東京五輪・パラリンピック開催まで1年を切り、ますます盛り上がりを見せる訪日外国人(インバウンド)ビジネス。2018年、訪日インバウンド(クルーズ客を除く)の平均支出額は15万円にのぼった。中小企業がその旺盛な需要をつかむための方策を多面的に探ってみた。

プロフィール
むらやま・けいすけ●兵庫県生まれ。ウィスコンシン大学マディソン校卒。2000年アクセンチュアに入社。07年インバウンド観光に特化したBtoBサイト「やまとごころ.jp」を立ち上げ、ホテル、小売業、飲食業、自治体向けに情報を発信し、教育・研修、コンサルティングサービスなどを提供している。著書に『インバウンドビジネス入門講座』(翔泳社)などがある。

──インバウンドビジネスの足元の状況をどう感じていますか。

村山 今年開催されるラグビーワールドカップを皮切りに、東京五輪・パラリンピックが来年開催され、2021年には、30歳以上のスポーツ愛好者を対象にした生涯スポーツの国際総合競技大会「ワールドマスターズゲームズ」の開催が控えています。この3年間はゴールデン・スポーツ・イヤーズと呼ばれていて、インバウンドビジネスの機運はかつてないほど高まっていると感じます。
 他方、国際情勢に目を転じると、日韓関係の冷え込みや米中貿易摩擦、香港における学生のデモなど懸念材料が増えているのも確かです。また、円高傾向にあるのも気がかりな要素。スマートフォン片手に為替レートを確認しながら買い物する訪日外国人も少なくありませんから、円高が加速すると買い物量が減る懸念があります。 とはいえ、2019年1月から7月までの累計訪日外国人数は対前年比4.8ポイント増を記録するなど、インバウンド市場は右肩上がりです。政府は当初、2020年に2000万人という目標を掲げていましたが、4000万人に上方修正しました。査証(ビザ)の緩和や免除、観光振興策の推進などにより、拡大基調は当面続くと見込まれます。

言葉のカベの克服法

──「訪日外国人旅行者の受入環境整備に関するアンケート」(観光庁)によると、旅行中に困ったことの筆頭に挙がったのは、施設等のスタッフとのコミュニケーションでした。外国人とコミュニケーションを円滑にとる上で有効な対策を教えてください。

村山 まずお伝えしたいのは、たとえ外国語を話せるスタッフがいなくても、準備できる事柄はたくさんあるということ。外国語は一朝一夕にマスターできないため、3段階で対策するとよいでしょう。
 ベースにくるのは外国人に快適に過ごしてほしいという、おもてなしの「意識」。ただ、外国人とのコミュニケーションや多様な決済手段への対応など、サービスの現場で求められる難易度は以前より高まっているにもかかわらず、給与等の待遇はあまり改善されていません。そんななか、おもてなしうんぬんを説いても、気持ちの乗らないスタッフも出てくるはず。そこで大切になるのが、外国人とのコミュニケーションに楽しさを感じてもらうための雰囲気づくりです。当社で提携しているライフブリッジ社の語学研修では、カタカナ英語の活用を勧めています。一例を挙げると「Is that all?」(これで全てですか)なら「イズダロ(伊豆だろ)」と覚えるといった具合。その通りに発音すると外国人に通じるため、他の言葉も試したいという意欲が湧いてきます。
 特に欧米の人に当てはまりますが、外国人は喜怒哀楽がはっきりしている場合が多く、反応がわかりやすいので、日本人より接客しやすいと感じる研修受講者の方も少なくありません。さらにいえば、海外を旅行し、もてなされる側を経験するのも役立ちます。良い印象を持った観光スポットや施設をリストアップし、良い点を取り入れてみる。言葉が完璧でなくても、親身に対応してくれた施設にきっと好印象を抱くはずです。

──意識の次に備えるべき事柄は?

村山 「多言語ツール」の活用です。外国語によるメニューや成分表記、翻訳ツールの活用などがあります。翻訳ツールにはテキストや音声を自動翻訳するアプリや、カメラで撮影した文字を翻訳するアプリ等があります。また各地の商工会議所などが指さし会話集を製作しているので、参考にしてみるのもよいでしょう。さまざまな多言語ツールを準備しておけば、従業員にとって安心感につながります。
 最後のステップが「語学力」の習得です。単語だけでも相手に伝わるというマインドを持ち、会話の場数を踏むよう心がけてください。そのうえで「価格はいくらですか」とか「これをください」といった、よく質問されるフレーズを覚えるようにします。

コストゼロの集客術

──外国人の集客に会員制交流サイト(SNS)の活用は必須になっていますが、どんな点から着手するべきですか。

村山 訪日外国人はツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのSNSや、トリップアドバイザー等の口コミサイトで情報収集しているため、インターネットの活用は不可欠です。まずはこれらのサービスでのアカウント開設をお勧めします。トリップアドバイザーでは自社のアカウントを登録すると、メッセージに対して返信できたり、会社で用意したオフィシャルな写真を掲載できたりします。サイト閲覧数の推移などの効果測定も行え、しかもアカウントの登録費用は無料。アカウントを開設していない店舗のプロフィルページに、ユーザーが撮影した店内写真や、店舗概要に関する説明文が知らぬまに掲載されている場合が往々にしてあります。
 無料で利用できるという点では、グーグルマイビジネスも当てはまります。このサービスを利用すりば、グーグルマップ上の店舗に自社サイトへのリンクをはったり、営業時間を表示させたりさまざまな情報を発信できます。定休日や営業時間の情報が古いままでは機会損失につながりかねません。
 SNSに関してはアカウント登録後、頻度を決めて継続的に内容を更新するようにしてください。中小企業経営者から「うちは年配のお客ばかり」「従業員のITリテラシーが低い」などといった声も聞きますが、インターネット上の口コミは無視できません。アルバイトやインターンシップで採用した学生などに担当してもらうのも手でしょう。

──前述のアンケートでは、公衆無線LAN環境が整備されていない場所があり困っているとの回答も多くありました。

村山 空港でWi-FiルーターやSIMカードを借りてネット利用している外国人も増えていますが、外国人が長時間滞在する宿泊施設等では、無線LANを利用できるようにしておいた方がいいでしょう。ただ、中小の小売店が1社のみで設備投資するのは荷が重いかもしれません。政府や自治体の助成金を活用し、商店街単位で無線LAN環境を整備している場合もあるので、商店街に加入しているなら商店街事務局に確認する方が賢明です。
 話は飛びますが、キャッシュレス決済への対応も求められます。中国、韓国をはじめ、クレジットカードやスマートフォンによる決済が根付いている国も多くあります。キャッシュレス決済導入店舗では衝動買いを促し、購入額が増えるとの調査結果もあります。

効果が地方へ波及

──近年は観光やショッピング以外の目的で訪日する外国人も増えているそうですね。

村山 温泉に入ったり、刀鍛冶をしたり、忍者などのコスプレをしたり日本ならではの体験に対するニーズが高まっています。最近目立つのは、自然の中でのアクティビティを前面に押し出したツアーですね。たとえば大分県杵築市に本社を置くジャパントラベルカンパニーは「ウオークジャパン」という旅行サイトを運営していて、掲載されているツアーは日本各地を歩いて巡るという他社と一線を画す内容のもの。どのツアーも5泊以上と期間が長く、それぞれのツアーにアクティビティレベルが明示されているのも特徴です。
 渓流でのラフティング体験ツアーなどを手がけるキャニオンズ(群馬県みなかみ町)も人気。私も先日、社員と同社主催のキャニオニング(沢下り)ツアーに参加し、ウエットスーツやライフジャケット、ヘルメット等を着用し、ロープをつたって渓谷を下る体験をしてきました。みなかみや東京・奥多摩の豊かな自然のなかスリルを味わえ、バイリンガルのスタッフが多いので、外国人に人気なのもうなずけます。

──外国人対応で参考になるお勧めのスポットはありますか。

村山 これまでに訪ねたエリアでは、四国・八十八カ所のお遍路めぐりのスポット周辺には、おもてなし文化が根付いていると感じます。観光案内所やゲストハウスでの対応はもちろん、住民が外国人にも声がけしたり、お茶をふるまったりしてくれる。もてなす側も地域に対する愛着が深まるというよい循環が起きている印象を受けます。
 いずれにしろ、東京五輪はあくまで通過点にすぎません。ナイトタイムエコノミーの振興や統合型リゾート(IR)構想も追い風です。電車内や公共スペースでのアナウンスや看板表記をはじめ、外国語が目立つようになってきました。将来の人口減少が避けられないなか、インバウンドビジネスは特に伸びしろの期待できる領域といえます。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2019年10月号