取材先の中小企業経営者から「SDGs」という言葉を聞く機会が増えてきた。CSR分野だけの話かと思いきや、中長期的な経営戦略を練るうえで欠かせない知識になるかもしれないという。ライフドラムラボの今井健太郎社長に、SDGsの基礎や中小企業における活用の可能性について聞いた。

プロフィール
いまい・けんたろう●1989年、埼玉県深谷市生まれ。早稲田大学政治経済学部国際政治経済学科卒。2012年、野村総合研究所に入社、保険業界を中心とした調査・研究や内部統制・リスクマネジメントに関わるコンサルティングに従事する。2016年、株式会社ライフドラムラボを設立、代表取締役に就任。さいたま市産業創造財団専門コンサルタント。事業会社の経営戦略や中期経営計画策定支援を行う。趣味は囲碁で、第54回全日本大学囲碁選手権で全国制覇した実績を持つ。

──そもそも「SDGs」とは何のことでしょうか。

今井健太郎 氏

今井健太郎 氏

今井 国連で合意されたSDGsは、日本語で「持続可能な開発目標」を意味します。2030年に向けて国際社会がどのようなゴールを目指すべきかという内容を盛り込んでおり、社会的な諸課題と経済成長についての世界的な共通認識になりつつあります。その最大の特徴は、二酸化炭素排出量を国ごとに定めるような規制やルールの類いではないこと。あくまでも目標を定めただけであり、民間企業が実施を強制されるようなものではありません。SDGsは、2015年に期限が切れた「MDGs(国連ミレニアム開発目標)」の後続としての位置づけですが、あくまで途上国の課題に焦点を絞っていたMDGsとは異なり、働きがいや経済成長など先進国の課題も含まれています。国際協力機構(JICA)の案件化調査サービス「協力準備調査(BOPビジネス連携促進)」の名称が「途上国の課題解決型ビジネス(SDGsビジネス)調査」に変更されたこともあり、特にグローバルな事業展開をしている企業経営者の間では認知度が高まりつつあります。

──具体的な内容は?

今井 まず「貧困をなくそう」「饑饉(ききん)をゼロに」「すべての人に健康と福祉を」「質の高い教育をみんなに」「ジェンダー平等を実現しよう」「安全な水とトイレを世界中に」「つくる責任つかう責任」――など社会に存在する幅広い課題を17項目ピックアップして目標に定めています。そして目標ごとに、例えば貧困についての目標であれば「1日1.25ドル未満で生活する人々を2030年までになくす」など具体的な169のターゲットを定めています。

──企業経営にどのように関係しますか。

今井 貧困をなくそう、質の高い教育などという目標自体を批判する人はいないと思いますが、経営の観点からみれば、「うちと関係ないじゃないか」という社長さんが大半だと思います。しかし経団連は昨年公表した「経団連ビジョン」で、イノベーションとグローバリゼーションを、持続可能な経済成長の実現と地球規模の課題解決への重要な柱であると位置づけました。これはSDGsの内容と共通しています。昨年には「企業行動憲章」および「実行の手引き」を改定しSDGsの達成を目標の一つに明記したほか、会員企業へのアンケート調査の実施に着手するなど、最近ではさらにその取り組みを加速させています。
 投資家サイドでもその動きは顕著です。世界最大の機関投資家であるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)がESG投資(環境、社会、ガバナンスに配慮した経営を推進し社会的責任への取り組みを重視する企業に対する投資)を1兆円規模で開始することを表明、日本証券業協会はSDGs対策諮問機関の設置を表明しました。このように大企業や投資家においてSDGsは重要な関心事になりつつあるのです。
 企業活動は、天然資源などの自然資本や社会の共通基盤である社会資本の存在があってはじめて成り立ちますが、これらの資本がやせ細ってしまうと成長の足かせになってしまいます。資源を大量に使用するグローバル企業ほど、自らの事業活動が社会資本や自然資本に依存し、それらの資本をできるかぎり減らさないような取り組みが今後重要になってくるのをよく理解しているのだと思います。

──大企業だけに関係するのではないでしょうか。

今井 現在企業は、いかに継続的にイノベーションを生み出していくか、という課題に直面しています。その課題を解決する一つの方策として、SDGsが注目されているのです。新規事業を考えてみると分かりやすいでしょう。今ある技術やノウハウをベースにどの分野でどのような新事業を開始するかは経営者が一番悩むところだと思いますが、その一つの指針として「社会の課題解決に役立つ」という方向性が役立つのです。ピーター・ドラッカーも著書『マネジメント』のなかで「事業上の最大の機会は、新技術、新製品、新サービスではなく、社会の問題の解決、すなわち社会的イノベーションである」と述べていますからね。そしてグローバルな社会課題が網羅的に示されている公式な文書として、SDGsが非常に参考になるのです。この有用性は企業規模の大小を問いません。

企業ブランディングにも有用

──新規事業の方向性を決める基準の一つになると……。

今井 それだけではありません。東京商工会議所の「中小企業の経営課題に関するアンケート結果概要(2017年)」によると、売り上げ拡大を阻害する外的要因として最も多く選択されたのは、「価格競争の激化」でした。資金力のない中小企業は、大企業のように価格競争を戦い抜くことはできません。価格競争を回避する方法の有力な選択肢の一つとして、自社製品やサービスにSDGsのソーシャルな観点を組み込むことでブランド力を強化するという方法があります。
 ブランディングによって、優秀な人材の確保につなげることも可能です。同じ調査で売り上げ拡大を図る上での課題として最も多く挙げられたのは、「人材不足」でした。空前の売り手市場といわれる現在、採用活動は困難を極めています。広告宣伝費の増額や人材コンサルタントの導入なども現実的ではありません。
 ではどうやってこの問題を解決するのか。米国では若者が就職したい人気企業・団体ランキングの上位に、教育困難地域に若い講師を派遣する活動を行っているティーチ・フォー・アメリカのようなNPOが入るようになりました。ミレニアム世代にとって就職先の企業を選ぶ際の有力な基準としてソーシャルな観点が重要になてきているのです。中小企業でもSDGsや社会的課題にフォーカスをあてて採用活動を行えば、若者の心をひきつけられる可能性があるでしょう。
 人材だけでなく、協業の可能性を切り開くことも可能です。例えば教育関連の事業を行っている企業が、目標4の「質の高い教育」に貢献しているとアピールするとします。するとそれを見た他の企業や団体が「うちも同じミッションを持って活動をしている」と交流が始まるかもしれません。コラボや協業といったことに発展するとなれば、SDGsという旗印を介して、他のリソースを活用できる可能性が広がるのです。

──まずは自社の事業がどの項目に当てはまるか分析しアピールすることが大事ですね。

今井 「三方よし」という考え方が昔からあったように、なかには「利益を社会に還元する考えは当然のことだから、あらためて宣言する必要はない」という中小企業もあるかもしれません。しかし投資家や金融機関の中には、SDGsについて投資家向け情報提供(IR)やCSRを通じて情報発信していない企業は、何もやっていないかあるいは隠したいことがあると見なす人たちもいます。会社のミッションや事業内容を今一度整理して、SDGsに合うような事業は積極的にアピールしたほうがよいでしょう。しかしその前にしておいていただきたいのは、会社全体の意識変革、つまりマインドモデルの転換です。

──組織全体で取り組む必要があるということでしょうか。

今井 はい。そのためにはまず、経営者や従業員がSDGsとは何かを知らなければなりません。ピコ太郎やお笑いタレントがユーチューブに動画をアップしていたりするので、そうしたネットメディアを有効に活用するとよいでしょう。しかしせっかくSDGsについて理解できても、「うちと関係ないよね」で終わり、企業ガバナンスにまで落ちてこなければ全く意味がありません。
 そこで第二のステップとして、会社全体で「社会的課題の解決を経営戦略に取り込むことは自社にとってチャンスの拡大につながり、メリットをもたらす」という意識付けを行います。このマインドモデルの転換が終わってはじめて、自社の事業領域が17の目標のうちどれにあてはまるのかを定め、取り組むべき優先順位の決定などを行う第三ステップに移ることができます。

──経営戦略の一環としてSDGsに取り組むということですね。

今井 自社の技術やノウハウをどのように生かしていくか方向性が決まったら、KPIに落とし込むなどして目標を設定する必要があります。こうした過程を経てはじめて、社外への公表などを含めたコミットメントの方策を検討すべきでしょう。経営者がただ単に「やるぞ」と号令をかけただけでは何も変わりません。KPIによるマネジメントと実施した内容の評価・分析、改善点や課題を特定してさらに次の施策につなげるPDCAサイクルを機能させることが極めて重要です。
 これらの経営戦略にSDGsを埋め込む過程で一番ポイントになるのは、やはりマインドモデルの変革。SDGsについて「自分たちには関係ない」から、「チャンスや機会である」と意識を変えていかなければなりません。それができてはじめて、経営者がリーダーシップを発揮して担当部署とのスムーズな合意を形成することができます。

──事例があれば教えてください。

今井 私が調べた範囲では、日本の中堅中小企業では現在100社程度が、明確にSDGsへの貢献を目標に掲げています。例えば石けんなどの家庭用洗剤を製造販売するサラヤは、生物多様性や環境問題での取り組みをボルネオやウガンダで行っており、貸借対照表ならぬ「SDGs対照表」を作成し公表しています。また自動車リサイクル事業をグローバルに展開している会宝産業は、SDGsの取り組みが世界的に評価され、日本の中小企業ではじめて、国連開発計画(UNDP)が主導する「ビジネス行動要請(BCtA)」への加盟が承認されました。
 ブレーンストーミングなど社内の議論でツールとして使うなど、それぞれの企業によってSDGsの活用の仕方はさまざまでしょう。まだ歴史が浅いこともあり、自由な発想を生かせるチャンスはいくらでも広がっています。他社の事例を参考にするだけでなく、「新しい事例を自分たちで作ってやろう」という意気込みで取り組んでほしいと思います。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2018年2月号