プロフィール
うめや・しんいちろう 東京大学卒業。野村総合研究所入社、システムサイエンス部配属の後、NRIアメリカ(ニューヨーク)、野村ローゼンバーグ(サンフランシスコ)出向。帰国後、金融関連本部にて活動。経営企画部を経て、2013年4月より現職。番号制度については企業実務の観点からの影響度分析や業務手順案作成等に従事し、関係省庁や関連団体等との共同検討を多数実施している。
野村総合研究所 未来創発センター制度戦略研究室長 梅屋真一郎

梅屋真一郎 氏

 国民一人ひとりや各企業に個人番号・法人番号を割り振る「社会保障・税番号制度(マイナンバー制度)」の開始まで1年に迫った。「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律(番号法)」に基づき導入される制度だが、多くの経営者はそのインパクトの大きさをまだ理解していない。日本には500万を超える事業会社があるが、規模の大小を問わずすべての会社が対応しなければならないからだ。まずは全従業員とその家族に配られた番号を会社が集め、その情報を安全に管理する体制を整えなければならないが、スケジュール通りに適切な準備を進められなかった場合、最悪の場合、従業員に関する社会保険や税の手続きに支障をきたす可能性も考えられる。類似の制度に比べ過去に例を見ないほど罰則が厳しく、事業活動に与える影響の度合いは、1989年の消費税導入時と同等かもしくはそれ以上といってもよいほどである。焦点だった10%への消費税引き上げが延期になったので、中小企業にとってはマイナンバー制度への対応が今年の最優先課題になるといっても過言ではないだろう。

関連帳票書類が新様式に

 制度の開始は来年1月からだが、会社としては今年の夏から準備をはじめなければならない。10月には国民一人ひとりに個人番号が記載された「通知カード」が郵送で届く手はずになっているからだ。会社側が個人番号を知るにはその通知を受け取った本人から番号の提供を受けるしか手段がない。そのため通知カードを確実に受け取り、大切に保管しておくよう従業員に対し周知徹底させることが極めて重要になってくる。

 というのも、次のような二つの事態が懸念されるからだ。ひとつ目はダイレクトメールの束にまぎれて捨ててしまうなどカードを紛失してしまうケース。引越しにともなう住民票移動の手続き(転出届け・転入届け)を怠り、そもそもカードが届かない場合がもうひとつだ。仮にそうなれば、本人が平日の昼間に市町村の窓口で自らの番号を教えてもらう手続きをとらなければならず、業務にも影響が出てくる。早い時期から「カードをなくさないように」「住民票移動の手続きを済ませておくように」と従業員に呼びかけることが大切である。

 帳票類の更新も余裕を持って今年中に行うべきだろう。社会保障や税に関連するすべての法定調書に、個人番号を記載する項目が新たに加わるからだ。源泉徴収票や給与所得の扶養控除等(異動)申告書など給与関連、契約金の支払いなどにかかわる報酬関連の法定調書、あるいは不動産賃料関連の法定調書など幅広い種類の書類で既存の様式のものが使えなくなる。源泉徴収票であれば年末調整を実施する2016年末までに用意をすればよいが、社会保険料の定時決定などに関連する書類は2016年前半、ましてや退職者に関連する書類は退職後すぐにでも準備しなければならないので、少なくとも2016年2月の前半には新しいフォーマットの書類が必要になる。今年の末には印刷会社への駆け込み発注が生じる可能性もあり、早めの準備が望ましいだろう。

 従業員から個人番号の提供を受け新たなフォーマットで法定調書を作成する場合、原則的に「本人確認」が必要になるというのもこの制度の大きなポイントである。これはアルバイトやパートを含む全従業員が対象だ。運転免許証などの身分証明書を確認することになるが、未成年者などは健康保険証プラス住民票の写しが必要になる可能性があるなど細かい手順が決められており、「銀行の口座開設で必要な本人確認より条件が多い」と言われるほど要件が厳しい。本人確認などしたことがない実務担当者にとって、相当な手間になることが予想される。しかもこの作業は、配当金を支払う株主や報酬を支払う税理士などについても行う必要があるのだ。

 番号が記入されている書類について厳しい情報管理を要求しているのも大きな特徴のひとつ。「書類の受け渡しは封緘する必要がある」「誰が誰に渡したか記録しなければならない」など詳細なルールが決められており、「従業員が不在だったので机の上に置いた」などというレベルでは法律違反になる可能性がある。覗き見されないようパーティションで個人番号を管理するセクションを区切ったり、固定のPC端末を購入したりするなど設備機器の購入が必要になるケースもあるだろう。また暗号化の仕組み整備やファイアウオールの新規導入など外部からのアクセスに対するセキュリティー強化についての投資が必要になるかもしれない。

 従業員が退職したり契約を解除したりする「出口」の部分にも万全の注意を払いたい。電子データや紙の書類などその形式にかかわらず、法定の保存期間を過ぎた番号をすみやかに廃棄しなければ法律違反になるからだ。入り口と出口の部分、その間の情報管理プロセスの監視と企業にとっては気が抜けない対応が続くのである。

懲役刑を含む重い罰則規定

 社会保障や税について個人情報をひもづけられる個人番号は非常に便利だが、それだけに悪用や情報漏えい、目的外利用についての罰則規定は非常に重い。たとえば個人番号を含む個人情報のリストを故意に漏えいした場合、4年以下の懲役もしくは200万円以下の罰金が科されることになる。また企業そのものも罰則の対象になることから、出来心を起こした従業員が罪に問われるだけでなく、会社が地方公共団体の入札制限で排除されてしまうこともあり得る。そうなれば中小企業にとっては死活問題だ。この罰則は企業規模に関係なく個人番号の取り扱いがあれば適用対象になり得るので、経営者は相当の心構えが必要になるだろう。同じ個人情報について定めた法律に個人情報保護法があるが、対象は従業員5000人以上の大企業だけで罰則規定は無し。厳しさからいえば懲役刑を含む罰則規定のある番号法とは比べ物にならない。

 ある会社が約1200社を対象に行ったアンケート調査によると、この制度について対応をとっている経営者の方はわずか5%に過ぎなかった。しかし1年後には待ったなしの状況で制度はスタートする。この手の制度改正・導入の場合はシステムの更新で対応すればよいと安心している経営者も少なくないが、今回に限っては会社自らが準備すべきことが山ほどある。他人任せにすることなく経営者が制度についてしっかりと理解し、率先して対策の音頭をとっていくことが重要である。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2015年1月号