臼井泰文組合長(右)と須田耕一郎参事

臼井泰文組合長(右)と須田耕一郎参事

 「今日の満潮は16時58分……」

 さる3月11日以降、東日本の太平洋沿岸部に拠点を置く事業者にとって、日々の満潮は切実な問題になった。かつてない広い範囲で地盤沈下が起こったからだ。なかでも最大規模だったといわれているのが、宮城県石巻市にある牡鹿半島で計測された116センチという記録。その牡鹿半島に面した石巻港で事業を営んでいるのが、石巻市水産加工業協同組合だ。港からわずか数十メートルほどの場所に冷蔵庫をはじめとする施設を構えており、一帯の地盤が沈下。事業所のそばを通る幹線道路は依然水浸しのままだ。冒頭の言葉は7月1日の取材時に口々に交わされていたものである。

車ごと津波にのみこまれる

 同組合は水産加工業を営む組合員向けの鮮魚、加工製品を保管する冷蔵庫の管理および製氷の販売を手がけている。したがって営利事業というよりも地域に根ざした公益事業という色彩が濃く、組合員の企業は63にのぼる。豊富な漁場として知られる三陸沖沿岸の市町村のなかでも、石巻市は特に人口密度の高い地域だった。

 「津波による犠牲者がここまで増えた最大の原因は、車で逃げた多くの人々が自宅に向かう途中、渋滞に巻き込まれてしまったためです。人には帰巣本能があるので、誰でもわが家の方に向かってしまうもの。今まで経験したことがないような地震だったにもかかわらず、津波警報を素直に信じられない人が圧倒的に多かったことも今回の悲劇につながった一因ではないでしょうか……」

 新組合長に就任した臼井泰文氏は話す。組合の参事を務める須田耕一郎氏もこう言う。

 「地震後間もなく、大津波警報を知らせる防災無線のアナウンスがあったのですが、これまで何度も警報の空振りがあったため、たいしたことはないだろうとたかをくくっていました。その後ラジオで石巻沿岸に6メートルの津波が迫っていると聴き、これはただごとではないと思い避難をはじめました」

 ラジオを聴くやいなや、前組合長以下18名の職員は冷蔵庫や製氷工場、事務所の鍵を閉め、一斉に車で自宅や高台を目指した。しかし高台や内陸に向かう道路が少ないため、多数の車が殺到。たちまち数珠つなぎ状態となり、沿岸部の道路まで渋滞が伸びてしまう。沿岸ぞいに平行して走る道路では波の猛威から逃れるすべはなかった。渋滞のさなか津波にのみこまれたものの、九死に一生を得た職員もいた。波で流されてきた他の車がぶつかってきた衝撃で乗っていた車のドアが開き、かろうじて車内から脱出、電信柱や流されてきたタンクにつかまって難を逃れた。職員全員の無事は確認できたものの、前組合長が残念ながら帰らぬ人となってしまった。石巻市だけで3000人以上が亡くなった今回の震災。津波に巻きこまれながらも一命をとりとめた人々はその倍以上いると組合長はみている。

生きかえったデータ

 潮位が下がるころを見計らって、組合を訪れた須田氏は被害を目の当たりにし、ただあぜんとするしかなかった。厳重に戸締まりをしたはずの冷蔵庫の入り口は津波によって突き破られ、がれきやヘドロが浸入。冷凍保管していた3000トンあまりの冷凍魚が流出し、2カ所ある製氷工場も全壊状態だった。車両も例外ではなかった。トラック、フォークリフト計14台が全損。なかには組合から50メートル以上離れた場所で発見された車両もあった。

 一方、事務所棟1階にあったパソコン、事務機器も残らず流されてしまった。実際襲ってきた津波は7メートル以上。2階の床も浸水。破壊された窓をブルーシートで覆い、事務所を2階にうつして業務を再開した。日々の会計処理や、職員の給与計算業務をTKCシステムで行っていた同組合。日常業務のかなめであるパソコンを失ったことによる打撃は計り知れない。そこで相談をしたのが、毎月監査のため訪問している阿部喜和顧問税理士だった。

 「津波で流されたパソコン4台は1月に購入したばかりで、職員も操作に慣れ仕事がはかどってきたところでした。阿部先生に実状を訴えたところ、会計ソフトを利用しているTKCからパソコン2台を無料で当面貸し出してもらえることになったのです」

 こうしてひとまず応急処置を施すことはできたが、パソコンに保存していたデータの行方はどうなったのだろうか。須田氏は続ける。

 「毎月、データのバックアップは行っていましたが、媒体をパソコンに差したまま避難したため、会計データも行方不明になってしまいました。しかし2月までの監査が終わっていて、幸い2月分までのデータが阿部会計にもあり、それを復元してもらい、3月以降の伝票を手入力し引き継ぐことができました。今後バックアップ媒体にパスワードを設定して別の場所で保管するなど、対応策を考えたいですね」

 3月上旬であったにもかかわらず、前月の監査がひと通り終わっていたことは注目に値するだろう。2月から3月にかけてというと個人確定申告のシーズン。同組合がいかに日々タイムリーに伝票入力を行っていたかが想像できる。TKCデータセンター(TISC)に保管されていたデータをインターネット経由で会計事務所のパソコンに復元。ヘドロのなかから3月の11日間分の伝票を見つけ出し、入力をすすめ、なんとか3月期決算申告を無事行うことができた。

創業来の危機をチャンスに

 社内の日常業務の復旧作業と並行して、参事は職員の雇用維持にも奔走した。地元の商工会議所やハローワークで開催された説明会に参加。本業再開の見通しが立たないため、やむを得ず11名の職員をいったん解雇し、在籍する職員のために雇用調整助成金を申請。7月中には最初の支給がある予定だ。

 組合設立から62年――。紆余曲折を経てきたが今回ほど存亡の危機に立ったことはない。臼井氏はいう。

 「この震災をチャンスととらえるか、ピンチととらえるかはその人次第。業務の柱である製氷工場の稼働を再開した暁には、24時間製氷の仕組みをあらたに導入したいと考えています。借入金の返済や二重ローンの問題に対処していくためにも、現状の経営状態をしっかり把握することが再建への一番の近道になると考えています」

 心機一転、組合長は今回の危機を経営改善の契機とするつもりだ。

(取材協力・税理士法人阿部会計事務所/本誌・小林淳一)

会社概要
名称 石巻市水産加工業協同組合
所在地 宮城県石巻市魚町2-13-1
TEL 0225-22-4136
売上高 4億1630万円
社員数 18名

掲載:『戦略経営者』2011年9月号