パンデミックによる先行き不透明な状況のなか、中小企業経営者を"ひとりぼっち"にさせてはいけない。最も身近なパートナーである税理士と金融機関が、経営者に伴走しながらこの"雌伏の時代"を乗り切るべきである。

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 西久大運輸倉庫の創業は1917年。福岡県久留米市でスタートした筑軌運輸株式会社がルーツである。昭和に入り、国鉄の久大線が開業。24年に築後吉井駅で「指定運送取扱人」の免許を取得し、その後も免許取得駅を増やし続け、成長への弾みをつける。戦後のモータリゼーションにもいち早く対応して、トラック輸送へと軸足を移し、70年代あたりから倉庫事業を核にした九州一円から、西日本、関東にまで至る総合物流企業へと変身した。

 さらに、90年代から2000年代にかけて、6代目の彌永忠社長が取り組んだのが業務のIT化、今でいうデジタルトランスフォーメーション(DX)である。具体的には「西久大物流総合システム」だ。

 物流会社の成功のポイントは、ドライバー1人当たりの生産性をいかに上げるかにある。西久大物流総合システムは、本社と28カ所の拠点をネットワーク化し、デジタルタコグラフ、GPS、配車請求システム等を利用しながら、顧客のニーズとドライバーの位置を確認して無駄のない配車を行う仕組みである。この運行システムの効率化と、営業倉庫業者としての物品管理ノウハウ、さらにはトラックだけでなく、鉄道や船舶など多彩な運送手段を自在に使い分けることができる柔軟性が評価され、大手通販会社との取引も始まった。

社長就任3年目の"心配ごと"

 西久大運輸倉庫の伊東健太郎社長は、大学卒業後、いったんは楽天につとめたが、まもなく叔父である彌永社長に誘われ入社(2014年)。社長室長などを経験しながら帝王学を学び、19年に社長に就任した。

「先代の方針を踏襲し、デジタル時代に乗り遅れないよう、拠点間ネットワークの整備、運行・配車システムの更新、マテハン(マテリアルハンドリング=モノの移動・運搬を最小限の手間にすること)の強化に取り組んでいます」(伊東社長)

 そんな伊東社長の指揮のもと、21年3月期の売上高は、彌永前社長の念願だった100億円の大台を突破した。

 とはいえ、伊東社長に不安材料がまったくなかったわけではない。たとえば、会社の借入金を経営者が連帯保証する「経営者保証」である。運輸倉庫業はある意味設備産業。トラックや倉庫の更新は必須であり、投資は避けられない。いきおい、借入金はかさむ。本人的には「会社に身を捧げる」覚悟を固めていたが、家族の存在はやはり胸にひっかかる。

 ある日、税務顧問の西方和久税理士と、ひょんなことから次のような会話になった。

伊東「経営者保証のついた融資が、この額になるともう個人では返せないし、これ以上借り入れが増えても返せないのは一緒ですよね」

西方「ただ、経営者保証ガイドライン(ガイドライン)が示されて以来、政府系をはじめ金融機関の無保証融資は少しずつ増えています。近い将来には無保証のスタイルがトレンドになると思いますよ」

伊東「保証の解除ができるならそれに越したことはありませんね」

 雑談ベースだったが、伊東社長のなにげない発言によって、西方税理士は、若き経営者の気持ちをわずかなから垣間見た気がした。そして「動いてみる価値があるかもしれない」との思いが芽生えた。

「停止条件付保証契約」

 経営者保証ガイドラインは、13年、日本商工会議所、全国銀行協会、弁護士などの専門家が課題解決に向けて整理した自主ルールである。思い切った事業展開や企業再生を阻害する経営者保証のデメリットに鑑み、一定の条件(※)をクリアすれば経営者保証を求めない可能性を検討するよう促すものだ。とはいえ、金融機関にとって経営者保証は融資を円滑に行うための有力な施策であるだけに、これを外すことにはどうしても二の足を踏んでしまうという現状もある。

 西方税理士は言う。

「思いもよらない事情で会社が破綻すれば家や財産をとられ、妻や子供の生活が脅かされるというのでは、経営に専念できません。経営者になった以上は失敗したときは身ぐるみはがれるのは仕方ないと思っている人が多いのは確かですが、妻子がその覚悟を共有しているかは別問題です」

 先代社長の時代から、西久大運輸倉庫の会計参与をつとめる西方税理士は、伊東社長が入社し、家庭ができるプロセスを見てきた。さらに言えば、同社のメインバンクである福岡銀行が、ガイドラインに沿った独自の取り組みを加速しつつある時期でもあり、「タイミングも良かった」と西方税理士。その少し前に、代表をつとめる税理士法人西方会計では、福岡銀行からの自らの借入金1億円余りの経営者保証を外しており、その成功体験にも後押しされた。

 21年2月15日、西方税理士は、福岡銀行本店に連絡。西久大運輸倉庫の現状と経営者保証解除の希望を伝える。同行融資統括部の横尾崇裕部長代理は言う。

「西方先生からの相談を受けて、本店営業部と審査部門とで協議を行いました。西久大運輸倉庫さまは、業績は順調で、財務諸表はTKCモニタリング情報サービス(MIS=『戦略経営者』2021年6月号P55参照)で確認できていました。そして何より、西方税理士による書面添付(後述)の実施で、法人と経営者個人の区別が明確化されており、顧問税理士によるセカンドオピニオンをあおいでいるということが大きかったと思います。結論として、18年から当行で独自に提供している"停止条件付保証契約"への切り替えを検討することになりました」

※一定の条件
①法人と経営者との関係の明確な区分・分離②財務基盤の強化③財務状況の正確な把握、適時適切な情報開示 等による経営の透明性確保

書面添付とMIS

 停止条件付保証契約とは、現時点でガイドラインの要件を満たしている先に対して、一定の条件を満たさなくなった場合に、再び保証の効力が発生するというもの。保証契約の機能を代替する、いわゆる「コベナンツ付き保証契約」であるが、実質的には経営者保証の解除となる。

 では「一定の条件」とは何か。

 各事業年度の最終日から3カ月以内に、①計算書類、確定申告書等の写し②法人と経営者個人の資産経理の明確な分離の表示がある添付書面③「中小企業の会計に関する基本要領」チェックリストを提出すること、の3つ。要するにガバナンスの部分をしっかりと実践している限り経営者保証の解除は維持される。

 もちろんこの3つの条件は、西久大運輸倉庫の「会計参与」でもある西方税理士によって、すべてクリアされているので、保証契約の効力が再び発生することは考えにくい。

 ①は言わずもがなである。データの改ざんができない会計システム『FX4クラウド』による自計化、巡回監査、月次決算、そして電子申告されたものと同じ決算データをオンラインで金融機関に伝送するMISで財務の透明性は完璧に担保されている。また、MISの機能を活用して、今後、月次試算表が提供できるようになれば、さらに信頼感が増すことは確実だ。

 そして注目すべきは②の「添付書面」(書面添付制度(※))だろう。書面添付とは、税理士法第33の2に明記されているもので、申告書の内容が真正であることを税理士が確認した書類を添付する制度のこと。横尾部長代理は言う。

「書面添付制度については、数年前までは活用できていませんでした。コベナンツ付き保証契約を検討する際に、TKC会員税理士先生方のご意見をうかがうなかで、"これは使える"ということになり、条件に加えさせていただいたわけです」

 こうして福岡銀行に提出される添付書面には、①法人と経営者個人との資産・経理の分離②法人と経営者との資金のやりとりが社会通念上適切な範囲を超えていない旨の税理士の確認が、明確に記載されることになった。

※書面添付制度(税理士法第33条の2)とは
申告書作成のプロセスにおいて計算・整理・相談に応じた事項を明らかにした書面を申告書に添付し、税務の専門家である税理士が、その申告が誠実に行われていることを示す制度

成長に弾みをつける

 従来、金融機関と税理士のコミュニケーションの濃度は概して薄かった。有力銀行であればあるほど、たとえば取引先の経営改善支援なども独力で行う傾向が強かったようだ。ことほどさように、当時、西方税理士が、ある金融機関との交流会で、「融資する際に法人税の申告書を提出してもらう割合は?」と尋ねると「半分くらい」との返事が返ってきたという。

「驚きました。しかも勘定科目の内訳明細もつけない決算書が多いのだとか。それだとなんのエビデンスにもならないし、粉飾決算も見抜きにくくなります。だとすれば、われわれ税理士がきちんと情報を提供すれば、金融機関の与信能力の向上のお手伝いができるかもしれません」(西方税理士)

 福岡銀行は、西方税理士をはじめとするTKC会員と意見を交換するなかで、書面添付など税理士のノウハウやスキルを活用しながら取引先企業の経営改善に取り組む方向性へとかじを切っていく。

 21年3月19日。晴れて西久大運輸倉庫の数十億円の借入金から経営者保証が外れる。これで伊東社長の胸中にわずかにひっかかっていた陰りがとれ、経営にすべての力を振り向ける体制が整った。同社はそもそも優良企業である。これまで以上の積極投資で、成長にさらなる弾みをつけることも可能になるだろう。

 伊東社長が抱負を述べる。

「DXによって拠点間のネットワーク網を強化しつつ、新しい物流のスタイルを模索しながら、将来的にはAIなど最新技術を活用した効率化への取り組みにもチャレンジしていきたいですね」

(本誌・高根文隆)

会社概要
名称 西久大運輸倉庫株式会社
創業 1917年
所在地 福岡県福岡市東区多の津2-9-5
売上高 102億円(2021年3月期)
従業員数 650名
URL https://www.nishikyudai.co.jp/

掲載:『戦略経営者』2021年6月号