対談・講演

中小企業金融のパラダイムシフトを迎え地元企業を共に応援したい

福岡 聡 埼玉りそな銀行社長  × 坂本孝司 TKC全国会会長

経営者の個人保証に依存しない融資の推進にTKCモニタリング情報サービスや書面添付も積極的に活用して取り組んできた埼玉りそな銀行。そのトップの福岡聡社長とTKC全国会坂本孝司会長が、4月から適用開始される金融庁による監督指針改正や中小企業支援における連携等をテーマに語り合った。

司会 本誌編集長 石岡正行(TKC関東信越会)
とき:令和5年3月13日(月) ところ:埼玉りそな銀行本社

巻頭対談

「銀行の常識は世間の非常識」の視点でお客さま目線の改革に挑戦

 坂本 埼玉りそな銀行さまとは2018年に池田一義社長(当時)と対談させていただきました。そのときも地域のTKC会員との連携に基づく経営者保証を免除する先駆的な取り組みについてのお話を伺い、大変インパクトがありました。今日は福岡社長とお話しする機会をいただき嬉しく思います。

 福岡 本日は編集長である石岡先生もお見えですが、TKC関東信越会埼玉3支部の会員先生方には常日頃から大変お世話になっております。本日はどうぞよろしくお願いします。

 ──はじめに、福岡社長が埼玉りそな銀行の前身の埼玉銀行に入行された経緯やこれまでのご経歴をお話しいただけますか。

 福岡 私は1965年に埼玉県で生まれ、そのまま埼玉の中学、高校へ進みました。大学は東京でしたが地元埼玉でずっと育った人間ですから、就職の際も「地元の役に立ちたい」という思いでした。入行後は、2003年の埼玉りそな銀行設立の準備委員や支店での営業、本部での人事、融資企画など様々な仕事に携わってきました。2015年からりそなグループ全体の財務を担当した後、2020年に社長に就任しました。

 ──ちょうどコロナ禍が始まる多難なときに社長に就任されたわけですが、地域のトップバンクとして中小企業支援にどう取り組まれましたか。

 福岡 コロナ禍など非連続の変化が当たり前のように起きる時代ですから、大切なのは「今を乗り切る」とともに「将来に備える」という両面を踏まえた支援です。具体的には、2020年8月に融資部にいち早く経営改善のチームを編成して資金繰り需要に応える「今を乗り切る」お手伝いを行うとともに、いずれ返済が始まりキャッシュ・フローの流れも変わるわけですから、「将来に備える」ために経営の構造転換、体質強化を後押ししてきました。引き続きその両面を重視して、中小企業のお客さまに伴走してまいります。

 坂本 御行は、店舗窓口を17時まで延長されるなど、利用者目線に立った色々な取り組みを進めておられますね。

 福岡 2003年の当社開業年に起きた「りそなショック」の反省から、お客さま目線の改革を試みてきました。当時、その先頭に立たれていた細谷英二りそなホールディングス会長からは「銀行の常識は世間の非常識」とことあるごとに言われました。我々はサービス業であり、「お客さまがあってこそ成り立つ仕事」ということです。「お客さま目線で何をするか」に徹底してこだわり、銀行の従来の枠にとらわれずに大胆な変革に挑戦しなさいとのメッセージでした。
 そもそも当社は、その設立にゆかりのある渋沢栄一翁が「道徳経済合一」(社会道徳と経済は両立しないといけない)を理念として掲げた銀行です。その理念、初心を見失ったがために「りそなショック」を起こしたという反省もあります。我々はお客さま目線という初心にこだわり、そのための変化を恐れない組織でありたいと思います。

 坂本 口で言うのは簡単ですが、組織の変革を行うのは容易ではありません。それが企業文化として根付いているのはすばらしいと思います。そうした風土が、全国から注目を集めた経営者保証に依存しない融資慣行の定着に向けた先駆的な取り組みや、コロナ禍でのいち早い融資、伴走支援につながっているのではないでしょうか。

 福岡 ありがとうございます。中小企業の経営支援は地域の雇用にも直結します。中小企業経営者は様々な“こまりごと”を抱えておられます。地元埼玉を元気にしていくため我々にできることは何かを常に考え、行動したいと思います。

経営者保証に依存しない融資慣行の定着は中小企業金融におけるパラダイムシフト

 ──この4月から金融庁による監督指針改正(「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」等の一部改正)の適用が開始されますが、坂本会長は金融庁の伊藤豊監督局長と先般対談されています(『TKC会報』令和5年2月号)。

 坂本 伊藤監督局長との対談では、今回の金融庁による監督指針改正の狙いを正確にお伺いするとともに、TKC全国会は金融機関の皆さまが監督指針改正に適切に対応できるようにご協力し、共に中小企業支援に伴走していきたいと申し上げました。要は御行が精力的に取り組まれてきたように、経営者保証を必要としない立派な経営者あるいは会社となるように、外部専門家である税理士の立場から金融機関の皆さまと手を携えながらその支援に取り組んでいきたいといったお話をさせていただきました。

 福岡 対談記事は私も読ませていただきました。なぜ今「経営者保証に関するガイドライン」の推進が言われているか。銀行は、企業の創業、成長、事業承継、再生等の各ステージにおいて、必要でない保証をいただいて、挑戦するお客さまの足かせとなってはいけないわけです。
 これまでは経営者保証を取ることがスタンダードだったのが、今後は経営者保証を取らないことがスタンダードになっていきます。坂本会長は中小企業金融のコペルニクス的転換と表現されていましたが、まさに金融機関にとって中小企業金融におけるパラダイムシフトを迎えていると認識しています。
 銀行はサービス業であって、「銀行の常識は世間の非常識」であってはなりません。我々の役割は地元中小企業の挑戦する土壌を作ることですから、不要な個人保証は外して、個人保証が必要なときは具体的に何が不足しているのかをきちんと説明していくことが求められます。そうした取り組みが企業にとって次なる成長へとつながると理解しています。
 当社にとってその取り組みは、TKC会員の皆さまとのコミュニケーションをより深めながら融資先企業の実態をよく把握し、良い企業となるように伴走支援していくことだと考えています。この実践が今後の当社の銀行としての生命線、主力の業務になっていくと捉えています。

 坂本 現在、全国20のTKC地域会では地元金融機関トップの方との対談や実務者の方々との協議を実施しております。その中で特に強調してお伝えしているのは、今回の監督指針改正に伴いTKC全国会が提唱している運動の目的は、経営者保証を外すことではなく、金融機関の皆さまと一緒により良い企業を作っていくという点です。今回の監督指針改正を契機に、地域中小企業支援という共通の目的を持つ金融機関と税理士のより実質的な連携が全国で進むことを期待しています。

 福岡 同感です。銀行も税理士の先生方も、中小企業のお客さまに良くなってもらいたい。我々の目的は一緒ですよね。経営者保証に依存しない融資の定着を目指す中で、経営者ご自身が、個人保証の必要のない企業へと発展、成長していくためには銀行の取り組みだけで十分とは言えません。また、経営者保証を企業の成長の足かせとなっていると捉える金融機関が増えている一方、旧態依然に担保や保証が重要と捉えている金融機関が存在することも事実です。両者では地域におけるプレゼンスそのものが大きく違ってきます。今回のパラダイムシフトがスタンダードになるという認識の形成のためにも中小企業の最も身近な相談相手である税理士の皆さまと一緒に取り組んでいきたいと思います。

対談風景

「記帳適時性証明書」・書面添付・MISによって経営者保証解除率45.9%を実現

 ──御行の2022年度上期の経営者保証なしの融資割合は45・9%と、全国の銀行の平均値(33.1%)と比べて非常に高い比率です。

 福岡 経営者保証に依存しない融資慣行は定着しつつありますが、平均よりも高いことが必ずしも本来保証が必要のないお客さまから取っていないという証明にはなりません。今後さらに一歩踏み込んだ対応も検討していきます。

 坂本 経営者保証に依存しない融資に先陣を切って取り組まれ、なおかつ現在過半数近くまで経営者保証を取らない融資を実行されているのは画期的だと思います。

 福岡 やはり大きいのは2018年4月から、「TKCモニタリング情報サービス(MIS)」・TKC会員事務所から提供される「記帳適時性証明書」・書面添付を要件として経営者保証を解除する取り組みを開始したことです。また、内部では「経営者保証ガイドライン」の3要件(①法人と経営者との関係の明確な区分・分離②財務基盤の強化③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性確保)に沿ったチェックリストや経営者への説明マニュアル等を整備しました。その積み重ねと目利き力の向上に努め、経営者保証を取らない融資の定着に向けて取り組んできました。

 坂本 ガイドラインの3要件について、我々税理士は、公私混同をしているような経営者がいたときに、「そんな経営をしていては会社は発展しない」と経営者の意識を変えるように指導し、具体的な記帳の状態などは「中小会計要領チェックリスト」等や、最終的には税務申告時に書面添付によって記載することができます。また、MISによって業績が良い時も悪い時も全てを金融機関に情報開示していくことが大切だと日頃から経営者に伝えています。こうしたことを経営者保証に依存しない融資に役立てていただきたいですし、金融機関からも同じように経営者に伝えてくれると有り難いです。特に、「悪い数字であっても毎月正しい数字を開示してくれるのは有り難い」という姿勢で真面目な経営者を応援していただくと、とても励みになると思います。

 福岡 仰る通りです。経営者の方から金融機関が「良くない数字を出したら何か言われるかもしれない。それなら隠しておこう」と思われる存在だとしたら、それは信頼関係が築けていないことの裏返しでもあります。経営が厳しいときこそ一緒に考えていく。経営者から最も頼りにされている税理士の皆さま方と連携し、金融機関が同じ方向を向いているのがあるべき中小企業支援の在り方だと感じます。
 我々が特に有り難いと感じているのは、MISのように、まずその財務情報が信用でき、過去のデータや同業他社比較などで経営の課題が「見える化」されることです。金融機関はそれをもとに企業により具体的な打ち手を提案することができますので、圧倒的に改善のスピードが速い。当社では社内会議で「TKC月次指標(月次BAST)」等も活用させていただいています。情報の質と量、スピード、同業他社比較など大いに役立っています。

「365日変動損益計算書」を経営に役立て一社一社の付加価値を高めていく

司会/本誌編集長 石岡正行

司会/本誌編集長 石岡正行

 ──福岡社長から「TKC月次指標」のお話がありましたが、令和4年版の『TKC経営指標(BAST)』から優良企業の定義が変更されたことについて、坂本会長からお話しいただけますか。

 坂本 新しいBASTにおける優良企業の定義のポイントは付加価値(限界利益)と自己資本比率ですが、企業経営の業績管理、経営に役立つ最強のツールが「365日変動損益計算書」です。365日変動損益計算書は、飯塚真玄TKC名誉会長が社長在任中に連続増収増益を達成し、自己資本比率を高めた際に徹底活用されました。同じ企業経営者に活用頂きたいという思いから、365日変動損益計算書の画面や経営改善のヒントとなる視点を盛り込んだ下敷きを配布しております。
 これまでのコストカット経営といった発想ではなく、365日変動損益計算書に基づいて経営者とTKC会員が経営について共に考える。TKC全国会の運動方針にも掲げているように、そうした一社一社の黒字化支援、そして優良企業育成への取り組みを通じて企業の付加価値向上を図っていきます。それが経営者保証に依存しない融資ができる企業の育成とも通じます。

 福岡 この下敷きを拝見し、我々の考えている方向もまさに同じであると感じます。コストカットによる日本経済の成長はもはや望めないし、通用しません。今後より一社一社の収益を高めるという付加価値、そして価値の創造に向かう必要があります。そのために、銀行はどちらかというと損益計算に基づく分析が多かったのですが、最近はキャッシュ・フローとバランスシート、特にエクイティをよく勉強するように言っています。中小企業のお客さまに本気で伴走支援していくなら、今お話しいただいた変動損益計算等の会計の学びは我々にとっても欠かせないものです。

 坂本 そのように中小企業の現場を、会計を含めてよく承知しておいてくださるのは有り難いことです。

 ──365日変動損益計算書はTKCの自計化システム(FXシリーズ)に標準搭載されています。経営改善のヒント、今後の成長の種を見つけるのにも活用でき、経営者と金融機関、私ども税理士、TKC会員の3者が「付加価値(限界利益)を高める」というベクトルを合わせることにつながると思います。

地元中小企業を良くするという共通目的に向かって手を携えよう

 ──「経営者保証ガイドライン」では経営者保証解除の要件を満たすための検証に税理士、公認会計士等の外部専門家の活用が示されています。税理士の独立性が関わるものですが、坂本会長は昨年『職業会計人の独立性』(TKC出版)を上梓されました。

 坂本 アメリカの公認会計士150年の歴史をひもとき独立性の概念の生成を研究しました。日本の税理士は独立性堅持が課せられており、要はお金儲けのために魂を売ったらおしまいということです。

 福岡 上場企業のガバナンスは社外監査役の意見等で担保されますが、中小企業の場合は、顧問税理士が社外取締役でもあり社外監査役でもあり、また決算書の正確性を証明する上で大切な意見を書かれる方。そういうステークホルダーとしての重要な役割をお持ちだと思います。

 坂本 私は海外の中小企業金融の研究もしてきましたが、ドイツやアメリカでは融資に関する決算書の信頼性はその企業に関与する税理士や会計士で判断することが慣例であるとの文献を見つけました。やはりそうかと腑に落ちました。
 企業の実態を明らかにするのはやはり会計です。数字でその企業の全てが分かるわけではありませんが8、9割は分かる。そして福岡社長が先ほどおっしゃったように、数字が信じられるものでないと経営改善支援等にもつながりません。TKC会員事務所では、関与先企業への月次巡回監査実施後は、その監査したデータの遡及処理は禁止され、訂正する場合はその履歴が残るトレーサビリティが確保されたシステムを用いて企業に関わっています。MISによる信頼性のあるデータを皆さまと企業の「情報の非対称性」解消に役立てていただくとともに、顧問税理士にも注目してほしいと思います。

 福岡 我々にとって取引先へ経営改善を促す前提となる財務情報の正確性を確認するために時間を要していたら、変化の激しい今の時代、致命傷になりかねません。MISによる信用できる正確な財務情報の提供は本当に有り難く、とりわけ月次試算表は重宝しています。

 ──最後にあらためて税理士、TKC会員へのメッセージをお聞かせください。

 福岡 経営者の“こまりごと”は複雑で多岐にわたり、その難易度も上がっています。従来の経営者対銀行、あるいは経営者対税理士の先生といった一対一の関係性よりも、会社を取り巻くステークホルダーが手を携えて、同じ方向に向かっていかなければ、厳しい経営環境にある地元中小企業を支えられません。「経営者保証ガイドライン」の推進を含め、ガバナンスがしっかりした良い企業となるように、税理士の先生方とのコミュニケーションをさらに深めたいと考えています。

 坂本 ありがとうございます。ガイドラインの3要件である、言わば公私混同しない、利益を上げることに取り組む、自社の情報をいつでも開示できるという経営者が増えると、地域の未来、日本の未来は明るいと思います。御行にはその先陣を切っていただいておりますが、これからも中小企業支援という共通の目的に向かい、また福岡社長がおっしゃる中小企業金融のパラダイムシフトの中で、税理士の役割を果たしていきたいと思います。

(構成/TKC出版 内薗寛仁・清水公一朗)

福岡 聡(ふくおか・さとし)氏

1965年、埼玉県北埼玉郡騎西町(現・加須市)生まれ。89年早稲田大学政治経済学部を卒業し、埼玉銀行(当時)入行。2004年、企画部次長。05年、経営管理部グループリーダー。08年、鶴ヶ島支店長。10年、経営管理部グループリーダー。13年、営業サポート統括部長。15年りそなホールディングス財務部長、18年同取締役兼代表執行役財務部担当。20年4月から現職。

(会報『TKC』令和5年4月号より転載)