中小企業の生産性向上が喫緊の課題となるなか、その大本命の手段とされているのがDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。14年前からワークフローのソフトウエア開発を手掛ける東証一部上場企業のエイトレッドの岡本社長は、中小企業がDXを成功させる最も早い道は、「ワークフロー」を導入することだと話す。

プロフィール
おかもと・やすひろ●1971年島根県生まれ。90年日立ソフトウェアエンジニアリング(現在の日立ソリューションズ)入社以降、ジャパンメディアシステム、ソフトクリエイト、富士ソフトABC(現在の富士ソフト)、DMM.com、エートゥジェイなどで勤務。2019年に エイトレッド 代表取締役社長(兼)ワークフロー総研所長(現任)に就任。島根県のふるさと親善大使「遣島使」を務める。

──DXの文脈で最近「ワークフロー」という単語が聞かれるようになりましたが、具体的に何を意味するのでしょうか。

岡本康広 氏

岡本康広 氏

岡本 文字通り「業務(ワーク)の流れ(フロー)」を意味し、実際は「誰が何をどのように申請して、作業や処理をし、最終的に決裁をするか」という社内申請手続きの流れを指すことがほとんどです。ワークフローは売り上げに直接関係することはありませんが、企業の意思決定を支える大切な業務です。

──具体的にどんなワークフローの申請書があるのでしょうか。

岡本 採用稟議や休暇申請、人事考課など"ヒト"に関するもの、支払稟議や経費精算、債権未回収報告など"カネ"に関するもの、購入稟議や資産貸出申請、会議室利用など"モノ"に関するもの、ネットワーク接続依頼、商品マスタ登録申請、パスワード変更依頼など"情報"に関するものなど無数に存在します。

──ただでさえたくさんの手続きがあるのに、会社によってそれぞれやり方が異なります。

岡本 ワークフローは一般的にハンコが複数押されていくプロセスですが、その承認ルートのタイプによって条件分岐型や並列型などに分かれます。条件分岐型は例えば物品購入の申請額が□円未満は部長の承認、△円以上は社長までの承認が必要といった、金額や申請内容などの条件により承認ルートが分かれる場合です。また並列型は同時に複数の承認ルートを通る場合で、さらに承認が進む条件として、AND承認(合議)、OR承認、多数決承認などのタイプがあります。そして営業部や総務部、企画部など複数部署の責任者全員の承認を得る必要がある場合などは次のステップに移るまで相当な期間がたってしまうこともあります。
 これらの承認ルートは企業によって千差万別で、それぞれの社内規定や企業文化に基づいた独自のやり方が取られていることがほとんどですが、まさにこのプロセスの非効率性が、いま多くの中小企業が抱える経営課題と密接にリンクしているのです。それがこれらのワークフローのDX化が求められている理由です。

──経営課題とは具体的に何を目指すのでしょう。

岡本 経営への影響や発生の頻度の大小で分けて、大きく四つのマトリクスで考えることができると思います(『戦略経営者』2021年5月号P65図表1)。まずは内部統制やコンプライアンスの観点。紙の書類と手作業によるワークフローの実務では、データの改ざんや担当印・承認印が勝手に使われたりするリスクがあります。職務権限規定違反や事後申請や事後承認、自己承認が恒常的になってしまったりすると、不正発注の温床にもなってしまいます。
 そして決裁遅延では、意思決定が遅くなってしまうことが最大のリスクになります。申請書用紙ベースでバケツリレーのようにハンコを押さなければならないケースでは、例えば権限者が出張でいない場合はそこでフローはストップします。また、拠点間で郵送するなどしていると、それだけで数日間は意思決定が遅くなってしまいます。コンプライアンスを守りつつも経営スピードを日々上げていかないと競争には勝てない時代なので、この2つの視点は、非常に大きなポイントだと思います。

──旧態依然の社内申請手続きは、コスト増や非効率性の原因にもなっています。

岡本 その通りです。紙の書類が大量にたまってしまうので、保管コストの増加は避けられません。保管場所のコストに加え、事務を処理する職員が必要なので人件費の拡大にもつながります。また承認ルートを間違って差し戻しになってしまったり、「この申請書は古い版なので最新の版に記入して再提出してください」と担当者に言われたりした経験がある人も少なくないでしょう。こうした業務の無駄や非効率性は、働き方改革やテレワーク・リモートワークの推進、脱ハンコ、ペーパーレス化など、現在企業に求められている社会的要請とは相反するものです。

ガバナンス強化につながる

──では業務のデジタル化で実現できることは?

岡本 最大の利点は、申請から決裁までの時間が劇的に短縮されるので、社内のさまざまな局面で意思決定が迅速化され、経営のスピード・精度が格段に上がることです。これは経営スピードが何より問われる競争環境で生き残っていかなければならない中小企業にとって決して無視することはできないメリットです。「社内の承認手続きに時間がかかったので、決断のタイミングが遅くなった」という言い訳はもはや通用しないのです。またコスト負担や非効率性の課題については、クラウドによるワークフローシステムを導入すれば簡単に解決できます。例えば、ひとつの申請で関連する書類が自動で申請される機能を使えば、業務ごとに何度も同じ入力をする手間が省けるかもしれませんし、必須項目の入力し忘れも簡単にチェックすることができるようになるでしょう。稟議書の見える化による情報共有の促進で、無駄に会議を開催する必要性もなくなります。承認手続きがオープンになるということは、不正防止やガバナンス強化など内部統制の強化にもつながります。

──潜在的にどれくらいの割合の企業にDX化が求められていると思いますか。

岡本 富士キメラ総研の『ソフトウェアビジネス新市場2020年版』によると、2019年のワークフロー市場規模は120億円でした。今後の市場の伸びについて昨年までは年率13%程度と予想していましたが、今年2%程度上方修正し、年率15.5%で推移する見込みです。これはテレワークの普及など場所にとらわれない勤務形態が拡大しているのにともない、ワークフローのデジタル化も促進されると予想されているからです。この調査では24年度に240億円規模の市場規模に拡大すると予想しています。

──伸び率は高いですが、全体の市場規模でいえばまだ小さいような気がします。

岡本 それはこの数字が氷山の一角にすぎないからです。残念ながら中小企業はまだDXで後れをとっていて、稟議をはじめとした社内申請プロセスの非効率性がワークフローで解決できるということを知らない経営者が多い。そもそもそれが解決すべき課題だということに気が付いていないのかもしれません。これが例えば会計システムのように、決算書の申告が法的に義務付けられているような場合はどうでしょう。きちんとしたシステムを使わなければならないので、多くの企業がすでにDX化を済ませているはずです。そのような市場では、海面の下に隠れている氷山の体積はそんなに大きくありません。
 市場の大きさを予想するうえで参考になるのが、グループウエア市場です。現在国内では2,000億円規模の市場といわれていますが、ワークフロー市場もこれに似ているところがあります。グループウエアはスケジュール管理や会議室の予約など、従業員全員が使用するシステムですが、社内申請で利用するワークフローも企業の社員全員が関係するシステムです。潜在的な利用企業はグループウエア並みに達する可能性も十分あります。

事業承継時がチャンス

──DXが遅れている中小企業ですが、どんな会社が積極的に取り入れていくと考えていますか。

岡本 まずはIPOの準備をしている会社です。上場に際しての審査で、コーポレート・ガバナンスや内部統制の強化が必須になるからです。統制環境の整備やリスクの適切な評価と対応、内部統制のための活動、情報と伝達、モニタリング、ITへの対応など上場に必要な基本的要素を満たすためにはワークフローの導入が大いに助けになります。
 将来上場を検討しているスタートアップ企業もDXの効果がすぐに得られるでしょう。急成長を継続し今後の資金調達を意識するなか、内部統制の構築が急務となってくるからです。よく「30人の壁」と言われたりしますが、社員数がどんどん増え組織化が進むタイミング、つまりそれまでのトップダウン型経営から、現場→ミドルマネジメント層→経営層というボトムアップ型経営への転換が必要な時期が、ワークフロー導入の好機です。

──社歴が長いアナログ型の企業はどうでしょう。

岡本 事業承継で新体制がスタートした企業などでは、後継者のリーダーシップによるDX化推進が行われるかもしれません。とくに2代目経営者はたいてい、トップダウン経営から現場との協調を重要視したボトムアップ経営への転換を目指すことから、社内申請の見える化が必要になってきます。創業者が構築してきたアナログ経営からの脱却、社内DX推進の第一歩として、ワークフローの導入は最適だと思います。
 もちろんM&Aを含めた事業承継を今後検討している企業でも十分有効でしょう。しっかりと内部統制がとれ経営の透明性が高ければ、企業価値の算出で有利にはたらくことは間違いないですからね。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2021年5月号