事業承継の円滑化は、日本経済の浮沈を左右する課題である。コロナショックで日本中が意気阻喪するなか、中小企業経営者は、全力で足もとを固めつつ、将来を見据えた承継をデザインするべきだろう。

プロフィール
おしだ・よしまさ●1956年神奈川県小田原市生まれ。88年税理士登録。91年税理士事務所開業。02年税理士法人押田会計事務所代表。著書に『遺産分割と相続発生後の対策』(大蔵財務協会)、『「やりすぎ」相続税対策が子を貧乏にする』(幻冬舎)、『相続税の申告と書面添付─安心の相続を実現するために─』(TKC出版)がある。

──中小企業の後継者難は深刻のようです。

失敗しない事業承継

押田 中小企業庁の推計では、平均引退年齢である70歳を超える中小企業経営者は、今後2025年までに約245万人に達し、うち半数の127万人が後継者未定とされています。結果として、16~25年までの10年間に、約650万人の雇用と約22兆円のGDPが失われるとも指摘されています。また、日本政策金融公庫総合研究所の調査によると、廃業を予定している会社の約3割が後継者難をその理由としてあげているそうです(図表1『戦略経営者』2020年4月号9頁参照)。すぐれたノウハウや技術力を持っているにもかかわらず、後継者がいないばかりに廃業を余儀なくされてしまうとすれば、こんなもったいないことはありません。これは、個別の企業ばかりではなく、日本の「国力」を左右する問題であり、事業承継がしやすい環境をつくることで廃業を減らし、存続する企業を増やしてく努力が必要です。

望ましい親族への承継

──事業承継を成功に導くためにはまず何から始めればよいのでしょうか。

押田 事業承継はリレーのテークオーバーゾーンに例えることができます。つまり、次の走者にしっかりバトンを渡すための「併走」が成功のカギを握るということです。少なくとも5年の準備期間が必要でしょう。このことを認識した上で、経営者の方々はまず、今後の自社の将来的な「あるべき姿」に思いをはせてみてください。そして、承継への準備の必要性を認識し、自社の存続に向けて自らを動機付けするのです。とっかかりとしては、中小企業庁が公表している「経営者のための事業承継マニュアル」のなかの「事業承継自己診断チェックシート」(『戦略経営者』2020年4月号P13)を利用してセルフチェックを行うことをお勧めします。これで、今後何をすればよいかのだいたいの方向性をつかみます。できれば同時に、自社の分析も行ってください。SWOT分析などで自社の強み・弱みを整理するとともに、財務、経営リスク、後継者の状況、承継や相続時における課題を認識します。

──誰に承継するのかが最大の課題となりますね。

押田 もっとも望ましいのは親族への承継ですが、場合によっては従業員への承継、M&Aでの承継も視野に入れる必要があります。在任期間が短い社長ほど親族外承継での就任が多く、在任期間が0年~5年未満の経営者は約65%が第三者承継という調査(図表2『戦略経営者』2020年4月号9頁参照)もあり、親族外承継がより重要性を増してきているのは確かです。
 いずれにせよ、経営者は、現状分析の結果に基づきながら、後継者を誰にするか決定しなければなりません。年齢、経歴、スキルはもちろん、事業に対する意欲、価値観などを勘案しながら後継者にふさわしい人を選んでください。後継者がどうしても見つからない場合には、企業価値が高いうちに売却するのも立派な選択肢のひとつです。

承継計画は経営計画の一部

──承継者が決まった後は?

押田 代表権や株式・事業用資産の移転、後継者教育、特例事業承継税制(後述)の採用など、必要な項目ごとに、いつ、何を、どのように行うかを決め、これをスケジュール化して事業承継計画を策定してください。まずは、事業承継ガイドラインに示されている事業承継計画のひな形(『戦略経営者』2020年4月号P11「記入例」参照)に書き込んで検討してみてもいいかもしれません。

──計画をつくる上での留意点は?

押田 事業承継計画は経営計画の一部と位置付けてください。基本は中小会計要領(※)などのしっかりとした会計ルールに準拠した信頼性の高い決算書を作成することです。また、ローカルベンチマーク(※)などによって財務・非財務の両面から経営状況を「見える化」し、これらをもとに中期経営計画をつくり、事業承継計画へと落とし込んでいきます。

──難しそうですね。

押田 作業は多岐にわたりますので、何のために行うのかをしっかり理解しておくことが大事です。また、「記入例」を見てもらえればわかりますが、株式の分散を防ぐために売り渡し請求制度や黄金株、配当優先無議決権株などの導入を検討したり、親族間のトラブルを回避するために公正証書遺言を作成したりといった専門的な知識が必要なケースも出てくるので、自らの判断だけに頼るのではなく、経営革新等支援機関(※)の助言・指導を受けて進めるのが成功への早道となります。

中小会計要領…中小企業の会計に関する基本要領。中小企業の実態にあわせて策定された会計ルール。中小会計要領を採用することで、必要な情報を正確に入手し、それに基づいて自社の経営状況を的確に把握することができる。

ローカルベンチマーク…企業の経営状態の把握、いわゆる「健康診断」を行うツールとして、企業の経営者等や金融機関・支援機関等が、企業の状態を把握し、双方が同じ目線で対話を行うための基本的な枠組みであり、事業性評価の「入口」として活用されることが期待されるもの。

経営革新等支援機関(認定支援機関)…中小企業・小規模事業者が安心して経営相談等が受けられるよう、専門知識や、実務経験が一定レベル以上の者に対し、国が認定する公的な支援機関

「特例税制」を有効に使う

──自社株の評価はどのように行うのでしょうか。

押田 事業承継計画の策定にあたっては、まず自社の現在の株価を知っておく必要があります。直近の決算・申告にもとづいて自社株を評価し、経営者が所有する資産とあわせて相続税の試算を行わなければなりません。上場企業は市場で株価が決まりますが、中小企業は会社の規模(従業員数、純資産価額、取引金額の3要素)で大中小会社に区分し、大会社は類似業種比準方式(類似する会社の株価、配当金額、利益から算出)、中小会社は純資産価額方式(1株当たりの純資産価額から割り出す)と類似業種比準方式との併用で評価します。これらの算定方法だと、内部留保が多く収益力が高い優良企業ほど自社株の評価額が高くなりがちで、これが相続税に頭を悩ます原因になります。そのため、先代への退職金の支払いや不動産の購入、減価償却費の計上、保険加入によるリスクヘッジ対策などによって、自社株評価を引き下げることが必要となります。また、これらの施策を、経営革新のきっかけにできればベターでしょう。

──2018年の税制改正で施行された「特例事業承継税制」を活用すれば、相続税の心配がなくなると聞きましたが。

押田 はい。自社株承継時における贈与税が全額猶予されます。この税制を活用するためには、24年3月31日までに認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けた「特例承継計画」の認定申請書を都道府県に提出し、28年12月31日までに自社株の贈与を行う必要があります。特例承継計画には、事業内容、資本金、従業員数、特例代表者(代表権の有無)はもちろん、後継者の氏名と事業承継時までの経営見通し、承継後5年間の事業計画、認定支援機関による所見などを記入しなければなりません。猶予された納税額は先代経営者が死亡した時に「免除」となります。ただ、適用後に一定の要件が満たせなくなった場合には、利子税とあわせて納税義務が発生することを留意しておく必要があります。

──一定の要件とは?

押田 いくつかありますが、「特例」以前の事業承継税制では、生前贈与以降の5年間平均で当初の80%の雇用者数を維持しなければならない「雇用確保要件」がもっともシビアな要件でした。しかしこれも、認定支援機関の所見にもとづいた「(要件をクリアできない)理由」を記載した書類を提出すれば猶予税額を払う必要はなくなりました。これに限ってみても認定支援機関とのコラボレーションはとても重要だということが分かります。

──期間内に特例承継計画を提出せず、先代経営者が死亡した場合は?

押田 24年3月31日までならば死亡後に一定の手続きを経て特例事業承継税制の適用を受けることができます。この場合、相続発生後10カ月以内の申告期限に間に合うよう作業を進めなければなりません。

資金調達も重要テーマ

──当然ながら事業承継にはお金もかかります。

押田 いかに資金調達をはかるかは、承継を成功に導く重要なテーマです。事業承継にはおおむね次の資金が必要になります。①承継前に会社を磨き上げるための投資②先代が所有する自社株、事業用資産等の買い取り資金③分散した株式や事業用資産の買い取り資金④相続税の納税資金⑤承継後の経営改善・経営革新のための投資資金の五つです。これらの資金を調達するためには、取引金融機関との間で事業承継計画や資金ニーズについてあらかじめ認識を共有し、必要な時にスムーズに資金を引き出せる体制を整えておくべきです。
 また、経営承継円滑化法に基づき、日本政策金融公庫の融資や信用保証協会の別枠保証などの支援策もありますので、確認してみてください。

──金融機関には、承継の際に、経営者保証を外す動きが出てきたと聞いています。

押田 従来、経営者保証の存在が事業承継における大きな障害要因になっていました。金融機関は、「後継者は経営ノウハウが乏しい」との判断のもと、経営者保証の解除には消極的でした。しかし、現在は国が公表した「経営者保証ガイドライン」により、経営者保証に依存しない中小企業融資の流れができつつあり、それが事業承継の現場に好影響を与える可能性が出てきています。経営者保証を解除するには、次の要件が求められます。①法人と経営者個人の資産・経理を明確に分離②法人と経営者の間の資金の適正なやりとり③法人のみの資産・収益力で借入返済が可能④適時適切な財務情報等の提供の四つです。これらの要件を満たすために、税理士・公認会計士などの外部専門家による指導や助言、検証が欠かせません。つまり、外部専門家による指導体制の構築が、事業承継成功への大きな要件のひとつと言えます。

「教育」には時間をかける

──後継者教育はどうすればよいでしょうか。

押田 事業承継を成功させるには、①後継者教育を含めた人的な承継②自社株式などの資産の承継③ノウハウや従業員を考慮した経営資源の承継……の〝三つの承継〟を確実に実施することが求められます。なかでも、とくに時間がかかるのは「後継者教育」です。先代からのマンツーマンの指導やOJTによる教育はもちろん、事業承継計画に、後継者の外部機関での研修計画を組み入れてもよいでしょう。

──具体的な事例はありますか。

押田 Aさんが一代で築き上げたX社は家族経営ながらも業績を伸ばし続け、売上高3億円を超えるまでに成長しました。Aさんは70歳を迎えるのを機に、事業承継を進めることを決意し、次のことに取り組みました。まず、①後継者である息子さんと一緒に社史をつくりました。会社の成り立ちと存在意義、理念の共有です。次に②SWOT分析などを活用して自社の強みと弱みを把握し、今後の方向性を模索しました。さらに③中期経営計画と次期(単年度)経営計画を作成し、四半期報告会や年度決算でPDCAを回す体制を整えました。この三つを確実に実践することで、息子さんは徐々に経営力を身に着けることができ、最終的には特例税制を活用しながら事業承継を完結させました。

──「併走」がうまくいった例ですね。

押田 とにかく、心がけてほしいのは、できるだけ早めに取り掛かり、十分な時間をかけることです。承継を急げば、従業員や取引先との信頼関係の構築もままならず、先代亡き後、経営を傾けてしまうというようなことにもなりかねません。

(構成/本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2020年4月号