2023年10月にスタートするインボイス制度(適格請求書等保存方式)。中小企業経営者の関心は薄く、対応が遅れることによる混乱も予想される。そこで当誌では、山田商事という仮想企業を舞台に、インボイス対応への道のりをルポ形式で連載する。

前号までのあらすじ
 食品卸会社を経営する山田太郎社長。税務顧問の佐藤二郎税理士からインボイス対応の必要性を説かれ、自ら陣頭指揮に立って進めることを決断。まずは経理担当の田中さんの協力を得ながらどんなインボイスにするのかを検討しはじめるが、ことはそう簡単には進まない。数々の難題が降りかかる。

 梅雨真っただ中、オフィスの窓から見えるアジサイも雨に濡れている。昨今の仕入価格の急騰に頭を抱えていた山田社長。そこへ経理の田中さんが歩み寄る。

「社長、今日は佐藤先生がいらっしゃいますよね。先月頼まれていた、インボイス対応の件なのですが……」

「あっ、忘れてた! 対応しておいてくれた?」

「もう! 先週社長と先生にメールしましたよ。見てくれてないんですか。そういえばABCシステムさんの販売管理システムのインボイス対応はどうなりました?」

「というと?」

「先月、"ABCさんとの打ち合わせが必要だ"って、おっしゃってたじゃないですか」

「ああ、そうだったっけ」

 田中さんは苦笑いしながらも助け舟を出す。

「当社は軽減税率商品が多いから、税率ごとの"端数計算"にきちんと対応できているか、確認しておく必要があるんですよ」

 インボイス制度では、一つの適格請求書について、「税率ごとに1回の端数処理」を行うことになっている(『戦略経営者』2022年4月号 連載①参照)。現在山田商事では、個々の商品ごとに消費税の端数処理をし、月次請求書ではその消費税合計額を記載しているが、これはインボイス制度スタート後には認められなくなってしまう。インボイス制度にのっとった適格請求書とは消費税額等の端数計算に違いが出てしまう可能性があるからだ。

「そうだった。それに適用した税率ごとの合計額や消費税額を記載したレシートが出せるよう、レジ対応も進めなきゃならないんだよなあ……」

 食品卸会社である山田商事は、地元の農家や漁師から1次産品を仕入れ、実店舗で販売するという事業も試験的に手掛けているが、メインはBtoB(企業間取引)。いずれにせよインボイス対応は必須だ。

「よし、田中さん、やるか!」

 ピンポーン……。

 山田社長がやる気を出したところでチャイムが鳴る。

「あ、佐藤先生だ!」

 田中さんはエントランスまで急いだ。

DX化へのきっかけに

 いつもの応接室。スーツの雨粒を払いながら佐藤税理士が言う

「社長、前回の宿題の回答は田中さんからすでにメールでいただいています。山田商事としては、現在の請求書をインボイスにする案と、現在の納品書と請求書の複数書類でインボイスにする案の二つで検討中ということですね。また、取引先別の請求書や納品書にインボイスとする場合の修正点を書き込み、その際の課題を出していただきました。この短期間でよく勉強されましたね」

「ありがとうございます」と田中さんははにかみながら答えた。

「ところで先ほど、田中さんとレジ対応についてお話しされていたとお聞きしましたが……。そうであれば、社長、この機会に新しいレジシステムや販売管理システムを導入されてはいかがでしょう」

「どういうこと?」

「インボイスへの対応を機に、御社のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を推進していくんです!」

「でぃ……DX!?」と山田社長。

 佐藤税理士が、今度は田中さんの方に体を向ける。

「では田中さんにお聞きしますが、現在の販売管理システムに課題はありませんか?」

 うーん……と首をかしげていた田中さんだったが、「あ!」と声を上げた。

「今のシステムの請求書だと、当月のお買い上げ金額しか記載されていないので、入金された時点で安心してしまい、実は入金差額があったことが後になって判明することがありました。こちらの確認不足と言われればそうなのですが、売掛金残高が記載されていればこのようなミスはだいぶなくなるのにと思ったこともあります」

 佐藤税理士は大きくうなずく。

「そのお悩みはよく聞きますね。新しいシステムを導入すればそれも解決できます。請求書への売掛金残高記載、インボイス対応はもちろん、売り上げデータや入金データを販売管理システムから会計システムに仕訳連動することも可能になります」

 田中さんと佐藤税理士の会話を聞いていた山田社長は、腕組みをして黙ったままである。

「社長! どう思われますか、何とか言ってくださいよ」

「うーん……即答は難しいね……なんせ、ハードルが高過ぎるよ」

「ハードルですか」

「うん、二つ気になる。一つは、システム導入時の事務的負担。前の時も大変だったじゃないか、田中さんも覚えているでしょう。このところの原材料費値上げで、いい加減仕事が増えてるんだ。この上さらに時間は取れないよ」

「なるほど……じゃあ二つ目は?」

IT導入補助金の活用

「それはもうズバリ、コストだよ。決算で利益が出せるかどうかっていう瀬戸際の時に、そんな余裕はないよ」

「社長、お言葉を返すようですが、インボイス対応を先送りにしたところで、何もメリットは得られません。そして中小企業にとっても、DX化は事業の生産性向上につながる有効な施策です。インボイスをきっかけにDXを進めるという考え方は、非常に合理的です」

 沈黙が続き、空気が張り詰める中で、田中さんがまた助け舟を出した。

「2年前、会計システムをリプレースした際には、確かに慣れるまで時間はかかりましたが、佐藤事務所の高橋さんが熱心にサポートして下さって、助かりましたよ。今回、新しいシステムを導入するとして、またサポートをいただければ大丈夫だと思うんです」

「ちゃんとしたサポートがあれば、の話でしょう。ABCシステムにそれが期待できるかな。それからコストの問題はどうするの」

 聞く耳を持たない山田社長に、佐藤税理士はゆっくり語りかけた。

「分かりました、では一つ一つ整理していきましょう。まずはコスト面から。社長、IT導入補助金というものがあるのはご存じでしょうか」

「言葉だけは……」

図1

図1(クリックで拡大します)

 佐藤税理士はうなずきながらバッグからバインダーを取り出し、一枚の紙片(図1)を差し出した。

「中小企業がITツールを導入する際、費用の2分の1、最大450万円が補助される制度があります。さらに今年は、通常枠のほかに『デジタル化基盤導入類型』という特別枠が設けられており、インボイス制度への対応を見据えた会計・受発注・決済・ECのソフトウエアを新たに導入すれば、費用の最大4分の3、最大350万円の補助を受けることができるんですよ。これを利用しない手はないと思います」

「4分の3か、それは助かるな」

 さっきまで腕組みしていた山田社長も、いつしか前のめりに。

求められる一元的な対応

「レジだってそうですよ。御社の新事業である農水産物の直販店は不特定多数を相手にしたビジネスなので、インボイスではなく『簡易インボイス』(適格簡易請求書)の発行が認められます。あ、ちょうどいい。簡易インボイスについて説明しておきましょう」

図2 適格請求書と適格簡易請求書の記載要件とサンプル

図2(クリックで拡大します)

 佐藤税理士は、同じバインダーから別の紙片を取り出す(図2)。

「これが簡易インボイスです。御社の店舗の場合は基本的に、レジから出力されるレシートがこれに当たります。簡易インボイスでは、通常のインボイスでは必要な書類の交付を受ける事業者の氏名または名称の記載を省略することができるんです。当たり前ですよね。一般の消費者の氏名をいちいちレシートに記載することは不可能ですから」

「あの……」

 田中さんが小さく手を挙げる。

「でも、登録番号は記載する必要があるし、消費税の計算方法も変わってきます。簡易インボイスにしても、レジの変更は避けられないんですよね」

「その通りです。軽減税率が導入された際にも、レジメーカーに対応をお願いしましたよね。今回もレジメーカーに問い合わせはされましたか」

「いや、まだだ。インボイス制度のスタートは、来年の10月だからね」と山田社長。

「それはそうですが、インボイス対応のために、レジだけではなく販売管理や会計のシステムの改変が必要となれば、それらを一元的に進めていかなければなりません。取り掛かりは早いに越したことはありませんよ」

 田中さんが続ける。

「最近では、タブレット端末にPOSレジ機能が搭載されたものもありますが、あれはどうです?」

「タブレット型のレジは導入コストが抑えられるほか、従来の据え置き型のものと違って設置スペース不要で、持ち運びも便利です。機能面でも、会計システムへの仕訳連携機能を備えているものも多いですよ。先にご説明した、IT導入補助金のデジタル化基盤導入類型を活用すれば、タブレットの購入にも2分の1の補助(最大10~20万円)も受けられます」

「システムだけでなく、レジにも補助金が出るということか。知らなかったよ」と山田社長。

「そうなんです。もう一度、これ(図1)をご覧いただけますか。具体的に言うと、IT導入補助金のデジタル化基盤導入類型を活用して"2機種以上"のシステムを導入すれば、5~50万円以下の部分で4分の3、50~350万円以下の部分で3分の2の補助が受けられるということです。インボイス対応ができて、DXによる効率化も図れる。一石二鳥ではないですか」

「コスト面ではよく分かった。ただ、新システム導入の際の人的負担がやはり気になるね。果たしてスムーズにいくのかどうか……」

TKCシステムのフル活用によるDX化

(クリックで拡大します)

 すると、佐藤税理士は今日3枚目の紙片をバインダーから取り出した。

「これは、現在使っていただいている会計システムを中心としたDX化の概念図です。もちろん、ABCソフトさんやレジメーカーさんと、御社に合わせた効率的なシステムを作り上げていくことも可能です。ただ、この図の方向性でよろしければ、最初から会計システム、販管システムそしてレジの三つが連動するように、当会計事務所とシステムベンダーが協力してシステム設計し、スムーズな運用につなげてまいります」

「佐藤先生、うまいなあ! しかし、考えてみる価値はありそうだね」

 ふと窓の外を見ると、雨はいつの間にか上がっていた。

……続く

参照:『電子取引・インボイス対応ワークブックVol.2』

(本誌・高根文隆)

掲載:『戦略経営者』2022年7月号