寄稿

若きTKC会計人に期待する

人間性の錬磨に励もう

TKC全国会会長 粟飯原一雄

TKC全国会会長
粟飯原一雄

『TKC会報』の第1号は、今から約43年前の昭和47年11月1日に発刊されました。TKC全国会を創設された飯塚毅初代会長は、その巻頭言「発刊によせて」で、次のように書いています。

「TKCの経営は、いよいよ国際的にもトップクラスに近づいたわけですが、……こうなってみて、今、私の脳裏を去来する最大の悩みは何か、と申しますと、意外でしょうが、TKC会員会計事務所の発展に斉一性が欠けており、合理化の達成、収益の度合いに雲泥の開きが生まれつつある、の一点であります。合理化断行の実践意志において、初志貫徹の情熱において、余りにも会員相互に格差がありすぎる。今般、第1号を送るこのTKC会報が、その格差解消の有力な手掛かりとなってくれるよう、ひそかに私は祈っている次第です」

 以後、飯塚毅初代会長は平成9年9月に退任されるまでの25年間、毎月『TKC会報』巻頭言を書き続け、その誌面で会員の格差是正に向けてのメッセージを執筆されました。繰り返し強調された急所は次の要旨でした。

 ──会計人は、税務と会計のプロとしての職人に止まってはならない、専門職を身につけた指導者として自己の人間性の錬磨に励まなくてはならない。特に、会計人として本当に成功するためには、畏れのない心と直観力を身につけることが絶対に必要である。しからばこの2つをどうしたら手に入れることができるか。ここに宗教的信念の培養の場があるのだ。会計人には宗教はいらない、しかし宗教と宗教的信念を混同してはならない。──

 明治から昭和にかけて世界的に活躍された思想家・鈴木大拙博士は、「指導者階級の人々も自ら宗教を知ることによって、初めてその重責を完遂し得るのである。」(『宗教的経験の事実』大東出版社)と述べています。鈴木大拙博士の言う「宗教」も、この宗教的信念にほかなりません。飯塚毅初代会長がTKC会員に人間性の錬磨や自己探求に励むことを求めた論文は、飯塚毅著作集の『会計人の原点』『逆運に遡る』『激流に遡る』および『自己探求』などにまとめられています。

 若きTKC会計人に望む1点目は、ぜひこれらの書籍を取り寄せて、1回限りでなく日常の職業生活の中で寸暇を見いだして回数多く読んでいただきたいということです。必ずや成功する会計人への近道となるはずです。

巡回監査を徹底断行して、決算書の信頼性を保証しよう

 若きTKC会計人に期待する2点目は「巡回監査」の徹底断行です。

「厳しく自覚していただきたい点は監査の重要性です。監査を重視し、月々の巡回監査を断行すること。これが、会計人として消えるか、生き残るか、の第1の分岐点だと、確信いたします。次に、巡回監査を、巡回照合の意味に捉えて、それだけを馬鹿の一つ覚えのように繰り返している事務所が消滅の第2陣だともうせましょう。監査は、会計記録の網羅性、真実性、実在性を確証することだ、と解されますが、モンゴメリーが述べているように、それは企業の経営方針の健全性の吟味にまで及ぶべきものでしょう。」

 これは飯塚毅初代会長の著書(『激流に遡る』328・329頁・職業会計人の行動指針21頁)の一節ですが、税理士が税務と会計のプロである以上、決算書の信頼性に自信をもって保証ができる体制をつくるべきです。

 巡回監査は、「TKC会計人の行動基準書」に明記されているように税理士法上の相当注意義務を履行した証左として、さらに関与先の会計帳簿の証拠力を担保するため、会員が必ず実施しなければならない業務です。

 今日、中小企業金融のあり方について、潮目が変わりつつあります。既にご案内のとおり平成25年に「経営者保証に関するガイドライン」が示され、平成26年2月から運用が開始されています。これを契機として「不動産担保主義」から「計算書類の信頼性を担保する」時代に入ったといえます。そのことは「計算の信頼性の保証」が、今後、職業会計人の主要な業務の一つになるということを意味します。

 TKC全国会第三代会長・武田隆二博士は、計算の信頼性の保証こそ、21世紀の税理士業務であるとして、次のように記述しています。

「会計業務の上で、税理業務が成り立つためには『実体』と『数』の一致の証明という業務が必要になります。そして『実体と数との有意なつながりを証明』するためには、実体を写像するための装置(会計システム)がなければなりません。これが会計基準です。会計基準に則した財務諸表であるという確実な基礎の上で、初めて、申告書の信頼性が期待されることになるわけです。その申告書の信頼性を、記帳業務と相関連づけながら第三者的に保証する。すなわち、申告業務の適正さを担保するという一連の業務を実行できるところに、「資格者の税理業務」の存在価値があるといえます。」(『TKC会報』平成14年8月号/『職業会計人の新パラダイム』469頁)

 そしてその保証業務は、月次巡回監査の徹底断行なくしてありえないのです。(巡回監査体制の具体的手法は「TKC会計人の行動基準書」実践規定並びに『TKC基本講座』を参照)。若きTKC会計人の皆さまは、ここは無理してでも、巡回監査業務を事務所経営の基盤として定着させるべきです。

経営者とのコミュニケーション能力を高めよう

 若きTKC会計人に期待する3点目は、会計人である限り、経営者と共通の言語である「会計」を語り合うことです。

「会計で会社を強くする」は、坂本孝司全国会副会長の著書名ですが、今やこのフレーズはTKC全国会会員共通のコンセプトであり、社会に向けてのミッションといえます。その実現には、経営者に会計の知識やルール、そして会計から得られる情報を理解してもらう必要があります。

「会計」は企業経営にとって重要な機能を持ち、「企業の言語」ともいわれます。その意味するところを書籍『会計の力』(全在紋著・中央経済社)は次のように記述しています。

「会計を行うにあたり、複式簿記を採用する企業は多い。複式簿記は、いわば、企業の言語における文法に相当する。また、その複式簿記のルールに従う仕訳(Journalization)は、企業の言語における文章(Sentence)に相当する。仕訳すなわち企業の言語における文章の意味は、複式簿記を学んだことのない人々には分からない。しかし、複式簿記を学んだビジネスパーソン(企業人)なら理解できる。つまりビジネスパーソンの間でなら仕訳に対する『意味の共有』現象が見られる。それゆえに、ビジネスパーソン相互で意思疎通(コミュニケーション)が可能となる」(『会計の力』33頁・全在紋著・中央経済社)

 他の領域である芸術やスポーツなどでも同じことがいえます。特有の言葉やルールを知り、共有するからこそ、それぞれの分野において楽しんだり、熱狂したり、感動したりするのです。会計も「企業の言語」として企業経営者と共通のコミュニケーションとして機能してこそ企業経営者に創造性(creativity)や想像性(imagination)を膨らませ、企業発展の活力になっていくのです。

 いま、われわれが取り組む「7000プロジェクト」の意義もそこにあります。会計の視点から経営課題を見いだし、経営者とのコミュニケーションにより、新たな気づきと経営改善への足がかりをつかみ、金融支援を受けてキャッシュ・フロー改善や円滑な事業承継にも貢献していくのです。

 この活動で明らかになったことが「会計人は、経営者とのコミュニケーション能力が弱い」ということでした。会計専門家として、会計が本来持つ機能をコミュニケーションを通じて経営に活かすことが「会計で会社を強くする」ことです。若きTKC会計人には、企業経営者とのコミュニケーション能力を高めてみせるとの気概をもって行動してもらいたい、と強く願う次第です。

(会報『TKC』平成28年2月号より転載)