次代の成長分野の一つとして目される福祉機器産業。そこには技術オリエンテッドな日本の中小メーカーの入りこむ余地が十分にある。かつてない超高齢社会に突入した日本において、福祉機器の“革新”が求められている。

 車いす、介護ベッド、歩行器、移乗リフト……。福祉機器産業が次代の成長分野として注目されている。そこには、2つの観点がある。ひとつは、介護分野が直面する課題(介護職員の負担軽減や要介護者の自立支援)を解決するうえで技術革新による福祉機器の高度化が期待されているという観点。もうひとつは、市場の拡大が予想されるという観点だ。日本は世界に例を見ないスピードで高齢化が進んでいる。団塊の世代が後期高齢者(75歳)となる2025年には、高齢者人口が約3,500万人に達すると推計され、介護を必要とする人の数が今後ますます増えるのは間違いない。そうした中で福祉機器に対するニーズは高まりつつあるのだ。

 医療・福祉業界に詳しい日本能率協会コンサルティングの山中淳一氏は、福祉機器市場の“面白み”についてこう語る。

 「利用者が増えれば、市場は自ずと拡大していきます。チャンスとにらんだ新規参入組が新しい製品・サービスをつぎつぎに市場に投下していくことで既存の市場(旧市場)の発展型ともいえる新たな市場が生まれたり、旧市場と新市場が組み合わされた別のタイプの市場(融合市場)が生まれたりと、市場がどんどん展開されていきます。さらに海外にも目を向ければ、その市場規模は今より何倍も大きくなります」

 安倍政権の産業競争力会議でも、重点的にねらう戦略市場の一つとして「健康・医療」をあげている。日本は、高齢化という点で世界のトップを走るいわば先進国。高齢化率(65歳以上の人口が総人口に占める割合)は2011年に23.3%となっており、世界に類をみない「超高齢社会」に突入している。メーカーにとってはこうした状況を背景に、世界に先駆けて魅力的な福祉機器を新たに開発できれば、グローバルな成功も見えてくる。

 いまさら言うまでもなく、日本の「ものづくり力」は海外からも評価が高い。安全性が求められる福祉機器は、とりわけ優れたものづくりが要求される。欧州製の医療・福祉機器を分解してみると、日本製の部品が数多く使われていたという話もよく聞かれる。日本企業が福祉機器の分野で何らかのイノベーションを起こすことは、他の国からも大いに期待されていることなのだ。

展示会を有効活用するべき

 ただ、福祉機器産業に進出するにあたっての“悩ましさ”も当然ある。数多くのプレーヤーが市場に参入するようになれば、それだけ競争が激化し、せっかく作った自信作もあっという間に淘汰されてしまうリスクがあるのだ。

 「要は、売れる商品と売れない商品を選別するトライ&エラーが繰り返されていくことが予想されるわけです。そんな中では、社内のリソース(経営資源)を思いきりつぎ込んで、ひとつの福祉製品に社運をかけるような戦略はあまりお勧めできません。ニーズのある製品かどうかを慎重に見極めながら、徐々に“本気度”を高めていくほうが得策といえます。あるいは『共創』(共同開発)できるパートナーを見つけて、リスクを分散するのも一つの手です。これらを踏まえて積極的に活用したいのが、『国際福祉機器展』や『HOSPEX Japan』など、福祉機器関連の展示会です」(山中氏)

 展示会には、介護施設の経営者やケアマネージャー、あるいは看護師などの医療従事者に加えて、なかには要介護者もやってくる。それらの来場者に、自分たちが開発した製品や、売り出そうとしている技術が、本当に価値あるものかどうかを問うてみるのだ。また、提携先の企業を見つけるうえでも展示会は有効な場となろう。

 では、展示会をうまく活用するためのポイントはなにか。ひとつのカギを握るのは、展示会当日までの準備をどうするかだ。「展示会で具体的に何を検証したいのか」「どんなレイアウトが効果的か」「どんなパートナーを見つけたいのか」などを事前にきちんと検証しておく必要がある。そのあたりを軽視したまま当日を迎えると、ただ人がボーと立っているだけで終わってしまうことにもなりかねない。それを避けるためにも準備に十分な時間をかける必要があるのだ。福祉機器関連の主な展示会には図表3(『戦略経営者』2013年7月号14頁・図表3)のようなものがあるので、ぜひ参照していただきたい。

川崎市の「KIS」認証

 斬新な福祉機器を開発する中小企業を後押ししていこうとする自治体の動きも生まれている。なかでも精力的な取り組みをしているのが、神奈川県川崎市だ。福祉と産業の融合による「ウェルフェアイノベーション」を旗印にさまざまな活動を行っている。そのひとつが「かわさき基準」(通称KIS: Kawasaki Innovation. Standard)の認証だ。

 川崎市経済労働局・次世代産業推進室の細井多さんがいう。

 「かわさき基準は、高齢者になったり、障害をもったとしても、住みなれたまちで、誰もが自立して楽しく安心に暮らせることを目指した川崎市独自の福祉製品のありかたを示した基準です。『自立支援』を中心概念としており、家族や地域が協力することも含め、人格や尊厳を尊重しながら、利用者の活動領域を拡大する福祉製品を認証対象にしています」

 認証するのは、川崎市の会社が開発・製造したものだけに限らない。国内外のメーカーの福祉製品を広く認証することで、川崎市内の事業者に『ああいうものを作ればいいんだ』という、気づきのきっかけになればとの狙いがある。

 認証は年に1回。平成20年度からスタートし、これまで5回にわたって合計84製品が認証されている。認証を受けると、KISマークの使用が許されるほか、「かわさき基準推進協議会」として出展する展示会に参加できたり、市の広報媒体で製品PRしてもらえるなどのメリットがある。

 「かわさき基準が、福祉機器におけるデファクトスタンダードになればと思っています。KISマークが付いていれば安心だとか、利用者の方にそう思ってもらえるようになるとうれしいですね」(細井さん)

 数ある認証製品のなかでひときわ存在感を示しているのが、伊吹電子(川崎市)の『クリアーボイス』(平成20年度認証)だ。携帯電話型の音声拡聴器といったもので、相手の声をはっきり聴きたいときに携帯電話のように耳にかざして使う。従来の補聴具類は常に電源がオンの状態であるため、拾わなくてよい音までも聞き続けなければならず、疲労感が残ってしまう。ところがクリアーボイスの場合は、聞きたい時にだけ耳に当てればよいため疲れない。骨伝導式などの派生商品を含めると、シリーズ全体でこれまでに15万台を売り上げている。窓口に設置する市内の金融機関や病院なども増えているそうだ。

 「電動アシスト自転車や温水洗浄便座は、もともと体の不自由な人だったり、体力のない人を助けてあげたいとの視点から開発された商品とも言われています。福祉製品でビッグヒットを飛ばそうと思ったら、これらの製品のように、健常者の方にも便利だと感じてもらえるような汎用性の高いものを狙っていくことも大事ではないでしょうか。クリアーボイスがヒットしたのも、『補聴器を常時利用するほどではないが、聞こえにくいときは気軽に使いたい』とのニーズをもつユーザーを取り込んでいったからだと思います」と細井さんは話す。

 ほかにも、かわさき基準の認証を受けた製品には、片方の手だけで着装できる『らくらくKAWASAKIネクタイ』(アソシエCHACO)や、表面を滑りやすくすることで車いす等に移乗する際の負担を減らしてくれる『らくらくボード』(ベクトル)などがある。KIS認証の製品はホームページ(http://k-kijun.jp/)でいろいろ紹介されているので、興味のある方はのぞいてみてはどうだろうか。

「介護ロボット」に対する期待

 さて、福祉機器の高度化という点で忘れてはならないのが「介護ロボット」である。

 国や地方自治体がロボット産業振興の後押しをしていることもあって近年、介護ロボットの技術革新は日進月歩で進んでいる。介護施設で働く職員の負担軽減や人手不足の解消といった課題を解決する意味からも介護ロボットへの期待は大きい。

 とはいえ、本当にロボット導入が課題解決の決め手になるかどうかはまだ未知数なところもある。そこで、介護ロボットの潜在的なニーズや、導入の可能性などを把握しようと動き出しているのが、神奈川県である。「介護ロボットには、おもに3つの種類があります。(1)介護を必要とする人を移動したりするための介護支援型、(2)歩行支援やリハビリのための自立支援型、(3)癒やしや認知症予防のためのコミュニケーション型の3つです。神奈川県の介護ロボット普及推進センターでは、(2)と(3)に分類される介護ロボット5機種(『戦略経営者』2013年7月号15頁・図表4)を導入し、介護施設や病院での利用・評価を行っています」と、神奈川県・高齢社会課の神保義幸さんは述べる。

 同センターの協力事業者の公募に手を挙げたのが、いずれも横浜市内にある特別養護老人ホーム芙蓉苑と長田病院だった。

 芙蓉苑では、人間の言葉をしゃべる人型ロボット『パルロ』(富士ソフト)を使ったレクリエーション(クイズ)をしたり、アニマル・セラピーと同様の効果が得られるアザラシ型ロボット『パロ』(産業技術総合研究所)を入居者の癒やしや認知症ケアに利用している。

 一方、長田病院では、自立歩行を補助するロボットスーツ『ハル』(サイバーダイン)を、くも膜下出血で足にまひが出た患者などのリハビリに活用。ハルを足に装着することにより、介助なしでも一人で歩けるようになった患者もいるという。

 「芙蓉苑と長田病院では定期的に見学会を実施し、介護ロボットの活用方法を広く介護・医療従事者、大学研究機関、機器メーカー、メディアなどに公開しています」(神保さん)

 いずれにしても日本の産業界全体で利用者ニーズの高い福祉機器の開発に取り組むことは、超高齢社会を迎えた日本にとって必要なことだと言える。また、産業振興という面でも、そこに大きなチャンスがあることを忘れてはならないだろう。

(インタビュー・構成/本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2013年7月号