寄稿

今、問われる書面添付制度の本質とTKC会計人の真価

書面添付推進運動の出発点は何か

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

 税理士法第33条の2による書面添付に、われわれTKC会員が取り組みはじめてから約33年が経過しました。

 書面添付制度の本質とは、第三代全国会会長の武田隆二先生の表現を借りれば、「税理士による証明行為であり、決算書類の実質的適正性を保証するもの」といえるものです。

 昭和56年6月9日、TKC千葉県計算センター開設の記念講演において、元国税庁長官・磯邊律男氏は「今後の税務行政と税理士の役割」をテーマに話されました。

 講演は烈々たる愛国心と憂国の至情にあふれたものであり、聞く者の胸を深く強く打ちました。中でも、「個人の実調率が4%前後、法人の実調率が9%前後であり、税務官吏約5万人の数をもってしては如何ともなし難い。独立性のある公正な専門家としての税理士各位に、真の租税正義の担い手になってもらいたい。そうでなければ国の財政再建などおぼつかない」と率直に訴えられたことが、多くのTKC会員の胸を打ちました。

 TKC全国会の書面添付運動の実質的な出発点は、この講演を受けて、昭和56年8月20日に全国委員会を設置するというTKC全国会理事会の決議にさかのぼります。

 その決議内容は、実調率の低さは自由国家の健全性を破壊するものであり、税理士は、税理士法第1条の使命条項を厳格に受けとめ、決算書の信頼性を高める活動に取り組むことが必要であるとして、「調査省略・申告是認を実現するためのTKC会計人選考基準策定委員会」(現在の書面添付推進委員会の前身)を発足させて、税理士法第33条の2の1項の書面添付推進活動を全国的規模で構築していこうというものでした。

 こうして発足した委員会において、制度定着に向けた検討が開始され、初年度は90時間、次年度からは54時間の生涯継続研修の義務を課すこととされ、同時並行的に添付書面に付随する各種証明書類の立案作業を開始しました。こうして開発されたさまざまな書類は、今日使用されているものにつながっています。

逆風の中で取り組んだ先達会員の苦労

 当時は国税庁や国税局の幹部の皆さんにもさまざまに支援をいただきました。元麗澤大学教授・矢澤富太郎先生は東京国税局長時代、TKC全国会の書面添付推進運動を現職の国税局長として支援してくださった一人で、生涯研修も矢澤先生の提言がきっかけとなって始まったと聞いています。

 こうして開始された書面添付制度の普及活動ですが、職業法規、記帳条件などの法的不備の問題もあり、大変な苦労の連続でした。

 TKC会計人の中には、「そんな体制を作って、実践者の氏名を国税当局に通報するなどというのは、一種の民間からの行政権への介入ではないか」といった反対意見や、「調査立ち会い報酬で大いに儲けているんだから、そんな体制作りは迷惑だ」。果ては「今さら生涯研修だなんて迷惑だ、俺は参加したくない」、「税務署の御用機関になるのか」等々、さまざまな反対理由を挙げて、非協力の態度をとる会員も一方にいました。

 税理士業界全体としても、税理士法第46条による罰則規定を盾に、ほとんど実践されていなかったというのが実態でした。

 このような状況のもとで、本制度はあくまでも自由国家の健全性を守る王道であり、税理士の使命であるとの強い信念から、初代委員長の宮﨑健一先生はじめ先達の執行部の皆さん方は大変なご苦労と努力をされました。

国税当局の書面添付重視で調査省略数が増加

 さて、このような歴史的経過の中で書面添付制度は、平成13年の税理士法改正において、税理士に対する意見陳述権を容認する形での制度拡充という転換が図られました。さらにこれを受けて国税庁長官から書面添付に関する事務運営指針が相次いで公表されました。

 特に平成21年4月1日付の事務運営指針では、意見聴取の結果、調査の必要性がないと認められた場合に、税理士等に対し「現時点では調査に移行しない」旨を原則として書面により通知することとされました。このことは長年にわたる推進活動の成果であり、書面添付制度がわれわれの期待に応えるものとなったということでもあります。

 昨今、意見聴取された企業のうち実地調査を省略した割合が国税庁から公表されていますが、その省略件数は年々増加してきています。

 また平成18年にはTKC全国会がかねてから指摘していた事業者の帳簿記載要件である「適時かつ正確に」の文言が商法および会社法に明記されるに至りました。

 これらの法環境の整備は、書面添付制度が社会から要請されてきたことの証左でもあります。

 徴税側にとって書面添付は、税務執行の円滑化・簡素化に貢献する要因であり、納税者側にとっては、その財務経営力を高め、企業の健全な発展や対外的な信用を高める要因となります。さらに税理士側にとっては、税理士業務の品質を高め、税理士法第1条にある税理士の使命に応えることにつながります。

 三者三様、それぞれの立場において、時代の要請に応える有意義な制度となり、積極的な取り組みが求められる時代に入ったということです。

プロの自覚を持ち関与先の過半数に書面添付を

 法環境なども整備された今、書面添付をやらない理由は全くありません。税理士業務の王道として推進していかねばなりません。

 前述した矢澤富太郎先生は、かつてTKC会員向けの講演で「プロであれば、プロらしい仕事をしてください」と気合いを入れてくださったことがあります。「職業専門家として堂々と書面添付に取り組みなさい」という強烈なメッセージです。

 飯塚毅初代会長は、昭和57年2月号『TKC会報』巻頭言「書面添付体制構築を阻むものは何か」の中で、その第一の障害として、会員自身のプロとしての自覚の欠如を指摘しています。具体的には「日本会計人の人間的貧困さ」として次の内容を挙げています。

関与先に対する独立性を、誇りとする気風をもっていない。
独立性の何たるかを身体でわかっていない。
関与先の指導についても甚だ弱い。
職員諸君の指導教育についても、及び腰の傾向が強い。
租税正義の貫徹よりも関与先の悦びを尊しとする傾向がある。
自分を学問的に浅い、税務と会計の職人に停滞させている現象に苦痛を感じて、現状克服に奮励する者は稀である。
総合的法律知識は貧困であり、特に法律感覚の欠落が目立つ。
不退転の確信に満ちた生活を営む者が少ない。

 以上のような手厳しい指摘をして、会員に奮起を促しました。

 この指摘は今のわれわれにも向けられているとは思いませんか。

 

 飯塚毅初代会長は、「税理士が書面添付をやらないのはお坊さんがお経を読めないのと同じだ」とも言われていました。

 少なくとも全TKC会員が、関与先の過半数の企業に対して書面添付を実行して、お経を読めないお坊さんになることがないようにと強く願う次第です。

(会報『TKC』平成26年3月号より転載)