神奈川県横浜市に本拠地を置くプロ野球球団・横浜DeNAベイスターズ。2019年シーズンは2位という悔しい結果に終わったが、平均観客動員数の伸び率はプロ野球全12球団のなかで最も高い12.6%を記録。多くのベイスターズファンを引きつけるシーズンとなった。かつては閑古鳥が鳴いていたスタジアムを、熱気あふれる空間へと変えたファン獲得戦略について、木村洋太副社長に話を聞いた。

プロフィール
きむら・ようた●2012年株式会社横浜DeNAベイスターズに入社。事業本部チケット営業部長、経営・IT戦略部長、執行役員経営企画本部長を歴任。マーケティング・中期事業計画立案に加え、球場改修計画(コミュニティボールパーク化構想)策定、横浜スポーツタウン構想や新規事業開発、IT戦略策定などを手掛ける。

──観客動員数や球団公式ファンクラブの会員数を大幅に伸ばしています。

木村洋太氏

木村洋太 氏

木村 今シーズンはベイスターズ主催試合72試合目で、球団創設以来最多となる228万3524人の観客動員数を記録し、球団のオフィシャルファンクラブである「B☆SPIRIT友の会」も8万9290人のファンの皆さまにご入会いただいています。
 株式会社ディー・エヌ・エーがベイスターズを取得したのは2011年12月のことですが、その前のシーズンでは主催試合観客動員数が約110万人、座席稼働率が50.4%と、ベイスターズの本拠地である横浜スタジアム(ハマスタ)の約半分程度しか埋めることができませんでした。
 以後、ベイスターズを多くのファンの皆さまに愛される球団にするために、さまざまなイベントを開催し、今では主催試合観客動員数は2.1倍、ファンクラブ会員数も13.9倍(いずれも対11年比)にまで拡大しました。現在は毎試合ほぼすべての座席が埋まっており、座席稼働率も98.9%と高水準を保っています。

──地元の人々に焦点を当てた戦略を展開されました。

木村 ベイスターズが拠点を置く横浜市には約374万人もの人々が暮らしています。これが神奈川県になると約919万人になり、ファンビジネスとしての市場規模はかなり大きいです。また、全国高校野球選手権大会の優勝校も数多く輩出しており、神奈川県予選大会の決勝戦はハマスタで開催されることが多いのですが、毎回満席近くなるなど、野球に対する関心の高い地域性も特徴的です。
 一方のベイスターズは観客動員数が伸び悩み、ハマスタの半分を埋めることがやっとという状態でしたが、市場規模の大きさに加え、野球への関心の高さを上手に生かすことができれば、絶対に満席にできると確信していたので、まずはベイスターズの試合を見に行きたくなるような仕掛けづくりに取り組みました。

──膨大な量のデータを収集されたとか。

木村 当初は企画を立案するうえで参考となるデータが手元にない状態でしたので、2012年シーズンを通してありとあらゆるデータを集めました。具体的には来場者向けのアンケートやインタビュー、オンラインでのチケットやグッズの購買データなどを元に、ファンのプロフィルや来場傾向をつかむことを意識しました。

──収集したデータに基づいてどのような戦略を展開されたのでしょうか。

木村 例えばファンの来場頻度を分析するときに、私たちは「ハマスタがある横浜市中区を中心に、外へ広がるにつれてファンの濃度も薄くなっていく」という仮説を立てていました。すなわち、ハマスタの近くに住んでいる人ほど頻繁(ひんぱん)に足を運ぶ熱心なファンが多く、ハマスタから離れるにつれてファンの熱量も少なくなっていくのではないかと考えたのです。しかし実際にデータを分析したところ、平日は神奈川県南西部からの来場客が多い一方、土日祝日は北東部からの来場客が多いという、私たちの立てた仮説とはまったく異なる結果が明らかになったのです。
 このデータを踏まえ、私たちは「来場頻度にはファンの生活地域と働き方が関係している」という新しい仮説を立てました。すなわち、平日に来場するファンのほとんどは仕事帰りのビジネスパーソンで、特に勤め先から横浜駅付近を経由して帰宅する方が多く、反対に、土日祝日は神奈川県北東部在住で東京都内にある会社に勤務しているビジネスパーソンやその家族といった、平日に横浜駅付近を経由しない層が主に来場していると考えました。
 平日の観客動員数を増やすことに力を注ぎたい際には、これらの分析結果に基づき、これまで神奈川県全域の主要駅構内に広告を出稿していたところを、JRの大船駅や藤沢駅といった神奈川県南西部の駅構内に出稿エリアを絞るなど細かな施策にも反映させました。その結果、広告を頻繁に目にして興味を持つようになった一定数のビジネスパーソンを、ハマスタに呼び込むことにもつながりました。

──データを分析するうえで重要なことは何でしょう。

木村 データに基づいた戦略立案で陥りがちなのは、データを収集する仕組みやプロセスの構築に力を注いでしまうことです。もちろんこれらも大切ですが、それよりも分析結果から何を読み取り、どのような戦略を展開するかといった思考や発想力が重要です。
 データ分析はあくまでも手段であり目的ではないことを意識するとともに、分析結果から何を読み取ることができるのかを、柔軟な発想で意見することを心がけていましたね。

ターゲットを明確に定める

──より多くのファンを取り込むためにペルソナマーケティングを採用されたとお聞きしました。

木村 ペルソナを設定したのは2013年頃のことです。当時、ファン獲得のためにさまざまなアイデアが出されていましたが、「選手のかっこよさを強調したイベント」や「女性向けの企画」など、人によって目指している方向が異なっていました。ファン獲得戦略に正解はありませんが、全員が同じ方向を向いた方がより洗練された企画を立案できるのではないかと考えて設定したターゲットが20代から30代男性、会社員、仕事も遊びもアクティブに楽しむ〝アクティブサラリーマン〟です。

──アクティブサラリーマンの詳しいプロフィルについて教えてください。

木村 2012~13シーズンで来場客の多数を占めていたのが30~40代の男性で、伸び率が最も高かったのが20~30代の男性でした。そこで、20代から30代の男性をメインターゲットに絞り、性格や趣味といった具体的なプロフィルをディスカッションしてペルソナを設定しました。
 こうして生まれたのが、平日は仕事に励む一方、退社後は同僚とビアガーデンに行ったり、休日には音楽フェスやバーベキューなどのレジャーを積極的に楽しむ人たちで、彼らを〝アクティブサラリーマン〟と名付けました。彼は自分ひとりではなく、周りの人間を巻き込んでイベントなどを楽しむため、アクティブサラリーマンに誘われて初めてベイスターズの試合を観に来た人でも十分に楽しめるようなイベントやグッズ展開を行いました。
 例えば、花火にムービングライトを織り交ぜた光きらめくショーでベイスターズの勝利を祝う「Victory Celebration」や、女性来場者限定でユニフォームが付いてくるほか、女性でも楽しめる演出やグッズがめじろ押しの「YOKOHAMA GIRLS☆FESTIVAL」という特別イベントなど、「思わずハマスタに足を運びたくなる」ような魅力的なイベントを開催し、いずれも好評を博しています。
 ペルソナを設定したことで、「そのイベントがアクティブサラリーマンにとって本当に楽しいのか」という前提を全員で共有でき、企画会議でも参加者全員が意見やアイデアを活発に議論できるようになりました。

──プロ野球球団〝らしくない〟戦略が功を奏していますね。

木村 単に他球団と同じような取り組みをしていては、多くのファンを獲得することはできません。ベイスターズが追求したのは野球観戦のエンターテインメント性であり、思わず足を運びたくなる魅力あふれる空間づくりです。社内でも、上長等とアミューズメントパークの視察やイベントに参加することを推奨しており、これにかかる費用はすべて会社が負担しています。イベントを手掛けるからには、あらゆるエンターテインメントから〝魅(み)せ方〟を学び、アイデアをストックすることも業務の一環ですし、この積み重ねがプロ野球〝らしくない〟にもかかわらず好評を博するイベントの開催につながっているのです。

──選手や監督、コーチを巻き込んだ企画もありました。

木村 チームの協力がないと実現できなかったイベントや企画も山ほどあります。特に、シーズン中のチームに密着し、練習やミーティング、ベンチ裏でのやり取りといった舞台裏をまとめたドキュメンタリー作品「ダグアウトの向こう」や「FOR REAL」は、監督や選手たちの協力なしでは実現することはなかったでしょう。
 チームの裏側を公開することは選手たちにとって決して好ましいことではないはずです。しかし、この企画をスタートさせた当時はチームが5年連続最下位で、球場も閑古鳥が鳴いている……この現状を打ち破るためには、これまでと同じようなことをやっていては駄目だという空気を選手や監督、コーチ、裏方スタッフたちも察知し、私たちの思いに賛同してくれました。チームを巻き込んだファンサービスを積極的に展開していくなかで、観客数も目に見えて増え、「僕らがプレーでファンをもっと喜ばせる」と選手たちも意気込んでいます。
 今シーズンの終盤にはキャプテンを務めている筒香嘉智(つつごう よしとも)選手のアイデアで、熾烈(しれつ)な順位争いを勝ち抜くためにチームを鼓舞するメッセージを、筒香選手自身の言葉で表現し、ベイスターズに関わるすべての人たちと共有する企画を行いました。メッセージはSNS等を通じてムービーで伝えたほか、球場や近隣の駅構内に広告ビジュアルとして掲示しました。

──ベイスターズオリジナル醸造ビールもファンの心をつかんでいます。

木村 ハマスタでの飲料売り上げの多くを占めるほど、ビールは人気の高い商品です。そこで、ハマスタでしか味わうことのできない特別なビールを提供すれば、球場へ足を運ぶきっかけになるのではないかと考え、開発したのがベイスターズオリジナル醸造ビール「ベイスターズ・ラガー」と「ベイスターズ・エール」です。
 ベイスターズ・ラガーは、茨城県の創業190年を越える老舗「木内酒造」と共同開発したオリジナルビールで、すっきりとした苦みと心地よい飲みごたえが特長です。一方、ベイスターズ・エールは横浜・関内のクラフトビールブランド「横浜ベイブルーイング」が手掛け、味はもちろん、エールビールならではのフルーティーさを生かした豊かな香りが人気です。
 オリジナルビールの開発のために、選手やコーチなどチーム関係者にビールの好みに関するアンケートを実施し、色やアルコール度数、ホップの香り、苦みなどの調査結果をもとにベイスターズのイメージに合致したオリジナルビールの味や香りを追求しました。

〝つながり〟を生み出す場所へ

──2015年のシーズンオフにはハマスタのTOB(株式公開買い付け)を実現しました。

木村 TOBによりベイスターズとハマスタの一体経営が実現しました。これは、ベイスターズがこれからも横浜という街に根づき、ファンの皆さんとともに歩んでいくことの意思表示であり、ベイスターズ球団の健全な経営をベースにチームの強化を図るという目的がありました。
 TOB実施後の16年シーズン以降、ベイスターズは常に黒字体質を維持しており、チームも常に上位争いをするまでに成長を遂げています。

──今後の展望を教えてください。

木村 私たちが目指すのは、野球ファンはもちろん、野球になじみのない人も含めた全員が楽しめる場所を提供することです。この考えを具体的な戦略として展開したのが「コミュニティボールパーク」化構想で、2017年から3年間かけてハマスタの増築や改修工事を行うとともに、フードやドリンクメニューの充実などを手掛け、訪れたすべての野球ファンが満足して試合観戦できる環境を整えてきました。
 野球を通じてさまざまな人が出会い、多様なコミュニティーを形成するための場所としての役割を、ベイスターズや横浜スタジアムが担えるように、来シーズン以降も多様なイベントや企画に取り組んでいきたいと考えています。

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2019年11月号