広島東洋カープの球団経営が話題になっている。昨季16年ぶりにAクラス入りし、今年も開幕から好位置につける成績がクローズアップされるなか、約40年にわたり黒字を維持してきた経営手腕にも注目が集まるようになってきたからだ。とくにここ2年は増収増益を達成し、関東圏で開催されるビジター戦ではスタンドの過半が赤色で埋め尽くされるほどファンが急増しているという。新たな顧客を獲得しリピーターを生み出すサービス・販売戦略の実像に追った。

 2013年決算、広島カープは初優勝した1975年以来39年連続の黒字となった。これだけ長期間にわたって黒字経営を維持しているプロ野球球団はほかに例を見ない。フェイスブックで「広島東洋カープファン」のアカウント名を持ち情報発信している公認会計士の福留聡氏は、黒字経営が続いてきた理由は費用を厳格に管理してきた同社の経営方針にあるとみている。

 「ここ数年の推移をみると、売上高は約100億円、最終利益は2~3億円程度で推移していて、年棒もおおむね総額20億円程度に抑えられています。決算書が公開されていないのであくまでも推定するしかありませんが、ちまたで言われている『売上高から、設備関連や諸経費の固定費をあらかじめ見積もり、そこから赤字にならないように年棒総額を決めて、総額の範囲内で個々の選手の年棒を決めている』という指摘は当たっていると思います」

 福留氏によると、プロ野球球団の収益構造は、主に収入がチケット売り上げ、放映権、スポンサー・広告収入、 飲食料・グッズ収入、ファンクラブ会費・野球教室開催収入などで構成され、一方費用は、選手年棒と関連費用(移動費、雑費)、事業運営費、販売管理費、人件費、球場使用料等興行経費等からなる。なかでも選手年俸と関連費用は全体の3~5割に達するといい、この部分の支出を厳密にコントロールしていることが黒字経営の一番の要因になっているというのである。

 確かに、「黒字達成を優先するばかりに投資が抑制され、チームの長期低迷を招いた」という批判はこのチームを語る場合の決まり文句だった。しかし昨今のファン層拡大やグッズ販売の伸びが無視できないことも事実である。実際、公開されている「市民球場運営協議会第5回資料」によると、カープは2012年、2013年と2期連続で増収増益を達成していることが明らかになっているのだ。久しぶりのAクラス入りを果たした2013年の前年からすでに業績を伸ばしていることになる。福留氏はその背景に、経費の抑制だけでなくコンテンツの魅力を高める経営戦略があったと指摘する。

 「もともと広島は育成にじっくりと時間をかけ、ファンが愛着を持ちやすい特徴のあるチーム。それに加え最近では垢抜けた若手選手が多くなり、広島にゆかりのない若い女性たちが熱烈なファンになる『カープ女子』も全国に出現するようになりました。そうしたニーズをうまくとらえ、幅広い客層に楽しんでもらえるようなファンサービスやグッズの企画開発に地道に取り組んできた成果が出てきていると思います」

地域住民が年1.5回は観戦

 おひざ元のスタジアム観客動員も増えているに違いない。そう考えて同社入場券部の松尾晃次長に実績を尋ねると、少し意外な答えが返ってきた。

 「新球場移転後初年度の2009年に178万人を記録しましたが、翌2010年は155万人、その後は150万人強で推移しています。数字の上では落ち込んだ形になっていますが、それは2009年があくまでも特別な年だったため。最低ラインを150万人と定め、そこからどのくらい上積みできるかという共通目標を立てているので、現状は決して右肩下がりではないととらえています」

 野平眞取締役企画グループ長兼広報室長はこう助け舟を出す。

 「年間150万人では少ないと言われることもありますが、周辺地域の人口を考えるとその指摘はあてはまりません。広島市の昼間人口は約100万人で、子どもからお年寄りまでの全員が年間1.5回観戦する計算になるからです」

 言われてみれば納得である。たとえば東京都の昼間人口は約1500万人にのぼるが、そのうち何%が年に一度球場に足を運ぶだろうか。広島カープの場合、観客動員数の絶対値は決して高くはないが、人口を考慮すればなかなかの成績といえるのである。この決して低い目標とはいえない150万人の壁をクリアし続けられてきた秘訣はなんだろうか。山口恵弘営業企画部営業企画課長兼ファンサービス課長によると、「また来たい」と思ってもらえるようなサービスをいかに提供できるかに尽きるという。

 「とにかく球場の席の種類をたくさんつくりました。関西主要都市圏に比べればどうしても人口が少ない広島では、繰り返しお客さまに来ていただけかなければなりませんから。種類が多いことで『次はあの席で見てみよう』と思ってもらえる効果が出てきます」

 山口課長によると広島県民は「熱しやすく冷めやすい」県民性。全国展開の飲食チェーンは新メニューや新業態店舗のモニターをまず広島で行うと言われるほど流行に敏感な消費者が多く、そうした人々を飽きさせないサービスメニューを絶えず工夫する必要があるのである。

 「2009年に新球場に移転をしましたが、そこでハードの投資が終わりということではありません。たとえ小規模でも毎年どこかしら球場の改修を行い、『進化し続ける球場』を演出するよう意識しています」

 席の種類は全部で34。「間違いなく12球団で一番多い」(山口課長)といい、クッションに寝そべりながらゆっくり観戦できる「セブン─イレブン・シート寝ソベリア」、家族連れなど大勢で焼肉をしながら野球を楽しめる「びっくりテラス」、30人が集まってにぎやかに観戦する「パーティーフロア」などが人気だという。

 観戦席だけではない。市町村のPRイベントなどに提供していた「かば広場」に続き、今年に入りレフト側にも「ごりら広場」を設置。また真冬の寒さを体感できる「アイスボックス」を夏季限定アミューズメント施設としてオープンさせるなど途切れぬ話題を振りまいている。こうした取り組みの根底に流れるのは、孫から祖父母まで3世代にわたり楽しめる球場づくりだ。

 「来ていただけるお客さまの層を可能な限り広げる、つまり赤ちゃんからお年寄りまで安心して野球を楽しめる球場づくりということですね。先ほどの寝ソベリアでは赤ちゃんを寝かせてお父さんお母さんが安心して観戦できますし、『鯉桟敷』では畳の上でお年寄りがくつろぎながらプレーに集中できる。たとえカープが負けたとしても何かしら『楽しかったね』といってもらえる球場が目標ですね」(山口課長)

 こうした顧客を飽きさせない地域密着型のファンサービスは、家族連れや団体客のニーズを着実につかんだ。チケット前売り開始日は例年3月1日だが、近年は販売スタート直後に数か月先の予約が埋まることも珍しくないという。

 課題は全国で急増中のファンとのつながりをいかに維持していくか。同社は今年5月、気軽にスタジアムに足を運べない首都圏のファンを対象に、交通費を球団が負担して観戦に来てもらう「弾丸ツアー」を主催する試みをはじめた。

 「いくら他球場で観戦してもらっても、当社の収入にはなりません。そこで『交通費を払って広島に来てもらえる方を増やしたい』と思い、関東からバスでファンクラブ会員約150人を招待する弾丸バスツアー、カープ女子限定の新幹線観戦ツアーを主催しました」(山口課長)

 とくに女性を対象とした新幹線ツアーでは倍率が15倍以上になるなど申し込みが殺到した。運よく抽選に当選し観戦を楽しんだという若山優里奈さん(20)は「普段は味わうことのできないホームの雰囲気に感激しました。声のトーンが高い女性だけでの応援も新鮮でしたね」と満足した様子。年間20試合は観戦するという大学3年生の若山さんは、関東の広島ファンに向けた季刊のフリーペーパー「Capital」の編集長を務める筋金入りのカープファンだが、球団とファンとの一体感が野球初心者の女性などを引き付ける理由になっているのではと推測する。

 「球場に足を運ぶと、つくづく『ファンに支えられているチームだな』と感じます。昔から伝わるたる募金のストーリーでもみられるように、ただ勝つだけじゃなく、『人と人とのつながり』を大切にする雰囲気が多くの人を魅了しているのではないでしょうか」

グッズ販売の売り上げが拡大

 広島カープの経営を分析する際、グッズ販売も欠かせない要素のひとつである。球団キャラクターの「カープ坊や」イラスト入りの真っ赤な台車、キャップを模したゴルフヘッドカバー、メード・イン・USAにこだわったアンティーク調のガレージクロック──とにかくユニークな商品が多い。作り手の愛着が伝わってくる品々がファンの間で話題になることもしばしばで、とくに限定品には根強い人気がある。常務取締役・オーナー代行の松田一宏氏はいう。

 「何か商品に結びつきそうな出来事が試合で起きれば、積極的に商品化に結び付けるということを繰り返してきた結果、そうしたイメージにつながっているかもしれません。例年2月1日に商品を入れ替えており、そのタイミングでマスコミの方や卸し先店舗様を内覧会にお招きしているのですが、今年は特に取り上げてもらえる機会が多く、ありがたいと思っています」

 話題性だけでなく、売り上げの実績も申し分ない。10年ほど前までは数億円程度にすぎなかったグッズ関連販売の売り上げが、直近で約20億円にまで拡大しているのである。全売上高の約2割を占めるまでになりすでに経営の重要な核に成長したといってもよいが、今年もその勢いは維持しているという。

 「試合開催時の場内の売り上げは感覚的に前年比3~4割はアップしていますね。チームが好位置につけていることもあり、ファンの方の関心が高まっているのだと思います」(松田常務)

 ちなみにグッズ販売のピークは新球場移転後初年度の2009年。観客動員数が一挙に増えグッズのラインアップを刷新した効果もあって飛ぶように売れ、最高額の20億円を記録した。翌年と翌々年は約14億円まで減少したが、落ち込みは特需後の反動減で想定通り。その後は12年度16・5億円、13年度19・5億円と売り上げを拡大している。売り上げを伸ばし続けている秘訣はなんだろうか。松田常務はこう答える。

 「新球場移転後にがくっと売り上げが落ちてしまったわけですが、私が担当になった2010年以降、まず自分たちで企画開発するオリジナル商品の点数を戦略的に拡大しました。また当時はグッズショップ1カ所だけでしたが、コンコースに大きめのテントを張ったりワゴン販売の場所を増やしたりして、場内での売り場面積を増やすことでお客さまの目に触れる機会を数多くつくることを心がけました。グッズカタログも毎年テーマを変え『ちょっと一味違うな』と手に取ってもらえるような内容に意識的に変えていきました」

 加えて追求したのは企画開発から店頭に並べるまでのスピード感の向上。その代表的な事例が、サヨナラ勝ちの場面をプリントした「サヨナラTシャツ」の限定販売だ。これは2010年にスタートし反響が大きかったためその後定例化し累計40枚ほど販売している商品で、今では「1回で200~500枚の限定販売が発売開始後数分で売り切れる」(松田常務)人気シリーズになっている。

 「目標はサヨナラ勝ちがあった日から1週間以内にお客さまの手元に届けるというスケジュール。ですからメーカーから当社への納品は最低でもサヨナラ日から3~4日となります。社内的にはサヨナラの翌日にはデザインを決定していなければなりません」

 これもオリジナル商品の企画開発に力を入れてきた成果だろうか。デザイン会社など地元協力企業ともあうんの呼吸で意思疎通しており、わずか1週間で商品を仕上げる抜群の機動力を実現している。松田常務は「入場券収入の波や在庫リスクがある」と商品販売のさらなる拡大には慎重な見方を崩していないが、通信販売や東京・銀座のアンテナショップでの販売が好調に推移していることもあり、今期は新球場移転初年度のピーク時売上高並みの数字も視野に入っているという。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2014年7月号