本誌巻頭連載「英雄伝」でおなじみの評論家・鷲田小彌太氏。とかく難解な語り口になりがちな哲学の思考を分かりやすく説明する鷲田氏だが、この「未曾有の国難」に何を感じたのか。東日本大震災からの復興と今後の日本のあり方について聞いた。

プロフィール
わしだ・こやた●1942(昭和17)年、北海道札幌市生まれ。66年大阪大学文学部哲学科卒業、72年同大学大学院博士課程満期取得退学。三重短大法経科教授を経て83年札幌大学教授、現在に至る。専攻は哲学・思想史。書評、評論、人生論などジャンルを問わず旺盛な執筆活動を続け著書は200冊を超える。主著に『大学教授になる方法』『スピノザの方へ人間と人間の自然を求めて』『日本国とはどういう国か』など。
評論家 鷲田小彌太氏

鷲田小彌太 氏

――大地震当日のお話をうかがいたいと思います。

鷲田 北海道の自宅は震度4を記録しました。書斎の本棚がかなり揺れましたが、幸い倒れることはありませんでした。山中に住んでいますので、崩れることはないと安心していたんですね。しかし、その後すぐに東京に行き現実を思い知らされることになります。確かその時は5時間ごとに震度4前後の余震があったと思うのですが、まるで船酔いのような感覚に陥りましたから。
 テレビ画面を通じた津波の映像はまるで映画を見ているようにすさまじかった。宮城県の仙台や青森県の八戸に住んでいる友達や教え子に電話をかけたのですが、通じませんでした。

――その津波の映像を見ながらどんな思いにかられましたか?

鷲田 実は、震災直前の3月8日、慕っていた評論家の谷沢永一先生が亡くなりました。地元新聞社に追悼文を寄せたりしたのですが、これですっかり落ち込んでいたのです。
 アダム・スミスが著書でこんなことを語っています。ポルトガルのリスボン大地震――これはすごい地震でした。大都市リスボンががれきで埋まってしまったのですから。今でもその跡は残っていて私は当地を訪れたときこの目で見てきました――という極めて大きな被害を生んだ地震が18世紀にありましたが、希代の思想家であるアダム・スミスは当時それを知って「ヨーロッパが大変になる。今後どういう風になるのか」と考え込んでしまうわけです。
 そのスミスですが、何かの拍子で親指の爪のそばを切ってケガをしてしまいます。当然痛みが生じますね。ペンも握れない。指が気になって気になってしょうがないスミスは結局、ポルトガルの大地震のことを忘れてしまった、というのです。
 この逸話はどういう意味なのか。スミスは哲学で言うところの「シンパシー(共感)」をこのようにたとえたわけです。あくまでスミスはイギリスにいてリスボンに住んでいる当事者ではないですから、些細なことでも自分の身に何かあったらリスボンの地震のことを忘れてしまうんですね。しかしスミスは、当事者ではないにもかかわらず被災地のことを思うそんな「共感」という人間の能力を高く評価します。離れているからこそ共感することができ、冷静な分析もできる。そのスミスのことを思い出して「ああ、僕は亡くなった谷沢先生のことは当事者としてとても悲しい。一方、今度の地震に関しては被害のあまりなかった北海道にいて当事者ではない。しかし、だからからこそ冷静に今後の日本を見つめなければいけない」と思ったのです。

――なるほど。当事者ではないからこそできることもあると。

鷲田 普通、傍観者というと嫌なイメージがありますよね。しかしドラッカーの書いた『傍観者の時代』という著作のなかの「傍観者」を考えるといいと思います。それは当事者でも当事者のふりをしない第三者としての傍観者のこと。ゼネラルモーターズ(GM)の経営調査を頼まれたドラッカーは「冷静に判断するとGMはもうだめだ」と、その報告書で結論付けました。GMの会長は当然烈火のごとく怒ったのですが、後にGMの凋落が現実となりその指摘が的を得ていたことが明らかになるわけです。思想家や物を深く考える人間はそういった「傍観者」になる必要があります。

――原発事故とその後の対応についてはどうお考えですか。

鷲田 僕は作家の村上春樹さんをとても高く買っています――私たちより後の世代の人たちが書く文章の文体が変わったのは村上さんが文壇に登場したからでしょう。日本人の思考方法も彼によって随分変化したように感じます――が、6月にスペインでスピーチした内容には少しがっかりしました。「反原発の道を日本が歩まなかったのは間違いだった」と断言するのは、彼にしてはやや冷静さを欠いていると思います。
 確かにヨーロッパの一部の国で脱原発を推進するのは理解できます。ドイツはエネルギー源として豊富な石炭があり水力発電も多い。しかし一方でイタリアは大変です。電力事情が悪いうえに、電力を購入しているフランスは80%以上が原子力発電なのですから。もちろん村上さんのような考えがあってもいいと思うし、あるべきだとも思いますが、僕にとっては少し残念なスピーチでした。原発が危険なことは最初から分かっていたことです。大事なのは、最新の技術を使って原子力発電を日本の国力や技術力に見合ったものに縮小していくいいチャンスだということを認識することではないでしょうか。
 評論家の福田恆存氏はかつて「評論家と自ら名乗る者であれば、100人中100人が賛成することがあったとしても、その時あえて1人の反対者となれ」――これを福田氏は「99羽と1羽」と表現していました――という言論人の心構えを述べたことがあります。原発事故の影響で今は「反原発」一色になっている状況ですが、今回事故を起こした福島原子力発電所がそもそも40年前の技術で成り立っていたということを思い起こす必要があるのではないでしょうか。それを安全だと言い張っていたのはまやかしにすぎないにしろ、現在生きている人間が最新の原子力技術を廃棄すると簡単に言ってはいけない気がします。イタリアなどは1回決めてもすぐに忘れてしまう国民性がありますが、日本人は一度決めたことは守り通すメンタリティーです。軽率にすぐに決めないほうがいいと思います。

試される地方自治の力

――これだけの大きな被害をともなう災難で大きな心の動揺を感じた人も多いと聞きます。鷲田さんはいかがですか。

鷲田 メディアなどで「未曾有の国難」という表現をよく見かけますが、国難といえば僕の知っている限りでも、明治維新、日清日露戦争――これに負けたら日本という国はありませんでした――、関東大震災――これは首都圏が全滅してしまい、産業や文化がいったんすべて大阪に移りました――、それから敗戦はいうまでもありません、最近でいえばバブルの崩壊――これはあまり私には関係ありませんでしたが――。ざっと思いつくだけでもこれだけの「国難」があります。しかしおしなべてだいたい10年くらいで復興に成功しています。関東大震災はダブルパンチで金融恐慌がきましたが、その後は戦争景気で経済状態が大きく好転しました。

――あまり心配する必要はないと。

鷲田 ええ。ただ、被災地の新たなまち作りをするにあたり土地を国有化するなど政府の権限を大きくしすぎるのは絶対にだめだと思います。復興にもっとも必要なのはやはり民間の力ですから。もちろん復興資金として20~30兆円の国費を投入するでしょうが、そのかわり国の予算を減らせばいいのです。福田康夫元首相のときからでしょうか、小泉純一郎元首相が行った規制緩和の流れが逆転し、あらゆる業界で規制が強まっています。それをまたグローバルスタンダードに合わせていくようにしなければなりません。もちろん自由貿易交渉も進める必要があります。子ども手当ても大事だと思いますが、高校無償化などを続ける必要はないと思いますよ。
 90年代の不況で自民党は100兆円を国債でつぎ込みましたが一向に経済はよくならなかった。それは国主導だったからです。「国の対応が遅い」と被災地の自治体が政府を非難する声が聞かれますが、日本はデモクラシーの国、法律が決まらなければ何もできないので仕方のない面もあります。自分の家が流されるなどした被災地の人は大変でしょうが、自治体が国のお金でたくさん職員を雇ってどんどん自立的に動けばいい。今ほど地方自治の理念が試されている時期はないのではないでしょうか。

――多くの工場が稼働を停止するなどしましたが、製造業を中心とした産業もすぐに回復するのでしょうか。

鷲田 そこは心配です。たくさんもうけたところからたくさん税金をとろうとする政策に傾いているからです。海外への流出が始まるかもしれません。ある程度の空洞化はやむを得ませんが、ようやく中国と日本の賃金差がかつての10分の1といわれた時代から3分の1ぐらいに縮まってきたところなのであまりにもったいない。賃金差が2分の1ほどになったら完全に同等の競争ができるので、製造拠点の日本回帰が起こることも当然予想されます。それを手当てする税の仕組みなどをきちんとするのが最優先なのに経団連は先般「法人税の5%減税は要らない」と表明してしまった。これは疑問ですね。アメリカは10%下げると約束したのにまたぞろ日本だけ後れをとってしまう。少し落ち着いたら、法人税の議論を再開すべきだと思います。

――方で、船を失った漁協が共同で船を購入してビジネスをする、などといったシェア(共有)の有効性を指摘する声もあります。

鷲田 有効かつ適切なやり方ではないでしょう。なぜなら私は人間という生き物をこう定義しているからです――「無制限の欲望を無制限に伸ばそうとするいやらしい、ある意味では立派な生き物」――と。自分の好きな仕事だったらたとえ命を落とす可能性があろうとカメラマンは戦場に向かいます。生徒に嫌われようが同僚に嫌われようが私は言いたいことを言わずにいられません。自分の感情や欲望を管理して抑えて生きることはある程度までできますが、完全にできるということはないでしょう。だからこそ自分の好きなことややりたいことを頑張ることができるわけです。私は昔学生運動をした時期がありますが、合宿というのが苦手で「便所の前でいいから」と頼んで1人で寝ていました(笑)。ある程度は我慢できるでしょうが、シェアビジネスという発想は続かないと思います。やっぱり自分で船をもって算段するのが漁師は好きなのではないでしょうか。

可能性を喚起する「言葉」を

――日本という国は今後どのような姿であるべきなのでしょうか。

鷲田 地方自治を推進し「小さな政府」を目指すべきです。小沢一郎氏の『日本改造計画』に書かれている内容ですが、日本全国の市町村は300ほどで十分ではないでしょうか。そのうえで8つないし9つの州に分けた道州制を導入し東京都は特区に定めます。所得税減税のかわりに地方税を増やすなどして地方の権限を強化する一方、政府には強力な外交の権限を持たせればいいわけです。
 この国の制度は吉田茂がつくりあげた制度設計につぎはぎをして使用している状態。だましだまし何とか持ちこたえているので無理が生じてしまうのは当然です。日本国憲法もこれだけ長く続いたのだからもうそろそろ変えていい時期でしょう。アメリカ型の連邦制を取り入れるかどうかはともかくとして、政府の役割をうんと小さくして地域に任せることで今回の災害のような事態にもよりうまく対応できるようになると思います。

――プルタルコスの著作をひもとく「英雄伝」の連載も6回を数えました。「制度設計を変える時期」に生きている私たちが学べることは何でしょう。

鷲田 ギリシア、ローマという国は、ヨーロッパ文化の源流と言われています。しかし中世ヨーロッパは実はこの文化を破壊しました。現在のギリシア人はビザンチン帝国の末裔でターキーなんですね。同様にギリシア・ローマ文化はキリスト教文化に取って代わられます。しかもキリスト教はプラトンのイデア論だけ抜き取ってほかは全部忘却した。こういう状況だったので十字軍が12~13世紀に中東に行き「ギリシア文化が残っている」とショックを受けたわけです。この再発見とその後の研究がルネッサンスに結びつくのですが、このようにギリシアとヨーロッパは地続きではなくて断絶があるわけですね。
 ギリシア哲学といえばプラトンやアリストテレスといった大御所が有名ですが、こうした哲学者は原理原則として神棚にでも飾っておくとして、私は「幸福になるのにはどうしたらいいか」「結婚生活はどうしたらいいか」「議論したってつまらない」など人間誰しもが悩む身近な事柄を好んで取り上げたプルタルコスを大いに評価します。実際、親子や夫婦で議論して解決できる問題は少ないでしょう。人のことをあれこれ詮索しようとしない、子供の事に関わりすぎない等々でないと家族はうまくいきません。これらは全部、プルタルコスの『モラリア』という分厚い書物に書いてあります。

――原理原則よりも「処世術」が大切ということですね。

鷲田 ええ。でも原理に意味がないということではありませんよ。やはりギリシア哲学の根幹はプラトンのイデア論だと思いますが、このイデアを想起するのは「言葉」以外にはあり得ないわけです。「はじめに言葉ありき」というわけですね。先ほど人間を「無限の欲望を求めるもの」として定義しましたが、それは人間が言葉を使用するからこそ定義できることです。なぜなら言葉はいまここに、かつてどこにもなかったものを喚起する創造力を持っているからです。この働きのことを欲望というのです。だから言葉のしゃべれない赤ん坊に欲望はない。吉本隆明氏のいう「幻想」ではないですが、この世界は言葉によって成立している。幸い日本は、なるべくシンプルに相手との関係で言葉を決めていくという良い環境にありますが、人の感情を逆立てながら可能性を喚起していく「言葉」がいろいろな局面でもっと求められてもいいのではないでしょうか。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2011年8月号