昨年末、今年3月終了の予定だった「中小企業金融円滑化法」の再延長の方針が、金融庁より公表された。厳しい経営環境が続く中小企業にとっては、一応の“朗報”といえるだろう。一方で専門家の間からは、今回の再延長に懸念の声も出されている。ファインビット代表の中村中氏は、「地域金融機関の大再編や融資審査の厳格化など、中小企業の資金調達環境に大きな影響を与える可能性がある」と話す。中村氏に、今後の中小企業金融の情勢と、それに対する中小企業の対応策を聞いた。

プロフィール
なかむら・なか●1950年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)本部勤務、支店長、関連会社取締役等を経て2001年ファインビット設立。同社代表取締役社長。中小企業診断士。『中小企業のための新資金調達術』(TKC出版)、『「記帳適時性証明書」が中小企業金融を変える』(共著・TKC出版)など著書多数。

再延長に対する金融機関の本音とは

ファインビット代表・中小企業診断士 中村 中氏

中村 中 氏

――昨年末、金融庁は中小企業金融円滑化法(以下、円滑化法)の再延長を発表しました。円滑化法は、2009年12月に亀井静香金融相(当時)の肝いりで導入(施行は10年4月)された時限立法でしたが、これが1年延長され、さらに今回、13年3月末まで再延長されることになりました。背景には何があるのでしょうか。

中村 そもそも円滑化法は、主にリーマンショック後の金融の円滑化を図る目的で導入されました。別名「モラトリアム法」とも言われましたが、中身は借金返済が厳しい中小企業向け融資や住宅ローンについて、金融機関に返済猶予などの条件変更を促すというものです。それが再延長されたのは、中小企業の経営環境がリーマン以降、いまだに改善していないためです。
 さらに昨年は、文字通り激動の年でした。東日本大震災と福島第1原発の事故、1ドル70円台半ばの超円高、欧州の財政・金融危機等々、どれをとっても歴史的な大事件です。今回の再延長は、今年も引き続き震災などの影響から中小企業経営が厳しいものになると判断された結果だと言えます。

――ただ一方で、円滑化法には「一時的な延命措置にすぎない」といった批判もあります。

中村 金融機関の本音とすれば、今回の再延長は困ったものだと捉えているはずです。というのは、円滑化法によって現場が大混乱を起こしているからです。
 金融機関が円滑化法に基づき中小企業に実行した貸し付け条件の変更等は、昨年9月末で225万件、金額にして62兆8000億円(金融庁公表)にもなっています。仮に1社当たり金融機関3行と取引しているとすれば、実に75万社もの中小企業が平均8400万円の借入金に対し、元本返済猶予や返済期間延長などをしてもらっていることになる。なぜこんなに増えたかというと、金融庁が出した金融機関へのガイドラインで、条件変更を行った中小企業が1年以内に「実現性の高い抜本的な経営改善計画」(実抜計画)を提出すれば、不良債権として扱わなくても良いとされているからです。

――不良債権としなくても良いのだから、金融機関は積極的に条件変更をしなさいと……。

中村 そう。ところが、条件変更を実行した企業から1年以内に経営改善計画を提出してもらうといっても、多くの中小企業にとって「実抜計画」の策定は相当高いハードルです。で、金融機関はどうしたかというと、簡易な経営改善計画、ありていに言ってしまうとアリバイの経営改善計画を企業に代わり自分たちでつくって、この条件をクリアさせてきたんです。

――“アリバイ経営改善計画”とはどんなものなんですか。

中村 ボリューム的には、A4用紙1、2枚のものです。普通、どんな中小企業でも、経営改善計画をつくればA4用紙で10枚、20枚にはなりますよね。

――1、2枚ではとても「実効性が高い」とは思えません。

中村 ええ。だから実際に改善計画と業績との間に大きな乖離が出ています。こうしたことなどがあるため、延命措置と批判されているのです。
 それで、この実態を見た金融庁は、今度は金融機関に対しコンサルティング機能の強化を求めるようになりました。計画が絵に描いた餅にならないよう継続的に企業を支援しなさいと……。ただ、このコンサルの内容がまた非常にレベルが高い。そんなこんなで金融機関の現場では、たいへんな混乱状態が続いているわけです。

中小融資の不良債権増加で地域金融機関が大再編!?

――昨年10月10日付けの「日経新聞」で、「不良債権『予備軍』44兆円」という報道がありました。記事では、予備軍の中には円滑化法の適用を受けている中小企業への貸し出しが相当額含まれる、といった論調でした。

中村 円滑化法に基づく条件変更の総額が約63兆円規模ですから、中には本来、不良債権に分類されるべきものも含まれているでしょう。44兆円というのは日銀の調査ですが、この額は貸し出し全体の約1割に相当します。金融機関関係者にとっては、非常にショッキングな報道でした。

――不良債権が増えて金融機関の財務内容が悪化すれば、中小企業金融全体に悪影響を及ぼします。

中村 とはいえ円滑化法などの緩和策を止めたら、再生の見込みのある中小企業までがバタバタと倒れてしまいかねない。金融行政は大きなジレンマを抱えています。

――解決策は?

中村 金融庁は緩和策を継続する一方で、金融機関に対する検査を厳格化する方針を出しています。

――まるでアクセルとブレーキを同時に踏むような話ですね。

中村 そもそもこのジレンマの状況を引き起こしている責任はどこにあるのか。金融庁や金融機関への批判もありますが、もとをただせば経営改善計画を自前で策定できない中小企業に根本的な原因があるわけです。経営改善計画は、円滑化法があるからつくるものではありません。企業経営において経営計画の策定は当たり前のことです。当然の努力を、多くの中小企業経営者は怠っている。
 はっきり言って、現在の中小企業向け金融は、企業側にものすごく有利な条件なんです。中小企業は、それに甘えてはいけません。

――仮に中小企業金融の緩和政策に行きすぎた面があるとしたら、いつこれがストップされるか分かりませんよね。

中村 今回の円滑化法の再延長についても、政府内で行うかどうかでかなり議論がなされたようです。今後、緩和政策が止まるとしら、それは中小企業向け融資の不良債権の増加が明らかになったときでしょう。そして、それが引き金となって、地域金融機関の大再編へとつながる可能性もあります。
 いまの状況は、貸し渋りが蔓延した98年から02年ごろに近いと言えます。当時は97年11月に山一証券や北海道拓殖銀行が破綻し、日本の金融システムに対する世界的な評価が急落していました。邦銀は信用力が低いとみなされたことで、「ジャパンプレミアム」(国際金融市場で邦銀が資金調達する際に上乗せされる金利幅)まで付けられていた。それで2002年に竹中平蔵金融担当大臣(当時)が「金融再生プログラム」(竹中プラン)を作成し、その一環として金融監督庁(現金融庁)が金融機関に厳格な検査(不良債権に対する引当金割合の査定強化等)を行うようになり、結果、銀行再編がおきて現在のメガバンクが誕生したという経緯がありました。
 02年当時、不良債権として問題視されたのはダイエーなどの大企業への融資でしたが、いま懸念されているは中小企業向け融資です。そして中小企業に貸し出しているのは、主に地方銀行などの地域金融機関。02年と同様の流れから地域金融機関の大再編がおきる可能性は十分あると言えます。

――地域金融機関が再編された場合の中小企業への影響は?

中村 いろいろ考えられますが、はっきり言えるのは融資枠が減り、融資の審査基準も厳しくなること。仮にいま取引している3行が合併して1行になったら、融資枠も1行分に減る。1行1000万円の融資枠なら、3000万円が1000万円になるわけです。
 審査基準についても、3行のなかで一番厳しい銀行のものに統一されるから、当然、それまでよりも借りにくくなるでしょう。
 金融庁は、「金融機能強化法」(金融システム安定化のため、地銀や信金、信組などに対し公的資金を注入できる枠組み)があるので地域金融機関が合併しても大丈夫だと見ているようですが、形式的にはそうでも融資現場のレベルでは中小企業にとっていろいろと厄介な面が出てくるはずです。

借入が資本とみなされる「資本性借入金」を活用せよ

――そうした今後の金融情勢を予測した上で、経営者はどういった対策をとるべきなのでしょうか。

中村 融資の審査基準が厳しくなると言いましたが、一番厳しい条件は何かというと、情報開示の範囲の拡大なんです。具体的に何かと言えば、決算書の提出に加えて、経営改善計画を提出すること。これは円滑化法の適用いかんに関わらず、そうなっていくはずです。さらには、事業の将来性を示す「定性分析報告書」などの提示も求められてくると思います。

――決算公告ですらほとんどの中小企業でなされていません。「情報開示はデメリットはあっても、何のメリットもない」という意識が経営者に根強いと感じます。

中村 でも開示しないと経営実態を隠していると疑われますよ。こっちのほうが、長期的に見たらデメリットが大きいじゃないですか。「2つも3つも決算書をつくっているんじゃないか」「嘘をついているんじゃないか」と思われたら、銀行からも取引先からもそっぽを向かれてしまいます。社長さん方だって、嘘をつく社員を雇いたいとは思わないでしょう?情報開示しないと信用力が高まらず、資金調達は難しくなる一方です。
 それと私が、決算書、経営改善計画書、定性分析報告書の3つの提示を強調するのは、これらが「資本性借入金」活用の必須条件だからです。資本性借入金とは、金融機関から負債ではなく資本とみなされる借入金のこと。資本とみなされるので、簡単に言えば「ある時払いの催促なし」の融資です。業績が悪化したら金利は下がるし、担保も入れなくていい。これは活用しない手はありません。

――経営者を取材していると、苦しいときにすぐ返さなくてもいいお金を貸してくれた恩人のエピソードをよく聞かされます。資本性借入金で、そんな“エンジェル”の役割を金融機関が担うと?

中村 近いですね。ただ、より適切な情報開示が不可欠になる。上場企業が行う株式投資家向けの情報開示をイメージすれば分かり易いでしょう。資本性借入金については、金融庁もパンフレットなどを使い積極的に推進しています。

顧問税理士の選定いかんで今後の資金調達が左右される

――とはいえ、繰り返しになりますが、中小企業が経営改善計画を策定するのは負担が大きい。

中村 そこは外部の専門家を活用することでクリアできます。特におすすめするのは税理士です。

――中小企業の税理士に対する一般的なイメージは「決算申告書の作成を代行してくれる人」です。

中村 税理士に申告のお手伝いだけをお願いするのはもったいない。会計の専門家なのですから、財務管理や経営改善計画策定の指導も受けるべきですし、そういった指導が行える税理士を選ぶべきです。極端な話、どの税理士に顧問をお願いするかで、今後の資金調達が左右されるようになるといっても過言ではないでしょうね。
 もちろん、融資のためだけに経営改善計画をつくるわけではありません。自社の経営を良くするために計画をつくり、それを開示するんです。情報開示すれば、開示された金融機関や取引先などの利害関係者が、いろいろと評価や助言をしてくれるようになります。これを「市場規律」と言いますが、常に利害関係者の評価の目にさらされることで、経営者は鍛えられるのです。その結果、信用力が増し、資金調達もしやすくなる。
 中小企業は金融政策で優遇されていると話しましたが、優遇される理由は、中小企業が地域経済の基盤の一つだからです。昨年の東日本大震災があって、いま地域経済の復興が日本の大きなテーマになっている。その復興の主人公は、ほかならない中小企業です。中小企業経営者には、是非、この自覚を持っていただき、また、地域金融機関や税理士の力を借りながら、事業を発展させていただくことを願っています。

(インタビュー・構成/広報部・千葉博文)

掲載:『戦略経営者』2012年2月号