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巻頭インタビュー 高齢者への敬意と愛情に基づく医療制度設計を

2008年4月にスタートした「後期高齢者医療制度」。国のPR不足や事務処理ミスなど、その導入において混乱を極めた。またそのネーミングも含めた高齢者に対する配慮不足や年金からの天引きなど多くの批判を浴びた。マニフェストで同制度の廃止を訴えた民主党新政権は、2013年度から新制度に移行させるべく、有識者らを交えた「高齢者医療制度改革会議」を11月中に立ち上げるという。
  高齢者の医療制度においてどのような視点が必要なのか、高齢社会の問題に取り組む樋口恵子氏(高齢社会をよくする女性の会代表)にうかがった。
 

img_b0438_01.jpg高齢社会をよくする女性の会
代表
樋口 恵子

聞き手 本誌編集人 谷野 勝之
(医業経営コンサルタント)

樋口 恵子(ひぐち・けいこ)
1956年、東京大学文学部美学美術史学科卒業・東京大学新聞研究所本科修了。時事通信社・学習研究社・キヤノン株式会社を経て、評論活動に入る。2003年まで東京家政大学教授、「女性と仕事の未来館」初代館長。現在、評論家、「高齢社会をよくする女性の会」代表、東京家政大学名誉教授、高齢社会NGO連携協議会代表(2代表制)。
主な著書に『人生百年女と男の花ごよみ』(日本放送出版協会)、『私の老い構え〜元気に老いる女の十六章〜』(文化出版局)、『祖母力〜祖母力が日本の未来を救う!?〜』(新水社)、『チャレンジ〜70歳の熱き挑戦〜』(グラフ社)ほか多数。

高齢者への愛情なく迷走した後期高齢者制度

──昨年4月にスタートした後期高齢者医療制度は、説明不足も相まって数々の批判を受けました。

樋口
 私は後期高齢者医療制度に強く反発した1人です。また、「後期高齢者医療制度に怒ってる会」というのがあり、その発起人の1人でもあります。
  ここまで混乱した要因は当事者に説得も説明もまったくなかったこと、その検討プロセスの委員会においても該当年齢者が1人しか加わっていなかった。それも医療側の立場です。これは非常に大きなミスだったと思います。国民に新たな負担を求める介護保険制度の発足の際、中央官庁も自治体もどれだけ躍起になって当事者や団体、個人、地域に対して説得・説明したかを思えば、雲泥の差です。

  郵政選挙というシングルイシューでのゴーサインでしたのに、大量議席の強行採決の流れで通ってしまった。メディアにも少し責任があって、こんな重大な法律が強行採決されたことをあまり取り上げてくれませんでした。高齢者問題に取り組む私でも、恥ずかしながらみんなが騒ぎ立てるまでよく知りませんでした。議論していることや、高齢者の医療費が社会保障費の負担と給付の関係で大問題にあることの認識はありました。ただ、大問題であるからには、国民的議論と国会での堂々たる審議があって決めると思っていたのです。

  そのあたりまでは方法論に対する怒りだけだったのですが、その骨子を読み、久し振りに政策に対して感情的になりました。高齢者に対する愛情や共感というものが一つも感じられなかったからです。あまり感情的になるのはよくありませんが、当事者を感情的にさせる政策は間違っていると思います。

img_b0438_02.jpg──樋口先生は制度見直しの〈高齢者医療制度に関する検討会〉で、「7つの大罪」ということで問題点を指摘されています。

樋口
 高齢者の病気は慢性化しやすい、複数の疾病を抱えているというのはその通りです。事実の上では返す言葉がありません。高齢者は「4S」といって、しみ、しわ、白髪、そして診察券の枚数が増えるのです(笑)。
  内科だけだった診察券がここ10年で、ひざのねんざで整形外科、歯科はもともとあり、目を痛めて眼科、老人性のしみで皮膚科にかかり、あっという間に枚数が増えました。ほかに60代初めから10年来、血圧のコントロールを受けています。

  単純にカッときたのは、この年齢に達すると、「高齢者の多くは症状の軽重にかかわらず認知症の症状を持つことになる」という文言です。それも事実です。74歳までと比べると75歳以上では確かに認知症の発生率が高くなっている。実際に85歳以上の4人に1人は認知症というデータもあります。でも逆に、85歳を過ぎても4人に3人は認知症ではないということです。それを症状の軽重にかかわらず、「多くの高齢者に認知症の問題が見られる」そして、「後期高齢者はこの制度の中でいずれ避けることのできない死を迎えることになる」と。ここで完全にカンカンです。だれがこの制度をつくってくれなんて頼んだかって。いかにも世の中の厄介事がすべて75歳以上のせいだとばかりの冷たい言い捨て方に感情的になったのです。

img_b0438_03.gif──保険料でも天引きなどの問題がありました。

樋口
 私は高齢者も応分の保険料負担をすべきだという考えです。現役並みの所得がある人はもちろんのこと、低所得者であっても、もちろん基礎年金だけでは生活費に足りないぐらいですが、ほんの気持ちだけでも負担すべきだと思います。これまで同じ高齢者でも立場によって負担は不公平でした。同じ50歳の息子を持っていても、その息子が大企業の社員であれば被扶養者として保険料を免除される一方、大工の棟梁だったら国保ですから、かなりの金額を払わなければならない。

  今回はすべての75歳以上がこれまでの保険制度を脱退して、個人として加入します。社会保障の個人化という意味では一つの進歩だと思いますが、そのやり方があまりにもつれない。一片の通知で子どもの世帯から引き離され、奥さんが72歳で夫が76歳だと夫婦別れになる。塩川正十郎先生さえお怒りになられたのもごもっともです。あらゆる属性を全部取り払って、いきなり75歳で線を引くことを相談もなしにやられた。あまりに乱暴ではあるまいか、ということです。

  そこへ介護保険のように年金からの保険料天引きをやった。それは禁じ手で、介護保険は新たな負担がある代わり、高齢者にとって最大の不安だった介護を、社会がサービス給付してくれる。その見返りがあったわけです。しかし、後期高齢者医療制度は何もいいことはない。見返りも何もないなかで年金から天引きする。これを「やらずぶったくり」と言うのであって、怒るのは当たり前です。
  ですから修正や凍結がつづき「後期高齢者医療制度の迷走」になったのだと思います。

高齢者の核家族化が進む中在宅中心の政策は疑問

──財源も厳しさを増しています。新しく制度をつくるにしても大変なことだと思います。

樋口
 私は昨年、福田内閣のときに組織された社会保障国民会議のメンバーに指名され、そこで子育てから高齢者に至るまでの国際的に通用するデータを精選して出してもらいました。すると、若年世代を1とした75歳以上の医療費は3.8でした。ドイツは3.4です。高齢者の比率が日本のほうが少し高いことを思えば、ドイツも日本もほぼ横並びです。だから、かまびすしく言われるほど日本だけが高齢者に医療費をかけているわけではありません。しかし、高いのは事実ですから、どのように各世代間で負担し合うかとなると、消費税増税が必要と私は思います。
  ただ、これは前例がないことですから、きちんとデータを示して、それこそ今度は感情的にならずに、冷静に一から論議して作り直すべきだと思っています。
 

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本誌編集人 谷野 勝之

──樋口先生は介護保険制度の提唱者であり、介護を社会化しましたが、いまの在宅政策は社会化をなし崩しにして家族に戻そうとしているとおっしゃっていますね。

樋口
 とにかく医療にも介護にもお金がかかる。だから社会保障国民会議では、どれくらい必要なのかをシミュレーションして試算しました。その結果、社会保障国民会議全体の方向としては、「消費税増税はやむを得ない」というニュアンスで終わっています。だけど、私はもっとサービス量が必要になると思います。その根拠が家族構造の大きな変化です。

  介護保険が国民的な議論になったのは1995年ごろです。法制定が97年で、施行は2000年です。90年代半ばは要介護の方の家に介護をなし得る家族が少なくとも1人はいると考えてよかった。

 それから15年がたち、何で昨年「おひとりさま」本がブームになったかというと、「おひとりさま」も、その前段階の「おふたりさま」も急激に増えているからなんです。80年ごろは70〜80%が、90年代も半分近くが3世代世帯だったのが、この10年、15年の間に、28%と少数派になって、「おひとりさま+おふたりさま」が高齢者世帯の過半数になってしまいました。 

  家族のサイズがどんどん縮小し、高齢者の核家族化が進み、家族の介護力はゼロに近づいている。老老介護、認認介護の状況の中で療養型病床を減らしている。これは財政を軽減するためだけの理由でしかないと思います。そこにしかいられない人たちが多いのに、在宅に戻してどうするのか。たった1人いる高齢の配偶者に、吸痰から排泄の世話までできるんですか。

  「野垂れ死に」に対して、私は「家垂れ死に」と言っています。孤独死、心中、介護殺人は増えています。いま家族のかたちが大幅に変化して介護力がなくなっているときに、まだ在宅といっているのは疑問です。

制度が機能していなかったから命が助かった

──医療サービス面では、その人の計画をつくって、指導しながら評価をしていく高齢者担当医がありましたが……。

樋口
 それが問題なんです。いまその制度の根幹をあいまいにして、だれも本気でやらないから収まっているのです。
  かかりつけ医というのは、理念的には反対ではありません。今でも地域の実態や家族構成まで知り尽くしたお医者さんがうまく対応している例はあります。しかし、後期高齢者医療制度がきちんと機能していたら、私は今ここにいなかったと思います。

  今年の4月28日、大病を患いました。体に違和感があって、お腹に風邪が来たのだと思って風邪薬を飲み、安静を保ちました。これでたいてい治るはずなのに、むしろだんだん募ってくる。それで近所の開業医で診てもらいました。血液検査一つするわけではありませんが、その先生は名医で、「風邪とは違うようだけど」と言いながらも風邪薬をくれて、2〜3日様子をみることになった。それでも何ともいやな感じがまったく治まらず、じわり、じわりと強くなるのです。幸い、娘が医者なので相談すると、明日から連休に入るから、今夜のうちに勤務する病院に来るように言うのです。夜中に自家用車で行き血液検査をしたところ、白血球が3倍、炎症反応10倍です。CTを撮り、胸腹部大動脈瘤の腫脹ということがすぐにわかりました。こんな大手術は一般の総合病院では無理なので、近くの循環器専門病院にコンタクトをとったら、「すぐ救急車で搬送してこい」と。夜中12時近かったと思いますが、即座に手術となり、4時間かけて人工血管に3本置き替えたのです。それで何とか生き延びて、いまはこの程度に元気になりました。

──制度が機能していなかったから助かったわけですね。

樋口  
私は今度の病気で日本の医療制度がどんなにすばらしいかを一方で痛感しました。
  脇腹部ですから背中は輪切り、胸はかぎ裂き、すごい傷跡の長さです。保険点数は傷跡の大きさで決まるということなので、ざっと200万円ぐらいはかかるものと思い、預金を下ろしに行く準備をしていた。それで手術代はいくらかと請求書を見たら500万円ほど、一番下の請求額を見たら、13万5000円です。「何、一桁間違っているでのは?」と思いながらも、とにかく支払った。だけど、よくよく調べてみると、70歳以上は特に優遇されているようですが、高額療養費制度があって、8万100円+総額の1%だということです。
  日本はこのような医療制度を国民の血を流すような闘争もなく、つくってきた。私は感涙にむせばんばかりに感動しました。

  その一方で、もし後期高齢者医療制度が100%機能していたら、私は主治医に行く。そして、「血液検査をしていただけないでしょうか」と言うと、「紹介状を書きましょう」とするうちに、1〜2日がたつ。血液検査で少し変だとわかれば、今度はCTの検査ができる病院へ紹介される、1週間ぐらいすぐ過ぎる。運が悪ければ破裂して死んでしまいます。74歳までなら助かり、75歳になった途端にぐるぐる回されているうちに死ぬかもしれない。人間の命をそんなふうに年齢で区分けしていいものだろうかと思うのです。

最初に患者を診る医者の診断能力が求められる

──民主党は2013年から新しい制度に変え、年齢による区分はなくすといっていますが。

樋口
 今度、社会保障審議会の医療保険部会に私と全国老人クラブ連合会の見坊和雄先生の2人が高齢者枠で加えられましたので、そのような審議にも多少はかかわれると思っています。
  前の見直しの検討会で出た意見で、私は必ずしも賛成しなかったのですが、「介護保険は65歳でだれも怒らないのであれば65歳で区切ったらどうか」という意見もそれなりに有力なものでした。その代わり介護保険と医療保険をそこでドッキングさせてしまうわけです。一つの案としてこういうこともありうるだろうと思います。

img_b0438_05.gif──高齢者医療では、どのような視点が欠かせないと思われますか。

樋口
 家庭医やかかりつけ医のような制度はうまく実行されれば悪くないと思っています。ただ、それによって診療アクセスを制限するならば、その前に「国家百年の計」とまでは言いませんが、家庭医、かかりつけ医の養成をしっかりと行い、20年後に実現させる、長期的な計画が必要です。まずは医者の養成です。いまだに日本の医学部全体の老年科専攻はわずかです。医学教育のありようを根本的に見直すことが必要だと思います。

──高齢化はますます進んでいきます。開業医に求めることは。

樋口
 年をとりますとあちこちに故障が出ますから、それぞれの専門にうまくつないでくださる方が求められます。
  ある会合で知人に大病したことを話したのです。するとその方のご両親の話になった。お父様は身体がしびれて、頭が痛くなって開業医にいったら、医者は「お年ですからそういうこともありますよ」と、帰されてしまった。その翌日に脳梗塞の発作を起こして亡くなってしまったのだそうです。お母様も、「お腹が痛い、お腹が痛い」と言ったのに、「様子を見ましょう」で、薬をもらったけれども、夜中に猛烈な痛みとなり救急車で運ばれたそうです。こちらは虫垂炎の重症化です。そういう話は山ほどあるわけです。

  患者に対して丁寧で、聞き上手であって、患者に共感できる人でなければ医者になる資格はないと思っています。だけど6年もかけて、その後また2年も研修する。その教育に、国立大学でも私立大学でも国民の税金が投入されていることを考えれば、きちんとした医者としての専門性を持っていただきたい。少なくともファーストステップで診察する医者は区分けできる程度、あらゆる病気に通暁していてほしい。
  誤診とか手遅れのために取り返しのつかない障害を一生持ってしまう人が結構います。死んでしまう人もいるわけです。


img_b0438_06.jpg ──開業医は幅広い知識と洞察力が必要で、それを病院は高い専門知識と技術で支えるわけですね。

樋口
 今の病院てすごいですよ。私はちょうど11日間、人心地つかなくて生死の境をさまよっていたんですが、術後8時間でICUは出されてしまう。16時間くらいで、もう尿道のカテーテルなどすべて抜かれて、「起きて体重を測れ」と。

そして「立ってトイレへ行け」です。1日たったら今度は、外科医が3人ぐらいで青竹を振り回さんばかりの剣幕でやってきて、「起きろ、歩け」です。「鬼軍曹」という名前を付けたんです(笑)。

  だけど、それがなければ寝たきりになったかもしれません。だからリハビリの打ち切りは、多田富雄先生のお怒りはごもっともです。民主党になってどう変わるかわかりませんが、「後期高齢者医療制度に怒っている会」はどうやら解決しそうだから、今度は「リハビリ短縮に怒っている会」を多田先生と一緒につくろうかと思っています(笑)。 


(平成21年10月15日/「TKC医業経営情報」2009年12月号)

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