12.65%──。今年9月、厚生労働省が発表した男性の育児休業取得率(2020年度)である。低空飛行が続くが、男性社員の育休取得促進にいち早く取り組み、魅力を高めた企業も少なくない。イクメン、イクボスといった言葉が真に定着するか、日本企業はいま岐路にある。

プロフィール
ほりえ・さちこ●中小企業診断士。北海道札幌市生まれ。大阪府立大学工学部卒。ノーリツで研究開発や営業などに携わり、女性活躍推進プロジェクトに参加。2012年、株式会社ワーク・ライフバランス所属。働き方に関するコンサルティングでは、担当チームのモチベーションを上げながら楽しく働き方を見直す手法が特徴。クライアントの中小企業は製造業から小売業、建設業まで多岐にわたる。
子育てしやすい職場づくり

──企業における子育て支援に対する認識の変化について教えてください。

堀江 私の所属する株式会社ワーク・ライフバランスは、厚生労働省が旗振り役を務める「イクメンプロジェクト」に10年以上携わり、子育て支援に関する啓発活動をおこなってきました。この間、育児にまつわるさまざまな課題が浮き彫りとなっています。
 産後女性の死因のトップが、うつ病による自殺であるという点もそのひとつです。女性は出産後、ホルモンバランスを崩しやすい傾向があり、子どもを寝かしつけるため睡眠時間が十分とれず、うつ病を発症するケースが少なくありません。あるいは、育児休業を取得した男性社員が職場復帰後に転勤を命じられるといった、パタニティー・ハラスメント(パタハラ)も顕在化しました。パタハラを引き起こすと世論の反発は避けられず、株価が下落した企業もあります。このようなニュースに接する機会が増え、仕事と育児の両立への関心は着実に高まっていると感じます。
 さらに6月には、育児・介護休業法が改正されました。2022年4月以降、育休の分割取得が可能になり、社員に対する育休取得の意向確認が求められるなど、制度面も大きく変わります。子育てしやすい職場づくりがもたらす効用を実感している経営者が増えていて、男性の育休取得が進展するかどうかのターニングポイントにあるといえます。

──20年度には、男性の育休取得率は12・65%と過去最高を記録しました。

堀江 取得率は上昇しているとはいえ、依然低い水準にあります。介護休業は取得を突然迫られるのに対して、育休は一定の準備期間を設けられるライフイベントといえます。また、近年は不妊治療のため休暇を取得したり、障害のあるお子さんを育てつつ働いている女性もいたり、ケアすべき対象は多様化しています。育休を定着させるには社員の意識改革を促し、柔軟性のある社内制度などを整備することが肝要です。

属人的業務を排除

──具体的な事例等を教えてください。

堀江 企業における子育て支援の事例として参考になるのが、男性育休取得率100%を実現している、新潟県のサカタ製作所の取り組みです。従業員150名ほどの部品製造会社で、以前は長時間労働が常態化していました。労働時間と業績は比例するとの考え方が浸透していて、男性社員の育休取得など考えられない雰囲気だったそうです。育休を取得するとなると、中核を担う人材が半年程度職場を離れるわけですから、「休暇を取るとチームに迷惑をかけてしまうのでは」との意識が生まれてしまうのも無理はありません。
 坂田匠社長は、当社代表の小室の講演を聞き一念発起され、残業の撲滅を決断。利益の追求よりも残業ゼロを優先すると社員に宣言しました。目標を達成する上で一番のネックとなったのが、特定の社員しかこなすことのできない業務が数多く存在していたこと。属人的な業務を減らす取り組みが功を奏して、残業時間は減少し、男性社員の育休取得率も徐々に高まっていきました。

──属人的な業務を減らすには、どんな手を打てばよいですか。

堀江 社員が担当している業務の中身をふせんに記入して、画用紙などに貼り出し、可視化する方法があります。
 仕事内容を洗い出して吟味してみると、経営に大きな影響をおよぼすにもかかわらず、限られた社員が担当している業務が見つかるはずです。なかには、特定の社員しか有していない職人芸やノウハウなどもあるでしょう。そのような技能の伝承は真っ先に着手するべき事柄といえます。引き継ぎには一定の時間を要するので、計画を立て、教育する機会を設けるべきです。
 豊富なノウハウを有するベテラン社員が介護休業を取得する際にも、これらの施策は効力を発揮します。

──同社では独自の社内制度を設けていますか。

堀江 有給休暇を1時間単位で取得できる制度があり、子どもの保育園への送り迎えや、学校での三者面談等がある際に柔軟に活用できるそうです。また、育児短時間勤務制度の対象年齢を3歳から9歳に引き上げるなど、子育て世代の社員の声をもとに、制度のブラッシュアップを図っています。

心理的安全性が対話を促す

──子育てしやすい職場を実現するためのポイントについて、お考えをお聞かせください。

堀江 コロナ禍で、家族と過ごす時間を大切にしたいと考える人が増えています。経営者と子育てについて話すと、育児にもう少し携われていたら子どもとの距離を縮められていたかもしれない、といった感想をよくうかがいます。現在社長に就いている世代は、育児に参画していない方が大半で、育児イコール女性との認識をまず改めなければなりません。そして社員と対話する機会を率先して設け、経営者自身が育児に対する考えを話し、社員の思いを聞き取ることから始めてみてください。
 対話を意義あるものとする上でカギとなるのが「心理的安全性」です。心理的安全性とは、意見を述べても否定されることなく受けとめてもらえる関係性を指しますが、職場の会議では若手社員の発言機会が往々にして少なくなりがちです。そうすると、若手社員がアイデアを発表するのをためらうようになってしまいます。妻が妊娠中であるといったプライベートの話題なら、なおさら切り出しづらいでしょう。
 一方、公私問わず相談できる関係性が構築できていれば、出産や育児といったプライベートの出来事も把握しやすくなります。育児や介護は経営者側にも起こりうるライフイベントですから、風通しの良い職場なら、社員から逆にアドバイスをもらえる場合もあるかもしれません。
 上司側から「育休どうするの?」などと声をかけるだけでも、男性社員の育休取得に大きな効果があることが明らかになっています。

──他のポイントを挙げると?

堀江 社員それぞれが抱えるライフイベントは多様化しているため、社内制度に柔軟性を持たせることをおすすめします。
 当社は「新しい休み」という、独自の制度を運用しています。この制度では毎月22.5時間を上限に、15分単位で休暇を取得できます。乳幼児がいると体調を崩したり、日中に予防接種を受けにいったりといった、突発的な対応を迫られるときがあります。あるいは子どもの保育園への送迎や、自身の病気の治療・通院に活用したり、従来短時間勤務だった社員がフルタイム勤務に復帰できた実績もあります。
 それぞれのライフイベントに対応する専用の休暇制度を設けてしまうと、家庭の事情によって取得状況に個人差が生まれてしまいがちです。この制度を運用してみて、不公平感が生まれにくいところが何よりのメリットであると感じています。

アワードや認定制度を活用

──イクボス宣言企業への登録や「くるみん認定」の取得を対外的なアピール材料にする企業も見受けられます。

堀江 育児をテーマとするアワードを受賞したり、公的な認定を受けたりして自社サイトで告知できれば、広告宣伝費をかけずに子育て支援の取り組みを広くアピールできます。人材採用にプラスに働くと同時に、誇らしい気持ちになったという声を従業員からよく聞きます。
 先にふれた属人的な業務を減らす取り組みは、コロナで先行き不透明ないま、事業継続性を高める打ち手としても有効です。社員が突発的に休暇を取得せざるを得ない状況のなか、特定の社員しかこなせない業務が残っていると、経営の重大なリスクとなります。業務を洗い出して見える化したところ、若手社員から業務効率化につながる提案がよせられ、業務プロセスの改善を実現できた職場もあります。

──社内外に対して効果があるわけですね。

堀江 子育てに関連する支援制度も手厚くなっており、厚生労働省、都道府県、市区町村という3つの階層で用意されています。公的機関のメールマガジンを購読したり、社会保険労務士に相談したり、日ごろからアンテナを張っておくとよいでしょう。自治体や企業が主催する「父親学級」に出席し、子育てに関する知識を身につけ、理解を深めるのも有効です。
 育児・介護休業法の改正点は来年以降に順次施行され、育児休業取得状況の公表など、大企業から義務化される規定もあります。中小企業こそ子育てしやすい職場づくりに先んじて取り組めば、その他大勢の企業との差別化を図れるはずです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2021年10月号