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情報誌 「新風」(かぜ)

2025年10月号Vol.140

【特集1】自治体のAI活用「働き方改革」と「住民サービスの進化」へ、待ったなし

中央大学 国際情報学部 教授 須藤 修氏
インタビュアー 本誌編集委員 篠崎 智
撮影:中島淳一郎

いま、自治体でも急速に導入が進むAI。業務効率化やサービス向上の効果が期待される一方利活用には不安や課題もある。そこで、須藤 修 中央大学教授(自治体におけるAIの利用に関するワーキンググループ座長)に活用のあり方や今後の展望を聞く。

──2025年夏、『自治体におけるAIの利用に関するワーキンググループ報告書』が公開されました。

栃木県真岡市

須藤 修(すどう・おさむ)
1985年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士(東京大学)。東京大学教授、東京大学大学院情報学環長・学際情報学府長などを経て、20年4月より現職。現在、中央大学ELSIセンター運営委員/AI・データサイエンス・センター所員も務める。総務省「自治体におけるAIの利用に関するワーキンググループ」座長など、政府の各種委員会等にも多数参加

須藤 急速な人口減少が見込まれる中、持続可能な形で行政サービスを提供するため、自治体にはデジタル技術の活用により仕事のやり方そのものを変革することが求められています。
 自治体経営の改革については、以前から「持続可能な地方行財政のあり方に関する研究会」(総務省)において幅広い議論が行われてきました。ここでの重要なテーマは、いかに業務効率化と行政の質の向上を図るかで、その有効なツールの一つとして注目されるのがAIです。
 AI技術は急速に進化し、いまや生活のいたるところに浸透しています。中でも、幅広い分野で生産性向上の効果が期待されているのが「生成AI」技術です。従来のAIが画像・音声の認識、自動運転など特定のタスクに特化しているのに対し、生成AIはディープラーニング(深層学習)*1により自ら学習を重ね、その結果をもとに新しいテキストや画像、音声、コードなどを生成できるという特長を有しています。
 このように目覚ましい勢いで進化を続けるAI技術とどう向き合っていくかを議論するため、研究会の下に「自治体におけるAIの利用に関するワーキンググループ」を立ち上げました。
 自治体のAI活用については、これまでも各方面で議論が行われてきました。ワーキンググループでは、それらを踏まえつつ、具体的な利活用シーンを念頭に置いて業務効率化の方法や課題・留意事項などを検討。今年7月に報告書を公表しました。

業務にどう生かすか

──自治体におけるAIの利用状況を、どうご覧になっていますか。

須藤 総務省が実施した「地方自治体におけるAI・RPAの実証実験・導入状況等調査」(24年12月31日現在)によれば、生成AIを「導入済み」と回答したのは指定都市が全体の9割となったのに対し、その他の市区町村では約3割で、未だ2割以上が「導入の予定も検討もない」状況です。
 背景には、財政事情や人材不足などがあると考えられます。AIの活用により、業務効率や生産性の向上はもちろん、専門人材の不在やベテラン職員の退職によるノウハウ不足を補うことも期待されます。この点では、深刻な人手不足にある中小規模の団体ほど積極的に導入・活用を検討すべきといえるでしょう。
 すでに導入済みの団体では、議事録の作成・要約など部局共通の利用が多く見られます。これらの業務では、生成AIが起案した内容を人の手で確認・修正することで、職員がゼロから起案するよりも大幅な効率化が図れます。中には、ポスターやチラシ等の作成にかかる作業時間が、年間で97%減少したケースもありました。
 ほかにも利用効果が期待できる分野として、首長の挨拶文や方針説明、議会の想定問答など起案のために幅広い視点が求められるもの、あるいは企画書案の作成や課題分析などが挙げられます。これからAIを活用する団体では、まずは失敗しても住民への影響がない分野で試行的に採用し、徐々に活用部局・範囲を広げていくことが肝要でしょう。

──なるほど。

須藤 一部の先行団体では、条例制定やルール整備を行い、より幅広い業務分野で活用を促進する例も登場しています。
 例えば、東京都は〈都民サービスの質向上〉と〈業務の生産性向上〉を図るため、全庁横断でAIを徹底的に利活用する方針を打ち出し、今年7月に基本的な考え方や取り組みの方向性を示した『東京都AI戦略』を公表しました。これは『2050東京戦略』の一環として策定されたものです。
 また、AIを活用できる人材育成も急務となっていることから、全ての都立学校(256校)の生徒・教職員約16万人が安全に生成AIを利用できる環境を構築し、今年5月からプログラミング教育や学習支援などをスタートしました。これにより、生徒一人ひとりに合わせた最適な学習環境を提供できるとともに、教材作成や採点などにかかる教職員の負担軽減にもつながると考えています。
 そのほかにも神戸市や横須賀市、掛川市などが先進事例といえ、こうした取り組みが横展開されることでより多くの市区町村で生成AIの活用が拡がることを期待しています。

活用にあたっての留意点

──さまざまな用途で活用が期待される生成AIですが、一方でまだ解決すべき課題やリスクも残されています。

栃木県真岡市

本誌編集委員 篠崎 智

須藤 生成AIを利用する際には、長所と短所をよく理解した上で活用することが大切です。
 利用する上で注意すべき点の一つが、「生成AIは、誤った内容をもっともらしく回答することがある」ということです。AIは学習データに基づいて回答を生成するため、もとの情報に偏りや誤りがあると平気で間違えます。これを「ハルシネーション」と呼び、その発生を防ぐ研究も進んでいますが、現時点では完全に抑制することはできません。
 そのためには、AIを利用する側にも高いリテラシーが求められるという点に留意すべきでしょう。
 生成AIに「こんな論文を書きたい」と頼めば、瞬時にそれっぽいものが生成されます。しかし、AIはあくまでも人間の能力を補完するツールであり、最終的な判断や責任は人間が担います。生成した結果を利用する場合は、AIは必ずしも完全ではないことを前提として、〈その結果は正しいのか、なぜその答えを出したのか〉──などを人間がしっかり検証することが必要です。生成された結果の真偽を確認し、自ら考えることを放棄してはいけません。
 なお、小規模団体が自前で専門人材を育成・確保するのは大きな負担となることから、外部の知恵を借りることも賢明です。総務省では、職員向けの研修や利活用のアドバイスなど自治体の支援に乗り出しており、ぜひ活用していただきたいですね。また、地元の大学や企業などと連携するのも有効といえ、違った視点から新たな活用アイデアを得ることなどが期待できるのではないでしょうか。

──本格的な利活用という点では、「ガイドラインの策定」や「組織体制の整備」も欠かせません。

須藤 生成AI活用における最大のリスクが情報セキュリティーで、幅広い分野で安全・適切に利用するためにはガイドラインの策定が欠かせません。この点、規制するのではなく、リスクを低減しつつ生成AIの利用促進へ積極的に取り組んでいるのが神戸市です。
 神戸市は全国で初めてAIの活用等に関する条例を制定し、『神戸市におけるAIの活用等に関する基本指針』で、利活用を進める業務領域や責務などを明確に定めています。また、社会実装の進展やそれに伴い発現するリスク等を踏まえ、AIを安心に利用するためのルールなどを持続的に見直し・改善していくことも明言しています。
 こうしたルール等の整備と合わせて、自治体が保有する個人情報等を庁外へ流出させない対策も重要です。その参考例となるのが香川県の取り組みです。
 生成AIは大量のデータから学習し、それに基づいて人間のように自然な文章を作成したり、質問に答えたりします。しかし、自治体が保有する個人情報や機密情報が、学習データに利用されることは絶対にあってはなりません。
 そこで、香川県では生成AIシステムを独自開発して、外部の生成AIに庁内の個人情報等を記憶・学習させない仕組みを構築し、情報漏えいリスクを最小限に抑えつつAIの適切な利用を進めています。こうした取り組みは、今後、他団体にも広まっていくとみています。

──いずれも興味深い取り組みですね。

須藤 組織体制の構築ということでは、国は政府ガイドラインに基づき各省庁にCAIO(AI統括責任者)を設置し、AIの利活用・リスク管理のガバナンス体制を明確にしています。
 同様に自治体もCAIOを設置して、組織の責任体制を構築する必要があるでしょう。また、AIには高度な専門的知見が求められることから、CAIOを補佐する人材(CAIO補佐官)も欠かせません。とはいえ、専門人材の確保はなかなか難しいことから、複数団体で共同設置することも選択肢の一つとなるでしょう。

AIの進化は止まらない

──未知なことに対する恐れや不安、メリットが分からないなどにより、「AIの必要性を感じない」という自治体の声もまだ多いようです。

須藤 いま、政府は社会全体で積極的にAIを活用する方針を打ち出し、今年5月に「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」(AI法)を成立、6月4日に公布しました。また、『統合イノベーション戦略2025』(25年6月6日閣議決定)では、活用を推進する重要分野の一つに自治体を位置付けています。
 AIの利用はもはや時代の流れです。
 ワープロ専用機やパソコンがもたらした効率性が、それまでの手書き文化を大きく変えたように、AIはもはや〝未来の技術〟ではなく目前の課題を解決するための〝身近なツール〟となりました。
 自治体でも、内部事務の効率化や生産性向上から徐々に活用範囲を広げていき、住民の属性・ニーズに合わせて最適なサービスを提供するなど、質の向上に向けて不断の取り組みが求められます。もちろん個人情報等の保護は重要ですが、「このサービスには利用してはいけない」「他部局には共有してはいけない」などと厳格に規制し過ぎると、自由な発想を妨げ、業務改革を抑制することにもなりかねません。いま考えるべきは「今後もサービスを維持・継続するために、どうすれば職員の負担を軽減し、創意工夫を引き出せるのか」ということです。
 AIの進化は止まりません。いまや人間の知識や能力を超える「汎用AI」(AGI)の開発に各国がしのぎを削っており、早ければ5年後ぐらいには完成するといわれています。AGIは人間の生活を根底から変革する可能性がある一方で、制御不能リスクも指摘され、並行してそのための安全策も論じられています。
 AIによって地殻変動ともいえる大きな変化が進むとともに、想定されるリスクも多様化していきます。その中でわれわれに求められるのは、AIの可能性やリスクを冷静に見極め、社会全体の利益や倫理を考慮したガバナンス、制度設計などの議論を深めていくことです。
 日本は、AI研究・活用では大きく立ち遅れています。世界トップレベルの国々と比較すると大人と子どもほどの差がありますが、ぜひ産官学が連携して研究・活用が進むことを期待しています。

*1 AIが大量のデータから自動的に学習する技術のこと

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