更新日 2011.09.11

IFRSはどこへいくのか?

第7回 日本の動き(1)

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神奈川大学経済学部教授
英国国立ウェールズ大学経営大学院日本校(MBA)教授
田中 弘

 最後に、日本の最新の動向をお伝えします。

 わが国では、「IFRSは上場会社に強制適用されることになった」とか「IFRSは連結だけでなく、個別財務諸表にも適用される」とか「経済界はIFRS適用で団結している」・・・といった話がまことしやかに流布しているようですが、どれもこれも根拠のない話です。

 つい先日(5月24日)、金融庁に呼ばれて日本企業の決算やディスクロージャーを巡る諸問題について意見交換(というよりは、私の考えていることを伝えるのがメインでしたが)してきました。話をしたのは、IFRS問題の担当部署である「企業開示課」の課長やスタッフで、そのあと、個人的に、金融庁公認会計士・監査審査会の友杉芳正会長とお会いして、IFRS時代を迎えたときの会計教育や会計士試験のあり方などについて意見交換(というより意見陳述)する機会を持ちました。

 金融庁の皆さんと話をしていても、「各界の意見を聞く」ということでしょうか、「IFRSを強制適用するときの問題の所在」とか「強制適用への賛否」とかではなく、もっと根本的な問題、「日本の会計はどうあるべきか」「日本はIFRSにどう向き合ったらよいか」といった点を聞いてきました。

 金融庁の担当官と話をしていて強く感じたのは、世に流布しているような「連結先行論」でも「IFRS強制適用論」でもない、「投資家も経営者も監督官庁も(それなりの)満足する落とし所」は何かを模索しているのではないかという印象です。

 私が金融庁に提案したのは、「IFRS選択適用」でした。言うまでもないことですが、IFRSを選択適用するのは「上場会社の『連結』財務諸表」だけです。個別財務諸表には、世界の常識に合わせて日本基準(J-GAAP)を適用するのです。

日本の財務諸表体系の特異性―世界では連結しか公表しない

 金融商品取引法上の連結財務諸表は、現在・将来の投資大衆に向けて行う情報の公開・開示であって、「特定の誰かに報告するもの」ではありません。報告を求める・報告を受ける権利を持つ人がいるわけではないのです。

 この点で、株主という「報告を受ける権利」を持つ人たちがいる会社法上の財務諸表とは役割や位置づけが異なります。

 会社法上の連結財務諸表(会社法では連結計算書類という)は親会社の取締役会の承認を得る必要がある場合(取締役会設置会社である会計監査人設置会社の場合)もありますが、どこかの株主総会で審議したり承認したりすることはありません。

 連結財務諸表は、親会社、子会社、孫会社という法律的には独立した別会社を1つの経済実体(企業グループを1つの会社)と仮定して、あたかもそうした会社が実在するかのように仮装して作成した財務諸表です。いわば「虚構の財務諸表」なのです。

子会社を上場するのは「資本の論理」から説明できない

 なぜ、グループで経営していながら、法律的に独立した子会社を作るのでしょうか。いろいろな理由があります。例えば、ある事業におけるリスク(例えば、製品の欠陥による損害を賠償するリスク)を本体(親会社)から遮断しておきたいときに、親会社に損賠賠償の責任が及ばないように子会社を販売会社として設立することもあります。トカゲのしっぽ切りのようなものです。

 グループ内に多くの上場会社があると、そのグループの信用力が高まるとか、グループの資金調達や人材の採用に有利だといったことも言われています。

 しかし、子会社を上場するのは、欧米などの「資本の論理」からは理解されないようです。本来、子会社は親会社の下部組織ですから、子会社が必要とする資金は親会社が出すべきであって、その資金を「上場」によって調達するのは筋違いだというのです。欧米の投資家からすれば、子会社は親会社が配当も収益力も支配しているのですから、そんな会社の株を買う投資家がいるはずがない・・というのです。

連結の株主はいない

 もともと連結が想定する会社はないのですし、会社が存在しない以上、連結株主も存在しないし連結株も売っていないのです。つまり、連結はどこかの会社の「決算書」ではないのです。

 会社法上は、連結は個別財務諸表を補足するための「参考資料」でしかありません。当期の純利益を確定したり、その利益を誰にいくら分配するかを決める情報を提供したりといった利害調整機能は連結にはないのです。会社法上の連結財務諸表(連結計算書類)には情報提供機能しかありません。

 IFRSに関連して問題となっている連結財務諸表は、金商法上の財務諸表です。会社法上の「参考資料」として作成される連結計算書類がテーマとなっているわけではないのです。

連結先行論

 昨年6月に金融庁企業会計審議会から「我が国における国際会計基準の取扱いについて」と題する中間報告が出され、IFRSの受け入れに関しては、コンバージェンスを加速化するにあたって「連結先行」(その後、金融庁はこれを「ダイナミック・アプローチ」と命名している)で対応する考えが示されました。

 ダイナミック・アプローチとは、連結財務諸表の会計と個別財務諸表の会計との間の整合性が失われない範囲で前者の会計が後者の会計に先行して改訂されていくという考え方を言うとされています。

 この「連結先行」論は、あたかも世界の常識かのようにわが国の実務界に流布した観があります。ここでは「個別財務諸表あっての連結財務諸表」「個別財務諸表がなければ連結財務諸表は作れない」という理解がまさしく先行しているようです。連結も単体もIFRSで対応しているのはイタリアなどの少数の国だけであり、ほとんどの国は連結にIFRSを適用していても単体には自国の会計基準を適用しています。

 わが国の連結先行論は、「連結財務諸表は個別財務諸表を積み上げないと作成できない」といった先入観に囚われているのではないでしょうか。もしも、「連結先行」の意味することが「連単一致」ということであれば世界的に極めてまれな対応です。何らかの形でIFRSを採用する世界中の国々はほぼ間違いなく「連単分離」、つまり、連結財務諸表にIFRSを適用し、個別財務諸表には自国の会計基準を適用しているのです。

 単体にIFRSを適用することを禁止している国もあれば許容している国もありますが、連結と単体の両方にIFRSを強制適用している国は経済大国にはありません。

落とし所は「連結のみ」「選択適用」

 金商法上の連結財務諸表は、「投資者のための投資意思決定情報の提供」を目的としています。つまり、ここでの連結の役割は「投資勧誘情報の提供」なのです。いかに当社が投資対象として魅力があるかを、「収益性」「安全性」「成長性」「社会的貢献度」などに関する財務情報をとおして訴えるのが役割なのです。

 そうであれば「IFRSが想定する投資家からの資金を入手したい企業」はIFRSで連結財務諸表を作成・公表し、「中長期の投資スタンスで投資先を決めてほしいと考える企業」は日本基準で、「アメリカの投資家から資金を調達したいと考える企業」はUS-GAAPかIFRSで連結財務諸表を作成・公表すればよいではないでしょうか。

 そういうことを言うと、決まって、複数の会計基準が併存すれば財務諸表の比較可能性が低下するという批判に合います。では世界中の企業がIFRSで財務諸表を作成すれば、比較可能性が本当に高まるのでしょうか。ちょっと想像力を働かせば、IFRSを採用すると、むしろ比較可能性はかなり低下することに気がつくはずです。このことについては、すでに紹介しました。

 企業としては「IFRSが想定する(企業売買による即時利益を求める)投資家の資金」を調達したいと考える企業と、「中長期の投資スタンスで投資先を考える投資家の資金」を調達したいと考える企業があり、また投資家も自分の投資スタンスに合った投資先を探すときに「IFRSによる清算価値会計情報」を提供している企業と「中長期の安定的・永続的経営」を目指している企業があるということであれば、そうしたニーズなり目的に合った報告制度を考える必要があると思います。

 そうしたニーズや目的を無視して制度を設計すれば、形としては奇麗なものができるかもしれませんが「同床異夢」の世界になりかねないでしょう。

 要するに、財務諸表を作成する側(企業)にもIFRSが必要な企業とIFRSを必要としない(むしろ、IFRSによる財務諸表によって投資の意思決定をしてほしくないと考える企業)があるのであり、財務諸表の利用者側(投資家)にも、投資対象の企業を買収して、その資産をバラバラに切り売りした時の売却益が分かるような情報を求めている人たちと、その企業に投資した時の中長期の成果(インカム・ゲインに現れる)や投資の安全性・将来性に関する情報を求めている人たちがいるのです。

 投資家のニーズと企業のニーズをミートさせようとすれば、自然と「IFRS選択適用」に落ち着くのではないでしょうか。もちろん、選択適用するのも連結財務諸表だけの適用です。

当コラムの内容は2011年6月に開催した「TKC IFRSフォーラム2011.6」の参考資料の内容を掲載しています。

参考文献

田中 弘『国際会計基準はどこへ行くのか―足踏みする米国,不協和音の欧州,先走る日本』時事通信社,2010年
田中 弘『複眼思考の会計学―国際会計基準は誰のものか』税務経理協会,2011年
田中 弘『不思議の国の会計学―アメリカと日本』税務経理協会,2004年
田中 弘編著『わしづかみ 国際会計基準を学ぶ』税務経理協会,2011年

筆者紹介

田中 弘(たなか ひろし)
神奈川大学経済学部教授
英国国立ウェールズ大学経営大学院日本校(MBA)教授

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