2023年10月からスタートする「インボイス制度」(適格請求書等保存方式)。実際の運用は2年先だが、今年の10月には「適格請求書発行事業者」の登録申請が始まるなど、制度対応に向けた動きが慌ただしくなりつつある。そんなインボイス制度の概要と対応のポイントをTKC税務研究所特別研究員の齋藤文雄氏に聞いた。

プロフィール
さいとう・ふみお●税理士。元練馬東税務署長。国税庁で消費税法基本通達の制定等に従事した後、国税局調査部統括官、税務大学校教授等を歴任。

──インボイス制度が実務に与える影響をどのようにみていますか。

齋藤 インパクトが大きいのは、やはり仕入税額控除(課税売り上げにかかる消費税から課税仕入れにかかる消費税を控除する仕組み)の適用を受けるための要件として、適格請求書等(インボイス)の保存が義務づけられることでしょう。現在は①一定の事項が記載された帳簿の保存②区分記載請求書等の保存──の2つを満たしていれば仕入税額控除の適用を受けられますが、2023年10月以降は②が「インボイスの保存」に変わります。詳しくは後ほど説明しますがインボイスを発行できるのは課税事業者だけですから、今後、仕入税額控除の対象となるのは原則として課税事業者との取引に限定されることになります。

──仕入税額控除が適用されないことで事業者にどのようなデメリットが?

齋藤 免税事業者との取引ではこれまでのように課税仕入れにかかる消費税額を控除できなくなるので、課税売り上げにかかる消費税額をそのまま納付することになります。つまり、免税事業者と取引を行った場合の納税額がこれまでよりも大きくなるのです。ただし、23年10月1日~26年9月30日までは仕入税額相当額の80%、同10月1日~29年9月30日までは50%の仕入税額控除を認める経過措置が設けられているので、インボイス制度開始後6年間は免税事業者との取引でも一定額を控除することができます。

電子データでの保存も可

──そもそもインボイスとはどのような書類を指すのでしょうか。

齋藤 売り手が発行する書類には納品書・請求書・領収書など多岐にわたりますが、次の6つの項目が記載されていればいずれの書類でもインボイスに該当します。

  1. 適格請求書発行事業者の氏名または名称および登録番号
  2. 取引年月日
  3. 取引内容(軽減税率の対象品目である旨)
  4. 税率ごとに区分して合計した対価の額(税抜きまたは税込み)および適用税率
  5. 税率ごとに区分した消費税額等
  6. 書類の交付を受ける事業者の氏名または名称

 これらは1つの書類で網羅する必要はなく、例えば図表1のように請求書と納品書で記載事項を満たし、書類どうしの関連性が明らかであれば単一の適格請求書として認められます。ただ、書類の保存や複数書類で対応することを取引先に案内する手間を考えると、1つの書類ですべての記載事項を網羅した方が実務上の負担は少なくなるでしょう。
 また、紙のインボイスに代えて、適格請求書にかかる電磁的記録(適格請求書の記載事項を記録した電子データ)を提供することも可能です(詳細は『戦略経営者』2021年9月号P18)。この場合、提供した電磁的記録は一定の要件を満たした方法で保存する必要があり、電磁的記録の提供を受けた事業者も、一定の要件を満たした方法で保存することで仕入税額控除の適用が受けられます。

──インボイスを発行できる事業者は?

齋藤「適格請求書発行事業者の登録申請書」を所轄税務署長に提出し、登録を受けた事業者(適格請求書発行事業者)に限られます。また、適格請求書発行事業者になれるのは課税事業者だけですが、免税事業者でも「消費税課税事業者選択届出書」を提出して、登録申請を行えば登録を受けられますし、選択届出書の提出なしに登録申請できる経過措置も設けられています。今年の10月1日から適格請求書発行事業者の申請が開始されるので、登録を検討している事業者はe-Taxで申請するかも含めて、顧問税理士に相談することをお勧めします。
 また、適格請求書発行事業者には原則として次の4つの義務が課されることになります。

  1. 適格請求書の交付義務
    取引相手である課税事業者の求めに応じて適格請求書等を交付する義務
  2. 適格返還請求書の交付義務
    売り上げにかかる対価の返還等を行った場合に適格返還請求書を交付する義務
  3. 修正した適格請求書の交付義務
    交付した適格請求書等に誤りがあった場合に修正した適格請求書等を交付する義務
  4. 写しの保存義務
    交付した適格請求書等の写しを保存する義務

 ただし、図表2(戦略経営者』2021年9月号P15)にあるとおり、公共交通機関による旅客の運送(3万円未満)、郵便切手を対価とする郵便サービスなど、適格請求書の発行が困難な取引に関しては交付義務が免除されています。
 なお、適格請求書発行事業者でない事業者がインボイスと誤認されるような書類を発行したり、偽りの内容を記載することは法律で禁止されています。違反した場合の罰則も設けられているので注意してください。

──飲食店やスーパーマーケットなど、不特定多数と取引するような事業者は対応に苦心しそうです。

齋藤 そのような事業者の場合には、記載事項を一部簡略化した「適格簡易請求書」を発行することもできます。

──適格簡易請求書とは?

齋藤 小売業、飲食業といった不特定多数に対して商品・サービスを提供するような事業者は、適格請求書に代えて適格簡易請求書を発行することができます(戦略経営者』2021年9月号P16 図表3)。適格簡易請求書は適格請求書と比べると「書類の交付を受ける事業者の氏名または名称」を記載する必要がなく、「税率ごとに区分した消費税額等」または「適用税率」のいずれか片方だけの記載で済む点で異なります。ちなみに、記載項目がレシートに記載されていれば売り手はレシートをインボイスとすることも可能です。

書式・保存方法を検討せよ

──インボイス制度に対応するにあたって事業者が注意すべきことは?

齋藤 商品・サービスの売り手と買い手で押さえておきたいポイントは異なります。
 売り手の立場であれば、まず適格請求書発行事業者に登録するかを検討し、登録を受ける場合には請求書、納品書や領収書などいずれの書類をインボイスとして発行するか、発行・保存方法は紙か電子かなどを決める必要があるでしょう。これによって事務処理の方法も変わりますし、業務システムに求められる機能も異なります。
 また、インボイスに記載される消費税額等の1円未満の端数処理は1つのインボイスにつき1回行うことになります。したがって、取引のつど発行するような納品書と、月ごとの取引をまとめて発行している請求書では端数処理の回数が異なるため、消費税等の合計額も違ってきます。さらに、売上税額の計算方法もインボイスに記載されている消費税額等を積み上げて計算する「積み上げ計算」と適用税率ごとの取引総額を割り戻して計算する「割戻計算」の2つから選択できるようになるので、どの方法を採用するかを検討する必要があります(戦略経営者』2021年9月号P17 図表4)。
 このように、書式、発行や保存方法から税額計算まで幅広く検討し、これまでのやり方から変える場合は取引先との協議の場を設ける必要があるでしょう。

──買い手の立場では?

齋藤 一言で言えば「仕入税額控除を受けるために自社はどう対応するか」を検討する必要があります。これまで縷々(るる)述べてきたように、仕入税額控除の適用を受けるには帳簿と請求書等を適切に保存しなければなりません。特に23年10月以降は適格請求書あるいは適格簡易請求書、もしくはこれらに代わる電子インボイスをルールにのっとって保存する必要があります。したがって、売り手から発行されたインボイスをどう保存するかをまず検討する必要があるでしょう。ちなみに、適格請求書等の交付を受けることが困難な次の取引は帳簿の保存だけで仕入税額控除が認められています。

  1. 適格請求書の交付義務が免除される取引(戦略経営者』2021年9月号P15 図表2)の①④⑤に掲げる取引
  2. 適格簡易請求書の記載事項を満たす入場券等が使用の際に回収される取引
  3. 古物営業、質屋または宅地建物取引業を営む事業者が適格請求書発行事業者でない者から、古物、質物または建物を当該事業者の棚卸資産として取得する取引
  4. 適格請求書発行事業者でない者から再生資源または再生部品を棚卸資産として取得する取引
  5. 従業員等に支給する通常必要と認められる出張旅費、宿泊費、日当および通勤手当等にかかる課税仕入れ

──売上税額と同様に、仕入税額控除の計算方式も選択肢が増えるのでしょうか。

齋藤 はい。図表4(戦略経営者』2021年9月号P17)にもあるように、仕入税額控除の計算方法も「積み上げ計算」にするか「割戻計算」にするか、積み上げ計算でも「請求書等積み上げ方式」とするか「帳簿積み上げ方式」とするかを決めておかなければなりません。やり方によって控除税額に違いが出てきますからね。なお、原則は積み上げ計算で、売上税額の計算を積み上げ方式で行う事業者は割戻計算を適用することができないので、仕入税額の計算方法を決めなければならないのは「割戻方式で売上税額を計算する事業者」ということになります。

制度の理解を深めよう

──免税事業者はインボイス制度を契機に課税事業者に転換するかを考える必要がありそうですね。

齋藤 適格請求書発行事業者の登録を受けなければインボイスの交付要求に応じる義務は発生しませんが、仕入税額控除が適用されないだけ値引きを求められたり、最悪の場合は取引が打ち切りになる可能性も考えられます。過度な要求は独占禁止法、下請代金支払遅延防止法などに抵触するおそれがあるものの、このような要求が一切起こらないとも限りません。もちろん、事業者によって事情はさまざまですから、一概に課税事業者に転換した方が良いと断言することも難しい。ただ、免税事業者のまま事業を続けるのであれば、こういったリスクがあることをあらかじめ承知しておく必要があるでしょう。

──インボイス制度に向けて中小企業経営者がまず手をつけるべきことは?

齋藤 制度に関する情報を社内に発信することでしょうか。自ら能動的に情報を収集し、買い手に対してインボイスの発行義務があること、売り手からインボイスが交付されないと仕入税額控除の適用が受けられなくなるといった仕組みを、従業員に周知するようにしてください。そのほか、取引先が適格請求書発行事業者であるかをどう確認するか、免税事業者からテナントや駐車場を借りている場合の対応など、取り組むべき課題は多岐にわたりますが、国税庁のQ&Aを参照したり顧問税理士と相談しながら、一つ一つ対応策を考える必要があるでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2021年9月号