長引くコロナ禍やウクライナ危機に端を発する原料高により、さまざまな商品・サービスで値上げが余儀なくされている。過去に類を見ない物価高に中小企業はいかに対応するべきか──。値上げのノウハウや心構えを有識者に聞いた。

プロフィール
つじい・けいさく●1969年京都府生まれ。立命館大学法学部卒業後、大和証券、東京都中小企業振興公社を経て社会調査、市場調査事業を行うともえ産業情報を設立。中小・中堅企業の現場を調査した経験から、利益確保のための積極的な値上げ方法を研究し、多くの企業や店で値上げを実現させてきた。著書に『小さな会社・お店のための値上げの技術』(阪急コミュニケーションズ)など。
値上げの方法論

 昨今の物価高は多くの中小企業を苦境に追い込んでいるようです。仕事柄、たくさんの経営者と接していますが、みな口をそろえて「値上げしたいがお客さんに申し訳ない気持ちがある」「値上げの必要性は理解しているが実際に価格を上げる勇気が湧かない」とこぼしています。

 それは当然でしょう。日本はバブル崩壊以降およそ30年以上にわたるデフレを経験しています。このような状況のなか値下げに踏み切ったことはあっても値上げを実行した中小企業はごくわずかでしょうし、顧客側も「商品の価格は低くて当然」という考えが根づいている。値上げ=悪とまでは言わないものの、購買頻度が落ちる、取引先を変えられてしまう、顧客からの評判が下がる……など値上げに抵抗のある経営者は非常に多い印象です。

「従業員の幸せ」を念頭に

 しかし、この考えは誤りです。理由をきちんと説明し、理にかなったやり方で値上げをすれば顧客は意外と理解を示してくれるものです。それに、何も倍近くまで価格を引き上げるわけではありません。商材の性質にもよりますが、私が推奨する値上げ幅は売価の1割、高くても2割程度です。例えば、300円のケーキが330円になったとして、「高くなったのでもう買わない」という顧客は果たしてどのくらい存在するでしょうか。商品、サービスそのものに価値を感じていれば多少の値上げでも売れ行きが落ち込むことはありません。本当にその商品を必要としていれば、値上げよりも商品や会社そのものがなくなってしまうことの方が困るはずですから。

 例えば、私が経営するたいやき店ではこれまでに何度も値上げを実行してきました。あるときは「従業員の待遇改善」を理由に、またあるときは「硬貨の入出金に手数料が発生してしまう」ことを理由に段階的に価格を引き上げてきたのです。最初は1個150円だったものを現在は200円で販売しているわけですが、それでも売れ行きは変わっていません。むしろ価格を上げたことで粗利が拡大し、従業員の賃金アップはもちろん、広告宣伝や販売促進などにも予算を投下できるようになりました。

 経営者として念頭に置くべきは「従業員の生活を守る」こと。社員やパート・アルバイトなど一緒に働く人を幸せにするには今よりも待遇を良くすることが不可欠で、これを実現するための第一歩が値上げなのです。そのほかにも値上げすることで得られるメリットは多くあります。詳しくは図表1(『戦略経営者』2022年8月号P12)をご覧ください。

「パッケージ」を意識する

 では、具体的にどのような方法で値上げを実行すればよいのでしょうか。まず取り組むべきは、今の情勢を受けて”断腸の思い”で値上げせざるを得ないと説明すること。「原料高や輸送コスト等の高騰により、まことに申し訳ありませんが料金を改定させていただきます」といったように、やむを得ず値上げに踏み切ったことをきちんと説明すれば、ほとんどの顧客は理解してくれるはずです。

 このほか「付加価値の高い商品・サービスをラインアップに加える」ことも効果的でしょう。高価な原材料を用いる、販売工程でひと手間加えることでプレミアム感を演出するのです。ポイントは従来の商品とプレミアム品を同時に展開すること。従来品の価格は据え置く一方、プレミアム品の単価は高めに設定する。こうすることで、従来品のニーズを確保しつつプレミアム品の販売によって売り上げと粗利益の拡大が期待できます。

「パッケージを意識する」ことも重要です。商品の入れ物を少し高級な容器に変えたり、紙で個包装することでお金と手間がかかっていそうな印象を顧客に与えるのです。例えば、ある清酒メーカーでは日本酒をチタンボトルに入れて販売しました。従来品と比べて割高だったものの見た目の高級感やチタンという素材のイメージから顧客にも広く受け入れられ、スマッシュヒットを記録しました。このように容器や包装にひと工夫することも値上げに一定の効果があるのです。

 とはいえ、これらはどちらかというとBtoC向けの方法です。大手メーカーの下請けや孫請けのなかには価格転嫁に苦慮している企業も多く、既存商材の値上げが容易ではない様子がうかがえます。このような中小企業はいかにして値上げに取り組めばよいのでしょうか。

 そこでおすすめしたいのが「自社の強みを生かして新規取引先を開拓する」ことです。例えば、短い納期に対応できる、見積もりをスピーディーに出せるなど自社ならではの売りを武器に、新しい料金体系で勝負できる取引先を増やすのです。後ほどのケーススタディーで詳しく紹介しますが、ある自動車部品メーカーはごくシンプルな方法で海外企業との取引を獲得しました。精緻な技術力が求められる、短納期で仕上げてほしいなど発注側のニーズに合致すればある程度高い料金でも受注することが期待できます。こういった自社技術の水平展開も値上げの方法として十分な効果があると言えるでしょう。

 このほかにも、さまざまな値上げのテクニックをP14(『戦略経営者』2022年8月号)でも解説しているので、詳しくはこちらも参考にしてみてください。

サービスにプラスの価値を

 ここからは実際に価格戦略を巧みに組み立て、売り上げや粗利の拡大に成功した事例を紹介します。

【ケース1】リフォーム工事業
 一般家庭向けのリフォーム工事を手がける会社の事例です。同社ではある取り組みにより約1割の値上げに成功しました。その取り組みというのが「提案書のボリュームアップ」です。同業他社が表紙・設計図面・見積書の3枚つづりで提示する一方、同社はあいさつ文や自社の概要、過去の施工実績や施工内容をこと細かに記載し、約30ページに及ぶ膨大な提案書をまとめたのです。営業担当者がこの提案書を用いて顧客としっかりコミュニケーションをとることで堅固な信頼関係が醸成され、価格を改定したにもかかわらず値上げ前とほぼ同じペースで注文を獲得。粗利も22%から40%とおよそ2倍に拡大しました。

【ケース2】自動車部品工場
 大手自動車メーカーに部品を納入している孫請け企業の事例です。この会社では翻訳ソフトを使って海外メーカーにホームページ経由で手当たり次第にメッセージを送ったところ、ある企業から図面とともに試作を依頼するメッセージが送られてきたそうです。その図面どおりに試作品を作って送ったところ受注が決定。見事、継続的に取引を行う関係に発展しました。単価も既存の取引より高めに設定したことで売上高と粗利の拡大に結びついています。

【ケース3】配送業
 デパートの中元、歳暮の配送を手掛ける中小企業では配送業務をマニュアル化し、取引先に配布しました。すると同社の丁寧な配送ノウハウが話題になり、値下げ要請をかわしただけでなく、配送エリアの拡大を実現しました。サービスの品質を可視化したことで取引先の評価を獲得したのです。
 この会社が行ったことは値上げではありません。が、サービスにプラスアルファの価値を加えることでクライアントからの値引き要請を防ぎ、売り上げを拡大したという意味ではほかの中小企業の十分参考になる事例と言えるでしょう。

生産性アップにも直結

 巷間(こうかん)、しきりに生産性アップが叫ばれていますが、どうも労働時間の削減に焦点が当たっている感が否めません。労働生産性は「付加価値額」を「労働者数×労働時間」で割ることで算出されますが、値上げは分子の付加価値額を高める行為です。生産性を上げるうえで労働時間を短縮することも大切ですが、それと同じくらい付加価値を上げる=取引単価を上げることもまた重要なのです。

 これまではモノの価値に対して安い価格がつけられる傾向にありました。そういう意味でも、昨今の状況は価格戦略の見直しを図る絶好の機会と言えるでしょう。

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2022年8月号