国によるさまざまな中小企業への支援事業が存在するにもかかわらず、意外に知られていないのが実情。その中小企業行政の実働部隊ともえる中小企業基盤整備機構の高田坦史理事長に、TKC全国会の粟飯原一雄会長、株式会社TKCの角一幸社長が話を聞いた。

──中小機構さんとTKCとの業務連携の目的と、期待される効果について、お聞かせください。

高田坦史理事長

高田坦史理事長

高田 ご承知の通り中小企業は約385万あるといわれています。最も多い時は1987年の530万であり、かなり減少しています。これまでもさまざまな支援を行ってきましたが、われわれだけでできることには、限界があります。自治体、商工会議所、商工会など各種業界団体、あるいは税理士の先生方など専門家が連携しながら支援を進めていくことが必要です。なかでも税理士の先生方は、財務諸表のみならず経営者に近く、その人となり、家族構成まで把握しておられる方が多い。特にTKC会員の先生方は顧問先75万社を抱えておられる。その意味でも大変期待しています。

粟飯原 中小機構さんとは昭和56年から長らく提携関係にありましたが、残念ながら、小規模企業共済など限定された施策にとどまってきました。しかし今回の本格的提携で、中小企業への支援の幅が大きく広がったように思います。われわれは、中小機構さんの持っている情報やノウハウを共有しながら、思う存分顧問先への支援ができるようになると期待しています。

──角社長は今回の連携についてはどのように?

 株式会社TKCはおかげさまで50周年を迎えましたが、創業の原点を振り返ると、事業目的の1番目に掲げる「会計事務所の職域防衛と運命打開」なんです。特に現在は「運命打開」の方、つまり新しい将来を切り開いていくことに注力すべきだと考えています。株式会社TKCの直接的なお客さまは会計事務所ですが、その会計事務所の顧客である中小企業が繁栄しない限り、事務所もTKCの将来も切り開けません。その意味では、中小機構さんとわれわれのミッションは完全に一致しているといえます。高田理事長は、民間(トヨタ自動車)出身ということもあって、今後とも辣腕を発揮されることと期待しています。

経営者の意識向上が課題

──いまの中小企業の置かれている状況をどうお考えですか。

高田 アベノミクスによる景気の上昇は一時、確かにみられましたが消費税アップによってやや萎んでしまいました。それでも徐々に改善してきているという見方も世間にはありますが、いかんせん輸出系大企業の好調によるトリクルダウン効果はまだ見えてきていません。もはや輸出の好調によって中小企業の国内生産がうまくいく時代ではないのかもしれませんね。では、どうすればよいか。中小企業は国内で仕事を待っているだけではダメで、海外に出て積極的に仕事をとりに行く必要があるのではないでしょうか。

──税理士に期待される役割について、どうお考えですか。

高田 ICT関連、とくにスマホの普及によってリアル市場からバーチャルな市場へと転換するなか、本来、経営の効率化へのチャンスも広がってきているはずです。それを生かし切れていない。そこには人材確保の問題もあるでしょう。そのようなさまざまな課題に対して、是非、経営者のもっとも身近な存在である税理士の先生方に支援をお願いしたいのです。課題に対して直接アドバイスするもよし、中小機構や金融機関、あるいはさまざまなコンサルタントを紹介することができるのも税理士の先生方です。そういう役割を期待しています。

粟飯原一雄会長

粟飯原一雄会長

粟飯原 バブルが崩壊して4半世紀、中小企業をめぐる環境は依然として厳しい状況が続いています。バブル絶頂期の経営者の年齢層は40歳代が一番多かったのが、現在は60歳代が一番多く、事業承継が進んでいないというのが実態です。その上、長期にわたって廃業率が開業率を上回っている状況にあります。これを何とかしなければいけません。会計人として、黒字化の支援、決算書の信頼性の担保、顧問先の存続基盤を万全にするというのがわれわれの最大の活動テーマです。
 特に黒字化の支援はわれわれの力だけでは無理です。高田理事長のおっしゃる通り、さまざまなセクターが協力し合って総合力で成し遂げるべきこと。そういう点では、今回のTKCと中小機構さんとの連携は大きなイベントだと思っています。
 たとえば、海外展開についていえば、日本の人口減少が確実な現在、必然的に海外への進出は有力な生き残りの道になります。そのため、TKCでは「海外展開支援研究会」を発足し、中小機構さんとの連携を緊密にとりながらしっかりと進めていきたいと考えています。

生産性向上と売り上げ強化

──ICT化という面ではどうでしょう。

角一幸社長

角一幸社長

 かのドラッカー博士は「測定できないものは管理できない」とおっしゃいました。その通りで、じっくり現実の数字を測定し戦略を立てることが経営者の重要な役目のひとつです。その意味でICTを活用した効率化は中小企業にとっての大きな課題です。しかし、会計ソフトに限っていえば、巷のものは過去にさかのぼって、しかも痕跡を残さずに改ざんすることができます。これだと、数字を記録した意味がありません。TKCのシステムは過去に遡っての改ざんは基本的にできませんし、誤りを訂正する場合は必ず記録を残します。そうすることで、金融機関などステークホルダーに信頼される存在となり、結果、現在20数万社に当社の自計化システムをご利用いただいています。信頼できる会計帳簿・決算書から信頼できる分析データが導き出せる。これは明確な事実であり、また、中小企業会計要領、経営者保証ガイドラインなど、新しい動きについてもTKCでは着実に対応を進めています。正しいことを正しくやることが経営者にとってのメリットになる。逆にいえば、そういう社会環境が整いつつあるともいえるのではないでしょうか。

──経営は人・物・金・情報といわれます。この4つをどう解決していくのか。高田理事長はどうお考えですか。

高田 われわれは、創業から事業承継、あるいは廃業に至るまでそれぞれのステージで多彩な支援を行っています。しかし、そのことを中小企業の方々はかならずしもご存じでない。中小機構の名前さえ知らない方もおられます。そのため広報活動にはこれまで以上に力を入れていきたいですし、今回のTKCさんとの連携にも大いに期待するところです。そのような中で、いまわれわれが重視しているのが、「生産性の向上」です。それには、まずIT技術などを使った効率化を図ることが重要ですが、それにも限界がありますので、売り上げを伸ばす、あるいは付加価値の向上や新しいビジネスの創出が不可欠となります。これも簡単ではありませんが、TPP協定の大筋合意がなされたことなどもプラスにとらえ、やはり海外に目を向けることです。実際に海外に進出するかどうかはともかく、ICTを活用したeコマースを徹底的に実践して欲しいですね。まず、地方から大都市圏への販路を開拓します。そして、そこで実績ができれば今度は越境して海外へと販売していく。
 足許、eコマース市場は4兆円、2020年には20兆円といわれています。その先は60兆が見込まれていますし、一方で、リアル市場は縮小していく。もちろん簡単ではありませんが、是非真剣に取り組んで欲しいですね。

──粟飯原会長は、経営改善が「守り」で攻めが「海外展開」と常々おっしゃっています。

粟飯原 中小企業の現在の最大の弱点はバランスシートの悪化などによる事業承継の困難さだと考えています。そしてもうひとつの課題は海外展開。ということで、できれば中小機構さんの経営改善を担当する部署や海外展開を支援する部署と、TKCの同様の部署の事務連絡会をもっと緊密にできたらなと思っています。専門部隊が具体的に交流していけば、ダイナミックに現状を変えていけるのではないでしょうか。高田理事長は民間出身の方なので、非常にやり方がドラスティックという印象なので、期待しています。

高田 海外、とくにASEANなどではまだまだインフラ整備の問題がありますよね。また、会計もきちんとしなければなりません。やるべきことは山積みです。

 ICTの活用がまだまだです。多くの中小企業は、ホームページすら持っていません。TKCでは当社の自計化ソフトを導入された企業には無料でHPを作成するサービスを提供しています。
 もうひとつは、海外進出企業に提供しているOBM(海外ビジネスモニター)というシステムです。これは、現地のソフトウエアで処理した経理のデータを日本語に変換し、しかも複数の拠点から入力・確認ができるクラウドサービスです。中小企業でも十分に活用できるほど廉価であり、このようなパッケージ製品はこれまでなかったのではないでしょうか。

総合力で中小企業を支援

──ところで、TKCでは国の「経営改善計画策定支援事業」の推進を〝7000プロジェクト〟と銘打って支援しています。これも、今回の中小機構さんとの連携で今後、スムーズさが増すようにも思いますが。

粟飯原 黒字化支援といいながら、われわれTKC会員の動きは概してまだ甘いといわざるを得ません。日本の中小企業の赤字決算割合は依然として70%近いレベルの高止まりが続いています。中小企業には様々な経営課題があり、それは赤字決算企業ばかりではなく、黒字決算企業も借金体質の経営に陥っているところもあります。経営改善をはかり、金融支援を受けながらキャッシュ・フローの改善に繋げ借金体質から脱却することが、この度の「経営改善計画策定支援事業」であるわけで、今後は中小機構さんと連携を進めていくなかでさらなる取り組みの強化を図っていきたいと考えています。

──最近はどうですか。

粟飯原 ようやく、各地域会の7000プロジェクトリーダーの熱心な活動もあって、実践会員が増えつつあります。これからは中小機構さんとの連携が加わり、さらに弾みがつくものと期待しています。

──先にも話がでましたが、小規模企業共済制度や中小企業倒産防止共済制度の普及では、両者の提携がうまくいきましたね。

高田 これら共済制度は、税制上のメリットもありますし、国が運営している制度でもあることから安全で、安心してご利用いただける制度です。極めて競争力のある商品だと思うのですが、小規模企業共済制度を例にとってもまだ小規模企業の3分の2は加入されていません。ただし、いまでは年間12~13万件が加入しており、そのうちの10%以上がTKCさんルートからの加入ですから非常に心強い。

粟飯原 高田理事長の良いところは、方向性をしっかりと示し、実行力があるところだと思っています。だからこそ、われわれTKCも強力にサポートしたいと……。

高田 繰り返しになりますが、中小企業支援はわれわれだけではできません。支援機関のみなさん、つまりパートナーと一緒になって、日本全体を良くすることが理想的であり目的です。

粟飯原 問題山積みの中小企業を、国、行政、金融機関、そしてわれわれ税理士などが連携して総合力を発揮しながら支援していくことが必要です。その意味で、今回の中小機構さんとの連携は非常に心強いしやる気がでます。

 TKC創業者の飯塚毅名誉会長は「会計事務所の仕事をやっているとクライアントのかまどの灰まで分かる」とおっしゃっていました。夫婦や親子関係と同じですね。逆にいえば税理士と経営者はそうあるべきで、その信頼関係をどう生かしていくのかが分かれ目なのではとも思います。TKC全国会に「会計で会社を強くする」というスローガンを掲げています。正しい会計がなければ正しい経営もない。TKCでは、ベストの会計ができるような体制を中小企業がつくれるよう、ICTの開発を通して役割を果たしていきたいと思っています。

プロフィール
高田坦史(たかだ・ひろし) 昭和44年4月、トヨタ自動車販売入社。平成13年6月、トヨタ自動車取締役。平成15年6月、トヨタ自動車常務役員。平成17年6月、トヨタ自動車専務取締役。平成21年6月、トヨタアドミニスタ代表取締役会長。平成21年6月、トヨタ名古屋教育センター会長。平成21年10月、トヨタマーケティングジャパン代表取締役社長。同年12月、トヨタモーターセールス&マーケティング代表取締役社長。平成24年7月、独立行政法人中小企業基盤整備機構理事長就任。

(本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2016年1月号