昨年(2011年)の日本経済は東日本大震災、福島第1原発事故、タイの大洪水――と突発的な自然災害に見舞われ、改めて危機対応能力が問われた1年であった。

 実は、帝国データバンクが今回の大震災が起こった直後の4月に興味深いデータを公表している。それは1995年11月に発生した阪神大震災後の倒産状況について調べたものだが、95年1年間に震災関連で倒産した件数は194件で、うち従業員5人以下の企業が54.1%を占め、101人以上の企業は0%であったということである。この101人以上というのは、年商規模でいくと、業種・業態にもよるが、だいたい10億円超に当たると推定できる。

 政治の世界では昔から「一寸先は闇」といわれるが、ビジネスの世界でもいつ何が起こるかわからない、常に危機と隣り合わせであることを考えれば、一定以上の企業規模にしておくことがいかに重要であるかをこのデータは物語っていよう。

 そもそも会社の目的は何か。人によっていろいろな見方・捉え方があるだろうが、私は「継続」だと思っている。単に売り上げ拡大のみを目的化するとゆがんだものになってしまう。それは成長といわず、単なる膨張である。この意味で、売り上げの拡大は社会貢献の対価(結果)として実現するものと心得るべきだ。一定規模以上の売り上げ確保が企業継続の一条件であり、それは前述したデータに基づけば10億円超が一つの目安といえるかもしれない。

顧客との“絆”を強くする

 ではどうすれば年商10億円超にすることができるのか――。結論から先にいえば、アクセル役の「マーケティング」部分とブレーキ役の「業績管理」部分をうまくかみ合わせて会社を回していくことである。逆にいえば、年商10億円の壁を超えられないというのは、両者がかみ合わず、それぞれ(のスキル)が未熟だからと考えられる。

 中小企業には「30人の壁がある」といわれる。創業して社員数が30人くらいまでは割とすんなりいくものの、そこからなかなか進まないということ。なぜか。人づくり・組織づくりができていないからである。ある程度の企業規模になれば、やはり社長1人だけで引っ張るのは難しく限界がある。幹部社員が社長の語り部となって、方向性(ビジョン)を現場で語り浸透させていかなければならないが、その役割を担う人づくりの面で躓くケースが多いのだ。

 一般にどの社長も勉強家で、創業して何度も修羅場を経験した人ほどビジネスセンスや実務能力が高くなっている。ところが、残念なことに、その社長の成長に創業時から苦楽を共にしてきた股肱の臣が追いついていないケースが多く、そこに躓きの一因があるのだ。結果、社長がついつい現場に口を出してしまい、口を出せば出すほど何でも社長に決裁を仰ぐようになり、組織としての動きがとれなくなる。結局、30人程度の「個人商店」のままで終わってしまうわけである。

 ところで、産業能率大学経営学部の宮田矢八郎教授は『理念が独自性を生む』という著書のなかで、「ヒット商品があれば年商10億円の壁が破れ、ブランドがあれば30億円の壁が破れる」と記述している。

 要は、魅力ある商品がなければ10億円の壁は突破できないということだが、ヒット商品を生み出す方法として有効なのが顧客の声を取り込むことだろう。つまり、情報(新聞・テレビ等を使った新商品の販促)を企業が消費者側に一方的に送りつけるのではなく、双方向型にするということであり、それがいまインターネットの普及でやりやすくなっている。具体的には「SNS」や「ブログ」をマーケティングに活用するということだが、実は、それは80年代にアルビン・トフラーが『第三の波』という本のなかで予言した「プロシューマー」[プロデューサー(生産者)とコンシューマー(消費者)を合成した造語]の台頭がまさに現実のものになってきているということである。

 顧客の声を取り込むというのは、単に新商品のネタを仕入れるだけでなく、顧客との関係を強くしていくことでもある。今回の大震災で改めてわかったことは、互いに協力していくことの“絆”の大切さだ。ビジネスも同様であり、これからはますます顧客との絆を深めていくことが求められるに違いない。それを実行していく上でのキーワードは「感動」だろう。“感動ビジネス”には、値引きがなく、人から人へと広がっていく傾向がある。

 ここであるレストランでのエピソードを紹介してみたい。そのレストランに久々に訪れた家族連れの顧客Aに、店員が「今日はおばあさんの姿が見えないですね」と尋ねると、Aさんが「実は母は先日亡くなったんです」と。それを聞いた店員が帰り際に「おばあさんが好きだったミニ天丼を折りにしました。ぜひ、お供えをしてください」ときれいに仕上げた包みを渡したのである。思いもかけない店員の気遣いにAさん家族は言葉を失い、こみ上げてくるものを抑えられなかったそうだ。

 この店員のすごい点は常連客の顔も好みも覚えていて、「このお客さまにはいま何をしてさしあげればいいのか」を自分で考え、行動を起こせるところだ。機転が利く、もてなしのできる人ということだが、ピーター・ドラッカーはそういう人を「ナレッジワーカー」と呼んでいる。ナレッジワーカーとは自分でPDCAを回せる人のことであるが、その対極にいる人をドラッカーは「マニュアルワーカー」と呼んでいる。

 要するに社員一人ひとりが会社の理念やビジョンを理解し、自らPDCAを回して顧客との絆を深めていくことができれば、その会社を支持する人(ファン)が増え、結果として、年商10億円の突破が可能になるというわけである。

社長は「数字」に敏感になれ!

 さて、顧客との絆を築く上で重要な要素は、機転や気遣いであると指摘したが、実は業績管理の面でも「数字」が発するメッセージに敏感にならなければダメである。“財務の見える化”をはかりながら、具体的には飲食業であれば店舗別、製造業であれば営業所別などに分けて、どの「部門」が黒字でどれだけ利益をあげているのかをリアルタイムに把握できるようにすることが重要となる。

 例えば、B社が首都圏にラーメン店を3店舗(C、D、E)経営していたとする。このなかで、仮にC店長が販促活動として「10万枚のチラシをまけば今月の売り上げは5%アップする」という仮説を立てて実行したところ、3%しか上がらなかったとしよう。このとき重要なのは、なぜ仮説通りにいかなかったのかを考えることである。チラシをまく曜日がまずかったからなのか、デザインがよくなかったからなのかということを検証(チェック)して改善策を見つけることが重要なのだ。

 それはつまり、チラシ(販促活動)に関するPDCAサイクルを回していくということにほかならず、その結果としてC店の業績があがれば、それを公正に評価すればよい。こうした仕組みを組織にビルドインすれば、それまでマニュアルワーカーだった人間をナレッジワーカーに変えることができるにちがいない。

 今、ある会社が年商10億円の壁にぶち当たっているとすれば、それは「次のステップへ進みなさい」というメッセージであると捉え、“わが社”に合った人づくり・組織づくりに取り組むことをおすすめする。

(インタビュー・構成/本誌・岩崎敏夫)

掲載:『戦略経営者』2012年1月号