改正出入国管理法が4月、いよいよ施行される。新たな在留資格「特定技能」が設けられ、人手不足の深刻な建設、介護など14分野で受け入れが始まる。外国人政策の一大転換ともいわれる改正は、企業経営にどのような影響をおよぼすのか。専門家へのインタビューを通し、ひもといてみる。

プロフィール
かとう・まこと●1989年生まれ。2014年東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。同年三菱UFJリサーチ&コンサルティング入社。経済政策部研究員。外国人・多文化共生(社会統合)政策、雇用労働政策に関する調査研究業務に従事する。

──日本における外国人労働者の実態を教えてください。

外国人材を戦力に

加藤 厚生労働省が1月25日に発表した統計によると、昨年10月末時点の外国人労働者数は146万463人でした。このうちいわゆる高度外国人材は2割程度にすぎず、本来は就労以外の目的で入国、滞在を認められた外国人技能実習生や留学生が、大きな割合を占めているのが実情です。
 政府は昨年6月「経済財政運営と改革の基本方針2018(骨太の方針)」を発表し、「非」高度外国人材に対して、就労を目的とした新たな在留資格を創設することを盛り込みました。昨年末に成立した改正入管法では、ミドルスキル層の外国人を農業や建設、介護など14分野で受け入れることや、23年までの受け入れ枠が分野ごとに定められました。
 新たな在留資格「特定技能」の区分は2種類あり、1号は「相当程度の知識または経験を要する技能を要する業務に従事する」在留資格とされ、2つの取得ルートが想定されています。技能実習生として入国し3年以上働いて移行する場合と、技能および日本語能力試験をはかる試験に合格する場合です。在留期間は通算5年までとされています。
 一方、2号は「熟練した技能を要する業務に従事する」外国人を対象とした資格で、建設、造船などの業種で導入が検討されています。在留期間を更新でき、家族の帯同も可能です。

──第1回試験の開催予定は決まっていますか。

加藤 改正入管法が施行される今年4月1日以降に行われる予定になっています。分野別運用要領に基づくと、14分野のうち先行して介護分野の試験を国外で、宿泊、外食分野の試験を国内外で実施することが決まっています。
 日本語能力をはかる試験として、以前から広く実施されてきた日本語能力試験とは別に、今回、「ある程度日常会話ができ、生活に支障がない程度の能力を有する」ことをはかるための「日本語能力判定テスト(仮称)」が行われる予定です。
 技能・日本語試験ともに、技能実習期間中の技能実習生や退学、除籍処分となった留学生、難民申請中の方などは受験対象から除かれます。特定技能の新設により、技能実習期間を終了し母国に帰国した人が再入国を検討するケースも出てくるかもしれません。

先進自治体による生活支援

──他にどんなポイントがありますか。

加藤 特定技能1号の外国人を雇用する場合、受け入れ企業または法務大臣の認めた「登録支援機関」が外国人労働者の生活、就労面の支援計画を作成する必要があります。人材サービスを手がける企業や団体が登録支援機関として想定されており、経営資源や人員に限りのある中小企業にとって外国人の採用や雇用後のフォローに際して、登録支援機関のサポートを受けながら運営していくことが見込まれます。
 人材ビジネスを展開する企業にとって、こうした状況はチャンスとなるでしょう。ただ、登録支援機関は企業から委託を受ける形になるため、期待されているような契約企業に対する指導、監視が果たして可能であるのか疑問が残ります。

──就労面だけでなく生活面の支援も求められるわけですね。

加藤 政府は4月以降、全国100カ所に「多文化共生総合相談ワンストップセンター」を開設する構想を描いています。これほど多数の場所に施設が一挙に立ち上がることは考えづらく、当初は各地の国際交流協会や多文化共生センターなどの機関が役割を代替することになると思います。
 一方、隣国の韓国では08年に「多文化家族支援法」を制定し、この法律に基づき、全国200カ所以上に在住外国人に対する支援拠点「多文化家族支援センター」を設置しています。

──日本における多文化共生の推進事例はありますか。

加藤 総務省のまとめた「多文化共生事例集」では全国の自治体におけるコミュニケーション支援、生活支援の成功事例が取り上げられています。例えば、製造業が集積し、1990年ごろから日系人を中心とする外国人を数多く受け入れてきた静岡県浜松市では、本格的な受け入れから30年程度が経過し、近年は高齢化しつつある外国人住民の介護が課題として浮上しているようです。
 こうしたなか、地域の支援団体が中心となり、母国語が理解できる外国人住民を戦力と考え、外国人住民向けの介護職員初任者研修の開催、オリジナル教材の製作等を通して、介護資格の取得を支援し、介護の担い手として活躍できる機会の創出に取り組んでいます。

──草の根レベルの支援ですね。

加藤 外国人住民向けに防災リーダー養成講座を実施している自治体もあります。技能実習生など約150人の外国人が暮らしている香川県まんのう町では日本語講習や避難場所の確認、応急処置方法などを説明する講習会を開き、修了者を外国人防災リーダーに認定しています。
 これまで外国人は、地域社会において被支援者として見なされがちでしたが、なかには日本語を流ちょうに話し、地域にとけこんでいる人も少なくありません。紹介した先進自治体では、彼・彼女らを、地域社会を支える担い手として捉えなおし、日本人住民と外国人住民の橋渡し役になってもらうような取り組みを進めています。こうした「外国人=被支援者」という視点をこえた動きは「多文化共生2.0」と呼ばれています。

人材争奪戦に備える

──改正入管法施行に向けたスケジュールを教えてください。

加藤 4月以降に予定される第1回目の各分野の技能試験、日本語能力判定テスト(仮称)実施に向け、関係省庁では準備が進められていくと思われます。通常国会が1月末に始まりましたが、昨年末のように連日報道されるほど白熱した議論にはならないでしょう。ただ、制度の施行や実際の運営に向けて、詳細が詰められていない部分もあるため、動向を引き続き注視する必要があります。政府は昨年7月から日系4世が就労できる在留制度を施行し、年間4000人の受け入れを見込んでいましたが、昨年末までの5カ月間でわずか4人の受け入れにとどまっています。改正入管法についても、日本側が期待するレベルの人材がどれほどのボリュームで受験・入国してくるのかなど、制度の実効性をウオッチすることが必要です。
 他方、外国人を採用したいと考えているのは日本企業だけではありません。韓国や台湾なども、国として非熟練の外国人労働者を受け入れる制度を整えています。また、アジア域外では、介護人材の不足に直面しているドイツも、昨年末に改正法案を閣議決定し、欧州連合(EU)加盟国外からミドルスキル層の外国人労働者を受け入れる取り組みを始めようとしています。ドイツがターゲット国として念頭に置いているのは、ベトナムやフィリピンといった東南アジア諸国です。
 このように、アジア圏の人材をめぐる争奪戦がグローバルに始まりつつあるなか、日本企業が外国人に選ばれるためには、働きやすい環境を整えたり、教育制度を充実させたり、魅力度を引き上げる必要があります。

──経営者はどんな点から着手すべきでしょうか。

加藤 人手不足に直面している場合、目先の労働力確保に走るのではなく、業務をひと通り洗い出し、なぜ人手不足に陥っているのか、まず原因を追究するところから着手すべきです。従業員の勤務シフトをやりくりしたり、ロボットによるRPAツールを活用したりして対応できる場合もあるかもしれません。また、求職者にとって自社の魅力は何か改めて考えることも大事です。こうした過程を経ないまま求人募集をかけてもなかなか採用できず、また採用できたとしても任せるべき仕事が明確化されておらずミスマッチを引き起こし、離職を招く要因となるでしょう。経営課題を整理するには、各地のよろず支援拠点や産業支援センターなどに相談するのも手です。
 改正入管法では、特定技能外国人の報酬額は日本人と同等以上であることを求めています。世界的な労働力の争奪戦が起こるであろう今後、「外国人だから安く働いてくれる」という発想では、人材を確保することはますます難しくなります。また、入社後のキャリアプランやスキルアップ施策を提示するなど、会社独自のアピールポイントを広く発信することも重要になります。煎じ詰めれば、働きたいと思われる企業の基準に国籍は関係ないのです。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2019年3月号