コロナ禍でDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の動きが加速するなか、ITツールの導入に苦慮する中小企業経営者も少なくない。IT顧問化協会の代表として多くの中小企業のIT導入を支援してきた本間卓哉氏は、ITによって業務の無駄を減らすには「会計から逆算して業務フローを見直す」ことが重要であると話す。

プロフィール
ほんま・たくや●1981年生まれ。株式会社IT経営ワークス代表取締役。適切なITツールの選定から導入・サポート、ウェブマーケティング支援までを担うITの総合専門機関として、「IT顧問サービス」を主軸に、数多くの企業で業務効率化と売り上げアップを実現。主な著書に『全社員生産性10倍計画』、『売上が上がるバックオフィス最適化マップ』(クロスメディア・パブリッシング)などがある。
本間卓哉 氏

本間卓哉 氏

──IT顧問化協会の活動内容を教えてください。

本間 中堅・中小企業に対してITサービスの活用方法をアドバイスしたり、当協会のメンバーが顧客のもとに出向き、サービスの導入を直接サポートするといった活動を主に行っています。「IT顧問」という名称が示しているように、われわれは企業の「顧問」という立場でITツールの利用状況をヒアリングし、デジタル活用に関する相談に応じています。

──税理士が中小企業経営者のパートナーとして税金計算や経営助言を実践しているように、IT分野の身近な相談相手としてDX推進のための組織づくりやサービスの導入等を支援しておられると。

本間 そのとおりです。当協会ではホームページやECサイトの制作、ウェブマーケティング、基幹システムやクラウドサービスの導入・運用など、それぞれの分野に精通した専門家が全国で活動しているので、ITに関する悩みや課題に幅広く対応できます。相談内容に適したアドバイザーを各地に派遣できる点が強みでしょうか。

──これまでにどのような支援をしてこられたのでしょうか。

本間 2015年に設立して以来、1,000社以上のIT導入を後押ししてきました。業種や会社の規模は多岐にわたりますが、例えば「ITサービスを導入して生産性を向上させたい」という相談では、まず協会独自の無料「IT活用適正診断」でクライアントの業務課題を点数で可視化し、専門家によるヒアリングで無駄の多い業務やボトルネックとなっている工程を洗い出します。その後、IT導入に関するプロジェクトチームに参画し、ITツールの選定や検証、現場社員向けに操作研修を行うなど、導入後に後悔しないためのスムーズな選定・導入・運用を支援しています。

──世間ではDXがとりざたされていますが、中小企業経営者の反応はいかがでしょう。

本間 最近はコロナ禍の影響もあり、IT導入やデジタル化に関心を示す経営者が増えてきたように感じます。ただ、デジタル化を進める上でどのような手順を踏めばいいのか把握できていない人も多く、「現場社員にITサービスの導入を指示したものの反対された」「試行錯誤して導入したシステムがうまく稼働していない」など、軌道に乗っていない例が少なくありません。

連携機能に注目せよ

──ご著書(『売上が上がるバックオフィス最適化マップ』)では、ITによって業務を最適化するには「会計から逆算して業務フローを見直すことがポイント」と述べておられます。

本間 業種や会社の規模によって細かい違いはあるでしょうが、一般的な企業であれば商品・サービスの販売や材料・備品の購入、経費の支払い、人材採用といった業務を日常的に行っています。これらの業務フローをたどっていくと、やがて「会計処理」に行き着くので、会計を起点に業務の流れをさかのぼりつつ、工程ごとの無駄やボトルネックを洗い出せば、これらを効率化できるサービスがおのずと明らかになります。
 自社にとって最適なITツールを選択し、スムーズに運用するためにも、「会計から逆算する」という視点で業務を見直すことが欠かせないのです。

──具体的に教えてください。

本間 旅費精算を例に説明しましょう。中小企業A社では新たに経費精算ソフトを導入するにあたって、自社の業務フローを見える化したところ ①領収書の内容をエクセルの経費精算書ファイルに入力②精算書を印刷し、上長に提出③上長が内容を確認し、不備がなければ承認④上長承認済の精算書を領収書とともに経理担当者に提出⑤精算書と領収書を突き合わせ、内容に誤りがないか確認⑥内容に誤りがなければ会計ソフトにデータを入力 ──という6つの工程で処理することが分かりました。
 今の流れを「会計から逆算」してみると、まず⑥で入力業務の無駄が発生していることが分かります。A社ではエクセルの経費精算書にデータを入力しているにもかかわらず紙で提出しているので、経理担当者が同じデータを会計ソフトに入力しなければなりません。さらに、精算書を紙で印刷する必要があるので、社員は基本的に出社しないと旅費精算ができません。精算業務は出張から帰ってきたタイミングで行うことが多いので、これだけで長時間労働の温床となってしまいます。
 ここからA社が経費精算ソフトを選ぶうえで必要な機能を洗い出すと、まず⑥を省力化するために「A社の会計ソフトと経費精算データが連携できる機能」が必要になります。さらに、①②③を効率的に行うためにも「外出先から申請・承認できる機能」が欠かせません。こうして必要な機能を洗い出した結果、A社が導入するべきなのは「連携機能が充実していて、外出先からでも申請・承認ができるスマートフォン対応のソフト」ということになります。このように「会計から逆算」して業務を見直すとITサービスに求める要件を明確にできるのです。

──なるほど。

本間 これ以外にも、労務管理であれば採用(採用管理ソフト)→勤怠管理(勤怠管理ソフト)→給与計算(給与計算ソフト)→会計処理(会計ソフト)、営業等のフロントオフィス業務であれば営業管理(営業管理ソフト)→販売管理(見積もり・契約・請求等管理ソフト)→会計処理といったように、全ての業務フローはやがて「会計処理」にたどり着くので、非効率な業務を解消するには、「会計ソフトにどうデータを落とし込むか」という視点を持ってITツールを選定してください。

──業務フローを見直した結果、会計ソフトの切り替えを検討することになった場合、どのような点を押さえるべきでしょうか。

本間 連携機能のバリエーションは事前に確認することをお勧めします。これまで縷々(るる)述べてきたとおり、「会計ソフトにデータをうまく連動させる」ことが業務最適化のポイントですから、給与計算や勤怠管理、経費精算、請求管理などそれぞれの業務から会計にデータをしっかりと落とし込めるかは重要なポイントです。
 データ連携には主に①API連携(連携元のデータを自動で取得する方法)②CSV連携(連携元のデータをエクセル等に展開し、内容を編集してから連携先のソフトウエアに読み込ませる方法)③RPA(人力で行っていた作業をロボットに処理させる方法)の3つの方法があり、もっとも便利なのが①です。設定さえすればシームレスにつながりますからね。最近の会計ソフトには銀行口座の預金データやクレジットカードの明細データとのAPI連携機能が搭載されているものも多いので、こういった機能の詳細はあらかじめチェックしておいた方が良いでしょう。

──API連携が充実しており、他の業務ソフトとの連動が簡単にできることが選択のポイントになると……。

本間 ただし注意も必要で、②のように連携するうえで手作業が求められるようなケースでも、業務全体が短時間で済む場合もあるので、このときにはCSV連携も俎上(そじょう)に載せるべきです。

──具体的には?

本間 図表3(『戦略経営者』2021年8月号P45)を見てください。これは給与計算ソフトの切り替えによる作業時間の変化を示したものですが、ソフトAを利用した場合、これまでの作業時間(月間)は8時間から30分に短縮できます。ところが、会計ソフトにはAPI連携機能が搭載されていないので、担当者が別途CSVファイルを作成する必要があり、その作業時間として30分ほど発生します。一方、ソフトBでは作業時間が8時間から2時間に短縮されますが、会計ソフトとのAPI連携機能が搭載されているので、データ連携に関して作業時間はかかりません。両者を比較するとAは全体で1時間ほどかかるものが、Bでは2時間とAより1時間余計にかかってしまうので、作業時間を基準に導入を考えるのであれば、まずAを検討することをお勧めします。

──連携そのものの便利さだけではなく、作業量や時間などを総合的に勘案して決める必要がありそうですね。

本間 データのやり取りをする機会が多く、オペレーションミスを防ぎたいのであればAPI連携のできるソフトが魅力的です。ただ、CSVファイルを作成する頻度が月に1~2回程度で、なおかつ生産性向上の効果が十分に見込まれるのであれば、多少手作業が生じたとしてもCSV連携を採用した方が良いでしょう。

「お試し利用」も視野に

──そのほかの業務をITで最適化するうえで意識しておくべきことは?

本間 どのような機能が必要なのかという「要件」を明確に定義しておくこと、可能な限り複数のツールを試してから導入を検討することの2点でしょうか。
 よく起こりがちなのが「知り合いの会社が導入しているから」「テレビCMなどで宣伝されているから」といった「ツールありき」で導入する事例ですが、実際に導入してみると機能が自社の業務フローに合致しておらず、短期間で解約したり、塩漬けにされたまま放置されているというケースを多く目にしてきました。これは自社の業務フローをしっかりと見える化できていれば十分に防ぐことができるので、まずは図表1・2(『戦略経営者』2021年8月号P44)のような簡単なフロー図から非効率業務を洗い出し、ITツールに求める機能やスペックをあらかじめ明確にしておきましょう。ここでも「会計から逆算する」という視点は常に持っておくようにしてください。

──「複数のツールを試す」というのは?

本間 時間と予算をかけ、自社になじまないITツールを導入してしまうと、労力が無駄になってしまいます。こうならないためにも、候補に挙がったツールは可能な限り試験的に運用することをお勧めします。最近は一定期間無料で使えるクラウドサービスも多く提供されているので、利便性や自社の業務を最適化できる機能を備えているかといったことを確認し、もし合わないようであれば別のものを試してみる……といったように複数のサービスを柔軟に検討してください。
 実際に、私が顧問を務めている会社でも「ITサービス用の予算」を設けていただき、そのなかで複数のサービスを比較検討し、自社にふさわしいツールを導入した例があります。

──最後に、ITサービス導入に苦慮している中小企業経営者にメッセージを。

本間 まずはIT化を進めやすい組織づくりに取り組んでください。営業部門であれば営業管理や経費精算、管理部門であれば給与計算、勤怠管理や会計処理など、それぞれの実務にあたっている現場スタッフの主導でIT化を進められるよう、社員をサポートする姿勢が重要です。
 ただ、現場に丸投げすると導入が一向に進まないケースも多いので、社内でプロジェクトチームを編成し社長自らミーティングに参加する、現状の問題意識とIT導入によって手に入れたい姿(『戦略経営者』2021年8月号P45 図表4)を明確にする、ITサービスを導入できる基準(予算や機能など)を明示するといったように、経営者自身が積極的に関わる姿勢も示すようにしましょう。
 最後に、当協会では事業構想大学院大学の主催で、3カ月集中実践する「社内DX推進者オンライン養成講座」( https://dx.mpd.ac.jp/)を9月に開講しますので、本気でDX推進を目指す経営者やビジネスパーソンはこちらの受講もお勧めします。

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2021年8月号