中小企業の永遠の課題ともいえる事業承継。ここ数年は、感染症の蔓延で後回しにせざるをえなかった会社も多いだろう。が、ポストコロナを生き抜くにはスムーズかつ円満なバトンタッチが必須条件。「成功する事業承継」の秘けつを探ってみた。

プロフィール
しまだ・なおゆき●山口県生まれ。京都大学法学部卒。「中小企業の社長を360度サポートする」をモットーに「社長法務」を提唱。労働問題、クレーム対応、事業承継をメインに経営者への法務サービスを提供している。主な著書に『社長、その事業承継のプランでは、会社がつぶれます』『社長、クレーマーから「誠意を見せろ」と電話がきています』(いずれもプレジデント社)などがある。
成功する事業承継

 事業承継に苦慮している中小企業は相変わらず多い印象です。仕事柄、社長、社長夫人、後継者などさまざまな立場にある方の相談に応じていますが、皆それぞれ特有の悩みを持たれています。

 最も多いのが「社長が跡を継がせてくれない」という後継者からの相談です。社長本人は「そろそろ譲らなければ……」と周囲に話しているものの、実際はまだまだ続けるつもりでおり、「後継者が未熟だから継がせられない」との考えのもとに、「後継ぎとして会社を引っ張る覚悟やスキルが身についた段階でバトンタッチしたい」と考えている方が多いようです。一方で、会社を継ぐ準備ができているにもかかわらずいたずらに時間だけが過ぎてしまい、もどかしい思いをしている後継者も少なくありません。

 とはいえ、経営手腕は社長としての経験を積まないことには磨かれません。社長が社長であり続けることによって後継者の成長の機会を奪ってしまうのです。後継者が未熟だから跡を譲らないのではなく、未熟だからこそ早めに地位を与えて経験を積ませることが大事。社長の椅子に座り続けることが一つの経営リスクと言っても過言ではないのです。

自社株は後継者に集約せよ

 事業承継は計画的かつ慎重に進めないと必ず何らかのトラブルに直面します。親子、従業員、取引先などすべての利害関係者とあつれきを生まないためにも、次の5つのポイントを押さえておきましょう。

  1. ①「完璧な事業承継」はないと覚悟を決める
  2. ②自社株は後継者に集約する
  3. ③相続対策は法人と個人の資産を一体にして考える
  4. ④引退の時期を社内外に伝え、引退後はむやみに口出ししない
  5. ⑤後継者には逆境を経験させる

 まず①②について、詳しく説明します。

①「完璧な事業承継」はないと覚悟を決める

 なるべくコストをかけずに自社株を譲渡・回収したい、納税の負担を軽くしたい、後継者が的確な意思決定ができるようになったらバトンタッチしたい……など、経営者はとかく「完璧な事業承継」を求めがちですが、これらをすべて満たすことはできないと考えてください。これまでに私が関わった案件でも、先の要件をすべてクリアした例は一つもありません。事業承継をトラブルなく進めるうえで大切なのは、「何を手放し、何を守るか」という優先順位をつけることです。

 特に会社の支配権に直結する自社株対策で失敗すると経営に大きなリスクが生じます。自社株の譲渡や回収を万全に行うことを念頭に置きながら、節税や後継者教育など個々の対策に着手するようにしましょう。

②自社株は後継者に集約する

 事業承継の基本は「支配権を確実に譲り渡す」ことです。後継者が経営権を行使できなければ事業を引き継いだとは言えないからです。理想は後継者がすべての株式を保有することですが、難しい場合は少なくとも3分の2以上は持てるように準備を進めてください。3分の2以上を保有していれば株主総会の特別決議を単独で成立させられるなど、意思決定の迅速化につながります。

自社株の売買は慎重に

 なかには家族で協力し合って会社を発展させてほしいとの思いから、「自社株を子どもたちに均等に分けたい」という経営者も少なくありませんが、この考えは誤りです。血縁関係があるからこそ感情のままに本音をぶつけることができてしまうからです。実際に、自社の経営をめぐって後継者とその親族の関係が悪化したものの、お互いに過半数を持っていないことから方針が二転三転し、社内の混乱を招いたといった例は少なくありません。

 こういったトラブルを起こさないためにも自社株は後継者一人に集約することを前提に考え、後継者には早いうちから資産形成に取り組むように促しましょう。自社株の譲渡には主に贈与・売買・相続の3つの手段がありますが、いずれの方法を取っても多額の資金が必要になるからです。

 自社株が親族外に分散している場合は「株主名簿」を参照し自社の株主構成を確認しましょう。その中に自社とのつながりが薄い株主がいれば、その人物から株式を買い取ることも視野に入れてください。自社株の売買は非常にデリケートです。相手の感情を逆なでしてしまうと交渉が決裂する可能性もあります。買取価格は事前に税理士と協議したうえで決めるのがベストですが、場合によっては相手の提示額をそのまま受け入れる覚悟を持って交渉に臨む必要があります。

むやみに口出ししない

 続いて③④を見ていきましょう。

③相続対策は法人と個人の資産を一体にして考える

 例えば、工場の敷地は個人名義、建物は法人名義で所有しているといったように、オーナー企業は個人と法人が経済的に一致している場合が多いため、相続については双方の資産を一体にして対策を練らなければなりません。そのためにも、法人あるいは個人で所有している資産を整理し不要なものは売却もしくは処分しましょう。特に個人資産は種類が多く整理しづらいため、現預金、有価証券(自社株含む)、不動産、生命保険など種類ごとに書き出しながら整理してください。

 その後は双方の資産構成を見直します。ポイントは「なぜ法人(個人)で所有するのか」など、戦略観を持って見直すことです。基本的には事業に関係する資産は法人が持つことになるので、事業との関連性を軸に法人・個人のどちらで所有するのかを判断してください。

④引退の時期を社内外に伝え、引退後はむやみに口出ししない

 冒頭で述べたように社長の椅子に座り続けることも一つの経営リスクです。後継者に経営のバトンを渡し自社の成長を促すためにも、退任時期を明確にし社内外に公表することをお勧めします。例えば「○年後に退任する」と明言することで、退任時期から逆算して自社株や資産の整理、後継者の育成といった準備を体系立てて取り組むことができます。

 退任後はむやみに指導・助言することは避けましょう。繰り返しになりますが、経営手腕は社長としての経験を積まなければ磨かれません。たとえ社員から相談を受けても「社長に聞きなさい」と毅然とした態度をとり、後継者の方針や判断が明らかに誤っている場合のみ現場に介入するようにしてください。

 後継者が困ったときに気軽に相談できるよう、士業等のアドバイザーとの関係構築も進めておきましょう。特に税理士は中小企業経営者にとって最も身近な存在ですから、常日頃からコミュニケーションがとれるような間柄にしておくことも経営者の役割です。

全体を俯瞰する力を育てる

 最後に⑤について説明します。

⑤後継者には逆境を経験させる

 経営者に欠かせない資質に「会社全体を俯瞰する能力」が挙げられます。そしてこの力は実際にヒト、モノ、カネ等の経営資源を動かさなければ身につきません。したがって、後継者を多くの人員や予算を抱える部門長あるいはプロジェクトリーダーに任命し、失敗も含めてさまざまな経験をさせるべきでしょう。

 例えば、ある水産加工業の社長は赤字だった他社を買収し、後継者を再建の責任者に任命しました。社長から「3年で黒字化できなければ会社を継がせない」とハッパをかけられた後継者は死にもの狂いで事業を立て直し、見事3年で黒字化することができたそうです。その間、目標未達の状況が長く続き、何度も部下と衝突したそうですが、このときの経験は経営者として采配を振るう際の礎になったということです。

 これまで縷々(るる)述べてきましたが、自社の将来の発展を成し遂げるのは後継者です。これまで長く経営者を務めてきた経験やプライドから、「生涯現役」を標榜する社長も少なくありませんが、それではいつまでたっても後継者の成長には結びつきません。現役にこだわるのも素晴らしいことかもしれませんが、将来のことを考えて今から少しずつ事業承継に向けた準備に着手することをお勧めします。

(インタビュー・構成/本誌・中井修平)

掲載:『戦略経営者』2022年10月号