寄稿

TKC会計人は、「会計を経営に活かす」王道を歩もう!

「中小会計要領」の普及は、国の基本施策

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 明治6年に福沢諭吉が著した『帳合之法』の序文には「簿記会計の普及により、天下の経済の面目を一新し、国力を増大する。」と書かれています。明治の初期にこのような考え方に基づいて簿記会計が導入・活用されて産業が発達し、日本の近代化が図られました。

 それから、約140年が経過し、厳しい経済状況の中で、日本経済を支える中小企業の会計のあり方が議論され、平成17年8月に「中小企業の会計に関する指針」(中小指針)が公表され、昨年2月には「中小企業の会計に関する基本要領」(中小会計要領)が公表されました。こうして中小企業の実状に合致した会計のあり方が明確にされました。

 ご存じのように、「中小指針」の作成に先立って設置された研究会には、第3代全国会会長故武田隆二先生が主要委員として参画され、会議では学界・実業界・業界等の各委員との間で激論が交わされたと聞いています。武田先生が逝去された後、その教え子の河﨑照行甲南大学大学院教授、坂本孝司会員等が武田先生のご遺志を継いで、「中小会計要領」のとりまとめに尽力されました。そして当時、研究会の意見集約に奔走された中小企業庁北川慎介財務課長は、この6月に中小企業庁長官に就任されました。北川新長官は、中小企業の経営の質を高める国の基本施策として「中小会計要領」の普及・活用を位置づけていると述べておられます。

決算書の信頼性を高め、黒字企業を増やそう

 ご承知のとおり、「中小企業経営力強化支援法」では、「中小会計要領」ならびに「中小指針」の普及と活用を通じて中小企業の財務経営力の向上を図り、計算書類等の信頼性を確保して資金調達力向上を図ることが認定支援機関に期待されています。まさに会計を経営に活かすことが喫緊の課題となっています。

 坂本孝司全国会副会長が著書『会計で会社を強くする』(TKC出版)で指摘しているように「会計の本質は経営者のために存在」します。そしてその支援をできるのが、認定支援機関の会計人であり、その最短距離にいるのがわれわれTKC会計人です。認定支援機関の登録数は、今や17,000件を超え、その約3分の1はTKC会員が占めています。

 「中小会計要領」に準拠し、書面添付、「記帳適時性証明書」で決算書の信頼性を高め、経営改善やモニタリング支援等を行って黒字決算企業を輩出していくことこそ、まさに会計人の王道ではないでしょうか。

若きTKC会員の奮起を期待する

 本年1月にTKC全国会創設50周年である2021年に向けて政策課題と戦略目標を発表いたしましたが、その目的は、中小企業の財務経営力を高めて黒字企業を増やすことであり、戦略目標はそれを支援するためのものです。

 今、決算書の信頼性を長年、追求し続けてきた諸先輩の姿勢が評価され、期待が高まっています。この機会を活かして、若手会員の皆さまの奮起を願っています。

 ドイツの哲学者フリードリッヒ・ニーチェは次のように言っています。

 「若者よ、そこそこの勝利が約束された人生を欲しがるな。安定が保証された身分を欲しがるな。若者よ、絶えず、絶えず、挑戦し続けよ。百度もトライを重ねる人生を自分の人生とせよ。その挑戦の中では、失敗が多いだろう。成功は少ないだろう。それでもめげずにトライせよ。失敗と成功のくり返しに満ちた挑戦の人生こそ、きみが生きているということの証明だ。」(『超訳ニーチェの言葉Ⅱ』白取春彦編訳)と。

 飯塚毅初代会長から指導を受けた先発会員も当時は若手会員でした。多くの若手会員が奮起したからこそTKC全国会の歴史が作られてきたのです。

若手会員だけではない、全会員が挑戦しよう

 一方で、自分は若手ではないとお考えの会員先生、中堅以上の会員先生、まだ「老いる」のは早くありませんか。サミュエル・ウルマンの詩「青春」にあるように、若さとは年齢ではなく、60代、70代、80代であっても、胸中に創造力、逞しい意志、炎ゆる情熱、怯懦(きょうだ)を却ける勇猛心を持っていれば、人は若く、挑戦する心を失ったときに人は老いると言われています。

 今やTKC会計人にとって、最高のチャンスが訪れています。この機会に、もう1ランク上の業務品質を目指して挑戦すべきではないでしょうか。認定支援機関としても、関与先中小企業の経営支援に向けて、全力でチャレンジすべきときではないでしょうか。

 

再び指導者原理を問う

 飯塚毅初代会長は「指導者となるかならないかは、人生哲学の如何に関わるが、自己の人生に哲学を持たなければ指導者と言い難い」として次の4条件を満たすように努力することを求めています。

1、時代の流れの方向とその速度について明確な洞察力を持っていること。

 ピーター・F・ドラッカーは「21世紀を生き残っていくためには、時代の変化をコントロールすることはできない。ならばその変化の先頭に立ち、チェンジリーダーになることだ」と言っています。今やICTの進化とグローバル化、市場化が進む中で、人類が経験したことのない急激な時代変化にあって、時代の動きを明確に見る洞察力が指導者に求められています。

2、我利我利(がりがり)の自己中心的発想法から抜け出ていること。

 飯塚毅初代会長は、勝手に関与先納税者の需要と頭脳水準とを限定してしまう職業会計人は意外に多いと指摘しています。自我意識を捨て去って関与先企業を中心に、祈りをもって、K(計画支援)F(フォロー=業績管理体制構築支援)S(証明力=決算書の信頼性を証する3つの証明書)の活動を通して、企業の存続基盤と成長発展に向かって全力投球すべきです。

3、関与先経営者および自分の職員に対して、今後のあるべき実践の方向を誤りなく指示できること。

「税法であれ、会計であれ、テクニックの指導は易しい。しかし、経営が人間による経営である限り、結局は、その経営者の心を、どう方向づけ、どう指導してゆくか、が最後に問われる所である。会計人が、ビジネスドクターといわれる以上は、会計人は、経営者の心の指導能力も、身につけておかねばならない。経営者という人間に方向を与えてゆく仕事、それはこの世で最も偉大なる仕事であり、会計人はその任に耐えるだけの自己の人間性の錬磨に励まねばならぬ」と飯塚毅初代会長は述べています。

 また、ピーター・F・ドラッカーは「知識労働者は知識をもつことによって報酬を得ている。仕事に取り組むからには、自ら計画を立て、自ら行動しなければならない。何に重点をおくか、いかなる成果を期待できるか、それはいつまでに可能か。知識労働者には自律性と責任がともなう」(『ドラッカー365の金言』ジョゼフ・A・マチャレロ編・上田惇生訳)と指摘しています。まさに会計人として心の鍛錬と正しい知識に基づく実践力と行動力が求められています。

4、YesとNoをはっきり言えること。

 何が正しいのかの明確な判断を、税法解釈、会計処理、KFSの実践において求められます。直観によって万慮を運び即断できる力が求められます。「職業会計人の多くは、決断と試行的先見の反復の中で生活してはいない。従って関与先経営者に対し町医者的態度がとれていない」と飯塚毅初代会長は言っています。経営を会計面から支援する指導者として、また関与先経営者のよき相談相手として直観能力が求められています。

 以上の4条件を常に意識し、行動する必要がありますが、そのためには「瞑想に多くの時間をかけること」が重要であるとしています。

 「人間は本来、ガンジス河のほとりの砂ほどの徳性、実に無数の徳性というものをもっている。だから、本当に自我がなくなっているという状態の中には、驚くべき記憶力、驚くべき先見能力、驚くべき洞察力、驚くべき運命の予見能力などの諸特性がある。そして瞑想の実践によって自我を捨てきった中に、驚くべき人間の諸能力が隠されている」。(『会計人の原点』飯塚毅著)

 行動力、判断力を高めるには、坐禅を通じて、全身が無の一字になりきるまで雑念を去り、自分の心を純粋化することだと飯塚毅初代会長は勧めておられました。坐禅は、近くの禅道場で定期的に行うことがベストですが、そのような環境がないときは、少し早起きをして毎日、20分でも30分でも坐禅を習慣づけてみてはどうでしょう。

(会報『TKC』平成25年11月号より転載)