働き方改革の一環で2019年4月以降、年5日以上の有給休暇取得が義務化される。義務化に先んじて「休暇を取得しやすい職場」づくりに挑み、顕著な成果を挙げた企業の取り組みに迫る。

プロフィール
ほりえ・さちこ●北海道札幌市生まれ。大阪府立大学工学部卒。ノーリツで研究開発や営業などに携わり、女性活躍推進プロジェクトに参加。2012年ワーク・ライフバランス所属。働き方に関するコンサルティングでは、担当チームのモチベーションを上げながら楽しく働き方を見直す手法が特長。クライアントの中小企業は製造業から小売業、建設業まで多岐にわたる。

──労働基準法の改正で定められた年次有給休暇の時季指定義務について詳しく教えてください。

わが社の休み方改革

堀江 年次有給休暇の取得に際しては労働者が会社に取得時季を申請し、会社側は労働者本人の意向を最大限尊重するのが原則です。今回規定された時季指定義務とは、年間5日の有給休暇を取得できていない労働者に対して、会社側が取得時季の意見を聴取し、労働者の意見を尊重して時季を指定することを指します。
 対象となるのは年次有給休暇を10日以上付与される労働者で、会社規模や労働者本人の職種を問いません。ただし、5日以上の年次有給休暇を取得済みの労働者は時季指定不要です。5日の年次有給休暇を取得させなかった場合は、従業員1人あたり30万円以下の罰金が科されます。

──日本における年次有給休暇の取得状況は?

堀江 2018年12月に発表された世界19カ国・地域を対象にした統計データによると、有給休暇取得率は50%で取得率、取得日数ともに最下位でした。政府は2020年に、年次有給休暇取得率を70%に引き上げる目標を掲げています。

──日本ではなぜ有給休暇取得が進まないのでしょう。

堀江 よく聞くのがモーレツ社員として長らく活躍し、いざ有給休暇を使おうにもその方法が分からず、時間を持て余してしまうケースです。こうしたケースは50代の方によく見受けられますが、まず休暇を取得することに慣れてもらう必要があります。仕事するのが楽しく、寝食を忘れるほど働きたいという人もまれにいますが、最近は減ってきていると感じます。
 そして最もネックになっているのは労働者のマインドです。平日に有給休暇を取得すると職場の同僚に迷惑がかかると思い込み、引け目や罪悪感を覚えるという人は少なくありません。例えば営業担当者が休暇を取得した場合、携帯電話に取引先から電話がかかってきたり、メールが届いたりして気持ちが休まらなかったという話をよく聞きます。ITツールの活用が進み、時間と場所を問わないフレキシブルな働き方が進んだ半面、オンとオフの切り換えがしづらくなっているのです。顧客との関係も考慮し、個人でコントロールすることが難しい場合は、休日時の連絡先について上司と協力し、顧客への周知を図りましょう。

5Sは業務改善の基本

──年次有給休暇の取得促進に向け、経営者はどこから着手すればよいですか。

堀江 まず4月にルールが変わり、年間5日以上の有給休暇を自主的に取得してほしいというメッセージをしっかり発信する必要があります。
 私たちが働き方に関するコンサルティングを行う際、PDCAサイクルを回してもらいますが、週に一度30分程度、属人化している仕事の有無や内容、ボトルネックになりがちな業務について従業員が話し合う時間を設けています。現状の課題を把握した後は会社として、あるいはチームとして目指す姿とのかい離を埋める方法も討議します。また、多くの企業で効果を発揮した施策としておすすめしたいのが職場の「5S」です。

──具体的に教えてください。

堀江 オフィスは書類をはじめとして不要な物があふれていたり、置き場所が決まっていなかったりしがちであり、そうなると物を探すという行為に多くの時間を費やさなければならなくなります。ホワイトカラーの人が探し物にかける時間は、年間およそ19日間にのぼるとの試算結果もあります。私たちが働き方の改善に携わったとある郵便局では、最初に職場の掃除を行ってもらいました。手順としてオフィス内の見取り図を作成し、5つのエリアに分割。エリアごとに責任者を決めました。責任者は必ずしも管理職クラスである必要はありません。掃除の中身も厳密なルールを決めず、工夫できる余地をある程度残しておくのがポイントです。責任者が掃除をすべて行うのではなく、理想の配置や作業手順を作成するなど総監督の役割を担います。書類やダンボール、商品の販促資料などを整理したところ、スペースに余裕ができ、プライバシーに配慮した商談コーナーを設けることができました。以降、郵便保険を提案する機会が増え、成約件数も伸びているそうです。
 社長1人が「大掃除するぞ」と宣言しても一時の気まぐれと受けとめられ、かけ声倒れに終わる可能性もあるため、理想とする働き方を社員同士が話し合い、合意のもと5Sの取り組みを着手した方がよいでしょう。

予定を見える化

──5Sのあと、実施すべき事柄は?

堀江 従業員同士の話し合いの結果、職場の課題としてよく挙がるのが、業務の属人化です。特定の人しかこなせない業務があると、担当者が体調を崩したり、交通事故にあったりしてアクシデントが発生した場合、困ったことになります。担う業務が重要であるほど経営の大きなリスクになるのです。その点をまず認識し、業務マニュアルの製作やジョブローテーションの実施などにより、複数の従業員が対応できる体制をつくる必要があります。いわゆる従業員の多能工化ですね。
 担当業務を手放すと自分の仕事がなくなるのではとの従業員の不安をやわらげるため、他の業務でスキルを生かしてほしいという期待感を伝え、懸念を払拭(ふっしょく)するようにしてください。また、業務マニュアル製作時には業務のプロセスをいったん頭の中で整理し、文字にアウトプットすることになります。その手順を見える化する過程が重要で、仕事の進め方の改善を図る機会としても有効です。

──有給休暇取得に対する従業員のマインドを変える有効な打ち手はありますか。

堀江 何よりも職場内で有給休暇取得に対する前向きな雰囲気を醸成することが肝要です。例えば有給休暇を取得した従業員がいたら、差し支えない範囲で休みを取ってどうだったか、次回の休みの日はどう過ごしたいか水を向けてみる。そうすると休暇の過ごし方について徐々に考えるようになります。経営者も率先して有給休暇を取得し、楽しかったという話を従業員に発信できるといいですね。
 最近はメモリアル休暇制度を設ける企業も増えています。従業員本人、家族、子どもの誕生日などに有給休暇を取得することを推奨するものです。ある企業では経営者が誕生日を迎える従業員にバースデーカードを贈ったり、お祝いのメッセージをメールで発信したりしています。
 あるいは経営者自身も含めて誰がいつメモリアル休暇を迎えるのか、オフィス内に一覧表を貼りだしている企業もあります。そうした職場ではお互いの休暇の時季が近づくと従業員同士が声をかけあう機会が増え、おのずと有給休暇を有効に使おうという意識が芽生えていくはずです。

休暇の質が問われる

──働き方のコンサルティングを通して顕著な効果のあった中小企業の例を教えてください。

堀江 山口県で土木工事業を営むある企業では、例年年度末の3月が繁忙期で、4月になると現場数が減る状況にありました。そこで従業員の有給休暇取得を促進するため、長期休暇制度を設けている企業の例を紹介したところ、時間に余裕の生まれる4月などの時季のうち丸1カ月間を、有給休暇に充てられる制度をスタートしました。
 この企業の取り組みで特徴的なのが、休暇中に他の企業でアルバイトとして働ける点。背景として、他社での仕事の進め方を学んでほしいという経営者の意図があります。山口県内で有名な企業になりつつあり、人材獲得に一定の効果があったと聞いています。このような1カ月以上の長期休暇は「サバティカル休暇」と呼ばれており、欧米の企業で普及しています。

──これからは仕事だけでなく、休暇取得の段取り力も問われそうです。

堀江 健康寿命が延び「人生100年時代」といわれ、退職後に過ごす時間はより長くなることが予想されます。地域のボランティアに参加するなり、趣味を見つけて励むなり、働いている間に休暇の過ごし方に慣れておかないと、定年後の膨大な時間の使い道に迷ってしまうでしょう。現役世代が身につけているマネジメントなどのスキルは、地域で必要とされているケースもあります。親の介護と仕事の両立も切実な問題です。日ごろから親とコミュニケーションを取ったり、自治体の窓口などで介護に関する情報を収集するのも将来に備えるうえで有効です。
 風邪など体調を崩した時に備えて有給休暇を完全に消化していない人も、本来は有意義な使い方をしたいと考えているはずです。今般の法改正を機に、従業員から有給休暇の取得希望時季を早めにヒアリングしておくと、お互いの安心感につながります。従業員本人はあらかじめ取得時季を計画できれば、休暇をどう過ごすか前もって検討でき、前向きな気持ちで臨めるはずです。今回の改正は強制力を持っているため戦々恐々としている経営者もいるかもしれませんが、働き方の質を変えるチャンスだと前向きにとらえるべきでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2019年5月号