「所有」から「共有」への静かなうねり――。モノやサービスを利用者同士で分かち合って使う、そんな人たちが増えつつあるのだ。カーシェアリングや高級ブランドバッグの会員制レンタルなど、台頭するシェアビジネスの今を追った。

シェアビジネス「分かち合い」に商機あり

 東京・大田区のマンションに妻と2人で暮らすAさん(43)は週末、近くのショッピングセンターに買い物に出かけることが多い。1週間分の食材をまとめ買いするため、帰りはかなりの大荷物。だからいつも車で行く。だがその車、実は自分の所有車ではない。カーシェアリングのサービスを利用して、借りている車なのである。断っておくがAさんは別段、自家用車が買えないほどに所得が低いわけではない。むしろそれなりの企業に勤めている分、同世代の平均よりも少し高いぐらい。にもかかわらず車を所有せずに、もっぱらカーシェアリングやレンタカーで用を済ませている。使いたいときに利用できればそれでいい。そう割り切っているのだ。

 「かつて車といえば、所有すること自体にステータスや安心感といったものがありました。でも最近は、所有することに必ずしもこだわらない人が増えています。高い駐車場代を払ったり、車検や保険料などの維持費を考えると『逆に無駄じゃない?』という発想なのです」

 と話すのは、日本カーシェアリング(本社・横浜)の佐藤英一部長。同社では、コンビニ店舗を活用したカーシェアサービス『アイシェア』を展開しており、Aさんが利用しているのも実はこのサービス。家の近くにあるコンビニの駐車場に行けば車が置いてあり、会員カードでドアロックを解錠して簡単に乗車できる。料金の支払いは最後にコンビニのレジで済ませばOKだ。短時間の利用の場合はカーシェアリングを使用し、長時間の場合はレンタカーと賢く使い分けている。

 以前、自家用車を持っていた頃に比べ、車に費やすコストはだいぶ節約された。「その分、趣味や旅行にお金をかけられるようになりました」(Aさん)。

 交通エコロジー・モビリティ財団が実施した「わが国のカーシェアリング車両台数と会員数の推移」の調査によると、カーシェアリング車両ステーション数は2917カ所(前年の3.4倍)、車両台数は3911台(同3.0倍)、会員数は7万3224人(同4.5倍)と増加傾向にあるという。

 俗にビッグスリーと呼ばれるカーシェアリングの大手3社(オリックス、タイムズプラス、カレコ)が拠点数や車両数を増やした結果、ユーザーの認知度が高まったということもあるが、所有から共有への動きが一般消費者の間に広まりつつある現象ともとらえられる。「1人で持つ」から「みんなで使う」――。そんな考え方をする人が増えているのだ。節約志向やエコ意識の高まりなど理由はさまざまだが、持たずに消費する、すなわち「シェア消費」への関心は高まっている。

 その流れを巧みにとらえて、近頃では高級ブランドバッグの会員制レンタルサービスなど、新たなシェアビジネスが誕生している。現に欧米でもそうした動きが顕著にあり、レイチェル・ボッツマンとルー・ロジャースの共著『シェア』(NHK出版)では、その辺りの潮流を詳しく解説している。同書では、所有から共有に向かう消費行動を「コラボ消費」と名付け、次の3種類のモデルに分類している。

(1)製品をシェアするサービス(プロダクト=サービス・システム)
(2)モノのリサイクル・リユース(再分配市場)
(3)ライフスタイルのシェア(コラボ的ライフスタイル)

 カーシェアリングや高級ブランド品の会員制レンタルなどは(1)に該当。ユーザーにしてみれば、「品物の代金を全額支払わなくていい」「維持費、修理費、保険料などが節約できる」の2つのメリットが得られる。

 次に(2)に当てはまるのは、「ブックオフ」をはじめとした中古品ショップ。ネット上のオークションサイトや、いわゆる「物々交換サイト」もこの中に含まれる。不要になったものや飽きてしまったものを、必要とされていない場所から必要とされるところ(人)に配り直すというかたちのシェアである。

 そして(3)については、時間、空間、技術(知識、ノウハウ)といった目に見えにくい資産の共有を促すサービスが該当する。シェアハウスやシェアオフィスなどが代表的だ。

つながりを求めてシェアハウス

 リサイクルショップが活況を呈しているのも、言ってみればすでに日本でシェア型の消費が浸透していることの現れ。インターネット上にいくつもの物々交換サイトが開設されているのもそうだ。そこでは、ネットで知り合ったユーザー同士がいらなくなったものを交換し合っている。なかでも子育て中のママさんから絶大な支持を集めているのが『こそだてママ・マーケット』。サイズが小さくなった子供服を会員が出品し、獲得したポイントを用いて別の出品者の子供服と交換できるというサイトだ。「サイズダウンした服を出品し、もう少し大きめの服と交換する」という使い方がなされている。昨年アメリカで「スレッドアップ」という同様の子供服交換サイトが立ち上がったが、実はママ・マーケットの開設はそれより早い。06年からのスタートで、現在の会員数は約4万人だ。

 一方で、シェアハウスも大都市圏を中心に人気が高まっていて、ここからもシェアマインドが芽生えていることが伺える。シェアハウスは、友人同士などが集まってセルフリスクで生活するDIY(Do It Yourself)型と、不動産会社などが間に入っての事業体介在型との2つに大きく分けられる。昨今のシェアハウス人気のけん引役となっているのは明らかに事業体介在型のほうで、個室でプライバシーが守られる一方、リビングや台所は入居者同士で使い、交流を深める場になっている。しかも不動産業者が物件全体の運営・管理をしてくれるため、トラブルが少ない。

 国内最大級を誇るシェア住居(事業体介在型)専門の検索サイト「ひつじ不動産」に登録されている物件数は、2005年の時点では100件にも満たなかったが、その3年後には300件を突破。昨年は700件以上となり、今年中に1000件を超えると見込まれている。

 シェアハウスに入居するコアなユーザーは、20代後半から30代の単身社会人。昨今のシェアハウス人気の高まりは、実は晩婚化の流れと少なからず関係していて、従来のワンルームマンションでは得られない、「人とのつながり」を求めての入居希望者が多くを占める。シェアハウスでは、居住者同士が一緒に料理を作ったり食事をする光景が当たり前にある。同じ居住空間、時間を共有することで得られるコミュニケーションがシェアハウスの魅力なのだ。

 ひつじインキュベーション・スクエアの北川大祐代表は「不況でシェア住居が伸びているのではないかと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。『もう少し面白い生活をしたい』とか『自分の世界を広げたい』といった前向きな理由でシェア住居を選択される方がほとんどです」と話す。

シェアで消費が増える?

 シェアビジネスの拡大によって「消費するモノの数が減れば、国内の経済は停滞するのではないか」と心配される向きもあるかもしれない。つまり、カーシェアリングやレンタカーの普及に伴い、自動車の販売台数が仮に大幅に減少するような状況が続けば、結果として国内のマーケットは縮小するのではという意見である。

 しかし、一概にそうとは言い切れないはず。たとえば、自家用車の所有をやめてカーシェアリングやレンタカーを利用するようになったユーザーは、その分浮いたお金を自分の趣味など、別ジャンルの消費に回すことが十分に考えられる。あるいは、共有(共同利用、レンタル)できるものについては共有し、「自分にとって本当に必要なもの」や「共有に適さないもの(旅行や自宅のエアコン等)」については従来よりもお金をかける、といったメリハリのある消費が進む可能性もある。そう考えるとシェアビジネスの台頭は、停滞した消費活動を回復させる、一つのきっかけになるとさえ思えてこないだろうか。

 では今後、中小企業が新たなシェアビジネスを仕掛けるにあたって何がポイントになるか。一つ言えることは、インターネットの活用はシェアビジネスを展開するうえでの大きな武器になり得るということだ。そもそも今日、シェアビジネスが盛んになってきたのは、これまで結び付かなかった人々のニーズがインターネットの普及によって簡単につながるようになったからでもある。複数ユーザーの“共感”を集めなくてはシェアビジネスは成り立たない。その媒介役としてインターネットは威力を発揮する。

 いずれにせよ、これまでのような“所有欲”を駆り立てる事業のあり方では、もはや現代の消費者を振り向かせられなくなってきている。シェア(共有)という概念を通じて新たな価値観を提供していくことが、今後ますます重要視されてくるだろう。

(本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2011年7月号