナ下のような状況でも最新業績がわかるので、このような仕組みがうまく機能すれば、両国にとってウイン・ウインの関係になれると思います。

対談風景

中小企業84万社の90%超が会計事務所の支援で決算書等を電子化

 ──国際的なデジタル化の流れが急速に進んでいる中で、日本では、関与先中小企業の黒字化やインボイス対応などへの支援に向けて、会計事務所のDX推進が強く求められています。タイ国ではどのような状況なのですか。

 ソーラダー その点について、先ほどご紹介した「高品質会計事務所」の延長線上にある取り組みとして、DBDは2020年から「デジタル会計事務所」を認定する制度を設けています。つまり、ISO等のサイクルとは別に、AIやRPA等のデジタル技術を用いることによって効率的な経営を行える、かつ記帳代行の工数を減らすことによって経営助言等を含めた高付加価値サービスを提供できる「デジタル会計事務所」へと高度化させようというプロジェクトに力を注いでいるのです。
 DBDでは、このような会計事務所の高度化を促す一環として、プラチナ・ゴールド・シルバーという3段階の表彰制度を設けています。定期的に、表彰事務所を祝うイベントも開催しています。

 坂本 面白い取り組みですね。タイ国では、インフラとして中小企業向け財務報告のデジタル化が急速に進んでいることにも、とても関心を持っています。

 ソーラダー タイ国には中小企業がとても多く、いま約84万社あります。そのうちの90%超が会計事務所の支援によって、「DBD e-Filingシステム」を通じて、決算書等の提出を電子化しています。この「DBD e-Filingシステム」が稼働したのは2015年からで、初期段階では数千の決算書提出しかありませんでした。しかしいまではそれが一気に拡大しています。なぜなら、「DBD e-Filingシステム」利用の法的義務は課さなかったものの、財務データ入力負担が減るDBDが、利用を強力に推進したからです。加えて、提出代行を行う会計事務所もユーザビリティの改善により、提出期限間際に長蛇の列に並ぶ必要がなくなることからシステム利用をより好んだためでもあります。いまでは紙での提出割合が中小企業の数%にも満たない状況です。
 また、「DBD e-Filingシステム」は、XBRL(財務情報を効率的に作成・流通・利用できるよう、国際的に標準化されたコンピュータ言語)に準拠していますので、財務データの加工などにも役立ち、ASEAN(東南アジア諸国連合)の他国でも採用されるに至っています。
 そして、提出を受けた財務データは、「DBD DataWarehouse+システム」に拡張され、ユーザーがさまざまな電子デバイスを介してアクセスできるようになっており、すでに100万人以上の方々がそのデータを利用しています。一般人あるいは、ビジネスを成功させるうえで必要となる取引先の検索やマッチングなどにも活用されています。

 坂本 そのシステムは、金融機関も活用できるのですか。

 ソーラダー もちろん金融機関では、「DBD DataWarehouse+システム」で提供している財務データはもとより、自分たちにとって必要な情報に加工して使っています。

 坂本 タイ国は、まさにDX先進国といえますね。特に、中小企業のDXを政府主導でシステム化等で後押ししながら、それらを会計事務所が活用し支援しているというのが素晴らしいと思います。

 ソーラダー ありがとうございます。これだけの非上場企業の財務データを収集して分析を行い、一般人に提供しているのは、おそらくタイ国だけでないでしょうか。坂本先生の仰る通り、それが実現できているのは、会計事務所による伴走支援があるからです。
 この「DBD DataWarehouse+システム」は、国連の傘下にある国際電機通信連合(ITU)のコンテストで、トップ5にも選ばれました。タイ語だけでなく英語でも利用できるので、日本の皆さんにも、ぜひ一度ご覧いただきたいと思います。

日本の「中小会計要領」を知り中小企業版IFRS導入を中断した

 ──続いて、タイ国における中小企業向け会計の動向について伺います。

ソーラダ副事務次官を囲んで、坂本会長と井上会員(右)

ソーラダ副事務次官を囲んで、
坂本会長と井上会員(右)

 坂本 2013年12月、DBDの要請を受けて、河﨑照行先生(現甲南大学名誉教授・TKC全国会最高顧問)と一緒にバンコクを訪れ、幹部30名の皆さんと意見交換させていただきました。日本で「中小会計要領」が策定されたように、タイ国においても、ドメスティックな中小企業向けの会計ルールを導入しているということでしたが、この状況はいまも変わりありませんか。

 ソーラダー はい、変わりません。いまタイ国には二つの会計基準があります。一つは国際財務報告基準「IFRS」に準じたタイ国財務報告基準「TFRS」であり、これは国際的な公約に基づく公開株式会社および上場会社向けの基準です。もう一つは公的説明責任のない会社向けのタイ国財務報告基準「TFRS for NPAEs」です。これはタイ国の中小企業の事情を勘案して簡素化したものであり、日本の「中小会計要領」のような位置づけとなっています。

 坂本 当時、タイ国を始めASEANにおいて、中小企業会計の制度化を巡って中小企業向け国際財務報告基準「IFRS for SMEs」(中小企業版IFRS)の導入が活発に議論されていました。そのような状況の中で、2014年に日本・ASEAN中小会計ワークショップ(フィリピン・マニラ市)において、また、2015年にERIA(東アジア・ASEAN経済研究センター)のワーキンググループ(インドネシア・ジャカルタ市)において、河﨑先生とともに現地に出向いて「中小会計要領」の活用事例を発表しました。要するに、「日本では、税法と親和性のある中小企業の属性に適した会計ルールを作りました。ですからASEANの皆さんも『中小企業版IFRS』を導入することなく、お国柄に合わせた基準を作ってください」とプレゼンしたのです。

 ソーラダー マニラでお二人からお聴きした活用事例等を参考にして、タイ国では「中小企業版IFRS」の導入を中断したという経緯があります。私はいま、タイ国の会計基準設定主体でもある職業会計事業監督委員会の議長も務めていて、「TFRS for NPAEs」の改定について議論しているのですが、補助金に関する規定追加等があるものの、中小企業会計に関する本質的な考え方は何も変わっていません。

 坂本 それを伺ってとても安心しました。河﨑先生もきっと喜ばれるはずです。それにしても、ソーラダーさんはいろいろな重職を担っているのですね。

 ソーラダー 私が事務次官から与えられている職務は、主に金融と会計の分野です。それに基づいて、事務次官の代理として前述の職業会計事業監督委員会の議長をしていますし、外国企業規制委員会や証券取引委員会のボードメンバーにもなっています。

 ──終了時間が迫ってまいりました。今日の話の共通点である、会計事務所を通じて中小企業の経営をしっかり支援していくことの重要性について、最後に一言ずつご発言いただけますか。

 坂本 ソーラダーさんが参加したマニラでのワークショップでもそうだったのですが、ASEANの皆さんには、「会計で会社を強くする」という仕組みや考え方を日本から海を越えてどうしてもお伝えしたかったのです。このような私どもの願いを真正面から受け止めて、なおかつタイ国で運用できるように定着もさせてくださっていると伺えて、これまでの努力が無駄ではなかったと感無量です。同時に、タイ国商務省副事務次官として、戦略的な政策を推し進めていることを知って、ソーラダーさんにあらためて敬意を表します。

 ソーラダー こちらこそ勉強の機会をたくさんいただいて感謝しております。日本でもし研修していなければ、タイ国に帰って何を改善するべきかというアイデアも浮かびませんでした。幸いにもよい機会を得られ、自国で発展させることができました。ただ、日本とタイ国で違うのは、日本人は勤勉で秩序を守る方々が多いので、政府があまり口を出さなくても自主的にきちんと対応できるということです。タイ国はまだその部分が弱いので、どうしても強制力を持つ法制度を整えないと物事が前に進まないという事情がございます。そんな違いを考慮しつつ、これからも会計を通じた会計事務所や中小企業の発展のための制度が根づくように、日本の優れているところから多くを学んでいきたいと思っています。

タイ国商務省とTKC全国会・TKCの情報交換の主な歴史

◎2004年10月5日~同16日:

タイ国商務省事業開発局一行来日(JICA事業、日本の会計関連制度・システム研修の一環でTKC全国会や坂本&パートナーを見学)

◎2005年9月14日~同17日:

坂本孝司会員他4名、飯塚真玄TKC社長がバンコクを訪問、「タイ国会計事務所経営セミナー」で講師を務める

◎2005年11月18日~同24日:

タイ国会計事務所総勢23名の来日(TKCシステム開発研究所、坂本&パートナー見学等)

◎2006年9月~2007年8月:

ソーラダー氏がタイ国商務省の派遣でTKC全国会事務局に1年間研修生として業務に従事

◎2010年11月1日:

タイ国商務省事業開発局・高品質会計事務所7事務所他の来日(TKCシステム開発研究所見学等)

◎2013年12月20日:

タイ国商務省事業開発局の要請で河﨑照行甲南大学教授と坂本全国会副会長がバンコクで同省幹部30名と中小企業の会計基準について意見交換(写真)

◎2014年6月12日:

日本・ASEAN中小会計ワークショップ(フィリピン・マニラ市)で河﨑教授と坂本副会長が中小会計要領の活用事例をプレゼン

◎2015年8月3日~同6日:

ERIA(東アジア・ASEAN経済研究センター)ワーキンググループ(インドネシア・ジャカルタ市)で河﨑教授と坂本副会長が中小会計要領の活用事例をプレゼン

(構成/TKC出版 内薗寛仁・古市 学)

(会報『TKC』令和4年12月号より転載)