対談・講演

中小企業の円滑な事業承継にむけて各省庁・自治体・民間の総力を結集しよう

とき:平成29年11月8日(水) ところ:中小企業庁長官室

中小企業庁は、生産性向上やIT利活用、活力ある担い手の拡大などを柱とする中小企業政策に力を注いでいる。今年7月に中小企業庁長官に就任した安藤久佳氏をTKC全国会坂本孝司会長が訪ね、事業承継等、中小企業政策の要点や方向性について対談した。

◎進行 TKC全国政経研究会事務局長 内薗寛仁

巻頭対談

一人一人の経営者に寄り添い中小企業支援の引き金を引く役割を

 ──安藤長官には、この度は公務ご多忙の中、対談をお引き受けくださり、誠にありがとうございます。

中小企業庁長官 安藤久佳

中小企業庁長官 安藤久佳

 安藤 こちらこそ、TKCの皆さまには日頃より、経営革新等支援機関として経営改善計画策定支援事業、早期経営改善計画策定支援をはじめ、IT補助金制度等の中小企業支援政策に積極的にお取り組みいただき、しかも常に高い成果を挙げていただいていることに、あらためて感謝いたします。

 坂本 本日は、中小企業の喫緊の課題である事業承継などをテーマにお話しできれば幸いです。まずその前に、中小企業政策の要点からお伺いできますか。

 安藤 いま中小企業・小規模事業者の皆さまが懸念されている問題は、やはり人手不足です。これは一過性のものではなくて、今後の日本経済の構造にも響いてきます。また、長らく言われていることでもありますが、中小企業・小規模事業者の方々の稼ぐ力、生産性をどう上げていくのか。こういう課題を、いわば人手不足という状況の中で、両立させていくことを考えていかなければいけません。それが全体として一番大きな問題です。
 他方、人手不足ということから考えると、生産性を上げていくためには、ITの利活用が欠かせません。変な言い方かもしれませんけれども、中小企業・小規模事業者の経営者の方にとっても、いよいよITを導入しないといけないわけですから、またとないチャンスです。ここのところにも引き続き力を入れていきたいと思います。
 事業承継も、税制の問題だけではなくて、一つの生産性向上運動だととらえています。事業承継前の気づきのところから、承継の場面において後継者の負担をどう軽減していくのか。さらに、承継後、IT導入支援などを含めて、どうやって生産性を上げて会社を発展していけるのか。これらの領域について、かなりきめ細かい現場レベルの対応が求められてきます。
 人手不足の中で生産性向上をどう実現していくのかについては、TKC会員をはじめとする税理士の皆さまによる支援が期待されています。

 坂本 中小企業支援の大きな括りとして、生産性向上や人手不足があって、事業承継やITの利活用などがキーワードになるということですね。

 安藤 そうです。そして当たり前なのですが、これらすべての前提になるのが「適正な会計」の普及による経営の見える化です。それができるように、税理士をはじめ経営革新等支援機関の皆さまには、一人一人の経営者に寄り添っていただくことが重要です。

 坂本 私は日頃から、日本の企業に行きわたっている帳簿は、世界に誇るべき国家的なインフラであり、中小企業支援においても、1円の税金もかけずに活用できると申し上げています。ですから、安藤長官から会計の重要性をそのようにご指摘いただけるのは、とても感激です。

 安藤 金融機関を含めて、中小企業・小規模事業者に寄り添えるような方々が、財務を注視しながら真摯に経営者の相談に乗り、場合によってはいろいろな説得をする。そのように、中小企業支援の「引き金」を引くことが、これからすごく大事になると思います。

後継者が事業を継ぎたくなる元気な中小企業をもっと増やそう

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 もうかれこれ40年近く前になりますが、私が会計事務所業界に入った若かりし頃、中小企業政策はマクロ的でした。日本全体の中で、中小企業をどうするかという、ダイナミックな施策が多かったように思います。
 ところが、2012年に中小企業経営力強化支援法ができました。この中で、税理士や地域金融機関を中小企業支援の主な担い手とする、経営革新等支援機関認定制度が作られました。この制度は、まさしく安藤長官がおっしゃった、個々の中小企業にわれわれのような専門家が寄り添うための政策です。中小企業政策が大転換されたことで、日常的に中小企業に寄り添っている税理士にとって、まさに血の通った支援ができるようになりました。

 安藤 いまのお話で思い出しましたが、私は1985年に一度、中小企業庁に在籍したことがあります。この年、プラザ合意の影響で強烈な円高になりました。この対応で、いろいろな施策が矢継ぎ早に展開されました。当時、ある方が中小企業施策について「まるで東京タワーのてっぺんから化学肥料を撒いているみたいですね」と言われたのです。つまり、中小企業の方々の顔が全然見えていないのではないかということです。このご指摘を聞いて、「なるほど、そうかもしれないな」と率直に思いました。

 ──政府として、中小企業の事業承継支援については、どう重視されていますか。

 安藤 事業承継には、いわば「人生いろいろ」という側面があります。中小企業・小規模事業者に迫られている状況は、ほんとうに千差万別です。したがって、税制はもちろん大事なのですが、それだけで解決できる話ではありません。それぞれ事業承継に困難な現実を抱えておられる経営者の方々の、生き様みたいなものが色濃く反映される問題です。ご親族に事業を譲るなら親子問題にも関わってくるわけですし、後継者がどうしても見つからないような場合、見ず知らずの人に会社の存続をお願いしなければならず、後継者とのマッチングの問題も出てくるわけです。
 ですから、とにかくきめ細かくして、いろいろな現実に対応できるような思い切った施策を行うことが必要です。

 坂本 徹底した世代交代をはかるという方向性において、赤字決算で法人税を払えない会社だと、後継者も積極的に事業を引き継ぎたくなりません。ですから、今年から始まっている早期経営改善計画策定支援などをうまく絡ませて活用しながら、後を継ぎたくなるような元気な中小企業をどんどん増やしていくことも、税理士の大きな役目だと思っています。その意味では、いまの中小企業施策は、総合的に事業承継支援につながっているように感じます。

事業承継もキーワードは「誠実さ」信頼できる正しい会計が担保になる

 坂本 事業承継政策について、いままさに、さまざまな協議が重ねられているところだと思いますが、何がポイントとなりますか。

 安藤 やはり大事なことは、事業を譲ろうという先代の方、そしてそれを譲り受けようという新しい経営者の方の双方にとって、経営におけるある程度の予見可能性を認識できるような施策にしなければいけないと思います。
 会社の将来にはいろんな不透明要因があるのは当然なわけですが、その先々で、税金などの問題によって、より踏み込んで覚悟しなければ会社を継げないのかとなると、やはり後継者は躊躇してしまいます。それで後継ぎができず、会社が廃業してしまったら、雇用も一緒になくなります。それこそ本末転倒の結果になるわけです。
 税制面では、事業承継税制改正について、例えばこれから10年間に限って相続税・ 贈与税に係る非上場株式等の納税猶予制度を大幅に改正することで、引き継ぐ側が意欲を持って事業承継できるような施策を検討しているところです。
 その反面、ある種の脱法行為、相続税逃れをするようなケースについては、厳しく取り締まらなければいけません。

 坂本 おっしゃるように、税逃れに悪用されないような具体策は必要でしょうね。われわれからすると、事業承継時においても経営者には「誠実さ」が求められると思います。「誠実さ」とは、コンプライアンスをしっかり守るということですが、決算書も税務申告書も、正しい会計によって信頼できるものにするということが、その一つの担保にもなります。
 そして、その信頼性は、事業承継計画に基づくモニタリングで確保します。そうすれば、いろんな方の理解が得やすいのではないでしょうか。モニタリングについては、中小企業に寄り添う会計事務所(経営革新等支援機関)、あるいは金融機関、商工会議所等々が、それぞれの役割を分担しながら実施するという仕組みが望ましいと考えています。

 安藤 事業承継支援は、一連の連続した作業です。そこに、それぞれの方の得意とする領域やお仕事を生かしながら総合的に進めていくことが必要だと私も思います。特に事業承継は、税理士の皆さまと並んで金融機関の方々にも寄り添っていただくことが非常に大事です。
 このような趣旨について、金融庁とも話をしています。この流れは、金融庁がこれまで進めてきた、リレーションシップバンキングの考え方とも一致していると思います。
 また、経営者保証に関するガイドラインへの対応も事業承継に絡んで重要です。他方、民間金融機関による活用はまだまだ進んでいないのが現状です。当然のことながら、個人と会社としての財布(資産・経理)を使い分けているなどの要件を満たしていないといけないわけですが、これについても税理士の皆さまの指導により、経営者保証ガイドラインが機能する前提条件も整えていっていただきたいと思います。

 坂本 そこは大事ですね。われわれが実施している、税理士法第33条の2に規定されている書面添付は、公私混同している会社では一切利用できません。この制度の利用も、経営者の「誠実さ」を示すものです。書面添付の実施は、経営者保証ガイドラインが掲げる「適時適切に財務情報等が提供されている」という要件を満たしますので、書面添付の推進運動にも、TKC全国会としてこれまで以上に力を注いでまいります。

対談風景

最大の政策効果を提供するために得意分野を持ち寄った対応を

 安藤 いままでのお話を通して思うのは、いろんな機能や能力を持った方々が共同作業をして、連携することが非常に大事になってきたということです。まさに、得意分野を持ち寄った総合的な対応が必要といえます。一つの手段だけで中小企業施策を進めて行ける時代ではもうありません。
 そして、このように民間の皆さま方に対して連携をお願いする以上、われわれ霞ヶ関の役人も、もっと連携しなければいけないと思っています。

 坂本 行政は縦割りだとよくお聞きするので、それは心強いお話ですね。

 安藤 例えば、長時間労働の是正や多様なライフスタイルを実現しようという「働き方改革」は、中小企業にも浸透させないといけない施策であるわけですが、一方で、大企業の取り組みのしわ寄せを中小企業が受けないようにもしなければいけません。そのためのいろんな議論も、厚生労働省と完全なタッグを組んで進めています。
 中小企業庁というのはもちろん、中小企業施策をお預かりしているわけですが、われわれだけでできる範囲は限られています。そもそも中小企業庁にとって一番大事なのは、全国の中小企業・小規模事業者の皆さまに、最大の政策効果を提供するということです。そのためには、各省庁なり自治体、あるいは皆さま方のような民間の力や機能を総結集する必要があると思います。

 坂本 会社のマネジメントみたいですね。

 安藤 そうかもしれません。私は以前、関東経済産業局の局長を務めていたことがあり、限られた地域資源をどう生かすかということをいつも考えていました。
 地方にはいくつか出先機関があり、経済産業局は伝統工芸品、農政局は農産品、国税局はお酒というように、それぞればらばらに振興していました。しかし、すべての振興を合体したほうが圧倒的によいのではないかという思いがあって、いろいろな事業やイベントを、三つか四つの出先機関による共催にするようにしました。
 例えば、旬の農産物やそれによく合うお酒と一緒に、焼きものなどの伝統工芸品も一緒に振興する。そのような場ができるようになると、反響がそれまでと全然違うのです。事業者の方々にも非常に喜ばれました。まさに、お互い持ちつ持たれつの関係が、相乗効果をもたらすということです。
 中小企業政策も基本的には同じように考えています。TKCの皆さまは、これまでも十二分に中小企業・小規模事業者に寄り添いつつ関与されてきていると思いますけれども、これからも一層のご活躍を期待しております。

 坂本 大企業に比べて中小企業支援の特色は、学際的で垣根がないというところです。安藤長官の強いリーダーシップのもとで、これからも各省庁を横断した総合的な中小企業支援をしてくださるというのはとてもありがたいことです。そういう大きな動きを追い風にして、われわれもこれまで以上に税理士の責務をしっかり果たしてまいります。

安藤久佳(あんどう・ひさよし)氏

1960年、愛知県生まれ。83年東京大学法学部卒業、通商産業省(現・経済産業省)入省。経済産業省大臣官房総務課長、内閣総理大臣秘書官、資源エネルギー庁資源・燃料部長、経済産業省関東経済産業局長、経済産業省商務情報政策局長等を歴任、2017年7月中小企業庁長官に就任。

(構成/TKC出版 古市 学)

(会報『TKC』平成29年12月号より転載)