経営・労務・法務

「患者の権利」の保障は医療現場の改善につながる

 人々が健康で文化的な生活を営み、幸せに生きるためには、安全で質の高い医療の提供が不可欠だ。しかし、今日、その医療は多くの課題を抱えている。そうしたなか、日本弁護士連合会では、「患者の権利」が十分に保障されていない状況を問題視し、昨年末、「患者の権利法」の法制化を目的とした「患者の権利に関する法律大綱案の提言」を厚生労働省に提出した。同大綱案のとりまとめに中心的に関わってきた弁護士の平原興氏に話をうかがった。

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平原 興
弁護士
日本弁護士連合会
人権擁護委員会第四部会副部会長 
聞き手
本誌編集人 谷野勝之
(医業経営コンサルタント)
◎Hirahara Kou
1997年、一橋大学法学部卒業。
同年4月、司法研修所入所。
2000年4月,埼玉弁護士会に弁護士登録、大倉浩法律事務所(さいたま市浦和区)入所。日本弁護士連合会・人権擁護委員会第四(医療問題)部会副部会長。埼玉弁護士会・人権擁護委員会副委員長。埼玉弁護士会・子どもの権利委員会、同刑余者シェルタープロジェクトチーム、同医療観察法プロジェクトチーム、埼玉医療問題弁護団などに所属
 

 

患者“主体”に転換するには「患者の権利法」が必要
──日本弁護士連合会(日弁連)では昨年末、患者の権利の法制化を目指し、厚生労働省に「患者の権利に関する法律大綱案の提言」を提出しました。まずは、その背景からお聞かせください。
平原 2011年3月11日に発生した東日本大震災は、1万5,000人以上の命を奪い、多くの人々を生命の危機にさらし、私たちの社会と生活を大きく揺さぶりました。同時に私たちは、この大災害で医療が生命、健康、社会を支える最も重要な基盤であることを改めて強く認識したと思います。しかし、今日の医療を見ると、さまざまな問題を抱えていて、「患者の権利」が十分に保障されていない状況にあります。
 医療は、非常に専門性が高く、患者側と医療側との間には大きな情報格差が生じています。患者が医療を受ける時、おのずと医療側にすべてを任せた形になりやすい。その結果、患者は“客体”として扱われることが出てきてしまいます。
 もちろん、単に“客体”として、医療側の都合のいいように扱われてきたわけではありません。医療側は、患者のことを考え、専門家として最善の医療を提供できるように努めていますが、医療の特殊性から、患者の意思や気持ちを中心に据えることができにくいのです。こうした、いわゆる“医療パターナリズム”が、実際に重大な人権被害をもたらした歴史もあります。たとえば、ハンセン病問題は、医療の名の下に患者のあらゆる人権を奪い、尊厳を冒してきました。
 患者を“主体”とするためには、患者の自己決定権を医療の中心に据えることが必要です。それとともに、患者の権利を擁護する視点から、医療政策を講じ、医療提供体制や医療保険制度などを再構築、再整備する必要があります。その前提として、「患者の権利法」を法制化すべきという考えが、「患者の権利に関する法律大綱案の提言」の起点になります。

インフォームド・コンセントを実践する環境整備が不十分
──患者の権利の保障の重要性については、近年、医療側でも認識しているように思います。現状、どのような点が不十分だとお考えなのでしょうか。
平原 「患者の権利」には、大きく「自由権的な権利」と「社会権的な権利」の2つがあります。
 「自由権的な権利」は、世界的な患者の権利運動の原点ともなった「患者の自己決定権」、いわゆるインフォームド・コンセント原則があります。これを全面的に否定する医療機関はないでしょう。そういう意味で、“意識”としては定着しているのですが、正しく理解されているかというと、疑問があります。患者に意思確認を行えば医療行為が正当化されるという部分だけに着目し、医療側の免責要件として理解されている側面があるのです。
 もちろん、本質を理解していても、そのための時間や人材を確保できずに実践することができないという医療側の立場もあると思います。いずれにしても、インフォームド・コンセント原則の本質をどのように実現するのかという点が不十分だと見ています。
 子どもや高齢者、精神疾患の患者、外国人などに対するインフォームド・コンセントが実際にどこまで行われているのかという問題もあります。
 たとえば、外国人患者を積極的に受け入れている診療所を取材させていただいたことがあるのですが、地域の他の医療機関と密に連携するとともに、医療通訳を配置して対応していました。そして、クリニックの看板を見るとさまざまな国の言語で、診療科や診療時間の案内が表記されているわけです。改めて考えてみると、そこまでしなければ、そこに医療機関があることや、いつどんな医療を受けられるのかという基本的な情報すら得られない人もいるということなのです。「患者の自己決定権を尊重します」という前に、必要な情報を患者に正確に伝えるという部分から支えていかなければならないのです。
 また、子どもの場合は未成年なので、本人の同意の有無が法的に問題にされないケースが多く、親に説明し、親から同意を得るだけになってしまいがちです。でも、実際に医療を受けるのは子どもなのです。子どもに、どのように医療に向き合ってもらい、主体的に医療を受けてもらうかを考えると、そのサポートが十分とはいえないでしょう。アメリカやイギリスでは、「チャイルド・ライフ・スペシャリスト」や「ホスピタル・プレイ・スペシャリスト」など、子どもの病院での生活や治療をサポートする専門職を配置しています。そこでは、子どもに少しでも医療を主体的に受ける立場にあることを認識してもらうような取り組みをしています。「病気を治すために医療を受ける」という意思を子どもにも持ってもらうのです。
──子どもに限ったことではなく、大人にもいえることかもしれませんね。
平原 そのとおりです。医師から病状や治療方針の説明、リスクなどを聞いて、私たちは何となく理解した気持ちでいます。しかし、自分で判断して、治療方針を意思決定できるかといえば、それは無理でしょう。補足説明をしてもらい、どのように意思決定すればよいのかをサポートしてもらう必要があると思います。それを、どこまで医師が担うべきなのかという問題はありますが、その手助けが必要なことは確かです。すると、それを支える職種や制度が整備されなければ、本来のインフォームド・コンセント原則は実現しないのです。

自分の医療情報を知るカルテ開示の推進も
──「自由権的な権利」としてその他、どのようなところが不十分だと見ていますか。
平原 医療情報の取扱いについてです。今、いろいろなガイドラインが出され、カルテ開示などは、以前と比べて進んできましたが、まずは、患者本人が、自分の医療情報をいつでもきちんと知ることができ、それを理解し、活用できるという部分から整備することが必要です。また、患者自身が意思を表明できなくなった時や亡くなった後などに、誰ならその患者情報を見ることができるのかという点などもきちん整えていかなければなりません。
 近時は、カルテ開示を申請すると割とスムーズに進むのですが、それでも、しつこく理由を聞かれたり、あからさまに不快な顔をされたりするという相談を受けることもあります。医療機関としては身構えてしまう気持ちはわかります。だからこそ、そこをスムーズに情報開示してもらえるように、法整備が必要なのです。
 それから医療情報が持つセンシティブな側面を考えると、その管理方法や利用方法などについても、しっかり配慮しなければなりません。
──情報については、患者や家族にどこまで開示すべきなのかという視点もあると思いますが。
平原 確かに、医療情報をそのまま開示すると、その患者への悪い影響が予測されるケースでは配慮が必要です。
 しかし、これまでは、がんの告知の問題についても、「この事実を患者が受け止められないだろう」と家族や医師が一方的に考えて対応してきました。でも、その患者にとってはとても重要な情報なのですから、患者に事実を伝えた上で、どのようにその患者を支えていくのかということを本来は考えるべきです。不利益になると予測される情報は伏せるというスタンスを当然視してはいけません。
 もちろん、不用意に情報開示ができない場面はあると思います。現実に、告知しない場合だけでなく、がんなどを不用意に告知したことが問題になるケースもあります。そのような場面で大切なのは、「情報開示すれば後は関係ない」というのではなく、情報開示をした上で、どのように患者を支えるのかという取り組みでしょう。

患者の権利の保障は医療者のためにもなる
──「社会権的な権利」の現状についてはいかがですか。
平原 社会権的な権利とは、「医療を受けること」そのものに関する権利です。
 たとえば、今、貧困で十分な医療を受けられない人が増えています。窓口負担が払えずにギリギリまで医療にかからず、治すことができない状態になってから病院に運ばれるケースがたくさん報告されています。日本には、世界に誇れる国民皆保険制度がありますが、それが“空洞化”しているのではないかと懸念しています。
 もう1つ、地域によって医療提供体制に格差が生じていることがあげられます。とはいえ、実際にはその格差是正はとても難しい問題です。
 また、医師や看護師をはじめとする医療従事者は過酷な労働環境に置かれ、患者に十分な医療を提供したくても、手一杯で対応できない状況があります。この医療従事者の過酷な労働環境も、社会権的な患者の権利を阻害している要因の1つです。
 患者の権利というと、患者のためにあるように聞こえますが、患者のための医療を行おうとすれば、提供する医療従事者の労働環境を整備しなければならないのです。
──「患者の権利」の保障は、それを支える医療従事者のためのものでもあるわけですね。
平原 たとえば、高齢者が望む終末期を実現するには、何度も対話を繰り返すための相当の時間や人材が必要です。現在の医療機関の状況では、それを実現しようとしても困難です。医療従事者があるべき医療を提供できる環境を整えるためにも、患者の権利の法制化が不可欠なのです。

大綱案には国・地方公共団体医療従事者の基本的責務を規定
──海外では「患者の権利」の法制化について、どのような状況にあるのでしょうか。
平原 アメリカでは、1960年代から患者の権利について議論され、多くの州で法制化されました。ヨーロッパでは、1970年代からその議論が始まり、北欧諸国で患者の権利に関する立法がなされました。1992年にフィンランドで世界で初めて単独法として制定され、それから、アイスランド、デンマーク、ノルウェーなどでの制定が続きました。制度の形を見ると、各国、各州ともさまざまで、単独法もあれば、医療関連諸法規のなかに法改正で新たに加える形を採っている国もあります。
 日本では今、法整備の形について、患者の権利法のような単独法がよいのか、医療基本法として、患者の権利を含めた医療制度全体の基本法がよいのか、議論がわかれています。日弁連としては、患者の権利を医療制度の根本に据えたいという想いから、患者の権利法という形での制定を主張していますが、医療に関わる様々な立場の人が一致して制定しやすいという意味では、“医療基本法”という大きな枠組みのなかに患者の権利についても規定した形のほうが実現しやすいのではないかという意見も出ています。
 いずれにしても、日弁連が求めているのは、医療制度のなかで、患者の主体性を大事にした医療が提供され、どこにいても最善の医療が受けられることが保障されること。これを医療政策の根本の目的に据えることが大事です。
 当然、そのためには、制度上、改正していかなければならないことや、医療費の問題、保険医療の配分の問題など、クリアしなければならないことはたくさんあります。でも、先に問題点を考えるのではなく、まずは、どのような医療を目指すのかという方向性を明確にすることが必要です。そして、それが患者の権利法だと考えています。目指すべき方向性を明確にすることで、初めてそれに向かった施策を講じることができるのだと思います。
──先般、提案された法律大綱案の概要を教えてください。
平原 整理すると「前文」「医療における基本権」「患者の権利各則」の3部構成になっています。
 前文では、患者の権利が日本国憲法の定める基本的人権、特に13条の定める生命、自由、幸福追求権、25条の生存権、および世界的人権、国際人権規約に根拠を持つものであることなどが明記されています。
 具体的な内容としては、総論として記載されている「医療における基本権」の中身を少し紹介すると、まず「人間の尊厳の不可侵」や「最高水準の健康を享受する権利」「最善の医療を受ける権利」などを規定するとともに、「知る権利」「自己決定権」を入れさせていただきました。自己決定権を保障するためには、その前提として、自分の情報を知らないといけないし、その権利が保障されていないと実現できません。
 あとは、特殊な表現かもしれませんが、「学習権」と「医療に参加する権利」を規定しています。これは、医療全般について学ぶことをもっと保障していかなければならないという考えからです。そのために行政は情報提供の場をつくっていく。それを踏まえて、医療に参加する権利は、医療行政を含めて、患者が参加する仕組みにしていかなければならないということです。
 また、この基本権を保障する基本的責務として、「国・地方公共団体の基本的責務」と「医療従事者の基本的責務」の2つを明記しています。
 国、地方公共団体には、この権利を実現するために、必要かつ十分な医療施設等、人的物的体制を整備し、医療水準の向上に努めるとともに、医療保障制度を充実させなければならないという直接的な責務を規定しました。
──医療従事者の基本的責務とは具体的にどのようなものですか。
平原 法律大綱案のなかでは、患者との信頼関係を築き、本法に規定する諸原則や患者の権利を尊重して、誠実に最善かつ安全な医療を提供しなければならない旨を記載しました。
 医療従事者は、患者と信頼関係を築き、患者の権利を患者と一緒に共感し、実現するパートナーとなることが大切です。たとえば、十分な情報提供を行うにしても、今の状況のなかで実現するのは難しい。それを患者の権利を守るためには、こういう時間が必要で、こういう制度が必要だということを患者と共に確認し、進んでほしいということです。それが実現した際は、患者の権利の“守り手”として、誠実に医療を提供することが責務だと考えています。

医療従事者との対話で価値観を共有していきたい
──今、患者の権利を守るために医療従事者はどうすべきだとお考えですか。
平原 今の環境のなかで、患者の権利を十分に保障することは、確かに大変なこともあるかと思います。ただ、そのなかであげるとすれば、1人ひとりの患者とできる限り時間をかけて対話をすることが大切だと考えています。対話をすることが、“義務”や“権利”ということではなく、それがきちんと行われることで、はじめて信頼関係は構築されると考えています。
 とはいえ、言葉でいうのは簡単ですが、これを実現するだけでも、医療機関の負担は大きいですし、財政的な基盤も必要になります。そのなかで、医師が対話する部分と、コメディカルが対話できる部分がありますので、多職種の役割分担を明確にして対応することがとても大事になると思います。
──今後、日弁連としてはどのような活動を目指していますか。
平原 まずは、医療従事者との対話の機会を積極的につくっていきたいと考えています。患者の権利の法制化は、医療従事者の立場、患者の立場、そして行政の立場の人々が関わり、合意形成されて初めて実現できるものです。
 もう1つ、“患者の権利”というと身構える医療従事者もいますが、これは医師に突き付けて、厳しい状況に追い込むものではありません。医療従事者が患者と対話したいと思っているのに、それができないでいる、そうした状況を変えることが、患者の権利法案が目指しているものです。この価値観をみんなで共有し、一緒に進んでいきたいと思います。

(平成24年12月3日/構成・本誌編集部佐々木隆一)




























 

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