2014年4月に税率が5%から8%へアップする消費税。いま中小企業にとって大きな関心の的となっているのは、「価格転嫁」をいかに成功させるかということである。増税による需要減という大きな懸念を抱えるなか、その成否は企業の存続にかかわりかねないからだ。取りうべき価格転嫁対策やその課題を探った。
図表1(『戦略経営者』2013年11月号11頁・図表1)をみてほしい。これは、日本商工会議所などが2011年にまとめた報告書「中小企業における消費税の転嫁に係る実態調査」中のアンケート調査をもとに作成したグラフである。これによると、消費税が3%から5%に引き上げられた前回の税率引き上げ(1997年)時には、売上高5,000万円以下の事業者の5割以上が価格転嫁できなかったと答えていることが分かる。さらに、売り上げ規模と価格転嫁の可否はきれいに反比例しており、売上高の小さな会社ほど価格転嫁が困難だった様子が数字からはっきり見て取れる。
同調査では同時に、引き上げられた場合の予想についても尋ねているが、およそ6割以上が「価格転嫁できないと思う」と回答。今回の引き上げでも中小企業が価格転嫁の行方について、強い不安を抱いている実態が浮き彫りになっている。日本商工会議所ではこの結果に関して、「前回引き上げ時の苦しい経験、デフレによる企業体力の低下、リーマンショックなど景気の悪化による影響が関係しているのではないでしょうか。価格転嫁ができなければ、その分、収益が圧迫され経営に大きな影響が出ると考えられます」(産業政策第一部)と述べている。
買い手側に重い負担
この事態に経営者はどうやって自衛策をとればよいのだろうか。中小企業の価格転嫁対策に詳しい弁護士・中小企業診断士の関義之氏はこう語る。
「消費税の転嫁対策には、自社でできること(経営全体の見直し)と法律を利用することの2つがありますが、まずは消費税転嫁に関する国の政策をチェックしておきたいですね。なかでも10月に施行された『消費税転嫁対策特別措置法(以下、特措法)』はぜひ中味を確認しておくべきでしょう」
同法は、消費税の円滑かつ適正な転嫁を確保することを目的に定められた法律だ。大きく分けて(1)消費税の価格転嫁を受け入れない「転嫁の拒否」の禁止、(2)転嫁を阻害するような表示の禁止、(3)価格表示に関する特別措置(『戦略経営者』2013年11月号P15~で詳説)、(4)転嫁カルテルや表示カルテルを一部容認する特別措置の4つのポイントがある。
早速1番目の「価格転嫁の拒否の禁止」からみてみよう。これについて同法では「消費税転嫁額の減額や買いたたき」「消費税の転嫁に応じることと引き換えに商品を購入させ、役務を利用させ、または経済上の利益を提供させる行為」「対価の交渉で本体価格を用いる旨の申し出を拒否すること」「上記各行為を公正取引委員会などに通報したことを理由とした報復行為」の4つを禁止することを定めているが、最も問題になるのは最初の「買いたたき」だろう。
買いたたきとは一般的に、合理的な理由なく消費税増税分を上乗せした対価よりも低く定める行為のことを指す。原材料費が下がっていて本体価格そのものの値下げが可能になるなど明らかな経済状況の変化がないなか、「増税前の価格で何とかならないか」と仕入れ先に要求することはできないのである。また今後予想される10%への引き上げを念頭に置き、「10%に上がったときに全部のむから今回は2%分だけにしてよ」などといった交渉の仕方も認められない。いずれも「合理的な理由」がまったくないからである。
そうすると「合理的な理由」をあれこれ持ち出して値下げを要求してくる会社も現れそうだが、そのハードルは高い。供給側の中小事業者に利益が生まれる客観的な根拠を買い手側が説明しなければならないからだ。説明責任は買い手の方にあり、「説明できなければ一方的に『買いたたき』と言われかねない、かなり重たい負担」(関氏)になっているのである。
違反の取り締まりも強化
中小企業を守るこうしたさまざまな規定に加え、さらに今回の法律を特徴的なものにしているのは、転嫁の拒否に対する取り締まりを強化した点にある。取引先から転嫁拒否された事業者の通報により公正取引委員会などが立ち入り検査を行い、悪質な事案については最終的に社名を公表する措置が導入されたのである。企業イメージや信用が大きく失墜することから買いたたきや転嫁拒否の抑制効果が期待でき、中小企業にとっては心強い規定といえるだろう。公正取引委員会の担当者も太鼓判を押す。
「全国津々浦々で一斉に起こるかもしれない違反行為に対し、従来通り公正取引委員会と中小企業庁だけで対応していては人手が足りません。そこで今回は法律上の特別措置として、関連する各省庁にも調査権限を付与できることになりました。また転嫁拒否等の行為に対する罰則はありませんが、『それでちゃんと取り締まれるのか』というご批判もありましたので、この勧告・公表の規定を定めました。違反して公表されるとなれば、企業にとってかなりの社会的制裁になるでしょう」(公正取引委員会事務総局経済取引局取引部取引企画課の山田弘課長)
価格転嫁の拒否には、買いたたきのほかにも、「価格転嫁を受け入れる代わりに値札の貼り替えなどを理由としてスタッフの派遣を要請したりすること」「価格交渉を税抜きの本体価格で行いたいという提案を拒むこと」なども含まれる。とりわけ税抜き価格での交渉は中小事業者にとって重要なポイントとなりそうだ。
「税込み価格での見積書などを続けていると、『これまでと同じ価格でもってきて』と言われかねませんが、税抜き価格だと消費税の転嫁部分を分かりやすくすることができます。特措法でそれを拒むことが禁止されたので、税込み価格で交渉を行ってきた企業は税抜き価格での交渉に切り替えることをお勧めします」(関氏)
それでも一企業単独で大手のバイヤーに立ち向かっていくのは勇気がいるもの。「断固として買いたたき拒否を貫けるほど強気でいられない」という経営者もいるかもしれない。そうした場合に助けになり得るのが、業界団体などでまとまって価格転嫁を実施する「転嫁カルテル」「表示カルテル」の存在だ。本来カルテルは各企業の自由な価格設定を妨げる行為として独禁法上禁止されているが、特措法で消費税の価格転嫁の方法や表示について足並みをそろえる転嫁カルテル・表示カルテルが適用除外になることが決まったのである。10月2日に公正取引委員会に届出を済ませ、今回の増税で第1号の転嫁カルテル団体となった、一般社団法人日本産業・医療ガス協会の担当者はこう話す。
「加盟企業1,086社(7月時点)のうち約9割が中小企業ですが、法律順守の観点から5月ごろから転嫁カルテルの準備を進めてきました。カルテルによって、(1)買い手側が転嫁を拒否することを防ぐ(2)消費税を転嫁せずに安売りする売り手側の企業の出現を防ぐ──という2つの効果を期待しています」
同協会ではこのほか、税込み価格と本体価格を併記し、1円未満の端数を四捨五入するなどの統一基準も定めている。参加企業の3分の2以上を中小事業者が占めれば転嫁カルテルを申請できる決まりになっており、業界団体や商店街などで今後続々と誕生する可能性がある。こうした動向について情報収集し、参加を検討してみるのも一つの手かもしれない。
値下げセールにはご注意を
さて、ここまで「立場の弱い中小納入業者と立場の強い大資本の買い手」という構図を暗黙の了解として前提にしてきたが、中小企業であれば何でも保護されるわけではない。中小企業も当然、買いたたきや価格転嫁の拒否は禁じられている。さらに特措法で定められた「価格転嫁を阻害する表示」についての規定は企業規模の大小を問わずすべての事業者が対象となるので注意が必要だ。
この禁止事項は要するに、消費税に関連するような形での安売り宣伝や広告を行うことを全面的に禁止するもの。消費者に消費税を負担しなくてもよいかのような誤認を与えたり、納入業者への買いたたきや競合する小売店の転嫁を阻害したりしないようにするのが目的だ。「消費税還元セール」のような、消費者に誤認を与える安売りを防止することが、中小納入業者に価格転嫁を押し付けるような事態を避けることにつながるというわけだ。
もちろん中小零細の小売店もこのルールを守らなければならない。具体的には、15ページ(『戦略経営者』2013年11月号P15)以降にも詳述するが、「消費税率上昇分値引きします」などあからさまに消費税増税分を値引きするといった内容はNG。さらに「消費税相当分のポイント付与(キャッシュバック)」などの表現も禁止だ。また消費税と直接的に記さなくても、「増税」「税」などすぐに連想できるものも規制の対象となるから注意が必要だろう。
とはいえ消費税との関連がはっきりしない「春の生活応援セール」「お値段そのまま」だけの文言、たまたま税率の引き上げ幅と一致する「3%値下げ」などは禁止表示に該当しない。
資本力にものをいわせた大手小売店が時期を合わせて値下げセールを強化する可能性は十分あり、小規模な小売店や外食店にとっては極めて厳しい事業環境が続くと予想される。
メリハリのある転嫁対策を
特措法の成立や価格転嫁についてのマスコミ報道などもあり、中小企業が価格転嫁できるかどうかという点に注目が集まりつつあるが、経営者は実際のところどのように感じているのだろうか。歯科医院向けに歯の詰め物など「歯科技工物」を納入している須山歯研(千葉県)の須山慶太社長はこう話す。
「業界の8割が個人でやっている小規模な事業所。これら競合する免税事業者が安い価格で販売した場合に、既存の取引先がそちらに流れてしまうかも、という懸念はありますが、今のところ主な取引先である歯科医院とは消費税分を価格転嫁することで納得いただいています」
値下げ競争に巻き込まれる可能性は捨てきれないものの、取引先との交渉に問題は感じていないという。住宅業界向けの補修・メンテナンス製品を販売しているハウスボックス(東京都)の大槻慎二社長も価格転嫁がすんなりいくと楽観視している経営者のひとりだ。
「取引先から消費税の転嫁を拒まれるようなことを言われたことはありません。ですので当社としては増税後、税率引き上げ分をそのまま商品価格に上乗せできると考えていますので、価格転嫁問題は心配していません」
むしろ同社にとって重要なのは、原料価格の高騰にともなう本体価格そのものの値上げ交渉のようだ。
「当社製品は海外から輸入しているものが多く、原油価格の上場や円安に振れている為替の状況から消費増税とは別に値上げをお願いせざるを得ない状況です。11月から徐々に実施する予定ですが、すべて値上げが通るという保証はありません。また当社製品の売り上げは住宅着工件数と連動することが多く、消費増税後の住宅需要の落ち込みを考え、営業利益率の低下を予想しています」
価格転嫁がスムーズに運びそうな同社はまだしも、本体価格の値上げ交渉と価格転嫁交渉が両方難航しそうな企業にとっては、まさに死活問題といえそうだ。しかも増税後の需要の落ち込みがどの程度なのか誰にも分からない。東京都八王子市で典型的な町工場を営むナラハラオートテクニカルの内野真治社長はこう打ち明ける。
「当社は受託加工が主でその都度見積もりを出すスタイル。大量生産品のように定価が決まっているわけではないので、そんなに価格転嫁には神経質になっていません。それより気になるのは増税後の買い控えなどで景気が冷え込むこと。こちらの方が影響が大きいのではないでしょうか」
同業他社との安売り競争、原材料費の高騰、駆け込み需要後の反動減……対大企業との増税分の価格転嫁交渉だけが焦点ではない。あらゆる側面で経営者の判断が問われているのである。関氏は言う。
「事業全体で利益を確保するためのメリハリある転嫁対策が求められるでしょう。商品ラインアップが多数あるような小売企業であれば、すべての商品で値上げが成立しなくても、商品の価格構成を見直すことで利益の落ち込みを防ぐことは可能ですし、新商品を開発すれば従来の値段にとらわれずに価格を自由に決めることができます。またBtoBの価格交渉では『値下げに応じない』ということが基本ですが、取引先とのこれまでの良好な関係をこじらせないためにも、商品の付加価値を上げ、相手の利益になるような提案をしていくことを検討してみてはどうでしょうか」
果たしてこの難局を中小企業は乗り切れるのか──。特措法の内容についてチェックすることはもちろんのこと、自社の経営戦略をあらためて再点検する必要に迫られそうである。
(本誌・植松啓介)