青空が清々しい。「晴れの国」岡山。県北の津山市に本社を置く晃立工業は、破砕のスペシャリスト集団として知られる。岩石からハードディスクまで守備範囲は広い。なかでも、データ媒体を確実に処分できる「マルチメディアクラッシャー」の伸長には目をみはる。民間企業だけでなく、防衛省や金融庁などの国家機関でも採用され、評価はうなぎのぼり。同社を訪ね、開発のストーリーに迫った。

福廣匡倫(ふくひろまさみち) 氏

福廣匡倫(ふくひろまさみち) 氏

「あなたの大事なもの…こわします!」

 視界いっぱいに広がる大ぶりな看板にはそう書いてある。個人情報の取り扱いには神経を使うご時世。ひとたび顧客情報などが流出すれば、企業の信用は地におちる。書類ならいざ知らず、パソコンやスマートフォンのデータを完全に抹消するのは容易ではない。

 専用ソフトで消去する場合それなりの時間がかかるし、第三者の手に渡ればデータを復元されるおそれもある。磁気で消去できるのも磁気によって記録されたメディアにかぎられる。物理的に壊すにしても、データを格納しているメモリーチップをピンポイントで破砕しないと意味がない。データ漏えい事件が相次ぐのも、むべなるかなである。

 こうした悩ましい問題を一挙に解決するのが晃立(こうりつ)工業のマルチメディアクラッシャーだ。

 その名のとおり、マルチメディアクラッシャーはあらゆるものを物理的に破壊する装置。シュレッダーと同じ要領で、破砕したい物を投入口にセットするだけ。サーバーのハードディスクを砕くのは1分とかからない。ノートパソコン用のハードディスクなら10秒程度で粉砕する。最も原始的かつシンプルなデータ消去方法だが、粉々になった破砕物を目で確かめられるのはやはり安心感がある。いったいどんな仕組みになっているのか。

 福廣匡倫(ふくひろまさみち)社長がタネを明かす。

「特殊なはがねでできた複数のハンマーを1本の軸に取りつけ、高速回転してたたきこわしています。CD-ROM、USBメモリ、スマートフォンなど、ありとあらゆるものを粉々の状態にまで粉砕します。破砕機メーカーのあいだでは破砕物によってすみ分けがなされており、オールラウンドに活用できるものは皆無でした」

 他社のメディアシュレッダーは通常、用紙を処分するシュレッダーと同じ仕組みになっていて、2つの軸が回転し重なり合うことで物体をひきちぎる。それに対しマルチメディアクラッシャーはハンマーでたたきこわす。この特有の構造は、製砂機製造で培ってきた技術がベースにある。

 晃立工業では製砂機つまり、岩石を砕いて砂利をつくる粉砕機を長年製造してきた。高度成長期は旺盛なコンクリート需要から、販売台数を伸ばしてきた。しかし公共事業の減少にともない、近年出荷ペースは鈍化。新たな柱として開発されたのがマルチメディアクラッシャーだった。

硬軟両様の切れ味を実現

「ビデオテープを破砕できたら面白いだろうね」

 マルチメディアクラッシャーの開発は、福廣社長と家族との間の何げない会話に端を発する。ことし社長に就任した福廣氏だが、大学卒業後はセキュリティー関連の企業に入社した。

「取引先からデータを預かるだけでなく、法定保存年数を過ぎた物を廃棄してもらえないかという相談をしばしばいただいていました。当時勤務していた企業にも破砕機はありましたが、情報の消去ではなく、産業廃棄物として処分するのが本来の用途。ビデオテープなどの磁気テープ類は完全に破壊しきれませんでした」

 機を見るに敏。晃立工業の熟練の社員がメディアシュレッダーの開発に取りかかったのは2004年のこと。しかし、製砂機で採用してきた「たたきこわす」という機構だけでは、磁気テープに到底太刀打ちできなかった。外側のケースは難なく破砕できたものの、肝心のテープが一向にちぎれない。銀行の預金通帳が破砕できるかテストしてみたこともあった。試作機に投入した途端、衝撃を吸収しきれず全てのハンマーが折れてしまった。いろいろ考えあぐねた揚げ句、福廣社長はある仮説を思いつく。

「肉を切らせて骨を断つという言葉がありますが、日本刀の切れ味が頭の中にひらめきました。ハンマーの先端を鋭利に尖らせれば、磁気テープもスパッと引きちぎれるのではと考えました」

 ハンマーの素材、形状にくわえ、最適な回転速度も研究を重ね、2006年にマルチメディアクラッシャー1号機が完成した。記憶媒体の変化に対応するため、発売開始以降改良も施している。

「最近ではメモリーカードや次世代のハードディスクといわれるSSDにデータが保存されるケースが増えています。貴金属が内部に含まれているとハンマーの摩耗が早くなるので、耐摩耗性を高めたり、破砕するときに発生する音をさらに静かにするため開発を進めています」

活用用途は無限大

 国内では唯一無二といえる万能クラッシャーだが、拡販するうえで活用しているのが各種展示会だ。春と秋に開催される「情報セキュリティーエキスポ」にはここ数年、コンスタントに出展している。実は中央省庁とのコンタクトもこの展示会がきっかけになった。顧客から開発のヒントを得ることも少なくないと福廣社長はいう。

「今までデータそのものが保存されている装置のみに着目していましたが、重要書類が保管されているロッカーやATMの鍵を適切に粉砕したいという依頼をいただいたこともあります。あるいはパチンコ店で使い古したメダルを処分したいといったご相談など、われわれの気付かないニーズが多々あると感じています」

 晃立工業は来年、創業60年を迎える。製砂機はロシアやインドなど新興国で高まるコンクリート需要を受け、輸出に力を入れる。すでにロシア・シベリアではプラントが立ち上がった。かつて売り上げのほぼ全てを製砂機でまかなっていたが、機密情報関連事業が2本目の柱となり、売上高の50%を占めるまでになった。福廣社長は「情報セキュリティー分野に進出して10年ほど経つため、3本目の柱を新たに確立したいです」と意気込む。マルチメディアクラッシャーは粉砕機メーカーならではの、ものを破砕するという「強み」を掘り下げた技術力のたまものといえるだろう。

(取材協力・兵庫太和税理士法人/本誌・小林淳一)

会社概要
名称 晃立工業株式会社
創業 1956年1月
所在地 岡山県津山市草加部1147
売上高 4億3000万円
社員数 16名
URL http://www.koritsu.com

掲載:『戦略経営者』2015年12月号