企業にパワーハラスメント防止対策を義務付ける労働施策総合推進法(パワハラ防止法)。すでに大企業ではパワハラ防止対策が義務化されていたが、4月1日から中小企業も対象に含まれるようになった。パワハラ防止法の詳細や職場におけるNGワード、部下とのコミュニケーションのコツをまとめた。

プロフィール
たけした・りゅうのすけ●慶應義塾大学法学部卒業。首都大学東京法科大学院卒業。2014年、弁護士登録(福岡県弁護士会)。同年、弁護士法人デイライト法律事務所入所。専門分野は労働問題や離婚問題をはじめとする家事事件。著書に『ユニオン・合同労組 法的対応の実務』『労働時間管理の法的対応と実務』(いずれも共著)がある。
待ったなし!パワハラ対策

 労働施策総合推進法の改正で、4月1日から中小企業においても、職場におけるパワーハラスメント防止対策が義務化されることになった。義務となった内容の詳細に入る前に、まずパワーハラスメントの定義から確認してみよう。

 ポイントは3つだ。職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの──のすべての要素を満たすものと定義づけられている。それぞれの論点を分析してみる。

 まず、前提部分の「職場における」という部分。参加自由が建前の忘年会が「職場」に含まれるのかどうかが争われたパワハラの裁判例で、忘年会が職場にあたると判断されたケースがある。たとえ任意参加の会でも業務の一部だったり、業務と密接に関係する会であれば、職場にあたると判断され、その場で行われた行為がパワハラと見なされることがあるので注意が必要だ。

 ①については、言葉だけ見ると上司から部下に対する言動であることが一般的だが、必ずしもそれだけだとは限らない。「優越的」とは実質的な力関係を指し、場合によっては同僚同士、部下から上司に対するものがパワハラと判断された事例もある(小田急レストランシステム事件)。

 ②は「業務上必要かつ相当な範囲」の内容が問題になる。これは言動の目的や行為を受けた社員に問題行動があったかどうかなど、さまざまな観点を総合的に考慮し社会通念に照らして判断される。例えばミスを繰り返す社員に対する業務上の指導がパワハラに該当するかどうか争われる裁判は複数あるが、肯定例と否定例いずれもあるため、一概に基準があるとはいえない。しかし基本的には、責任の重い職種や役職に就いている社員に対してはより厳しい指導が許容される(パワハラ認定されない)傾向にある。

 例えばある医療法人の事件では、病院の事務総合職がパワハラを受けたと申告し訴訟を起こしたが、パワハラとは認定されなかった。医療ミス原因のほとんどが人間による単純ミスである。従ってその職場では単純ミスを繰り返す社員に上司がやや厳しい物言いをしたが、管理職の言動としてパワハラには当たらないと判断されたのである。人の生命や健康を預かるという医療の職場の特性が重視されたのである。

 ③「社員の就業環境が害されるもの」は、平均的な社員の感じ方を基準とするとされている。しかしこの「平均的な社員」という言葉は要注意だ。パワハラの問題が労基署に寄せられる件数は年々増えていて、2018年の相談件数は8万を超えた。解雇を含む退職関係の相談が7万件なので、それを1万件以上超えていることになる。パワハラが社会問題化しパワハラ防止法が制定され、裁判所も「平均的な社員」のイメージを広げている傾向がある。つまりメンタルが弱いという特性を持って平均的といえないとは言いづらくなっているのである。時短勤務など特別な業務上の配慮を要しないレベルの個別のメンタルの弱さについては、会社側は一人一人の個性として当然前提としていなければならないだろう。

放置は人材消失につながる

 さてハラスメントには3つのレベルがある。一番重大なレベル3は殴る蹴るなどの暴行罪にあたるもの、意志に反した行為を強要する強要罪にあたるものなど刑事事件にかかわるものである。レベル2は、損害賠償請求を受けるような不法行為、安全配慮義務違反などにあたる民法上の責任にかかわるものである。これら2つのレベルのパワハラについては従前から、パワハラ防止法に関係なく法的責任が生じていた。

 ところが実際会社組織には、民事上や刑事上の責任が問われるもの以外にも優越的な地位を背景とした嫌がらせ行為は広く存在していた。会社組織がこれを放置したままにしていると、働く人の能力が十分に発揮できず、士気の低下や職場秩序の乱れが生じ、人材の消失にもつながるだろう。そうなれば業績悪化は避けられない。こうした事態を防ぐために、民事上または刑事上の責任に至らない比較的軽微なものまで心配りをし、組織内のパワハラに対処していこうという発想でパワハラ防止法が制定されたのである。

 パワハラ防止法には、職場におけるパワーハラスメントを防止するために事業主が雇用管理上講ずべき措置4つを定めている。

 ①事業主の方針の明確化およびびその周知・啓発
 ②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するための必要な体制の整備
 ③職場におけるパワーハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応
 ④併せて講ずべき措置

 1番目のパワハラ防止に対する方針の明確化についてはまず、パワーハラスメントの内容、パワーハラスメントを行ってはならない旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発しなければならない。またパワーハラスメントの行為者については厳正に対処する旨の方針、対処の内容を就業規則等の文書に規定し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発することも求められている。基本的には就業規則を改定しハラスメントに関する規程を整備することになるが、私が顧客に推奨しているのが、書面の配布や自社ホームページなどの掲載などにより、社長から従業員へ直接メッセージを届ける形で「パワハラは許さない」と宣言を出すこと。この宣言のひな形は厚生労働省のホームページに掲載されているので参考にしてほしい。

 2つ目の相談体制の整備については、①相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること②相談担当窓口が、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすることの二つが求められている。多くの会社が自社内部に設置するだろうが、社員は内部の相談窓口には相談しにくいものである。そこで最近では、顧問弁護士が所属する法律事務所を相談窓口として指定する会社も増えてきている。法律事務所を相談窓口にするかどうかはともかく、パワハラ防止に関する担当者が適切に対応できるよう、専門の研修などを受講することは欠かせないだろう。

事後は迅速な対応を心掛ける

 職場におけるパワー・ハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応については、まず事実関係を迅速かつ正確に確認することが必要である。被害者へのヒアリング、行為者へのヒアリング、言い分が食い違う場合は第三者へのヒアリングを行う。事実関係の確認ができた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行わなければならない。配置転換や行為者(加害者)の謝罪、被害者のメンタルヘルス不調への対応などが必要で、さらに行為者(加害者)に対しては、就業規則に基づく懲戒処分、配置転換、謝罪を命じる等適正な措置を行うことが求められる。

 そして再発防止に向けた措置を講ずることも必要だ。プライバシーに配慮しながらパワーハラスメントがあった事実を公表し、再発防止に向けた周知文書を出すことが望ましい。

 迅速な対応をとらなかったがためにハラスメントによる懲戒処分が無効とされた事案もある。この事案はセクハラだったが、行為があった2年後に会社が懲戒解雇の処分を下したことから裁判になった。一般的にはしっかりと迅速な対応をとれば解雇は有効となるが、2年も経過した後の解雇だったため裁判所は懲戒権の濫用との判断を下したのである。このような結果になってしまうと企業は厳しい対応を迫られることになる。というのも解雇が無効になると、判決から遡って労働契約が存在したと見なされ、その間の賃金を支払う義務(バックペイ)が生じるからである。事後の迅速な対応をぜひ心掛けてほしい。

 最後の「あわせて講ずべき措置」である。

○相談者、行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、労働者に周知すること
○事業主に相談したこと、事実関係の確認に協力したこと、都道府県労働局の援助制度を利用したこと等を理由として、解雇その他不利益な取り扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること

 ここでいう「不利益な取り扱い」については、解雇はもってのほかで、そこまでに至らない降格や正当な理由ない配転を命じることもできない。仮にこうした行為を企業が行い、労働基準監督署からの助言や勧告に従わなかった場合は、企業名の公表というペナルティーが科せられることになる。こうなれば企業にとってかなりの影響が出てくる。

 パワハラ防止対策法に定められている義務についてここまで見てきたが、最後に努力義務についても触れておこう

○各種ハラスメントの一元的な相談体制の整備
 パワーハラスメントのみならず、セクシャルハラスメント、マタニティーハラスメント等について、一元的に応じることのできる体制を整備することが望ましいとされている。職場におけるハラスメントは、複合的に生じることも想定されているからだ。パワハラ防止法に先立ってセクハラの防止相談窓口を設置した企業は、「セクハラの相談窓口がパワハラでも使える」ということを周知徹底するとよいだろう。

○職場におけるハラスメントの原因や背景となる要因を解消するための取り組み
 職場におけるパワーハラスメントの原因や背景となる要因を解消するため、コニュニケーションの活性化や円滑化のために研修等の必要な取り組みを行うことや、定期的な面談、社内ミーティングの実施などによる風通しの良い職場環境づくりの努力、感情をコントロールする研修(アンガーマネジメント研修等)などコミュニケーションのスキルアップを図ることが望ましいとされている。

○労働者や労働組合等の参画
 雇用管理上の措置を講じる際、必要に応じて、労働者や労働組合等の参画を得つつ意見交換を実施することで、その運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めることが望ましいとされている。自由に率直な意見を集められる匿名アンケートを実施するとよいだろう。

(インタビュー・構成/本誌・植松啓介)

掲載:『戦略経営者』2022年4月号