今年6月2日に民法改正法が公布された。今回の改正は、契約に関する権利などをルール化した「債権法」が中心となっている。120年ぶりの大改正によって中小企業の実務がどう変わるのか。鳥飼総合法律事務所・吉田良夫弁護士の解説をもとに、そのポイントを紹介する。

プロフィール
よしだ・よしお●鳥飼法律事務所パートナー弁護士。1982年明治大学法学部卒業。コンプライアンス、危機管理に関わる業務において高度の専門性を有するほか、人事労務の諸問題、破産倒産法業務を専門に取り扱っている。
吉田良夫 氏

吉田良夫 氏

 個人の権利義務関係のルールを定めた民法が、制定以来約120年ぶりに大改正される。改正民法が公布されたのは、平成29年6月2日。その施行は平成32年4月頃になる模様だ。施行までにまだ3年あるとはいえ、中小企業の実務への影響が大きい改正点もあることから、その内容を今のうちから理解しておくことは重要といえる。

 今回の民法改正は、契約により生じる権利などに関するルールを定めた「債権法」が中心となっている。なぜ、1986年の民法成立時から現在までほぼ不変であった債権法の条文を抜本的に改正する必要があったのか。その理由を、鳥飼総合法律事務所の吉田良夫弁護士がこう述べる。

「さすがに古くなりすぎました。社会変化のスピードが速くなって、法律の想定外のビジネスが誕生したり、さまざまな問題が起きています。そうなると、これまでの判例をもとにした個別の解釈で補うだけでは間に合わない。そこで、ルールそのものを新しくする必要性に迫られたのです」

 ちなみに、日本の法律はこれまで明治維新と第2次世界大戦の敗戦の際に、大きな変革を遂げた。そして昨今がまさに「第3の法律チェンジ時期」にあたり、裁判員裁判や取り調べの可視化がはじまったり、会社法が新しくなったりしている。そうした流れの中で、ようやく債権法が今の時代に合わせたものにアップデートされることになったのだ。

5年で消滅時効

 今回の民法改正で、とりわけ中小企業の実務に関係が深いものについて、いくつか紹介していこう。まずは「消滅時効」についてだ。改正によって、「5年」で債権が時効消滅することが多くなる。

「現在の民法では、債権は権利を行使することができるときから10年間行使しないと、時効消滅します。改正民法ではそれに加えて、『権利を行使できることを知った時から5年』が経過した場合も時効によって消滅すると規定しました。これにより今後は、実質5年で権利が消滅するようになります。契約関係が今よりもっとスピーディーに決着できるようになるでしょう」

 いまでもビジネス関係(商事債権)の消滅時効は5年とされている。一般関係(民事債権)の消滅時効についても、それと同じ5年になるわけだ。例えば、AさんがBさんに100万円を1年後に返済する約束で貸し付けた場合、1年経過した時点から時効が進行し、そこから5年後に100万円の債権は時効消滅することになる。

 ただ、「人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権」については、権利行使ができることを知ったときから5年で消滅するという原則は変わらないが、従来、権利行使することができるときから10年で消滅時効になるとしていたものが、20年へと延長された。

 また、「料理店のツケは1年で時効」といった、職業別の「短期消滅時効」はすべて廃止となる。弁護士の報酬2年、病院の診療費3年といった時効も原則5年に統一されるので注意が必要だ。

原状回復義務の明文化

 つぎに紹介するのが、「賃貸借契約」に関する規定だ。重要な改正ポイントは2つ。①貸借人の原状回復義務と、②敷金についてである。

 原状回復義務については現行民法でも、借り主は賃貸借契約が終了したら賃貸物件を原状に戻して、貸し主(物件オーナー)に返還しなければならないとしている。実務上は、原状回復のために必要となるお金を、預かっている敷金から差し引くというやり方が一般的だろう。しかし特に個人オーナーの場合、「すべて原状回復に必要だから」という理由で、預かっている敷金をまったく返さないケースも多い。「部屋を貸したときの状態に戻すためには、そのくらいの金額が掛かる」という理屈からだ。

 しかし判例からすれば、例えば10年前に借りた部屋を明け渡す際に、「10年前に比べてここが痛んでいる」「10年前に比べてドアがギシギシ鳴る」と貸し主から指摘されても、入居前のピカピカの状態に戻すための費用を払う必要はない。今回の民法改正ではこのことを明文化して、①通常の使用(常識的な使い方)によって生じた賃借物の損耗(通常損耗)と②賃借物の経年劣化(時間の経過とともに生じる劣化)については、原則として原状回復の義務を負わなくてよいとしている。

「今後は、『長年にわたり入居していたら、年数に応じて傷みますよ、それをぜんぶ私の敷金で修繕しようとするのはおかしくありませんか』と賃貸物件のオーナーに対して言いやすくなるでしょう」

 ただし、「イライラしてふすまを蹴っ飛ばして穴を開けた」「うっかりタバコを落として畳を焦がした」「普通にやるべき掃除をしなかったためにカビや汚れを生じさせた」といった、〝通常の使用に反する損傷〟についてはきちんと原状回復の義務があるので、借り手側は注意しておきたい。

 また今回の民法改正では、土地・建物などの賃貸借契約に関係するものとして、「保証の限度額(極度額)設定の義務化」の規定も設けられた。とくに不動産の仕事に関わっている人は、詳しく知っておくべきだろう。

個人保証人の保護を強化

 続いて、「保証債務」について。今回の民法改正では、個人が保証人になる際の保護ルールが強化される。

 金融機関は融資に当たって個人の保証人を求める場合も多い。だから、金融機関から事業資金を借り入れるために中小企業経営者が親戚や知人に連帯保証をお願いすることもある。それがまさに個人が保証人になるケースだ。しかし、安易に個人保証を引き受けたばかりに、思いもよらぬ多額の保証債務を背負うはめになり、生活が破綻するなどの悲劇が後を絶たないことから、保証人の保護を強化する新たなルールが設けられた。以下の4つが、その主なものだ。

  1. 主たる債務の履行状況に関する「債権者の情報提供義務」
  2. 個人保証で、主たる債務者が〝期限の利益〟を喪失した場合の「債権者の情報提供義務」
  3. 事業のための貸金等債務を個人保証する場合の保証契約締結に先立つ保証人の「公正証書」による意思表示
  4. 事業のための貸金等債務を個人保証する場合の「主たる債務者の情報提供義務」(保証契約締結時)

 実はいま現在、債権者である金融機関は保証人に対して、主たる債務者がきちんと借金を返済しているかどうかを教えていない。主たる債務者のほうも、返済が滞っている事実を保証人に対して積極的に教えるようなことはまずしない。つまり、保証人にしてみれば一体どうなっているかわからない状態に常に置かれていることになる。それではあんまりだということで、保証契約の締結後、保証人からの請求があったときには金融機関は、その履行状況や残額などの情報を提供しなければならないとしたのが、①の規定だ。これは、保証人が個人・法人のいずれの場合にも対象となる。

 さらに、期限の利益を喪失した場合、すなわち分割返済が約束どおり行われなかった場合についても、銀行は保証人に対して情報提供することが義務づけられるようになる。これが②の規定だ(個人の保証人のみ対象)。

 ③は要するに、「事業用の融資で個人保証をするには公正証書の作成が必要になる」ということだ。保証人になろうとする者は、保証契約の締結前1カ月以内に、公正証書で「保証債務を履行する意思」を表示していないと、保証契約に効力が生じない。つまり、保証人になることを依頼された者は公証役場にわざわざ足を運んで、公証人の前で保証人になる覚悟を示すことが必要になる。

「中途半端な気持ちで安請け合いした人も、このときに個人保証の重大さを認識し、『やっぱりやめたほうがいいかな』と思いとどまるきっかけにしてほしいというのが、③の規定の狙いです」

 ただし例外もある。会社が事業資金を借り入れる際に、その会社の社長や過半数の株式を有する大株主が保証人になる場合は、公正証書の作成は不要だ。また、個人事業主が事業資金を借り入れる際、その事業に従事する配偶者が保証人になる場合についても、公正証書の作成はいらない。

 そして④は、情報提供義務を負うのは銀行などの債務者だけでなく、主たる債権者にも負わせることを規定したものだ。個人保証人が保証を引き受けるかどうかの判断材料となるように、(a)財産・収支の状況、(b)保証をお願いする債務の他に負担している債務があれば、その金額と履行状況、(c)債務の担保として他に提供しているものに関する情報を提供する必要がある。

「これまでは主たる債務者が銀行から事業資金を借りるために個人保証を依頼するときは、単に泣きつくだけでお願いすることができたかもしれませんが、今後はそうもいかなくなるわけです」

定型約款の法的根拠を明示

 インターネット通販などで目にした人も多いと思う、「約款」。細かい文字でびっしりと契約条項が記された、あの文書だ。インターネット通販の場合、それを読む、読まないにかかわらず「同意」のボタンをクリックしないと、商品を買うことができない。ほかにも保険や預金の契約を結ぶ際などに、約款へのサインが求められるケースがある。だが実は、約款は一般的に法的拘束力が認められているとされているが、その根拠自体が不明確で、裁判例には法的拘束力を否定するものもあった。

 そこで今回の民法改正では、約款が法的に不明確な状況にあるという問題を克服するために、「定型約款」という概念を定義し、それに対してさまざまな法的効果の付与や制限を行うことにした。これも今回の民法改正の目玉の一つといえるだろう。

「定型約款が何かを説明する前に、理解しておいてほしいのが、『定型取引』という言葉の意味です。定型取引とは、①不特定多数を相手にする取引で、②取引内容が画一的であることが合理的な取引のことをいいます。

 では次に、定型約款とは何かというと、『定型取引をする目的で、特定の者により準備された契約条項の総体のこと』を指します」

 つまり、インターネット通販の利用規約など、契約条項を個別に交渉せずに締結するのが双方にとってメリットがあるようなときに使われるのが、定型約款というわけだ。この定型約款を契約内容とする旨の合意をした場合、または定型約款を準備した者があらかじめ、それを契約内容とすることを相手方に表示した場合は、定型約款の個別の条項にも合意したものとみなされることになる。

「これを『みなし合意』といいます。ただし、社会通念や信義誠実の原則に反して、相手方の利益を一方的に害するような書き込みをこっそりと定型約款のなかに入れたりした場合は、みなし合意の対象外となります」

条文に目を通してほしい

 ここまで①消滅時効②賃貸借契約③保証債務④定型約款の四つについて解説してきたが、ほかにもビジネス上の実務に関わる変更点として、現行民法の「瑕疵(かし)担保責任」から「契約不適合責任」に表現が変わるといったものもある。吉田弁護士は「経営者や法務・総務担当者にはできれば一度、改正民法の条文に目を通してもらいたいところです」と話す。明治以来の文語調で書かれた現行民法に比べて、改正民法はずいぶん読みやすくなっている。一度、チャレンジしてみてはいかがだろうか。

(本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2017年10月号