「働き方改革」を推進するために、労働法が改正された。残業時間の上限が年720時間に規制されるなど、中小企業経営者も無視できない内容となっている。その改正内容を解説するとともに、中小企業のケーススタディーから働き方改革実践へのヒントを探る。

働き方改革実践へのヒント

 今年6月、「働き方改革関連法」が参院本会議で可決・成立した。これに伴い、労働基準法をはじめ、労働安全衛生法、労働契約法、パートタイム労働法、労働者派遣法など合計8つの労働法が一括で改正される。企業は、2019年4月1日から順次施行されていく改正労働法への対応が迫られることになる。

 岩手県北上市に事務所を置く社会保険労務士の西巻充史さんは、「岩手県働き方改革推進支援センター」の活動に協力するメンバーの一員として、労働法の改正内容の周知のために企業向けセミナーの講師をしたり、企業への出張訪問を行っている。

「中小企業経営者にまずお伝えしたい改正労働法の一番のポイントは、罰則をともなう『残業時間の上限規制』です。これまで事実上、青天井になっていた時間外労働が年720時間に法律で規制されることになります」

 残業時間の上限を法律で規制することは、70年前(1947年)に労働基準法が制定されて以来、初めての大改革となる。

残業は年720時間まで

 現在、労働基準法によって、使用者は「1週40時間、1日8時間」を超えて労働させてはならないとされている。これを超えて残業させるためには、労使協定でいわゆる「三六協定」を結んで労働基準監督署へ届け出る必要がある。そうすれば、「月45時間・年360時間」という限度基準の範囲内での残業が認められるのだ。ただこの限度基準は、あくまで厚生労働大臣の告示によるもので法的強制力がない。しかも繁忙期や納期の切迫など臨時的に特別な事情がある場合は、「特別条項」を結ぶことで1カ月の残業時間の上限をさらに伸ばすことも可能となる。

「要するに三六協定に特別条項を適用すれば、年6回までは残業時間を実質的に青天井にしていても違反とされなかったのです」

 しかし改正労働法によって、これが大きく変わることになる。まず「厚生労働大臣告示」という法的拘束力がなかったものが法律に格上げされ、違反すれば罰則が科される。つまり三六協定の締結によって残業ができる上限は「原則として月45時間、年360時間」と、強制力をもたせるわけだ。

 また、原則を超えての残業が可能になる特別条項についても、以下のような制限が設けられる。
 ①時間外労働は年720時間以内
 ②複数月(2~6カ月)平均で80時間以内
 ③単月では100時間未満
 ④月45時間を超える特別条項の適用は年6回を上限

「つまりざっくり言うと、たとえ特別条項付き三六協定を締結したとしても、1年のうち6カ月間は残業を1日約2時間に抑える必要があるとともに、残りの6カ月間についても1カ月で100時間を超えるような残業は認められない、ということです」

少子化への対応が背景に

 こうした「残業時間の上限規制」を大企業は来年4月から、中小企業はその1年後の2020年4月からスタートしなければならない(ただし、自動車運転業務、建設業、医師などについては2024年4月まで猶予期間を設けたうえで例外あり)。

 大企業に比べればまだ時間的な余裕があるとはいえ、毎月60時間を超える残業ありきで仕事を回しているような中小企業は、できれば今のうちから対策をとっておいたほうがよいだろう。人手不足の状況が続くなか、新しく従業員を採用することができなかった場合、いまと同じ売り上げを確保するには、業務を効率化して社内の生産性をアップするといった取り組みがどうしても必要になってくるからだ。そのための具体策としては、社員一人ひとりの業務内容を洗い出したうえで無駄な仕事を削るといったことや、IT(各種業務システム)や設備機器の導入によって人の手を介した作業を減らすなどの工夫が考えられる。

「業務効率化のための設備投資をするにあたっては、生産性向上に取り組むとともに最低賃金を一定額以上引き上げる中小企業を対象とした『業務改善助成金』などの公的制度を利用することも検討してみてください。業務改善助成金を活用すれば、各店舗の売上在庫管理のためのPOSレジシステム、経営管理情報や顧客情報の一元化管理システム、社内の情報共有に便利なクラウド型業務管理システムなどの購入費用の一部を助成してもらえます」

 なお2023年4月からは、中小企業についても月60時間を超える時間外労働の割増賃金率(現行25%)が「50%」以上に引き上げられ、大企業と同じになる(現在、中小企業はその適用が猶予されている)。この点からも、残業ありきの経営からは早めに脱却しておいたほうがよいといえる。

「そもそも今回、労働法が大きく変わったのは、少子化への対応が背景としてあります。少子化で労働人口が減少していくなかで、今までと同じ経営をしていたのでは、残業時間がどんどん増えるばかり。青天井の残業を許していたのでは、労働者の過労死が増えるおそれがあるし、そんな長時間労働を強いている会社からは人が流出する。だから働き方改革が必要で、そのための法整備をしたわけです」

有給休暇の取得促進

 残業時間の上限規制に加えて、企業側の対応が急がれるのが、来年4月からスタートする「年5日の有給休暇の取得義務」である。すべての企業は年10日以上の年次有給休暇(年休)を持つ従業員に対し、そのうち5日間は必ず消化させなければならなくなる。これは、諸外国に比べて日本人の有休取得率が低い現状をふまえての法改正だ。

「今回の改正労働法により、会社は年休のうちの5日について毎年、『〇月×日に休んでください』と時季を指定して与えることが義務付けられました。ただし、従業員が自ら取得した年休や会社が計画的に取得させた年休があれば、その取得日数分は、5日の義務日数分から除かれます」

 会社が計画的に取得させるやり方としては、たとえばお盆休みや年末年始休暇を現在の運用よりも合計5日長くする内容の計画年休を労使協定で結び、一斉に休ませるといったものがある。

 さらに、これはあくまで努力義務として来年4月施行の改正法に盛り込まれたものだが、「勤務間インターバル制度」にも目を向けたい。これは、前日の勤務の終了時刻と、翌日の始業時刻との間に一定時間の休息時間(インターバル)を設けて、従業員がきちんと睡眠を確保しながら働ける環境をつくることを目指した制度である(『戦略経営者』2018年11月号13頁・図3参照)。

「残業時間の上限規制を守るうえでも有効ですし、休息時間数が『9時間以上11時間未満』または『11時間以上』の勤務間インターバル制度を導入した企業に対し、助成金を支給する『時間外労働等改善助成金(勤務間インターバル導入コース)』もあるので、導入を検討してみてはいかがでしょうか」

より柔軟な勤務時間設定も

 さらに、労働基準法の改正によって来年4月から、「フレックスタイム制の見直し」と「高度プロフェッショナル制度の創設」もなされ、より柔軟な勤務時間の設定が可能となる、この二つについても注目しておきたい。

 まずフレックスタイム制の見直しについて。フレックスタイム制では、「1週40時間、1日8時間」の法定労働時間ではなく、〝清算期間〟の枠内における労働時間の合計によって時間外労働の有無が判断される。現行の清算期間は最長1カ月だが、来年4月1日以降は、清算期間の上限が「3カ月」に延長される。

「繁忙期・閑散期の波を3カ月のスパンで捉えながら、より柔軟でメリハリをつけた働き方が可能になります」

 次に、高度プロフェッショナル制度の創設について。このいわゆる「高プロ制度」は、労働時間管理になじまない高度専門職の労働者に対して、労働時間管理によらず、成果型報酬として賃金を支払う制度である。対象となるのは、年収1075万円以上で、金融ディーラー、研究開発職、コンサルタントなどの専門職に従事する労働者。年間104日以上かつ4週4日以上の休日確保などの一定要件のもと、時間外・深夜・休日労働の割増賃金の支払いの対象外となる。

「ただ、使用者は高プロ制度に該当する社員に対し、始業・終業時刻や残業などの労働時間に関する指示・業務命令ができなくなり、裁量を奪うような業務量・成果、納期設定は禁止されます」

不合理な待遇格差の解消

 岩手県働き方改革推進支援センターが主催する企業向けセミナーでは、残業時間の上限規制に加えて、「同一労働同一賃金の実現」に関しての解説にも大きな時間を割いており、西巻さんが講師として壇上に立つ機会もこれまでに何度かあった。

 同一労働同一賃金の実現に向けた労働法の改正は、正社員と非正規社員(パートタイマー・契約社員、派遣社員)の不合理な待遇格差の解消を目的としたもの。非正規社員の職務内容(仕事の内容、配置の変更範囲)が、通常の正社員と同じであれば、給与や賞与で同等の取り扱いをしなければならない。大企業は2020年4月から、中小企業は2021年4月からこれらの対応が求められる。なお待遇差が不合理かどうかについては今後、「同一労働同一賃金ガイドライン」が厚生労働省によって整備され、これをもとに判断していくことになる。

「今後、非正規社員を含めた最低賃金が20~30円上がって待遇が改善されていくことで消費拡大につながれば、いずれ企業も恩恵が得られるはずです。中小企業経営者のみなさんにはぜひそのように考えていただき、非正規社員の不合理な待遇格差の解消に努めてもらいたいものです。今回の労働法改正は、労働時間上限規制の方に目が奪われがちですが、人口減少社会を見据えると、『労働時間の上限規制』と『同一労働・同一賃金』の二つをセットで考えていかないと、労働条件のよい会社に人材が流出し、人手不足の会社は結果的に上限規制を超える過重労働に陥ります。早めの対策が必要と言えるでしょう」

 いずれにせよ今後、中小企業の労務管理のあり方が大きく変わることは確実である。これを機に、自社の労働時間や働き方を見直して、より力強い組織を作っていくことが企業経営者に求められている。

(本誌・吉田茂司)

掲載:『戦略経営者』2018年11月号