寄稿

金融機関の融資先中小企業に対する圧倒的情報不足(情報の非対称性)を会計で解消する

「情報の非対称性」とは

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長
坂本孝司

「情報の非対称性」(Information Asymmetry)は経済学上の概念です。G・A・アカロフは、「『レモン』市場:品質の不確実性とマーケット・メカニズム」という論文(1970年)において「情報の非対称性」を発表しました(1)。この理論によってアカロフは2001年にノーベル経済学賞を受賞しています。この論文の要旨を簡潔に説明すれば次のとおりです。

 中古車市場では、売り手は売ろうとする車について詳細な情報をもっているが、買い手は中古車を購入するまでその車の品質を知ることができない。売り手と買い手の間には「情報の非対称性」が存在する。
「情報の非対称性」がある市場では、「品質のよい車」であっても、レモン(品質の悪い車)と同じ平均価値をつけられるため、売り手は「品質のよい車」をその品質に見合った金額で売ることができず、結果的にレモン(品質の悪い車)ばかりが市場に出回り、「品質の良い車」の取引市場が成立しなくなる。つまり、買い手は、市場を通じて品質の良いものを選択して購入しようとするが、結果的には逆のこと(逆選択)が起きてしまうことになる。 ※米国では「品質の悪い車」(bad cars)を「レモン」(Lemons)と呼称しています。

「情報の非対称性」を解消する対策としてシグナリング(signaling)とスクリーニング(screening)という手法が案出されています。

 シグナリングとは、情報優位者が自分のサービスや商品の品質に関する情報(シグナル)を、情報劣位者に間接的および直接的に提示することによって情報の格差を縮小させることをいい、スクリーニングとは、情報劣位者がいくつかの案を情報優位者に示して、その選択によって情報を開示させることをいいます。

中小企業金融における「情報の非対称性」

「情報の非対称性」は、事業状況や財務情報の開示が株式公開企業に比べて劣っている中小企業に対する融資において、とりわけ問題となっています。

「情報」には「事前(資金の貸出を行う前)の情報」と「事後(資金の貸出をした後)の情報」とがあります。「事前の情報の非対称性」とは、企業の質(企業の実態や将来性など)を金融機関は企業自身ほど知らないことをいい、金融機関は企業の質を判別できないため、結果としてスムーズな融資が実行できなくなります。「事後の情報の非対称性」とは資金の貸出以後、金融機関が企業の行動(資金使途等)を正確に掌握・管理できなくなることをいい、企業のモラルハザード(借入資金の目的外使用など)を引き起こす可能性があります。

 健全な中小企業金融を確立し維持するためには、中小企業金融における「情報の非対称性」を解消させることがきわめて重要です。『中小企業白書』(2005年版)も次のように指摘しています。

 大企業に比べ中小企業が資金調達をする際に困難を生ずる大きな原因として、貸手が借り手の質や、借りた後の行動を正確にモニタリングすることが難しいため、貸手と借り手の間に生じる「情報の非対称性」が指摘されており、中小企業が円滑に資金調達を行うためにはこの「情報の非対称性」を緩和することが必要不可欠である。不動産担保だけでは「情報の非対称性」によるリスクがカバーしきれなくなっている状況下では、不動産担保以外の手段により「情報の非対称性」の緩和をすることが金融機関等に求められている。
『中小企業白書』(2005年版・96頁)

リレバン推進には多大なコストとマンパワーが必要

 しかしながら、わが国では、中小企業金融における「情報の非対称性」を所与のものと位置づけ、その対応策として2003年3月に金融庁からリレーションシップ・バンキング(以下、「リレバン」という)の機能強化が公表されて以降、金融機関はこれを推進してきており、さらに2015年10月に公表された平成27事務年度金融行政方針の中で事業性評価がそこに追加されました(2)

 本来的には、中小企業金融における「情報の非対称性」を所与の条件として受け入れるべきではなく、それ自体を解消させ、低減させる方策を講じる必要があります(3)。というのは、リレバンには次のような問題が内在しているからです。

 その第1は、リレバンを全面的に推進するためには、金融機関と中小企業の双方に多大なコストがかかることです。わが国の中小企業の数は多く、その総額は国民経済的に見て膨大です。

 第2は、リレバン推進のために必要となる金融機関側のマンパワーが絶対的に不足していることです。TKC会員事務所職員が担当している巡回監査担当先は平均15社から20社程度です。金融機関の渉外職員諸氏が担当している企業の数はそれを遙かに超しています。こうした状況を真摯に捉えれば、すべての商人にその作成義務を課している国家的・社会的なインフラである「商業帳簿」を用いて、「情報の非対称性」をできる限り解消させる必要があるとの理解に至るのではないでしょうか。その上でリレーションシップ・バンキングや事業性評価を機能させるべきなのです(4)

「情報の非対称性」解消が商業帳簿の本来的役割

 わが国の商法は商人に商業帳簿の作成を義務づけています。わが国商法典の母法であるドイツ商法の第238条「商業帳簿規定」の第1項は次のような内容です。

ドイツ商法第238条(商業帳簿規定) 第1項
すべての商人は、帳簿を作成し、かつ、その帳簿に、自己の商取引および自己の財産の状況を正規の簿記の諸原則に従って明瞭に記載する義務を負う。簿記は、それが専門的知識を有する第三者に対して、相当なる期間内に、取引および企業の状況に関する全容を伝達しうるような性質のものでなければならない。取引は、その発生から終了までを追跡しうるものでなければならない。
TKC会報特別号『ドイツの最新「コンピュータ会計法」』(2015年7月)

 商業帳簿(帳簿と年度決算書)は、「専門的知識を有する第三者」(税理士等職業会計人)に対して、「相当なる期間内に」、「取引および企業の状況に関する全容を伝達しうる」レベルのものでなければなりません。

 そして、ここで重要なポイントが2点あります。第1点は、「取引および企業の状況に関する全容」とは、当該企業の経営実態のことであり、商業帳簿の本旨は企業の経営実態の伝達にあります。従って、中小企業金融における「情報の非対称性」の解消は、まず商業帳簿が担わなければなりません。第2点は、商業帳簿の伝達先は、経営者自身(自己報告: selbst informationen)であるとともに第三者(中小企業では主に金融機関)であることです。

 また、わが国の企業会計原則および中小会計要領は次のように定めています。

[真実性の原則]
 企業会計は、企業の財政状態および経営成績に関して、真実な報告を提供するものでなければならない。
[明瞭性の原則]
 企業会計は、財務諸表によって、利害関係者に対し必要な会計事実を明瞭に表示し、企業の状況に関する判断を誤らせないようにしなければならない。

 企業会計は、企業の「財政状態および経営成績」に関する「真実な報告」を提供するものであり、財務諸表(決算書)によって、「企業の状況」に関する「利害関係者」の判断を誤らせないようにすることを目的としています(5)。「情報の非対称性」を解消・低減できなければ「会計」はその存在価値を失うことになってしまいます。

「信頼性ある決算書」の開示義務づけで非対称性を解消

 次に、金融機関に提出される中小企業の決算書自体の「信頼性」を確保する仕組みが構築されるべきです。この点に関して私たちは、わが国と同様に間接金融の占める割合が大きく、かつ、健全な金融規律を誇るドイツの仕組みを真摯に学ぶ必要があります(6)

 ドイツでは、信用制度法(Kreditwesengesetz)第18条に基づいて、一定の融資に関して金融機関に年度決算書の徴求を義務づけていますが、その年度決算書には「税理士及び経済監査士による決算書作成証明書(Bescheinigung ベシャイニグング)」ないし「宣誓帳簿監査士や経済監査士による監査証明書」の添付が求められています(7)。これに対応して、ベシャイニグング作成業務に関して、ドイツ連邦税理士会とドイツ公認会計士協会が合議して「決算書作成証明に関する基準書」を作成公表していることはご承知のとおりです(8)

 ドイツのように、金融機関に対する「信頼性ある決算書」の開示を企業に義務づける仕組みが構築されれば、中小企業金融における「情報の非対称性」が大幅に解消されて、中小企業金融の円滑化・活性化に役立つとともに、金融機関および企業双方における各種コストの低減が図られることになります。国民経済的にみて、このコスト軽減額は莫大なものとなるでしょう。

TKC全国会の対応
 ──ITを駆使して金融機関へ情報開示する(シグナリング)

 しかし、残念ながらわが国の中小企業金融においては、会計情報を用いて「情報の非対称性」を解消・低減させる仕組みが未だに構築されていません。従って、わが国では、中小企業金融における「情報の非対称性」を解消・低減する「当面の方策」として、シグナリング手法を導入する必要があります。

 2016年10月3日から開始したTKCモニタリング情報サービスは、Fintech(フィンテック)をはじめとする最新のITテクノロジーを活用し、次の三つのサービスから構成されています。

 1.決算書等提供サービス
 2.月次試算表提供サービス
 3.最新業績オンライン開示サービス(開発中)

 1.決算書等提供サービスでは、税理士名、税理士法による書面添付実践の有無、中小会計要領チェックリスト(9)、記帳適時性証明書、ローカルベンチマーク、中期経営計画書(オプション)などが決算書とともにデータとして送付されます。

 また、2.月次試算表提供サービスでは、①月次決算が発生主義で行われ、②税理士等会計専門家によって、すべての仕訳(取引データ)が監査され、③月次決算を締めた後に会計データの訂正・加除が行われた場合は、その履歴が保存される会計システムによって会計処理が行われていること(手書き会計における「見え消し」)が実質的に必要となります。これらの条件を満たさなければ、金融機関から見て有害な情報になりかねません。

 TKCモニタリング情報サービスの仕組みは、情報優位者(企業側)が自社の経営状況に関する情報、換言すれば「自社の経営品質」に関する情報(シグナル)を情報劣位者(金融機関)に積極的に提示して情報の格差を縮小させるという、シグナリングの趣旨を具現化したものとなっています。

 これまで私たちTKC会計人は、月次巡回監査を徹底して行い、発生主義による月次決算、FXシステムを用いた自計化、税理士法の書面添付、中小会計要領(ないし中小指針)に準拠した決算書作成、継続MASシステムによる中期経営計画の策定などを強力に推進してきました。これらの情報は、まさに企業の経営品質に関する情報(シグナル)そのものだったのです。

 申し上げにくいのですが、決算書の品質に自信がなかったり、適時かつ正確な月次決算を行っていない経営者や顧問税理士は、このモニタリング情報サービスを活用することができないでしょう。

 自社の経営品質に関する情報(シグナル)を、自主的かつ積極的に金融機関に提供する経営者が高く評価される時代が到来しました。

 いまこそ、われわれTKC会計人は、関与先経営者を説得し、指導して、自社の経営品質に関する情報を、積極的に金融機関に開示させていくべきです。

 われわれのこうした取組みが、中小企業金融における「情報の非対称性」を解消・低減せしめて、国民経済的なコストを大幅に軽減させるとともに、中小企業の資金調達の円滑化を促進し、中小企業金融の健全化に大きく貢献することにつながるのです。

(注釈)
  • (1) Akerlof,George A.,The Market for “Lemons”: Quality Uncertainty and The Market Mechanism,The Quarterly Journal of Economics,Vol.84,No.3(Aug.,1970),pp.488-500.
  • (2) わが国の中小企業金融では、「情報の非対称性」を解消するためにはリレーションシップ・バンキングがもっとも有効であるとされている。例えば、「金融理論的に整理すると、情報の非対称性がある状況では、貸出に当たっては継続的なモニタリング等のコスト(エージェンシー・コスト)を要するが、このコストをリレーションシップの構築によって、借り手の経営能力や事業の成長性など定量化が困難な信用情報を定量化することが可能になり、エージェンシー・コストの軽減が可能になるのである」とする(村本孜「イノベーションを創造するリレーションシップ・バンキング」『社会イノベーション研究』第1巻第1号(3-23)、2005年11月、8頁)。
  • (3) 成川正晃教授は、中小企業金融における「情報の非対称性」を緩和させるための「会計」の役割を精緻に論究されている(成川正晃「会計情報の役割─会計で情報の非対称性を緩和する─」坂本孝司・加藤恵一郎編著『中小企業金融における会計の役割』(中央経済社、2017年)の第1章)。
     中小企業会計学会の課題研究委員会(「中小企業金融における会計・財務の役割」、委員長:坂本孝司、2015年-2016年)において、本論文のテーマを含めて成川教授から多くの知見と示唆をいただいた。
  • (4)「大企業、特に金融商品取引法適用会社では、さまざまな制度設計がなされており、情報の非対称性を緩和、低減する試みがなされているのに対して、中小企業では、情報の非対称性を緩和する制度設計が大企業と比べると不十分である点が、中小企業金融における情報の非対称性の問題を顕在化させているとみることができる」(成川、前掲書、18頁)。
  • (5)「財務諸表とは、企業の実態を数値で表現した一覧表であって、現にある企業の実像を『数と数との関係』として描き出したものである」(武田隆二『最新財務諸表論 第11版』中央経済社、2009年、3頁)。
  • (6) ドイツの中小企業金融における会計と税理士の役割については、坂本孝司『ドイツにおける中小企業金融と税理士の役割』(中央経済社、2012年)を参照されたい。
  • (7) 坂本(2012)の33-35頁及び坂本孝司編著『ドイツ税理士による決算書の作成証明業務』(TKC出版、2016年)の4-7頁を参照されたい。
  • (8) 坂本(2012)の85-97頁及び坂本(2016)の7-12頁を参照されたい。
  • (9)「中小会計要領」は、①自社の経営情報の把握に役立ち、②中小企業の利害関係者(金融機関、取引先、株主等)への情報提供に資する、③会計と税制の調和を図った、④中小企業に過重な負担を課さない、会計基準である。中小企業経営力強化支援法に伴う告示は、経営革新等支援機関(税理士、地域金融機関等)に中小会計要領(または中小指針)の利用を推奨することを求めていることから、中小会計要領は、税理士と経営者、金融機関の「共通言語」として位置づけられる。

(会報『TKC』平成29年10月号より転載)