消費者や取引先、求職者などが、それぞれの企業がどのように社会課題に対応しているかを注視する時代になった。学習指導要領にSDGsが盛り込まれ、「SDGsネイティブ」の若者が新社会人になっていくなか、中小企業のSDGsへの取り組みが求められる時代がやってくる。活用する際の基本的な考え方や先行事例を取材した。

プロフィール
いまい・けんたろう●早稲田大学政治経済学部国際政治経済学科卒。野村総合研究所を経て2016年にKI Strategyを設立、代表取締役に就任。情報経営イノベーション専門職大学(iU)客員教授。近著に『クリエイティブ・イノベーションの道具箱』(雷鳥社)がある。趣味は囲碁で、第54回全日本大学囲碁選手権で全国制覇。
中小企業のSDGs

 SDGsは、国連の「持続可能な開発目標」のことで、2030年にどのような世界を実現したいかをまとめ、国際社会全体の目標として採択されたものである。SDGsにはいくつか特徴がある。

 1つ目は、ルールや規制ではなくあくまで世界が目指すべき目標であるということ。たとえばCO2削減に対しては各国で法律が整備され、企業に追加のコストが発生するが、SDGsはそのようなものではない。

 さらに途上国だけでなく、先進国の課題にもフォーカスしていることも特徴の1つである。SDGsの前身である「ミレニアム開発目標」は対象を途上国に限定していたが、SDGsは全世界を対象にしている。

 SDGsは17の目標と169のターゲット、242の指標から構成されているが、個別の目標がそれぞれ独立しているのではなく、相互に結び付いていることも頭に入れておこう。

中小企業のSDGs

 たとえば8番の「働きがいも経済成長も」の目標を達成しようとすれば、4番の「質の高い教育をみんなに」に関係してくる。こうした特徴をもつSDGsに取り組む企業が世界中で増えており、企業活動におけるヒト・モノ・カネ・情報のさまざまな側面で影響を強めつつある。

 例えば人手不足が恒常化するなか、若者が就職する会社を選ぶ基準を考えてみよう。大企業は知名度で就職希望者を引きよせることができる。外資系は高い給与水準が魅力だ。ところが中小企業は知名度や待遇ではそれらの企業には勝てない。

 ではどうやって若者に入社したい会社だと感じてもらうか。会社が行っている事業が社会にどのようなインパクトを及ぼしているのかについて明確なメッセージを伝えることで、学生や若い人たちを巻き込んでいくのが1つの戦略としてあり得るだろう。別にSDGsという言葉を使う必要はない。会社としてどのように社会課題に向き合っているかを真剣に考えることは、あってしかるべきである。

 このことの裏返しには、今後予想される消費者意識の変化が関係している。現在の学習指導要領には、SDGsに関する学習等を通じ、持続可能な社会や世界の創り手になるために必要な資質・能力を育成することが明記されている。これからの社会で生きていくうえでの前提としてすでに教育の中に入ってきており、いわば「SDGsネイティブ」と呼ばれる新社会人が登場してくる時代になりつつあるのである。

 商品における機能や性能による差別化はもはや飽和状態にある。価格や機能だけを比べる買い方は次第に減っていき、その製品やサービスにどのような意味があるのかを選択の基準にする時代になっていくだろう。

 カネの側面では、ESG投資などの投資手法が一般化している。この場合、いわゆる機関投資家は1銘柄に投資しているわけではない。数多くの銘柄に投資することで社会全体に投資しているのである。そうした機関投資家の立場からすれば、社会全体がどうなるかに関心がある。SDGsの課題に積極的に取り組む企業を金融の側面から応援しようとするのも必然的な流れだと思う。

 こうした背景もあり、中小企業のなかにはこの流れをチャンスととらえ、差別化の1つの手段として成長戦略に組み込んでいるケースも増えている。もちろんSDGsは強制されるものではないため、必要としない中小企業もあるだろう。しかし10年、20年経って当たり前のように普及したときに、時代遅れの会社になってしまうリスクはある。未来は不確定なものだが、経営者としては社会の大きな方向性をしっかり読み取っていきたいところだ。

重要な「思い」や「ビジョン」

 SDGsの活用方法は大きく4つある。事業開発、ブランド構築、情報の整理・評価、経営戦略である。1つずつ見ていこう。

 まずは事業開発だ。企業活動には目的やビジョンをコンセプトやアイデアにまとめる「事業開発」の段階と、商品やサービスを市場投入して普及拡大させていく「事業拡大」のフェーズに分かれる。前者の事業開発はゼロから1を作り出す作業だが、このときに中小企業ではどうしても「わが社のこの技術を生かして……」といったテクノロジードリブンの議論になりがちだ。

 私にも経験があるが、新規事業にはなぜそれをするのかという「思い」や「ビジョン」がしっかりしていないと、たいていうまくいかない。とはいえすべての中小企業がそれらを明確に持っているわけではないだろう。そこで1つの羅針盤として、新規事業の目的や問いをSDGsの切り口から探すことをおすすめする。自社の強みとSDGsを掛け合わせたときにどのような事業開発のアイデアが出てくるか、ブレインストーミング的にSDGsを活用している企業も増えてきている。

 2つ目はブランド構築としての活用法だ。マーケティングとはある人に「好きです」と言うことを意味するとすれば、広告は複数の人に「好きです」ということである。またPRは他の人に「好きらしい」と言ってもらうことで、ブランドは相手から「好きです」と言ってもらうことだ。最後のブランドの例えは、ピーター・ドラッカーが、マーケティングの最終的な目標を「販売をなくすこと」に求めたことと似ている。では相手に好きと言ってもらうためにはどうすればよいか。その手段の1つが、社会課題に対する取り組みに共感してもらうことである。

 世界大手のPR会社エデルマンが米国、英国、フランス、日本、中国、ドイツ、インド、ブラジルを対象に2017年に行ったブランディング調査では、対象者の5人に2人が、世の中で物議をかもしている話題に対する姿勢を理由にブランドを選んだり、避けたりする「データ・ドリブン」な購買者であることが分かった。商品購入の意思決定に、商品のストーリー性や評判、共感できるかどうかが深く関わってきている。

 ただし社会目的やサステナビリティーとブランドを無理に結びつけるのはやめたほうがよい。環境等に配慮しているとうわべだけ取り繕っている(グリーンウオッシュ、SDGsウオッシュ)企業に対する批判の目も厳しくなっており、あまりに主張が政治化してしまって取り組みが中止に追い込まれた事例もある。ブランドの主張とアクションの不一致が生じないよう、消費者が抱くネガティブな評判への気配りも必要である。

 3番目の情報の整理・改善では、よく既存事業とSDGsのそれぞれの目標を1つずつひもづけて整理する作業をしているケースがみられるが、これは直接的にはあまり意味のある取り組みとはいえない。効果があるとすれば、他の部署が何をしているか分からないような比較的大きな組織で行う場合である。複数の部署を組み合わせた新規事業のアイデアはあるが、部署の間に壁があり情報共有がうまくいっていない場合などに、SDGsの観点で横串を指すのである。それによって今まで結びつかなかった情報が整理され、重複していた業務が判明するなど可視化・情報共有ツールとして機能することが期待できる。

注目される「妄想力」

 最後は経営戦略だ。時系列で考えると2つの考え方がある。1つは「3年前の売上高は1億、2年前は1.5億、去年は2億、今年は3億円を目指す」といった現在の延長線上で経営戦略を考案する方法。もう1つは、まずは将来どうありたいかを考え、その後に未来から逆算して現在の戦略を決める方法(バックキャスティング)。ありたい姿と現状には必ずギャップが存在するので、それを埋めるためにはどうすればよいか考えるのが戦略になる。SDGsが30年にどういう世界を実現したいかという目標を定めているのと同じように、企業も目指すべき姿をあらかじめ定め、それに対して逆算してとるべきアクションを経営戦略に組み込んでいくやり方が考えられる。

 このバックキャスティングに関連していま注目されているのが、「妄想する力」だ。「SCIフューチャーズ」という海外の企業は、SF作家を集めて多数の物語を制作、それらのストーリーをもとにコンサルティングを行うビジネスモデルで業績を伸ばしている。なんと北大西洋条約機構(NATO)がクライアントになっているというから驚きである。同社が創作した妄想はたとえばスマホがハッキングされて民間人の大量殺害が起きている、大人気オンラインゲームは実はドローンが遠隔操作している現実世界だった……など完全にSFの世界だが、海外ではそうしたストーリーがイノベーションの種として価値のあるものと認知されつつある。

 ちなみに、妄想の構成も大きく2つに分けられる。1つは新しい架空のテクノロジーをまず想定し、それからどのような物語(生活)が展開されるのかを記述する方法。いわゆるサイエンス・フィクションで、どこでもドアなどのさまざまな技術をベースにした『ドラえもん』を考えると分かりやすい。

 もう1つは架空の物語(生活)をはじめに創作し、その後にどのようなテクノロジーやプロダクトが受け入れられるのかを考えるデザイン・フィクションの手法だ。この手法の方がSDGsの考え方に近いだろう。SDGsを活用することで、デザイン・フィクションの手法により事業開発のテーマ創出を目指すことができるのである。

ベクトルを合わせる

 求職者が企業を選択するときに、普通は1つだけの要素で選ぶことはない。「SDGsに積極的に取り組んでいるから人材獲得に成功した」という因果関係を明らかにするのは難しい。「同じ給料で同じ条件だったら、より社会とのつながりが強い会社を選ぶ」といった総合加点方式で決める人がほとんどだろう。そうなった時に中小企業が差別化の手段として「思い」や「ビジョン」で引き付けるケースが増えている。

 この思いやビジョンは、「パーパス」と言われることもある。日本語に訳せば存在意義や使命、志などの意味だ。なんのために企業が存在しているかをしっかり見つめ直し、その存在意義を実現するために経営戦略がどうあるべきかを考えることが大切で、これを明確に伝える企業には、そのビジョンに共感して人が集まってくる。

 ともかく確実にフェーズは変わってきている。SDGsの頭文字をみて「それは何ですか」と質問する経営者の数はさすがに減ってきた。企業の戦略にとって、ベクトルを合わせるという作業は重要である。SDGsは国際社会全体の大きな流れで、これに個々の企業の目標を合わせていくことは競争優位の源泉になりえる。「面倒くさい」「対応しなければならない」ことととらえずに、ぜひ新しい機会やチャンスの種としてとらえてほしい。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2021年6月号