昨年の暮れに民主党政権が倒れ、満を持して主役の座に復活した自民党。いきなり直面した平成25年度税制改正は、経済成長を第一義に掲げる安倍政権の思惑を色濃く反映したものとなった。その多岐にわたる内容を、今年もTKC会計人の今仲清税理士に解説してもらった。

――今回の税制改正について率直な印象を教えてください。

今仲 民主党政権から自民党・公明党政権に変わり、基本的な国の姿勢がガラっと変わりました。そのせいか近年になく盛りだくさんの内容になっており、全体的には民主党政権時の「格差是正」から「経済優先」への転換を読み取ることができます。つまり、安倍政権が“アベノミクス”で目指す経済成長を税制で支援するという明確な意思が示されているとみていいでしょう。

 そして、2つ目の特徴は、来年4月に迫った消費税の引き上げをにらんで、景気変動リスクを避けるための施策が組み込まれていることです。後述しますが、住宅ローン減税の延長・拡充にも明確にその意図が現れています。

 さらに、3つ目のポイントとしてはやはり、高額所得者(課税所得4000万円超)への所得税の最高税率引き上げ(40→45%)、相続税の基礎控除引き下げ・最高税率引き上げなど、富裕層への増税措置でしょうか。これは、消費税アップを含めて低所得者に厳しい影響が出ることを鑑みて、全体のバランスをとった施策といえます。

認定機関の助言が優遇の条件

――法人税関連での目玉は?

今仲 目玉の一つには事業承継税制の改正がありますが、これは後述するとして、今回は「新設」の項目が3つありますので、まずはそこから見ていきましょう。新設項目のなかでも画期的なのが「商業・サービス業・農林水産業活性化税制」(平成26年度末開始事業年度まで)です。

 これまで中小企業向けの税制優遇措置といえば、もっぱら製造業を対象とするものが中心でした。それだけに今回、初めて商業・サービス業・農林水産業に焦点を絞ったという意味でも注目されています。内容としては、商業・サービス業・農林水産業の中小企業等が建物附属設備(1台60万円以上)または器具・備品(1台30万円以上)を取得した場合に、取得価格の30%の特別償却または7%の税額控除(資本金3000万円以下の中小法人)ができるというもの。

 今年の3月末日で「金融円滑化法」が廃止されますが、4月以降は、その適用を受けている中小企業が提出している経営改善計画書がしっかりと実行され、成果が出せるかどうかが問われます。しかし、そのためにはたとえば集客力拡大のための店舗の改装、新商品・サービスの開発など、設備投資をからめたビジネス展開が必要になるでしょう。そこを後押ししようというのがこの新設税制の意味です。

 これだけでは対象業種を除いてよくある税制優遇措置のようにも思えますが、従来型のものとまったく異なるもう一つの特徴があります。財務省の認定した「認定経営革新等支援機関」など専門家からのアドバイスを踏まえた上での設備投資が条件になっていることです。

※認定経営革新等支援機関…中小企業支援を行う支援事業の担い手の多様化・活性化を図るため、昨年8月に施行された「中小企業経営力強化支援法」に基づき 中小企業に対して専門性の高い支援事業を行う機関を財務省が認定したもの。金融機関、税理士などがその対象で、2月1日現在、5481機関が認定されているが、このうち約半数をTKC会員税理士が占めている。

――「認定経営革新等支援機関」のアドバイスを受けることが条件になっているのはなぜですか。

今仲 たとえば、TKCで集計されたデータをみると、専門家、つまり顧問税理士によって財務データを月次でモニタリングし、打ち手を探り、PDCAをまわしているところが黒字割合が高いのははっきりしています。国はそのことを分かっていて、中小企業が生き残るには専門家の支援が必要であることをこの税制措置で示したのでしょう。

設備投資の早期の増大を促す

――製造業向けの優遇措置はあるのでしょうか。

今仲 製造業にも新たな措置が設けられました。「生産等設備投資促進税制」(平成26年度末開始事業年度まで)です。内容は、「国内設備投資を増加させた法人が新たに国内で取得した機械・装置について30%の特別償却または3%の税額控除を認める」というもの。しかし、この制度の適用を受けるには、国内における生産等設備への年間総投資額が(1)適用事業年度の減価償却費を超えていること(2)前事業年度と比較して10%超増加していること──という条件をクリアする必要があります。

――これも円滑化法廃止を見据えての措置ですか。

今仲 いえ。これはすべての企業に適用されるので、国の狙いはむしろ大企業でしょう。もちろん中小企業も十分に活用可能ですが。日本企業の内部留保は約270兆円あるといわれています。国はこれをなんとか設備投資という形ではき出させ、景気を上昇気流に乗せたいという思惑があるのだと思います。

 安倍政権が消費税引き上げが可能かどうかを判断するタイムリミットは今夏。とにかく早く景気を上向かせないと引き上げが難しくなってしまいます。設備投資は景気にもっとも早く波及します。その意味では、これは消費税引き上げ対策としての措置といえるかもしれません。

――「新設」はもう一つありますね。

今仲 「所得拡大促進税制」(平成27年度末開始事業年度まで)の創設です。内容は「給与等支給額を増加させた場合、当該支給増加額について10%の税額控除を認める」というもの。この制度の適用を受けるには、(1)給与等支給額が基準事業年度の給与等支給額と比較して5%以上増加していること(2)給与等支給額が前事業年度の給与等支給額を下回らないこと(3)平均給与等支給額が前事業年度の平均給与等支給額を下回らないこと──という条件があります。

 要するに各社員の給料を増やしたら10%の税額控除を認めますよというもの。ただ、個人的には現在の景気状況のなかで、給料だけを引き上げるのはかなり厳しいと思います。日本の給与水準は世界的にみてもまだまだ高水準にありますからね。その意味では、これは、「元気な企業をより元気にするための制度」ということができるでしょう。

――同時に「雇用促進税制」も改正されました。

今仲 税額控除額が増加雇用者数1人当たり20万円から40万円に引き上げられました。ちなみに雇用促進税制とは、中小企業の場合従業員を2人以上(増加割合10%以上)増やせば税額控除が受けられるというもの。所得拡大促進税制と雇用促進税制はどちらか一方しか選択できません。

――そのほかには。

今仲 新聞などでも大きく取り上げられた「研究開発税制の拡充」(平成26年度末まで)の内容は、税額控除の上限引き上げ(30%→40%)ですが、実はこれは23年度までの水準に戻しただけ。もちろん研究開発型企業にとっては喜ばしいことではあります。また、「中小法人の交際費課税の特例」では、これまでは600万円以下の90%が損金参入可能でしたが、今回、「800万円以下の全額」に改正(平成25年度末まで)されました。これも大きいといえば大きい改正ですが、現在のような景気の状況では恩恵にあずかることができる中小企業は一部かもしれません。これも元気な企業向けの改正といえるでしょう。

使い易くなった事業承継税制

――そして「事業承継税制の拡充」ですが……。

今仲 事業承継税制は今回14項目にわたって改正されました。ご承知の通り、平成20年10月から施行された現行の事業承継税制は、先代経営者から相続・贈与により非上場株式を取得した場合に、その80%分(贈与は100%)の納税が猶予されるというもの。昨年の10月までの4年間で、この制度による相続税の納税猶予が381件、贈与税が168件となっています。当初の予想からするとお世辞にも多いとはいえませんが、その理由は、条件が厳しく「怖くて使えない」、あるいは「使い勝手が悪くて使えない」という「使えない」だらけの税制だったからです。そのせいか、今回改正された14項目のうち、「使いやすく」する改正点が11項目に上っています。

――具体的には?

今仲 まず大きいのは親族外承継を可能にしたことでしょう。現行制度では後継者は先代経営者の親族に限定されていましたが、今回の改正で親族に限らず適任者を後継者にすることができるようになります。よくあるのは社長の親族には跡継ぎがおらず、番頭役の役員やその子息に会社を承継するケース。このような場合に、これまで事業承継税制を利用することができなかったわけです。

 それから、現行制度では、相続・贈与後、雇用の8割以上を5年間毎年維持することが義務づけられ、これを満たさないと猶予は打ち切られるのですが、今回の改正では「5年間毎年」が「5年間平均」に変更されました。

――つまり、いままでは一度でも8割を切るとNGだったと。

今仲 そうです。先のリーマンショックの時など、売り上げが前年比2割などといった製造業が続出したように、外的な景気動向は何が起こるか、どちらに転ぶか分かりません。なので、現行の制度では経営者は怖くて使えないのです。これを「5年間平均」にすることで、不測の事態で一時的に80%を切っても後に取り返せばいいわけですから、一気に安心感が増します。

――実質的にも心理的にも利用しやすくなるということですね。

今仲 それから、現行では制度利用の前に経済産業大臣の「認定」に加えて「事前確認」を受けておく必要がありましたが、この事前確認制度が廃止されました。これは意外に大きいと思います。たとえば、ある日突然、経営者が急死したとしましょう。その会社は急成長中で株価も高い。にもかかわらず、事前確認がなかったがために、この会社の後継者は納税猶予を受けられません。困りますよね。これも「使えなかった」理由の一つです。

――「役員退任要件」も緩和されましたね。

今仲 現行では先代経営者は、贈与時に役員を退任しなければなりませんでした。5年以内の復帰は認められていますが、給与をとってはならない。これが、先代が贈与しない大きな要因だったのです。要するに先代からしてみれば、「後継者まかせでは危なくてしょうがない」ということですね。が、今回の改正では代表者を退任するだけでよくなりました。しかも有給の役員として残留ができますので、かなり会社を後継者に渡しやすくなったと思います。

――「債務控除方式の変更」も、重要な項目だとか。

今仲 はい。たとえばある会社に3億円の自社株式、その他の資産が3億円、そして債務(借金)の相続が3億円あったとしましょう。現行では、債務を自社株式で相殺して猶予税額を計算しなければなりません。だとすると3億円から3億円をひいて0円。納税猶予は受けられないということになります。

 私はこの問題点を以前から主張し続けていて、経産省で担当の役人に訴えたこともありました。今回の改正でそれが斟酌(しんしゃく)されたのかどうかは分かりませんが、結果的に債務を株式以外の相続財産から控除できるようになった。これによって、上記例でいうと、3億円まるまる納税猶予を受けられるということになります。目立たないですが、これは非常に大きい改正点だと思います。

話題の「教育資金の非課税措置」

――相続税・贈与税についても、かなり大きな変更が行われました。

今仲 民主党時代から懸案になっていた、(1)基礎控除額を「5000万円(定額部分)+1000万円×法定相続人数」から「3000万円+600万円×法定相続人数」に引き下げ(2)最高税率を50%~55%に引き上げて、税率構造を6段階から8段階にする(2~3億円、6億円以上という2つのレンジでの増税)──という見直しが行われます。

 実は自民党は、高額所得者への増税となるこの民主党案にはずっと反対してきました。それだけに無条件で受け入れるわけにはいきません。そこで、交換条件的に打ち出されたのが「小規模宅地の減額特例の拡充」なのではないでしょうか。これは、小規模宅地等の相続税の課税価格計算の特例(評価額の8割を控除)について、居住用宅地の適用対象面積の上限を現行の240平方メートルから330平方メートルに拡大するとともに、居住用宅地と事業用宅地(貸付事業除く)の完全併用(700平方メートルまで)ができるようにするものです。

 たとえば330平方メートル、評価額2億円の土地を持っていたとします。従来だと約1億1600万円を評価額から引くことができるにすぎませんでしたが、今回の改正では土地がまるまる対象になるので1億6000万円が控除されます。

――これは大きいのでは?

今仲 ただ、都心にそれだけ広い土地を持っている人がどれだけいるのかという疑問はあります。だから、一部資産家向けの施策ということができるでしょう。そもそも、相続税を支払っているのは100人に4人、4%にすぎません。ただ、政府は今回の基礎控除の引き下げでこれを6%台に持っていく見通しだそうなので都心部の方々にとっては大きいかもしれません。

――贈与税の改正には大きな目玉がありますね。

今仲 最高税率を相続税の引き上げに合わせて55%に引き上げ、一方では子や孫等が受贈者となる場合の税率は緩和されます。加えて、世間で騒がれているのが、「教育資金の一括贈与にかかわる贈与税の非課税措置」(27年12月31日まで)です。これは、報道されている通り、子や孫(30歳未満の直系卑属)に対する教育資金の一括贈与について、子や孫ごとに1500万円(学校以外に支払われるものは500万円)までを非課税とする措置です。

 あまり知られていませんが、実はいままでも子や孫への教育資金の一括贈与は非課税でした。しかし、贈与した時に使い切ることが条件だった。ところが、今回の制度では、30歳になるまでに使い切ればOKと「先渡し」が可能になったのです。30歳時にお金が残っていれば、その残額に贈与税がかかります。

 手順としては、まず、金融機関(信託銀行など)に贈与したお金を預けます。その金融機関経由で「教育資金非課税申告書(仮称)」を受贈者の納税地の所轄税務署長に提出。金融機関から払い出す場合には、教育資金に充てたことを証明する書類を提出し、当該金融機関がこれを記録します。

 ただし、この制度にはまだ不明な点が多くあります。たとえば、「教育資金」の範囲です。入学金や授業料は問題ありませんが、塾や習い事、あるいは海外留学の渡航費やステイ費用、国内では下宿代などはその範囲内なのかどうなのか、まったく分かっていません。また、贈与した人が亡くなった時、残っているお金が相続財産に取り込まれるのかどうか。非課税だから取り込まれないとは思いますが何とも分かりません。今後の法案政令の発表を待つ必要があるでしょう。

特需からの落ち込みを防ぐ

――住宅ローン減税の延長・拡充も話題になっています。

今仲 現行の住宅ローン減税は今年末で終了しますが、これが延長拡大(26年4月1日~29年末まで)され、10年合計の最大控除枠が現行の200万円から400万円へと引き上げられます。これは、冒頭に述べた通り、来年の4月に予定される消費税アップ(8%)を見越した駆け込み需要からの落ち込みを避ける景気変動リスク対策という意味合いがあります。つまり、8%への消費税引き上げ後に購入したものについては400万円の控除額が適用できるようにして、購買意欲の減退を防ごうというものです。

 実は建築請負契約の場合、来年4月以降の入居でも、今年の9月末までに契約を済ませれば消費税5%での購入が可能です。しかし、この状態を放置するとますます駆け込み需要が増加するので、今回の規定では、今年9月末契約、来年4月以降入居でも、消費税5%で購入した人は現行の200万円の控除しか受けられないようにしました。もちろん、8%で購入すれば400万円控除を受けることができます。

――つまり、採用した消費税率によって控除額を決定するというわけですね。

今仲 そうです。この場合留意していただきたいのですが、建築・不動産業界の方は、今回の住宅ローン減税の全体像をきちんと説明できる能力を身につけることが大事になります。たとえば5%で購入した人には、居住開始日いかんにかかわらず、最初から400万円控除を受けることができないと伝えておかないとクレームにつながる可能性があります。また、所得の低い人は、消費税負担増の額が住宅ローン控除額より多い場合もあります。そのような場合には、今後、給付金の支給を行うことが検討されているようです。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2013年3月号