知財戦略のひとつに「先使用権」というものがあると聞きました。概要とそのメリット・デメリットについて教えてください。(製造業)

 知的財産の世界は、早い者勝ちです。あなたが密かに実施している発明でも、他人が先に出願すれば特許をとられてしまいます。しかしそれで発明を実施できなくなるのは不公平ですし、社会的にも損失となります。そこでこのような事態を防ぐ趣旨で認められているのが、先使用権です。つまり先使用権とは、「他人に特許をとられたとしても、その前から実施している事業は、続けていいですよ」という権利のこと。なお先使用権は特許、実用新案、意匠、商標について認められていますが、著作権には存在しません。

 特許権は他人に対して特許発明の中止などを請求できる強力な効力を持っています。これに対し先使用権の効力は、実施していた事業を続けることが認められるだけのもの。つまり特許権は他人に対して攻撃できる「槍」なのに対し、先使用権は特許権者からの攻撃を守る「盾」といえるでしょう。

 また特許権は、特許庁に対する特許出願、審査、特許査定・登録という手続きが必要ですが、先使用権は図表に示した(1)~(3)(商標のみ要件が異なる)を満たせば発生します。そのため特許の場合に必要な手続きにともなう費用がかかりません。

 先使用権が発生する要件を個別にみていきましょう。1つ目の要件の「出願人と別ルートで発明を知得すること」とは、特許権者から盗んだ発明ではないという意味です。自分で発明をした場合や、第三者から発明を教えてもらった場合などが該当します。

 2つ目の「事業の実施または事業の準備」はくせ者です。「実施」とは発明品の製造や販売を意味し、「準備」とは、製造等のための準備にとりかかっていることを指します。しかし一口に準備といっても、製造のための資金準備から、すぐに製造にとりかかれる段階までさまざまなケースが考えられます。判例で確立された基準もありますが、「これだけのことができていれば準備に該当する」という明確なものはありません。

 そして3つ目は、「事業の実施等が他人の特許出願より早いこと」。ここで注意すべきは、他人がいつ特許出願をしたかというのは、後からしか分からないということです。「明日特許出願されるから、先使用権を獲得するために今日中に準備を完了しておこう」などという作戦は立てられません。先使用権は、狙って獲得できるものではなく、事後的に判明するものでしかないのです。

 内容を公開せずに、秘匿しておくことができるというメリットから注目を集めつつある先使用権ですが、安易に頼るのは危険でしょう。先に説明した通り、先使用権が確実に得られるという保証はないからです。しかも事業の実施等の時期は、訴訟において多くの証拠で立証することが必要となります。カタログ1つあれば事業の実施と認めてもらえるほど甘いものではないのです。

 しかしそれでも、発明を秘匿しておけるのは大きな魅力です。これを重視し先使用権を活用しようというのであれば、まず、秘匿する価値のある発明かという点を十分に検討し、その上で、事業の実施や準備を訴訟で立証するための十分な資料が整えられる体制作りが必須といえます。

掲載:『戦略経営者』2013年10月号