経営・労務・法務

医療事故予防と再発防止めざし具体的な安全対策の実行段階へ

国民が求める質の高い医療を実現し信頼を獲得するには、安全対策が不可欠である。その一方で、人間が行う行為にはミスはつきものであるため、医療事故防止対策は常に取り組まなければならない恒常的な課題ともいえる。
  医療機関のヒヤリ・ハット事例や医療事故情報を収集し、医療事故の予防と再発防止に取り組んできた日本医療機能評価機構事故情報収集等事業の特命理事である野本亀久雄氏に、その取り組みについてうかがった。

img_b0437_01.jpg    財団法人日本医療機能評価機構
特命理事(医療事故情報収集等事業担当)

野本 亀久雄(のもと・きくお)

九州大学名誉教授
(財)日本臓器移植ネットワーク副理事長
1936年生まれ。
専門は免疫生物学、生体防御学。
1961年九州大学医学部卒業。66年九州大学医学研究科免疫専攻博士課程修了。73年九州大学医学部助教授、77年同大学癌研究施設教授(82年生体防御医学研究所に改組、98年〜00年まで所長)。95年日本移植学会理事長(99年再任)。
主な著書に『臓器移植』(ダイヤモンド社)、『免疫力を高める84の方法』(共著・ダイヤモンド社)ほか多数ある。

重大な医療事故は着実に減少している

──まず医療事故の現状として、事故は減っているのか、増えているのかということからお伺いしたいと思います。

野本
 これはなかなか難しい問題で、医療事故についてどんなメガネ(基準)で見るかによって、その数は異なってきます。
  医療事故情報収集等事業を私が引き受けたときは、慈恵医大青戸病院事件がありました。当時はそればかりでなく、国民が怒り心頭に発するような事故がたくさんあったため、まずはそういう事故、有害事象をなくそうということで取り組んできました。そして、現在はそういう事故は着実に減ってきていると思います。

  ところが、医療環境にはたくさんの人たちが関わっています。また、病気の人というのはいろんな事故を起こしやすい疾患背景を持ちながら病院に来ています。全くの健康な人が集まっている集団ではないのです。つまり、もともと事故が起きやすい環境にあるわけです。したがって、医療事故防止が進む一方で、どこまで医療事故と捉えるかという顕微鏡の倍率を拡大していけば、どこまで行っても医療事故があるのは当たり前という世界でもあります。それをカウントしていくと、医療事故は減っていない、となるわけです。

  この間、医療事故報道については、単なるバッシング記事も見られた時代からよい医療へ持っていくような建設的な報道がなされる時代に変わってきました。これは事故減少とともにその対策を評価してのことと受け止めています。

中等度以下の事故防止は対策手法が異なる

──先般公表された「平成20年年報」によりますと、医療事故においても、ヒヤリ・ハット事例においても「確認不十分」や「観察怠り」などの初歩的なミスが原因として多くあります。

野本
 医療事故を原因の立場から分析すると2つに分けられます。1つは、高度の医療、高度の技術によって起こる事故です。これはかなり熟練した人が行っても事故は起こるわけです。その一方で、100のレベルが必要にもかかわらず、そこまでに至らない人が行って起こす。これは致命的な事故です。そしてもう1つが、もっと低いレベルの話で、日常的に起こるちょっとした事故で、これをなくすというのはなかなか難しいことです。
  これまで大きな事故の防止を中心に取り組んできたわけですが、いまは小さな事故を掘り起こしている状況といってもいいでしょう。

img_b0437_02.jpg──そういうちょっとした事故には、それこそ確認不十分などによるミスが多いわけですね。

野本
 そうです。では、確認不十分などのミスをどうやってなくしていくか。何度も何度も繰り返し注意すればよいではないかといわれますが、人間というのは同じ刺激を繰り返すと、刺激になれて感覚が鈍くなってしまいます。ですから、刺激は許容範囲にとどめなければなりませんので、ものすごく時間がかかるわけです。

  言い換えれば国民の強い反感を買うほどの極めて悪質な医療事故をなくすのは簡単なのです。原因がはっきりしていますから。しかし、人間の注意力が及ばないことによる事故というのは、特別な原因があるわけではありませんので、その対策は今後の大きな課題です。何かをやるときには自分の注意力や安全の感覚を取り戻す。     

 そういうシステムをつくらなければならないのだと思います。流れのままに行動するのではなくて、次の大きなステップに入るときには、自分自身に必要な警告を発して動くというような仕組みをつくらない限り、ヒューマンエラーをなくすことはできません。

  ヒューマンエラーでもひどいものであれば、われわれがその事故情報を発信して経験を共有することで、みんなの記憶にとどめ残っていくことになるわけですが、軽微なものであっても不愉快なことであり、事故は事故です。それをなくすには、いままで誰もやっていないような工夫も必要だと思います。

──意識というより、職場の環境や仕事のすすめ方、そういうところまで工夫を凝らした安全対策が必要なわけですね。

野本
 そうです。ダブルチェックにしても、ダブルチェックしたことになれてしまう。また、常にピーンと張り詰めた状態があまり長く続くと素材疲労を起こします。そういうやり方ではなく、いろんなところに節目を設け、行動していくときにはその節目で感覚をリフレッシュさせる。そのような仕組みを何か工夫してつくらなければならないのです。

  いまだに中等度以下の医療事故はたくさんあり、国民は非常に嫌な思いをしているわけです。医療事故を本当に、国民が納得するレベルまで減少させること。それが次に取り組むべきテーマとなるわけですが、この中等度以下の事故防止対策は、大きな事故防止対策とは手法が変わってくるのです。

“医療安全担当者”の配置が不可欠な医療機関

──もともとが、とにかく多くの事例を収集して、そこから学びましょうというスタンスで行われてきたものですね。

野本
 はい。そのほかに、医療安全情報を定期的にファクスで提供してきていますが、これは実際に効果的に作用しています。というのは、医療関係者の人たちは患者さんに迷惑かけたいと思って、この仕事を選んでいるわけではありません。医療事故なんて起こしたくないのです。医師や看護師の人たちは少しのミスや事故でも、当事者となった傷が心の中に残っている。一度もないという人はいないのです。したがって、自分が体験していなくても、「医療事故でこういうことがありました。気をつけましょう」ということで、安全情報がピンポイントで来ると、ハッとして、対策を講じるのです。

──実際にどういうことから事故が起きたか、場合によっては類似事例などが具体的に記され、わかりやすく注意喚起していますね。

野本
 ありがとうございます。医療現場の人たちに常にシンパシーを持ちながら警告しているわけです。シンパシーを持たずに警告すると反感だけを買うことになります。いまの時点では、直接安全対策につながるので、いちばんよい方法だと思っています。

img_b0437_03.jpg医療事故情報収集等事業では定期的に 「医療安全情報」を発信している
(No34.2009.9)

──医療事故情報収集等事業においては研修会なども行われていますね。

野本
 事故報告にしても、報告から出てきた対策にしても、事実に基づいて正しく報告書が書いてあることが大前提です。それをもとにした対策だからこそ有効に作用するわけです。そのためには、一部の人だけでなく、病院のなかの誰もが事実を報告できるように教育しておかなければなりません。これは事故防止にものすごい大きな効果を与えます。そして各病院では、少なくとも研修をして、医療安全担当者を配置しておくことが必要なのです。

  事故防止の効果というのは目に見えないものですが、医療安全担当者がほとんどの病院に配置されている事実が、この事業の具体的な成果としてはっきりと現れていると思います。

──各病院では安全委員会を設置して、安全対策を進めるという流れもありますが。

野本
 委員ということになると、その人は本来業務ではないでしょう。すると、月1回の委員会のときだけ医療安全を考えることになってしまう。しかし、担当者となると、それが本来業務となりますから、常に頭の中に医療安全があるし、また行動もすることになるわけです。これは大きいですね。

あらゆる事例が含まれる医療事故等の事例

──現在、収集されている医療事故情報やヒヤリ・ハット事例は対象病院からのものですが、一般の中小病院や診療所で起こっている事故も反映しているとみてよいのでしょうか。

野本
 収集する項目には、“こんな小さなことまで報告するのか”というものまで想定し、含まれています。これはどうしてかというと、サンプルとして大病院を選ぶけれども、病院・診療所であればどこかで起こっているはずというものが全部集まるようにしているからです。また、報告義務のある病院のベッド数を見ると、14万床になりますから、実態把握には十分です。

  ですから、どういう場面で事故が起きる、どういう心理状態で事故が起きるというのは、どこの病院であっても参考になるものです。そして次のステップとしては、たとえば安全対策のモデルをつくり、それをパイロットとして実際に行ってもらうよう促していくなど、一歩進んだ安全対策に結びつけていくことが必要だと考えています。

img_b0437_05.gif──ミスや事故は起きるものという考えで対策を立てていくことも重要なことですが、一方ではミスをする人は繰り返すともいわれています。

野本
 今後、医療界が取り組まなければならないことのひとつに、いわゆるリピーターといわれる人たちをどのように再教育するかということがあります。
  能力以上のことをするから、いろんなことが起こるケースが多いわけです。再教育をし、どういうレベル内の仕事であれば国民に迷惑をかけずに済むかという物差しできちっとはかって、その人が働ける状況をきちんと設定してあげる。そうすれば、医療というのは非常に広い領域の守備範囲がありますから、そういう人の活躍の場もいろいろあるわけです。当然、才能を伸ばしてあげる教育も必要なことです。

──ある局面だけの理解で、全体を見通せていないから事故が起きるともいわれますが。

野本
 それを理由にするのは誤りです。何事も局面の連続が全体ですから、局面を見ないと話にならない。中堅クラスや若手が非常に難しい手術をする。するとその人間はその局面に集約せざるを得ない。そのとき必ず、経験のあるベテランが指導者として張り付いてやることで事故を防ぐことができるわけです。だから自分で手術するとき、全部自分より下のレベルの人が助手をするというのは間違いなんです。昔の外科は必ず腕の立つシニアが助手をしてくれていました。そういうやり方をしないといけません。

より参加しやすく、活用しやすくなる“事故防止事業”

img_b0437_06.jpg(財)日本医療機能評価機構
医療事故防止事業部 部長 後 信(うしろ しん)


 平成16年度より日本医療機能評価機構により引き継がれた医療事故情報等の収集事業は10月で5年の節目を迎えます。ヒヤリ・ハット事例や医療事故情報のコンピュータシステムも旧くなってきていること、また集まった情報をより活用してもらうため、システムの再構築をいたします。
 その目的は次の3点です。
(1)    報告における医療機関の作業負担を軽減する
(2)    重要な事例を重点的に収集する
(3)    医療事故情報とヒヤリ・ハット事例の収集・分析の整合を図る

 
  来年1月からは、年報に載っている件数以上の事例がWEB上で閲覧できて、たとえば自分が関心のある薬を入れると、それに関する事例が一覧表示される検索機能もつきます。研究者にとってもより利用しやすくなります。

  また、事業に参加する医療機関数も増えてほしいと考えておりますので、より参加しやすい形をとります。ヒヤリ・ハット事例については、詳しい事例を書いてもらうというのが大変な医療機関は、薬剤や輸血、治療などの項目ごとに件数だけを報告するというやり方を新しく増やす予定にしています。いわば入り口を広げ、ハードルを低くして、事業に参加してもらう。そして次の段階として、「仮に実施していれば死亡した事例や重い障害が残ったと思われる事例については一層詳しい情報をください」というように重点化して詳細情報を集め、最終的には医療事故もヒヤリ・ハットも十分な量の情報を報告していただけるように考えています。

具体的な再発防止活動が今後の課題

──新たに事業を継続されることになったとのことですが、次の5年の活動については具体的にどのようなことを考えていますか。

野本
 予算との兼ね合いもあるので具体的なことは申し上げられませんが、論理的に考えれば、いままで相当量のきちんとしたデータが集まってきたわけですから、次はより具体的に再発防止というアクションに入らなければなりません。そのため、報告書で取り上げている「個別のテーマ」や「共有すべき医療事故情報」、さらに「医療安全情報」で取り上げた内容など、注目している事例についての発生状況の推移等を分析していくことも必要になると思います。また、医療安全情報においては、専門家からの意見や助言等をどのように盛り込むかも検討していくことにしています。

  この医療事故情報収集等事業は、あくまで医療事故の予防、再発防止にあります。医療事故の当事者となって幸せな人は1人もいません。病院も国民も同じなんです。だから病院も被害がないように、国民も被害がないようにすること。それがすべてであり、そこから離れるつもりはありません。

  現状を見れば、参加する医療機関数は変わりませんが、死亡事例の割合と件数は減ってきています。因果関係を考えると、それだけで物を言えることではありませんが、そういう成果が出てきている。その一方で、医療安全担当者がどの病院にも配置されるようになりました。これは、それぞれの医療機関が本気で取り組もうとしている証といえるでしょう。このような1つひとつの動きによって、国民が望む事故のない理想的な姿に近づけるのではないかと思います。

(平成21年9月18日/「TKC医業経営情報」2009年11月号)

クリニック経営改善オンデマンドミニセミナー

クリニック新規開業オンデマンドミニセミナー

運営組織のご紹介

TKC全国会医業・会計システム研究会 (略称:TKC医会研) は、TKC全国会の中でも特に医業・会計に精通した約1,600名の会員により構成されており、約23,000件の病院・診療所の健全経営をご支援させていただいております。