道端のそこかしこで見かける雑草。何度抜いても生えてくるやっかいな存在だが、日本人は古来親しみも感じてきた。そのしなやかな生存戦略が企業経営に示唆するものは何か。動植物の生態に関する書籍を多数執筆している、稲垣栄洋静岡大学教授に聞いた。

プロフィール
いながき・ひでひろ●1968年静岡県生まれ。静岡大学大学院農学研究科教授。農学博士。専門は雑草生態学。岡山大学大学院農学研究科修了後、農林水産省に入省。静岡県農林技術研究所上席研究員などを経て、現職。『弱者の戦略』(新潮社)、『世界史を大きく動かした植物』(PHP研究所)ほか著書多数。

──雑草に興味を持たれたきっかけを教えてください。

稲垣 もともと大学で植物や作物を研究していました。当時、研究室である作物を栽培していたところ、脇の方から見慣れない雑草が生えてきた。やがて作物よりも、雑草に魅力を感じるようになりました。作物はたいてい、図鑑のとおりにしか育ちませんが、雑草は周囲の環境に合わせて成長の仕方を変化させるため、必ずしも図鑑どおりに育たないことがすごいと感じたのです。
 そうした一定の枠内にとどまらない不確実なところに面白さを感じ、大学院から雑草を研究しはじめました。

──当時、雑草を研究対象にしている人はいましたか。

稲垣 雑草の防除は農業にとって重要な課題なので、「雑草学」と呼ばれる学問分野はすでにありました。現在も2000名以上の研究者がおり、さほど珍しい研究領域ではありません。
 私が研究しているテーマのひとつは「雑草の利用」です。世界の中でも日本は雑草の研究がとくに進んでいて、雑草の特性をうまく活用すると、人間の活動にプラスになることがわかっています。具体的には、農作物の生育に害を及ぼす虫を減らしたり、水質を浄化したりといった、雑草の新たな価値を探る研究活動に取り組んでいます。
 もうひとつのテーマが「雑草の管理」で、環境に害をもたらさないよう、雑草を適切にマネジメントする方法を探究しています。植生をうまくコントロールすることで、生物多様性の保全を目指しています。

家紋のモチーフにも

──今年上梓(じょうし)された2冊の書籍(『雑草という戦略』『38億年の生命史に学ぶ生存戦略』)には、いずれも「戦略」という言葉が冠されています。生物の生存戦略に対して注目が集まっているのでしょうか。

稲垣 変化の激しい時代にあって、生物の生存戦略にヒントを求めたいと考える人が増えているのかもしれません。戦略はビジネスにかぎらず、生物の世界でも頻繁に使用されるワードです。
 一見、自然界ではさまざまな生物が平和に共存しているように映りますが、裏で激しい生存競争が日々行われています。競争に敗れたものは絶滅するのみという、厳しい環境を生き抜いた生物によって、自然界は形成されているんですね。つまり、どんな動物や植物も戦略を有している。雑草も同様です。
 なにしろ日本で雑草とひとくくりにされている植物は、500~600種類にすぎません。環境適応能力にとりわけ優れた植物であり、いわばエリートなんです。何の理由もなく、ただそこに生えているわけではありません。地面を注意深く眺めてみれば、人々に踏まれやすい場所や頻繁に草取りされるような場所には、それぞれ似た種類の雑草が生えていることに気づくはずです。

──日本人は古来、雑草に対して並々ならぬ愛着を抱いてきたそうですね。

カタバミ

カタバミ

稲垣 雑草がやっかいな存在であることは確かですが、「雑草魂」とか「雑草軍団」といった言葉もあるように、前向きなイメージを想起させる言葉でもあります。スポーツの試合で、雑草軍団がはえぬきのエリート集団と戦ったりすると、日本人のメンタリティーとして雑草軍団の方を応援したくなるものです。
 また、雑草をモチーフにした家紋が数多く見受けられるのも興味深いところです。例えば五大紋と呼ばれる有名な家紋のひとつである「片喰紋」は、カタバミをデザインした家紋です。カタバミは草取りしても種子をまき散らす、やっかいな雑草として知られています。いにしえの人々は、抜いても抜いても生えてくる性質に、たくましさを見いだしていたのではないでしょうか。
 そもそも雑談や雑学、あるいは雑誌といった言葉があるように、「雑」とは多様とか、その他いろいろという状態を意味し、悪い意味合いはありませんでした。つまり雑草は、それほど価値のないその他多くの草、といった意味です。明治時代に入り西洋的な考え方が輸入され、「雑草=ワルモノ」との見方が流布されるようになりました。

変化は逆転のチャンス

──簡単に白黒をつけず、善悪両面に着目する姿勢は興味深いですね。欧米での雑草に対するイメージは?

稲垣 雑草は「ウィード」と呼ばれ、食用にされる草「ハーブ」と明確に区別されるなど、あまり良い印象はないようです。
 家紋に使用される植物もユリの花やバラの花など、高貴さを想起させるものが多い。日本は高温多湿で、こまめに手入れしないと雑草がたちまち生い茂ってしまうため、欧米人よりも雑草に対して手ごわさを感じていたはずです。にもかかわらず、そのしたたかさに注目していたところに、日本人の自然観の豊かさや懐の深さを感じます。
 すべての生物は戦略を持っていると述べましたが、自然界では強いもののみが生き残ることができます。ただ、「強さ」にはさまざまな種類があり、真正面から戦って勝つことばかりが強さではありません。雑草特有の環境に対するしなやかな適応力も強さであり、ビジネス界だけでなく植物の世界にも「CSR戦略」と呼ばれる考え方があります。>

──詳しく教えてください。

稲垣 一般的にCSRというと、企業の社会的責任(corporate social responsibility)を思い浮かべるかもしれません。
 植物の戦略として語られる際、Cは「Competitive」(競争)を意味し、競争力に強みを持つ植物の戦略は「競合型戦略」と呼ばれます。例えば樹木は、成長に不可欠な光をめぐる競争において、草よりも競争力を有している競合型植物といえます。Sは「Stress tolerance」(ストレス耐性)を指し、乾燥や日照不足などの生育に適さない環境下で耐え忍ぶ強さを意味します。砂漠に生えているサボテンや、高山植物などがその代表例といえるでしょう。
 そして、Rは「Ruderal」(=ルデラル、攪乱(かくらん)、適応力)で、直訳すると「荒れ地に生きる」という意味です。環境が突然かき乱されることを攪乱と呼び、攪乱への対応力を強みに進化を遂げてきたのが雑草なのです。
 植物はCSRのいずれの要素も持ち合わせていますが、安定した環境下では「強いものが勝つ」との法則は基本的に変わりません。とはいえ、競争に強いものだけが成功するとはかぎらないのが自然界の面白いところです。
 ためしにサッカーの試合を想像してみてください。良好なコンディションでプロとアマチュアのチームが対戦する場合、プロが勝つのは明らかです。しかし、大雨が降っていたり、グラウンドがでこぼこだったりすると、アマチュアチームが勝利するチャンスが生まれてきます。
 生物の世界も同様で、取り巻く環境がめまぐるしく変化するほど、弱者により多くのチャンスがめぐってくるのです。

戦う土俵はさまざま

──いわゆるどんでん返しですね。

オオバコ

“踏まれるスペシャリスト”オオバコ

稲垣 攪乱や逆境に遭遇するのはやはりおそろしいものですが、弱者はむしろそれらを歓迎すべきなのです。強者が力を発揮できない状況こそ、弱者が逆転できるチャンスがある。
 例えば、オオバコという雑草は頻繁に踏まれる道によく生えていて、私は「踏まれるスペシャリスト」と呼んでいます。オオバコの葉は柔らかく丈夫な筋が通っているため、踏まれても簡単にちぎれません。さらに種子にゼリー状の物質を含んでいて、靴の裏側やタイヤに貼りついて運ばれていく特性を持っています。つまり「踏まれる」という逆境をうまく利用し、生き残りに成功しているのです。

──ご著書の中で「自然界はニッチをめぐる戦いである」と記されています。

稲垣 ニッチは「すき間」という意味でよく用いられますが、本来は生物学の用語で「生態的地位」と訳されます。居場所とか自身の強みを発揮できる場所を指す言葉です。生物の世界には「ナンバーワンしか生き残れない」という鉄則があります。
 もっとも、ナンバーワンになれる場所はひとつではありません。陸上競技にマラソンや100メートル走、ハードル走などさまざまな種目があるように、生息場所や季節、時間といったいろいろな尺度でナンバーワンをめぐる戦いが行われているんです。しかも周囲の環境が変化すれば、ニッチの範囲も変化していく。どの生物も他の生物にあわせてニッチをずらしているため、結果として共存しているように見えるのだと思います。

──経営戦略の面で注目されている企業はありますか。

稲垣 強みを生かして居場所をつくるという、生物の戦略を巧みに実践している企業として、米国ビッグテックのGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の戦略は興味深いものがあります。
 スケールメリットを生かし物量作戦をしかけていくのが、従来の大企業の戦い方でした。しかしながら、GAFAが採用しているのは「弱者の戦略」そのものといえます。小さなチャレンジをくり返しつつ、自社のあり方を柔軟に変化させている。例えばアマゾンは無人店舗を開設したり、ドローンによる配達を開始したりしていますが、本来ならベンチャー企業が手がけそうなビジネス分野です。
 裏返せば巨大企業でさえ、弱者の戦略を採用しないと淘汰(とうた)される可能性のあるほど、変化の激しい時代であるとも言えますが。

見失わない強みを持つ

──中小企業経営者は今後、どのように活路を見いだしていけばよいでしょう。

稲垣 門外漢の私が企業経営に口をはさむのはおこがましく感じますが、さまざまな尺度の強さが存在する生物の世界から眺めると、日本企業は型にはまったルールの中で競争しているように思えてなりません。生物の戦略にヒントを探るなら、雑草がルデラルに強みを見いだしたように、どんな生物も自身の強みをしっかり把握して、その強みを発揮できる場所で勝負しているんですね。
 雑草は踏まれても立ち上がる、とよく言われます。でも実際は、何度も踏まれると立ち上がれなくなってしまうんです。雑草にとって最も大切な事柄は、花を咲かせていかに種子を残すか。だとすると、立ち上がろうとするのは無駄な労力で、種子を残すことにより多くのエネルギーを割いた方が断然合理的といえます。「種子を残す」という最終目的を自覚しているから、環境変化に合わせて自在に成長できる。
 翻って企業のあり方を考えると、自社の存在理由や、よりどころを明確にできていれば、針路はおのずと決まってくると思います。それは社是や企業理念、あるいはコア・コンピタンスと呼ばれたりしますが、オンリーワンの技術かもしれません。日本には100年以上の歴史を持つ老舗が数多くあります。そうした企業は不易流行といいますか、ぶれない核を持ち、時代の流れに合わせて柔軟に変化する、まさに雑草の生き方を体現しているように感じます。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2021年1月号