コロナ禍に加え、円安、原油高、ロシアのウクライナ侵攻による穀物高など、日本経済への不安要素は、今やてんこ盛り状態。こうした状況のなか、2023年は展望いかに……。各界の識者に語ってもらった。

プロフィール
なかばやし・みえこ●グローバルビジネス学会会長。米国マンスフィールド財団名誉フェロー。1960年生まれ。跡見学園女子大学国文学科卒。ワシントン州立大学大学院政治学部修士課程修了。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。92年米国国家公務員として連邦議会上院予算委員会に正規採用され、2002年まで上院予算委員会の共和党側に勤務。衆議院議員(09~12年)。17年早稲田大学教授。『アメリカ政治の地殻変動』(共著、東京大学出版会)、『沈みゆくアメリカ覇権』(小学館新書)など著書多数。
展望2023

──11月に行われた米中間選挙結果を、どのように分析されていますか。

中林 上院で民主党が現有50議席を確保する一方、下院では共和党が過半数を上回り多数派となりました。さまざまなデータから、共和党が上院も制すると予測されていたので、開票速報を見て驚きました。
 民主党は、中道派が多く、両党の支持がきっこうしているといわれる、ペンシルベニア州、アリゾナ州、ネバダ州といった接戦州で勝利しました。今回の中間選挙で、投票行動に大きな影響をおよぼしたと思われるのが、候補者本人の資質と、背負っているメッセージです。
 例えば、ペンシルベニア州での共和党上院予備選では、マコーミック氏とオズ氏が候補者指名を争いました。オズ氏は医師でテレビ司会者。かたやマコーミック氏は、財務次官や投資管理会社の最高経営責任者(CEO)を務めるなど、豊富なキャリアの持ち主です。最終的にトランプ前大統領の推薦を受けたオズ氏が予備選を制し、中間選挙に立候補しましたが、敗北してしまいました。
 トランプ氏推薦候補の勝率は9割を上回ったのは確かですが、接戦州では軒並み落選しています。

──候補者の背負っているメッセージとは?

中林 候補者の掲げている公約のうち、とりわけ人工妊娠中絶へのスタンスの違いが、選挙結果を左右したとみています。2022年6月、連邦最高裁は人工妊娠中絶の権利を認めた「ロー対ウェイド判決」を覆す判決を下しました。権利が認められたのは1973年の判決ですから、約50年ぶりに判断が覆ったことになります。
 今回の中間選挙ではケンタッキー州など5州で、人工妊娠中絶の是非を問う住民投票も実施され、いずれの州でも中絶の権利を認める票が多数を占めました。中絶の権利擁護を掲げる民主党にとって、こうした状況は追い風になったはずです。

共和党で勢い増す保守強硬派

──バイデン大統領は「ねじれ議会」に臨むことになります。

中林 ねじれ議会自体は過去の大統領も経験しており、珍しいことではありません。「レイムダック・セッション」といわれる、引退もしくは落選した議員も参加して開催されている議会は、23年1月3日に会期末をむかえます。大統領府と異なる政党が、上院もしくは下院で多数派となっていると、法案はなかなか思うように成立しません。したがってバイデン大統領は、民主党が上下両院で多数を握っているうちに、法案を可能なかぎり通したいと考えるでしょう。
 ただ、バイデン氏自身、ねじれ議会になることを覚悟していましたから、これまでの2年間でさまざまな法案を成立させてきました。インフレ抑制法しかり、半導体補助金法しかりです。
 9議席という僅差ながら下院で共和党が多数派となったため、新議会で同党下院トップのマッカーシー院内総務が下院議長に選出される見込みです。カギを握るのは、党内保守強硬派やトランプ派からの圧力をいかに抑えられるか。すでに一部の議員が反旗を翻す動きを見せたり、注文をつけたりしており、新下院議長の指導力が試されるところです。

──先日、米国に出張されたそうですが、現地の雰囲気は?

中林 新型コロナの感染状況はピーク時に比べると小康状態にあり、食品や医薬品を扱う人を除いて、街なかでマスクを着けて歩いている人はほとんど見かけませんでした。コロナ感染者は処方薬を服用して自宅待機するなど、簡素化されたルールがだいぶ根付いてきているようです。依然油断できませんが、米国ではコロナとうまく付き合う方法を模索しながら、共生しはじめている印象を受けました。
 ただ、物価高は深刻で、インフレ率が前年同月比7%を超えるなど、あらゆるモノやサービスの価格が上昇しています。航空券代もそうだし、食事代もそう。中央銀行であるFRB(連邦準備制度)はインフレ打倒を掲げて利上げを開始しているので、効果は徐々に現れてくると思いますが。

──フェイスブックを展開するメタが1万人規模の人員削減を発表するなど、GAFAと呼ばれる巨大IT企業にリストラの動きが広がっていますが、好調な米国経済の潮目は変わりつつあるのでしょうか。

中林 GAFAの経営陣はおしなべて将来を予測するのにたけていますから、既存のプラットフォームビジネスはいずれこのままではなくなるのを見越しているのでしょう。ブロックチェーン(分散型台帳)をはじめとするテクノロジーの進展により、必ずしもGAFAのプラットフォームを利用しなくても、人々はネットサービスを享受できるようになりつつある。加えて、FRBの政策変更もあり、これまでのような景気過熱状況は今後続かない、と判断したのではないでしょうか。

中国のカントリーリスクが露呈

──中国では共産党大会をへて、習近平(シーチンピン)体制が3期目に入りました。中国の動向をどのように占いますか。

中林 最も注視しなければならないのは、コロナ対応のゆくえです。「ゼロコロナ」政策に対する抗議活動が各地で広がっており、異例の事態と言わざるをえません。ロックダウン(都市封鎖)を行うと消費活動が滞り、飲食店をはじめとする接客業に深刻な打撃を与えます。あるいは、中国に製造拠点を構えている海外企業も部品を生産できず、ビジネスが成り立たなくなってしまう。企業はこうした事態をカントリーリスクと見なし、中国での事業展開について再考を迫られています。
 中国政府はゼロコロナ政策を見直す時期にきていますが、政策転換は容易ではありません。民主主義国家なら投票などの民主的なプロセスを経て、運転席に座る人を交代させてクルマを正しい方向に導くことができる。現在の中国の政治体制でそうしたプロセスを期待できないことは明らかです()。

──政策の非を容易に認められないと。

中林 中国政府はコロナの感染拡大を当初抑えこんでいたので、ゼロコロナ政策を実績として喧伝(けんでん)していました。さらに皮肉なことに、中国ではメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを開発できておらず、古い型のワクチンを使用しつづけている可能性がある。ゼロコロナ政策を緩和したとたん感染者が増え、医療体制がひっ迫するおそれもあります。
 現時点で政府は、ゼロコロナ政策に異議を唱える国民の声が拡散するのを防ごうと、躍起になっています。批判の声を上げているのはおもに若者たちですが、子どものネット上の投稿内容に目を光らせている親も少なくないそうです。政府に盾突く行動をとると割を食うのを、親の世代はわかっていますからね。政府は国民の言論統制をゼロコロナ解除後も続けるでしょう。
 卑近な例を挙げると、先日開催されたサッカーワールドカップカタール大会において、中国政府はマスクを着けずに観戦している客の姿を映さないよう、動画配信会社に対してお達しを出していたそうです。

※編集室注…中国政府はその後ゼロコロナ政策の大幅緩和を発表。

日米韓の連携強化を

──ロシアがウクライナに軍事侵攻してまもなく1年をむかえます。泥沼化している戦争の出口は?

中林 国連の発表によると民間人の死者は6,000人を上回るなど悲惨な状況になっており、一刻も早く終結させたいと大勢の人は願っていることでしょう。
 実際、米政府高官の最近の言動には、ウクライナとロシアを交渉のテーブルに早くつかせたいという思いが滲んでいます。ミリー統合参謀本部議長は、この戦争を軍事力だけで解決するのは難しいと述べているし、サリバン大統領補佐官もロシア高官と秘密裏に協議していたことが明らかになりました。同時にバイデン大統領は、ウクライナ抜きでの和平交渉はあり得ないと発言しています。もちろん、米国としては国際秩序上、侵略者が得をする事態は容認できません。
 ゼレンスキー大統領は、和平交渉開始の前提として5つの項目(①ウクライナの領土保全の回復②国連憲章の尊重③戦争による全損害の賠償④すべての戦争犯罪人の処罰⑤二度と侵略しない保証)を示しています。一方ロシアは、ウクライナ東部・南部4州の併合を一方的に宣言してしまった。ウクライナとロシア双方の主張の隔たりは大きく、着地点探しを含めて、交渉開始のハードルは非常に高いと言わざるをえません。

──北朝鮮はここにきてミサイル発射をくり返していますが、日本はどう向き合うべきでしょうか。

中林 北朝鮮に対して最も脅威を感じているのは韓国でしょう。北朝鮮より経済力でまさっているとはいえ、核兵器を保有する国と国境を接していれば、脅威に常にさらされることになります。民主主義国家間にはときに不協和音が生まれるので、日米韓が安全保障面で足並みをそろえ、スキをつくらないことが極めて大切です。つまり、いざというときに米国の核の傘が機能すると北朝鮮に知らしめておく必要があるのです。
 私は米国の大学で核抑止論の権威として知られる、パトリック・モーガン教授に師事しました。彼が学会で主張したのは、抑止にはクレディビリティー(信憑性)が必要であるということ。同盟国同士がいくら外交的親密さを訴えても、日ごろから軍事訓練を行い、連携を深めていなければ、クレディビリティーは期待できません。日本は防衛費を増額しようとしていますが、クレディビリティー向上に資するものに予算を投じてほしいと思います。

債務上限問題が再燃か

──24年には米大統領選が控えています。

中林 トランプ前大統領が立候補を早々に表明したため、選挙活動がかなり前倒しで始まると予想しています。バイデン大統領が立候補するかどうかを含め、両政党内でいろいろな動きが出てくるでしょう。
 議会運営をめぐっては、「債務上限問題」が再び浮上してくるはずです。連邦政府が国債発行などで借金できる債務残高の枠を債務上限といいますが、23年7月以降、これに抵触するおそれがある。上限を引き上げるか、不適用期限を設定するといった対応をとらないと、政府はデフォルト(債務不履行)に陥ってしまいます。上限を引き上げるには議会の承認を得なければなりません。よって、バイデン氏はレイムダック・セッションのあいだに、債務上限を引き上げたいと考えているはずですが、簡単ではありません。
 それと、マッカーシー共和党院内総務が、下院議長に就任すれば台湾を訪問する、と公言しているのも気がかりな要素です。もし、ペロシ下院議長に続いて訪問すれば、中国との摩擦は避けられないでしょう。

──そのほか注目されているイベントはありますか。 

中林 23年に予定されている国際イベントとしては、5月に広島でG7サミット(主要国首脳会議)が開催されるほか、6月までにトルコ大統領選が行われます。エルドアン大統領は、スウェーデンとフィンランドのNATO(北大西洋条約機構)への加盟に難色を示したり、ウクライナ・ロシア間交渉の仲介役を担ったり、キーパーソン的役割を果たしている。大統領選と同時に議会選挙も実施され、野党が勝利すれば議院内閣制に移行することになるため、注目しています。

(インタビュー・構成/本誌・小林淳一)

掲載:『戦略経営者』2023年1月号