対談・講演

金融機関と税理士の「顔の見える関係」が先延ばししない事業者支援の決め手

栗田照久 金融庁長官 × 坂本孝司 TKC全国会会長

金融庁は今年8月、社会経済情勢の変化に対応した事業者支援の推進などを柱とする「2023事務年度 金融行政方針」を公表した。金融庁栗田照久長官と坂本孝司TKC全国会会長との対談では、金融行政方針を踏まえ、事業者支援の方向性等について語り合われた。

進行 TKC全国政経研究会事務局長 内薗寛仁
とき:令和5年9月21日(木) ところ:金融庁

巻頭対談

技術進歩で急速に広がる「新しい金融」への対応が課題

 ──本日は公務ご多忙の中お時間をいただき、ありがとうございます。

 坂本 栗田長官とお会いするのは昨年5月、監督局長時代に対談させていただいて以来ですね(本誌2022年6月号「巻頭対談」)。あらためて長官へのご就任おめでとうございます。

金融庁長官 栗田照久氏

金融庁長官 栗田照久氏

 栗田 ありがとうございます。早いものであれから1年以上になりますか。

 坂本 あのときの対談をきっかけに、TKC全国会の運動においても成果がありました。本日はその点についてもお伝えできればと思っております。

 ──栗田長官には昨年5月の対談時に監督局長時代までのご経歴を伺いましたが、その後2022年6月に総合政策局長に、本年7月に長官にご就任されて以降、特に印象に残っている出来事をお話しいただけますか。

 栗田 印象的な出来事は二つあります。一つは昨年11月にアメリカの暗号資産大手交換所であるFTXが破綻したことです。これは世界的な大きな騒ぎとなりましたが、幸いにも同交換所の日本法人の利用者財産については分別管理されており、大きな影響は出ませんでした。
 この出来事は、暗号資産、Web3.0等の新しい技術の発達に伴い、言わば新しい金融が広がる中で、我々はどう対応するべきかという難しい問題を想起させました。技術進歩による利便性の反面で危うさも突き付けたわけです。
 もう一つは、テクノロジー企業への融資で知られるアメリカのシリコンバレー銀行が今年3月に経営破綻したことです。金融システムに衝撃を与え、その余波から、スイスの金融最大手UBSが第2位のクレディ・スイス・グループを合併するなど世界的な金融機関の再編に発展しました。
 シリコンバレー銀行の破綻の際に特徴的だったのは、SNSなどでの情報の広がりや、預金流出のスピードがひと昔前とは比べ物にならないものすごい早さであったということです。わずか1日で日本円にして数兆円が引き出されました。
 これら二つの出来事は、技術が進歩してデジタル社会が急速に進む中、金融機関が従来の対処の仕方でなかなか対応できるものでないことを示しました。今後の金融行政において大いに考えさせられる教訓となると考えています。

金融機関は時間軸を意識して果断な経営改革を進めてほしい

 ──金融庁は本年8月29日に「2023事務年度 金融行政方針」を公表されましたが、特に重要とお考えになっている点や、これまでの方針との違い等があればお聞かせいただけますか。

 栗田 基本的な政策はこれまでの金融行政の方針を踏襲した内容となっています。
 コロナの感染法上の位置付けが5類感染症に移行したことを受け、社会経済活動の正常化が進みつつあります。事業者によっては、売上はコロナ前の数字にかなり戻ってきています。他方で、原材料・エネルギー価格の高騰や円安、人材不足等の影響といった別の新たな大きな課題が出てきています。そういう中でコロナ下に実施した実質無利子・無担保融資(「ゼロゼロ融資」)の返済が本格化しています。地域金融機関にはこうした厳しい環境にある事業者等を下支えすることが、地域金融機関自身の事業基盤に直結するということを考えていただく必要があります。
 もう一つ、今回の金融行政方針では、新たに「資産運用立国の実現」を掲げています。昨年度はNISAの抜本的拡充・恒久化が大きな眼目でしたが、成長と分配の好循環の実現を図る中で、預貯金として眠っている個人資産を活用して国内の様々な資金ニーズに応えていくものです。

 坂本 私どもは、地域金融機関の皆さまと一緒に地域経済の活性化、中小企業金融の健全化に向けて取り組んでいますが、地域金融機関に期待される役割をどのようにお考えでしょうか。

 栗田 今回の金融行政方針ではまさにその点も意識しており、「特に地域金融機関においては、地域産業や事業者を下支えし、地域経済の回復・成長に貢献することが重要であり、それがひいては地域金融機関自身の事業基盤の存立に関わる問題であると再認識する必要がある」(1頁)と書いています。地域経済を支えるために具体的にどうするか。地域金融機関トップの腕の見せ所だと思います。
 その観点で申し上げると、地域金融機関が期待される役割を果たしていくためには、自身の経営基盤を強化し、持続可能なビジネスモデルを確立することが重要です。その際、課題を先送りせずに時間軸を意識しながら、果断な経営改革を進める必要があります。
 地域金融機関は特性上、経営資源に限りがありますから、あれもこれもではなくその地域に必要とされている自身の役割、機能を見極め、磨いていくことが重要です。厳しい時代かもしれませんが、だからこそ地域活性化への取り組みには大きなやりがいがあるのではないかと思います。

認定支援機関(税理士)による経営改善支援が進んでいると承知

 ──事業者支援については昨年度の金融行政方針とほぼ同じ書きぶりですが、「1.社会経済情勢の変化に対応した事業者支援の推進(1)事業者支援の一層の推進」において、「資金繰り支援にとどまることなく、(省略)認定経営革新等支援機関(税理士や弁護士等)(省略)等を活用しながら、事業者の実情に応じた経営改善支援や事業再生支援等を、先延ばしすることなく実施していく必要がある」(1頁)とあり、税理士、認定支援機関の役割が明記してあります。

 坂本 栗田長官は昨年5月の対談で(当時監督局長)、ポストコロナ持続的発展計画事業(早期経営改善計画策定支援事業)という税理士などの専門家、認定支援機関が早期の経営改善の取り組みを促進し、地域中小企業を支援する制度は金融機関にとっても有意義であると述べられ、対談後直ぐに地域金融機関の方々へ同事業の活用を促していただきました。
 TKC全国会では令和4年4月から令和5年3月まで会を挙げてポスコロ事業を活用した中小企業の経営改善支援に取り組み、当初目標の利用申請件数1,000件を超える1,560件を実践できました。我々は認定支援機関として中小企業の経営(改善)支援に力を注いでおりますが、この仕組みをより定着させるべく取り組んでまいります。

 栗田 認定支援機関は今3万5千位おられて、そのうち約4分の3が税理士または税理士法人です。その点で、私は税理士の方々の活躍は相当進んでいると認識しています。今お話しになったポスコロ事業や405事業などに積極的に取り組まれているのも税理士の割合が非常に高い。やはり税理士の方々が、中小零細企業にとって重要な相談相手になっておられるのは間違いない事実です。債務免除等の話は弁護士などに登場いただく場面もありますが、大切なのは日頃の中小企業の実態の把握を通じた経営改善支援です。中小企業経営者から最も頼りにされ、実態をよくご存じの税理士の方々への期待は非常に大きくなっています。

■金融庁「2023事務年度 金融行政方針」(2023年8月)より抜粋

(1)事業者支援の一層の推進 (1頁)
 コロナ禍での事業者支援は、主として実質無利子・無担保融資を含む資金繰り支援が中心であったが、社会経済情勢が変化する中、金融機関においては、資金繰り支援にとどまることなく、コロナ借換保証や資本性劣後ローン、認定経営革新等支援機関(税理士や弁護士等)や中小企業活性化協議会による各種支援ツール、中小企業基盤整備機構や地域経済活性化支援機構(REVIC)等のファンド、「中小企業の事業再生等に関するガイドライン」等を活用しながら、事業者の実情に応じた経営改善支援や事業再生支援等を、先延ばしすることなく実施していく必要がある。
 こうした観点から、金融庁・財務局は、金融機関への事業者支援に関する重点的なヒアリングの実施等を通じて、こうした事業者支援の具体的な取組状況を定性的・定量的側面から確認し、支援を行う上での隘路や課題を把握することにより、事業者の実情に応じた支援の徹底を促していく。また、把握した課題等については、様々な機会を捉えて金融機関と継続的に対話を行っていく。

(1)経営者保証に依存しない融資慣行の確立 (3頁)
 経営者保証は、スタートアップの創業や思い切った事業展開、円滑な事業承継、早期の事業再生等の阻害要因となっている面がある。金融機関による経営者保証への安易な依存をなくし、事業者の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に繋げていくべく、「経営者保証改革プログラム」(2022年12月公表)の実行を推進する。
 具体的には、金融機関が保証契約締結時に事業者・保証人に対して保証契約の必要性等を個別具体的に説明した件数や、金融機関における「経営者保証ガイドラインの浸透・定着に向けた取組方針」の公表状況等を把握していく。
 くわえて、金融庁に新たに設置した「経営者保証ホットライン」に寄せられた事業者からの声等も踏まえ、必要に応じて、金融機関に対する特別ヒアリングを実施する。

中小企業の実態を知るには税務申告書類が有効

TKC全国会会長 坂本孝司

TKC全国会会長 坂本孝司

 坂本 我々は関与先企業への月次巡回監査を基本に信頼性の高い税務申告書の作成に取り組んでいます。
 また地域では、特に協同組織金融機関たる信用金庫さんと我々税理士のお客様である中小企業の層が重なるため、連携を深めて支援していくことが大切だと認識しています。今、私はTKC会員に対して、地域金融機関との「顔の見える関係」の構築を呼びかけています。TKC会員が作成した税務申告書、決算書の信用力を高め、「あのTKC会員の関与先なら安心して融資できる」といった関係を作るということです。

 栗田 それはありがたいことです。中小企業は大企業のように財務に関する書類等が完備されている企業ばかりではないと思います。そうした中で実態を知るために信頼できるのは、やはり税務署に提出している税務申告書類です。民間金融機関も税務申告書類を拠り所にした上で、例えばその会社の技術面や販売面等を見て融資します。普段から顔が見え、信頼できる税理士の方々がその会社の財務の安定性等をどう見ているかも、融資実行において重要な情報になると思います。

 坂本 税務申告書の信頼性は、間接的に決算書の信頼性につながります。確定決算主義(法人税法第74条、同22条等)が採用されているわが国では、税法と会計が調和され、連動しているためです。

 ──TKCでは税務署へ提出した税務申告書や決算書などを金融機関がデジタルで自動的に受け取れるTKCモニタリング情報サービス(MIS)を提供しており、今年8月末時点で対応金融機関は485機関となり、利用件数は32万件を超えています。

 坂本 ポイントは、税務署へ提出したものと同じ決算書等のデータが同時に金融機関へ送信されるため、改ざんの余地がないということです。近年は決算書だけでなく月次試算表のデータ提供の数も増えてきており、金融機関に役立てていただいております。

ガイドライン3要件を満たす企業を増やしていく

 ──金融行政方針の3頁目にある「(1)経営者保証に依存しない融資慣行の確立」についてもご説明いただけますか。

 栗田 これは金融庁として以前から標榜してきた重要な課題です。金融機関が事業者に融資をするときには、担保保証から入るのではなく、その事業はどういうものでどの程度の将来性があるのか、経営者は信用できるのかを判断することから始めるべきです。金融機関にとって本質的に身に付けるべき「目利き力」を上げていくことが、長期的にも金融機関の経営基盤を強化する最も重要なポイントになると思います。

 坂本 率直に申しまして、以前は担保保証を押さえていればいいという空気が中小企業金融の現場にはありましたから、今回の金融行政の変化は、コペルニクス的な転換だと感じます。こうした状況を背景として、金融機関の皆さんと同じ目線で中小企業に向き合い、経営支援をできる環境が整ってきました。
 TKC全国会は今、地域金融機関とのトップ対談や実務者協議を通じて、全国一斉に「経営者保証に関するガイドライン」の普及に向けて、具体的な連携のあり方等を協議しています。その際、金融機関の皆さんに必ず申し上げているのは、私どもの運動は決して経営者保証外しのためではないということです。「ガイドライン」適用の3要件(法人個人の一体性の解消・財務基盤の強化・財務状況の適時適切な情報開示)を満たせるような経営者を一緒に輩出していきたいと思います。

 ──具体的には事業者の方からどのような声が金融庁へ寄せられているのか、差し支えない範囲で教えてください。

 栗田 事業者の方からは「最近の金融機関の対応が以前より柔軟になってきた」という声が増えています。ただその一方で「金融機関が本当に事業性をみてお金を貸してくれるのかわからない。そう簡単には経営者保証を外してもらえそうにない」という声も聞かれます。また、経営者保証がネックとなって事業承継を諦めてしまうケースも少なくないと聞きます。

 坂本 社長が後継者に「経営者保証がいらないくらい良い会社にしたから、安心して事業を引き継いでほしい」と胸をはって言える企業になっていただくことが大事ですね。

事業を発展させる上で法人個人の分離が絶対に必要

 ──「経営者保証に関するガイドラインQ&A」には法人個人の区分解消について「中小会計要領等に拠った信頼性のある計算書の作成」「税理士等の外部専門家による検証の実施」等の記載があります。この点を踏まえてTKC全国会では「経営者保証に依存しない融資慣行の確立」に貢献すべく、税理士法による「書面添付制度」の普及に力を入れています。

 栗田 「ガイドライン」の3要件の中でも、基本中の基本となるのは法人個人の分離だと私も考えています。これは経営者保証の問題だけではなく、中小企業が事業をしっかり行っていく観点からも絶対必要なことです。とはいえ、それをどう確保するのかというと意外と難しい。その点で、普段から経営者の身近な相談相手である税理士の方々が指導して、その上で法人個人の分離ができていることを明らかにしてもらえるというのは、金融機関にとって非常にありがたいのではないかと思います。

 坂本 私は地元の浜松で会計事務所を経営しているのですが、スタッフには「関与先には絶対に脱税させない」ことを徹底させています。プライベートの飲食費用を経費にさせない、勤務実態のない身内を役員や従業員にして給与賞与を支払わせない、といった当たり前のことですが、それができるようになれば、良い会社になっていくものです。

 栗田 私もかつて税務調査官や税務署長を務めたことがあるので、そういうケースをたくさん見てきました。税務だけの問題ではなく、事業を発展させる意味でも法人個人の分離が決め手になると思っています。

顧問税理士との連携は金融機関にとって喫緊の課題

 ──栗田長官にお伝えしたい最近の出来事として、この9月9日~10日に開催された日本監査研究学会・第46回全国大会(会長:松本祥尚関西大学大学院会計研究科教授)において、税理士として初めて坂本会長が登壇し、税理士法の「独立性」や「書面添付制度」について発表しました。当日は、監査論や会計学の研究者、監査役実務家、公認会計士、金融庁の方々が参加していました。

 坂本 昨年9月に発刊した書籍『職業会計人の独立性』(TKC出版)が八田進二先生(大原大学院大学教授)の目に留まったのがきっかけとなって、本学会にお招きいただきました。当日は「独立性の視点から見た公認会計士と税理士」というテーマで報告しました。
 報告では、「公認会計士は『財務の真実性の守護者』であり財務書類の監査業務に関する唯一の専門家、税理士は『租税正義の守護者』であり税務書類に関する唯一の専門家である。両者はいわば二卵性双生児であり、違いを理解すべき関係である」と述べました。また、わが国における中小企業の計算書類の信頼性確保の観点から「書面添付制度は、『税務監査証明業務』とも言える制度である。申告書の信頼性を直接保証するのみならず間接的ではあるが計算書類にも一定の信頼性を付与することから一石二鳥の制度である。わが国独自の制度であり、かつ学際的領域(税法学・会計学・監査論)に関わっているため、ほとんどその研究がなされていない」といった問題提起もしてまいりました。特に「書面添付制度」に関しては初めて聞く参加者も多かったようです。質問もいくつかあり、高い関心を持っていただくことができました。

 栗田 そうですか。公認会計士は監査先に対する経営助言等の同時提供は禁止されています。証明業務を行う上での独立性のあり方については、税務を含めているので、そのような点を含めて研究余地があるところだと思います。

 ──最後に、TKC会員を含めて税理士への期待とメッセージをお願いします。

 栗田 事業者を取り巻く経済環境は一層厳しく、難しいかじ取りを強いられている状況にあって、実際問題として一番相談しやすいのは、税理士の方々です。地域金融機関がその役割を十分に果たせると良いのですが、マンパワー不足などによってそれが叶わないことがある中、顧問税理士との連携は喫緊の課題と認識しています。TKC会員の皆さんには、ぜひとも、地域金融機関と連携して事業者支援に邁進されることを期待しています。

 坂本 ありがとうございます。中小企業金融における税理士の役割をしっかりと果たしてまいります。

(構成/TKC出版 古市 学・清水公一朗)

栗田 照久(くりた・てるひさ)氏

1963年8月生まれ。京都府出身。京都大学法学部卒業後、大蔵省入省。金融庁監督局総務課監督調査室長、金融庁監督局銀行第一課長、金融庁監督局参事官などを経て、2018年監督局長。2022年総合政策局長。2023年7月から金融庁長官。

(会報『TKC』令和5年10月号より転載)