5月に全面施行される「空き家対策特別措置法」。820万にものぼる空き家の流動化が促進されると期待されており、ビジネスチャンスととらえる中小企業も出始めた。

プロフィール
よねやま・ひでたか 筑波大学大学院経営・政策科学研究科修了後の1989年、富士総合研究所入社。96年に富士通総研入社、2007年から2010年まで慶応義塾大学グローバルセキュリティ研究所客員研究員を務める。専門は住宅・土地政策、日本経済。著書に『空き家(マンション)対策の自治体政策体系化?人口減少社会のまちづくり処方箋』(地域科学研究会)、『空き家急増の真実』(日本経済新聞出版社)などがある。
富士通総研経済研究所 上席主任研究員 米山秀隆

米山秀隆 氏

 人が住んでいない空き家は日本全国で約820万戸。その割合は13.5%に達し、過去一貫して上昇している(『戦略経営者』2015年4月号P25図表1参照)。日本では1960年代前半までは世帯数に比べ住宅が不足していたが、その後、高度経済成長にともなう人口増と都市居住者の増大に対応するため新築住宅の着工数が大幅に増えた。しかし90年代に入り地方部で人口・世帯の減少が先行すると過剰になり、過疎地域など条件の悪い場所から空き家が増加。都心でも木造住宅密集地域や駅からアクセスの悪いところ、階段のない団地の高層階などが次々と空き家になりはじめ、何の手入れもされていない廃墟同然の家も目立つようになった。立地が悪く売却も賃貸もできない、引き継いで住む親族もいない、耐震基準も満たさない──こうした流動化に適さない物件は解体するしかない。しかし更地にすると固定資産税が大幅に高くなるので放置されてしまう。悪循環に陥ってしまったのである。

 住み替えのためには住宅ストックの余裕が必要なため空き家が生じるのは当然だが、それでもこの割合は高すぎるといえるだろう。国際比較をすれば一目瞭然で、英国の空き家率はここ20年間で3%から4%で推移、ドイツに至ってはなんと1%に満たない数字が続いている。欧州や米国では長持ちする住宅を何世代にもわたりメンテナンスを繰り返しながら使いつづける文化が根付いているが、戦後郊外への野放図な住宅街の拡散が続いた日本では新築の販売が最終目的化し、住宅が使い捨てになってしまったのである。

 空き家の内訳をもう少し詳しくみてみよう(同P25図表2参照)。819万6000戸のうち、売れ残りの家を表す「売却用」は30万8000戸、別荘やセカンドハウスを示す二次的住宅は41万戸とこれらの構成比は少ない。一方最も多いのが借り手がついていない「賃貸用」の429万戸。そして最も問題となっているのが「その他の住宅」として分類されている318万戸だ。5年前に比べこの部分だけ構成比率が上昇しており、私はこれを「問題含みの空き家」と呼んでいる。そこには、①長期間放置され老朽化し倒壊の危険性が高まる②放火などによる火災のおそれがある③不審者の侵入や不法滞在の懸念が生じる──など、現に近隣住民へ大きな不安を与えている問題空き家と、将来そうなる可能性のあるものが含まれている。構成比率の大きい賃貸用の空き家も、募集をやめ管理放棄してしまえば将来的に問題空き家に移行する予備軍といえる。

 今後の空き家率の推移を「現状維持」「新設住宅着工戸数を半減」「除却を増加」「新設住宅着工戸数を半減したのに加え除却を増加」の4つのケースに分けて試算してみたが、最も積極的な対策の最後の選択肢でも空き家は減らないという結果が出た。これはかなり深刻である。日本ではいよいよ2019年には世帯数がピークから減少期に突入する。持ち家率の高い団塊の世代が亡くなる時期にも重なり、空き家の増加は予想を上回る状況になるかもしれない。

特別措置法のインパクト

注目!空き家ビジネス

 こうした現状に対応するべく議員立法で成立したのが、昨年11月に成立し今年5月に全面施行される「空き家対策特別措置法」である。実はすでに、危険な空き家の撤去について400を超える条例が全国で制定されているほか、市町村が主体となり所有者と借り手をマッチングさせる「空き家バンク」の運営が広がるなど、地方自治体が対策の担い手の中心だった。同法の成立でようやく国も本腰を入れはじめた感がある。特措法では人の出入りや電気・ガス・水道の使用状況をふまえ、1年間を通じて使われていない家を空き家と定義し、これに対する基本的な対策指針を国が決め、それを受けて市町村が対策計画を策定することが定められた。その対策計画に基づいて国が財政的な支援を行うという枠組みになっている。

 なかでも実務的に大きなインパクトがあるのが、地方自治体が空き家所有者の特定を容易に行えるようになる点。各自治体が保有している固定資産税の課税情報は本来、目的外利用が禁止されているが、これを空き家対策に活用できることになり、空き家所有者の特定とデータベース作成が格段にしやすくなる。こうした情報に基づき市町村は、①倒壊等著しく保安上危険となるおそれのある状態②著しく衛生上有害となるおそれのある状態③適切な管理が行われないことにより著しく景観を損なっている状態──などの条件を満たす「特定空き家」に立ち入り調査を実施することができる(拒んだ場合は過料)。

 さらには「指導」「勧告」「命令」などの段階的な措置(従わない場合は過料)を経て、最終的に強制的に空き家を取り壊す「代執行」できる権限を持つことも明記された。代執行にかかる費用は家主に請求し、費用回収できない場合は土地を売却してそれに充てることもできる。所有者が分からない場合でも取り壊しが可能とされ、空き家をそのままにしている家主に対しては相当なプレッシャーになるだろう。

 特措法の成立と並び2015年度税制改正では、勧告の対象となった特定空家に関して固定資産税の住宅用地特例が解除されることも決まった。住宅の固定資産税が更地より最大6分の1軽減されるというこの特例は住宅取得促進のために設けられた制度だったが、どんなにぼろぼろの状態でもそのままの方が税金が安く済むので、所有者が積極的に空き家を残してしまうという弊害を生んでいたからである。特例の解除によって将来的に税負担が増す可能性があり、所有者に対し「売れるうちに売っておこう」「特定空き家にならないよう最低限のメンテナンスをしよう」などといった動機付けになる可能性は高い。

隣接分野から続々参入

 このような行政措置の可能性や税負担拡大の可能性で、家主に「なんとかしなければいけない」という考え方が芽生え始めており、この変化をビジネスチャンスにつなげようとしている中小企業も出現しつつある(同P26図表3参照)。空き家を定期的に巡回して通気や通電、メンテナンスの必要性などをチェックする「空き家管理代行業務」を行う会社が増えているのが一例だ。この空き家の管理代行業務で私の知りうる範囲でもっとも契約実績の多いのが青森市内で用品回収や遺品整理を行っているいわゆる「何でも屋さん」のトータルプロデュースモコ。空き家の管理と合わせて倒壊の危険を防ぐ雪かき業務などの受注を伸ばしている。また同市では解体業者が所有者に対し営業攻勢を強めているという。建物を利活用するためのさまざまなサービスメニューをそろえる動きも急速に広がっており、早く動いた企業ほど需要を取り込めるチャンスが広がるだろう。

 しかし1件当たり月数千円程度の料金が相場の管理代行業務で採算が取れるということは考えにくい。管理代行業務を通じて所有者の信頼を獲得し、その後物件の仲介や買い取り再販などにつなげるというビジネスモデルが多いようだ。実際不動産業者だけでなく、警備会社など隣接分野から管理代行業務に参入している事例も多く、なかには相続対策サービスまで手がけているところもある。

 一方、戦略的な空き家の利活用で注目を集めているのが、群馬県に本社があるカチタスという会社だ。競売物件の買い取り再販でスタートした同社だが、現在は地方の空き家一戸建てをリフォームして販売する手法に注力。空き家の処分に困っている家主と、手頃な中古物件を探している消費者のニーズをうまくつかんで業績を伸ばしている。「一生ローンにしばられてまで新築住宅を買うつもりはない」という若い層も増えており、質の良い中古住宅を循環させるストックビジネスの仕組みをうまく構築できれば需要開拓の可能性は高いのではないだろうか。その場合、大手ハウスメーカーなどよりもむしろ中小リフォーム企業などの成長が期待できるだろう。

 行政と民間事業者の連携も重要なポイントだ。空き家流動化の手段として各自治体が行っている「空き家バンク」が期待されているが、地場系不動産企業が積極的に参加している空き家バンクほどうまく機能している。リフォーム費用を借主が負担するDIY型賃貸住宅をいち早く取り入れる(島根県江津市)、行政が相談窓口を設けシニア層と子育て層の需給をマッチングさせる(千葉県流山市)などの先進的な施策をうまく活用できればチャンスが広がるだろう。

(本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2015年4月号