空前の売り手市場のなか、人手不足どこ吹く風とばかりに優秀な新卒学生を採用し続けている会社がある。わずか社員20名の人材コンサルティング企業、レガシードだ。“オープンカンパニー”当日にうかがい、近藤悦康社長に話を聞いた。

プロフィール
こんどう・よしやす●1979年岡山県生まれ。大学院入学と同時に入社した会社で10以上の新規事業を立ち上げる。と同時に新しい人材採用の仕組みを創り、同社を年間2万人以上が応募する人気企業へと飛躍させた。2013年株式会社レガシードを設立。年間100社を超える企業のコンサルティングを行うほか、経営者、採用担当者、新卒学生など延べ6万人を超える人たちにセミナーやワークショップを実施。現在、社員20名で毎年1万人を超える学生が応募する。「Rakutenみん就」で学生が選ぶ「2019年卒インターン人気企業ランキング」で全企業中32位、中小企業では1位。『日本一学生が集まる中小企業の秘密』(徳間書店)、『内定辞退ゼロ』(実業之日本社)など著書多数。

──年間1万人のエントリー(採用サイトへの個人情報の登録)があるとのことですが。

近藤悦康 氏

近藤悦康 氏

近藤 2020年卒の学生を対象とした活動では、その倍の2万人くらいになると思いますよ。

──エントリーの入り口は?

近藤 リクナビ、マイナビなど大手就職サイトだけでなく、口コミ、紹介、イベント経由などのルートも重視しています。この時期(取材日2018年12月26日)はインターンシップフェアなどのイベントで当社を知り、エントリーするケースが多いですね。

──今日は〝オープンカンパニー〟の日だとか。

近藤 いわゆるオープンキャンパスの会社版です。このあと、私が壇上に立って100名ほどの学生さんを前に1時間話をした後、オフィスツアー、座談会、仕事体験ワークという流れで約3時間。オープンカンパニーは月に1~6回、年にして約40回開催しており、私はもちろん社員の8割が何らかの形で関わっています。

──それだけのマンパワーを割いて、業務への影響は?

近藤 採用活動は社員教育のひとつです。学生さんが喜び、感動する企画を全社員で創り上げることに意義があるし、学生さんと関わることで、自らの現在地が分かり、成長を実感することもできる。採用は全社員でやるんだという認識を強化する意味合いも込めています。

──座談会とは?

近藤 10グループに分け、それぞれに社員と内定者か長期インターンシップ生がペアとなって学生からの質問に答えていきます。これが30~40分。さらに仕事体験ワークでは当社のノウハウ、具体的にはクライアントが求める人物要件から行動特性を洗い出す思考プロセスを体感してもらいます。

──次の段階でインターンシップに進むわけですね。

近藤 はい。「チェンジ」と「グリップ」という二つのプログラム(2日間)が用意されており、オープンキャンパスに来てくれた方の約30%が、どちらかに参加します。双方とも、参加者が具体的な成長を可能にするための仕掛けが施されており、たとえばチェンジでは、当社社員が実際に成果を出した顧客をモデルに、その成功ストーリーを取り上げたドキュメンタリー番組をつくるという課題を実践してもらいます。

──その課題にはどんな意味があるのでしょう。

近藤 顧客や当社スタッフの心境の変化ややりがいをリアルにつかんでもらいたいという期待ですね。ドキュメンタリー制作の手法を使い、その成功プロセスを再現することで、当事者の心の声が見えてくるのです。

──ここからぐっと参加者が絞られます。

近藤 次は「リミット」(3日間)というプログラムです。1対1の面談によって、その人の適性や、人生観・職業観のマッチングなどを確認した上で選抜します。参加できるのは30名ほどです。

──リミットの内容は?

近藤 より現実に近い、われわれの日常の仕事をチームでシミュレートします。その過程で、時間内に高い成果を生むための戦略的思考と実行力を高め、チームビルディングのあり方を学びます。当社社員のアドバイスや評価も受けることができるので、社会人としての多くの気づきを得ることができるのではと思っています。ここを突破した10数名ほどが、いよいよ6~9カ月間の長期インターンシップへと進むわけです。

──ゲームのようにステージをクリアしていくイメージですね。

近藤 僕は、ハードルが高ければ高いほど、採用活動は成功すると考えています。学生さんの思い入れが強くなるからです。「これほどの苦労をしてここまで来たのだから……」という気持ちにさせることがポイントなのです。もうひとつ言えるのは、たとえ長期インターンシップに至らなくても、それまでのプロセスで自分を成長させる何かをつかめれば、「レガシードはいいよ」という口コミが伝わっていく。それが当社の莫大(ばくだい)なエントリー数につながっているのだと思います。

長期インターンシップの効用

──長期インターンシップの内容は?

近藤 最大2社を受け持ち、担当社員のアシストをします。新入社員と同じように、実際に現場でコンサルティング業務に携わるわけです。報酬もあります。たとえばナビ(求人広告)をひとりで書き切ったら8万円など、少ない人で月5万円、内定者のなかには月20万円を超える人もいます。

──報酬は魅力的ですね。

近藤 学生さんの8~9割は、飲食店や塾の講師などのアルバイトをしています。だったら、当社の長期インターンシップに参加する方がメリットは大きい。ただ、誤解してほしくないのですが、当社の採用活動が口コミで広がっているのは、ごく一部しか参加できない長期インターンシップの存在だけでは説明できません。そこに至るまでの過程で、成長を体感できる仕掛けが好評を博しているのです。

──長期インターンシップを経て入社する学生はどのくらい?

近藤 2019年卒の学生さんでいまのところ6名が内定しています。全体で9名なので、3分の2が「長期」経由になります。残りは、3年次3月以降にエントリーしてきた学生さんで、彼らには、最低3日間のインターンと私の1日付き人を経験してもらいます。

──「内定辞退ゼロ」というのは本当ですか。

近藤 はい。昨年も9人内定を出して全員入社しました。『内定辞退ゼロ』(実業之日本社)という著書は誇大広告ではありません。

──内定辞退が出ても、後に翻意するそうですね。

近藤 現在3年目でリーダーをつとめている社員がいるのですが、彼は大手人材会社に入社する予定でした。その連絡を受けた時、私は「内定おめでとう」と祝福すると同時に、「安定した大手に勤めるのと、われわれと一緒にレガシードの10年後の姿をつくり上げるのとでは、どちらがわくわくすると思う?」と投げかけました。すると後者だという返事。じゃあ答えは出ていると。また昨年、2年にわたってインターンとして働いていた子が、大手に入社後3カ月で退社し、当社に戻ってきたということもありました。

──とはいえ、学生の間には安定志向も根強いと聞きますが。

近藤 ある統計によると、就職先が大手でなければならないと考えている学生さんは、27%にすぎません。また、入社の条件としては、第1位が「成長できる環境がある」、次に「人間関係」、3番目に「福利厚生」が挙がっています。意外でしょう。つまり、大手に入社したいという安定志向の学生さんは、世間が思ったほど多くはないということです。中小企業にも十分にチャンスはあります。

──成長を志す学生をきっちりと見極めるプロセス、つまり「選抜」が重要になりますね。

近藤 長期インターンシップは、きっちり選抜しないと現場の不満がたまります。学生と現場の両方が満足するプログラムが必要です。

──適性のある学生を見極めた時点で、採用活動としては半分成就しているということですか。

近藤 その通りです。プロ野球の選手は履歴書や筆記試験、面接で採用を決めないですよね。実際にプレーをさせてみて適性をはかってはじめて入団させるかどうかが決定される。当社も同様に、インターンシップ制度によって社員とともに働いてもらってから採用を決断します。そうすればミスマッチは起こらないし、その間に信頼関係を築ければ結果として内定辞退もなくなるという理屈です。

学生から選ばれる会社に

──現在の採用手法の原点はどこにあるのでしょう。

近藤 私の前職は、人材関連ベンチャーの社員でした。その会社は毎年、中途で20~30名採用していたのですが、同じ数だけ辞めていくといった状況で、社員30名ラインを超えられずにいました。やっていることは価値があるし、社長の志も高い。そこで私は「新卒をとりたいのですが」と進言。社長の「知名度がなく会社の中身も整っていない状況で優秀な人材はこないだろう」という返答に対して、私は「じゃあ知名度が上がって良い会社になるのは何十年先ですか」と応じ、険悪な雰囲気に(笑)。でも、なんだかんだである一定のコストの枠内だったら新卒採用をしてもいいと許可が下り、活動をスタートさせたわけです。

──何からはじめたのでしょう。

近藤 まず現役の就活生20名にインタビューし、就活は楽しいものではないことが分かりました。「これは勝てるかもしれない」と……。そこで、学生さんが「来て良かった」「ためになった」と実感できる場を創造していった結果、口コミで評判が広がり、就職したいランキングに入るようになったのです。その後、採用コンサルティング事業部を立ち上げ、入社して10年経過したのを期に、独立しました。

──立ち上げてすぐ、新卒を採用することができたのだとか。

近藤 妻と学生スタッフ3名でスタートした会社でしたが、大手就職サイトのもっとも廉価なプランに登録した初年度の応募が2420名。内定を4名出し、全員入社しました。ナビ上でもっとも社歴も社員数も少なくオフィスもない会社が、この実績ですからね。

──まるで魔法のようです。どのような仕掛けを?

近藤 学生さんは、何万ものサイト内の企業のほとんどを知らないにもかかわらず、他社の採用ナビには魂が入っていない。だったら「この会社の説明会に行ってみたい」と思えるような表現を真剣に考え、それを打ち出せば必ず興味を持ってもらえると考えました。具体的には、自分たちが行っている事業の社会的意義や価値を提示しつつ、説明会や選考のステップを経験することである程度の成長が見込めることを訴えたのです。
 建築現場で石を積んでいる人に「何をやっていますか」と聞いた際、単に「石を積んでいます」と答えるのと、「心を癒やす空間をつくっています」と答えるのとでは大きな差がありますよね。自社の仕事にどんな意義と未来があるのかを学生は知りたがっているのです。

──なるほど。

近藤 大事なのは学生を選ぶのではなく、学生から選ばれる会社になること。自社で働きたくなる状況を見せていくのです。その意味では長期インターンシップでは、良いところも悪いところも隠せません。すべてをさらけ出した上で、選んでもらう。だから内定辞退がゼロなのです。
 新卒の場合、活動開始から入社まで1年半程度。さらに成果を生むには2、3年かかる。つまり4、5年以上先の未来をつくるための補強なんですね。だとすれば、当社も4、5年先、あるいは10年先を見据えて、どうなっているべきなのかという未来戦略を練る必要が出てきます。採用活動は会社の未来を描く活動でもあるんです。

採用活動をイノベートせよ

──採用に苦しむ中小企業にアドバイスを。

近藤 まず、新卒は採用できないという前提を払拭(ふっしょく)すること。小さな会社であろうと、不人気業界の会社であろうと、人を採れているところはあります。要はやり方なんです。多くの企業は、商品・サービスなどの開発には真剣に取り組んでいますが、採用活動のイノベーションを行っていません。就活市場では、学生が使うツール(サイトや端末など)や就活観、他社、といった要素が年々変化しています。にもかかわらず、打ち出し方や選考基準が変わらないのはおかしい。変革していく意識を強く持つ必要があります。ちなみに当社では、パンフレットやプログラムなどは前年と違うものを作成するようにしています。変化を習慣づけることで、イノベーションを引き出しているのです。

──「採用は全社員で行う」ことも強調されています。

近藤 営業を卒業した年配の方などが採用を一手に担当したりする会社がまま見受けられます。それでは成果はおぼつかないでしょう。採用活動にはなるべく多くの社員が参画し、エース級社員であっても惜しまず投入するべきです。戦略を立て、それを数字に落とし込んで採用活動の意義を明らかにする。その上で会社全体で取り組むことを徹底するのです。

──それほどの精力を傾けて満足に人材が採れなかったらダメージが大きいのでは?

近藤 採用活動が失敗に終わった場合は、どうすれば学生が自社を選んでくれたのかを考えることです。すると課題が浮き上がり、それをフィードバックすることでよりよい会社にイノベートしていくことが可能になる。つまり、採用活動は自社の現在地を知らせてくれるバロメーターなんですね。採用活動によって、就労環境が良くなり、業務も改善され、結果として業績が上向く。すべて連動しています。人を採るための細かなテクニックはさまざまありますが、このような基本的な考え方を押えていないと、学生さんに見透かされてしまいます。

(インタビュー・構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2019年2月号